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公爵家侍女と、公爵家嫡男、或いは兄の回想
公爵家嫡男ウィステリア・アルペストリス・マスティアートの憎悪 1
しおりを挟む12公爵家がひとつ、マスティアート公爵家嫡男ウィステリア・アルペストリス・マスティアートには年の離れた2人の姉と、幼い妹が1人いた。
長女はウィステリアが生まれて間もなく、国内有数の貴族の家に嫁ぎ、次女は物心ついた頃に隣国に嫁いで行った。
そう言った事情で、どちらも優しい姉であったが、ウィステリアには姉だという認識が希薄だった。その反動で、末の妹として生まれたシルベチカが、ウィステリアは可愛くて可愛くて仕方なかった。
容姿が自分とそっくりだったのも、それに拍車をかけた原因かもしれない。
柔らかいけれど癖のある青い髪も、冷たく見える真白の中に金が揺らめく瞳も、シルベチカと同じだと思ったその日から、大好きな自分の一部になった。
シルベチカが7歳になってすぐ、王太子のユリウスとの婚約が決まった。
ウィステリアは、王太子と同じ歳と言うこともあって、既に友人関係を築いていた。
可愛く愛らしい最愛の妹が、王太子妃となってゆくゆくは王妃となるのだと思うと、どうしようもなく嬉しくてたまらなかった。
15歳になって、ユリウスの側近となれるほど成長したウィステリアは、隣国への遊学を決意した。
家族、特に最愛のシルベチカと離れることは辛かったが、婚約者で、親友であるユリウスが付いているのだからと言い聞かせ、彼は隣国へ旅立った。
それは、ウィステリアなりの妹離れのつもりだった。
だがしかし、彼はこの遊学を生涯後悔することなる。
もしこの時、ウィステリアがシルベチカの側にいることができたら、あの理不尽な悲劇を避けることができたのではないかと、後悔してやまないからだった。
たとえ、その運命の終わりが変わらなかったとしても、感情に折り合いをつけることはできただろう。
すくなくとも、ウィステリアが、ユリウスをこんなにも憎悪することはなかったに違いない。
3年半に及ぶ遊学から帰ったその日、ウィステリアは愛しい妹のよくない噂を聞いた。
王立学院に入学してから、身分をかさにきて傲慢で高慢に振る舞い、下級貴族に暴力をふるっているという噂だ。
ウィステリアは憤慨した。
ウィステリアが知る妹は、お転婆でやんちゃではあるものの、心優しく慈愛に満ち、人が傷つくことを何よりも嫌がる天使のような少女だった。
ウィステリアは誠実な男であったので、まずは直接妹に確認した。
だがしかし、「そんなわけありませんわ」と答えてもらえるはずだと思っていたウィステリアの耳に届いたのは、妹の肯定の言葉だった。
「えぇ、その噂は真実ですわ、お兄様」
耐えるように微笑むシルベチカを見て、ウィステリアは絶句する。
直感的に何かを隠していると思ったウィステリアは、矢継ぎ早に何があったんだと問いただした。最初はごまかそうとしたシルベチカだが、元来そう言ったことが苦手な妹だ。やがて諦めたように嘆息し、「お父様に、聞いてくださいますか」とその真白の瞳を伏せる。
そうして、ウィステリアが父である公爵に聞いた話は、到底納得できるものではなかった。
どうして妹が、
心優しく、天使のような最愛の妹が、そんな目に遭わなくてはいけないのか信じられなかった。
王命だと父は言った。
初めて、この国の国王を憎いと思った。
そんな犠牲を求めるこの国が憎いと思った。
「……ユリウスは、王太子殿下はなんと言ってるんだ」
「ユリウス様は知りません。知らせないで下さいと、陛下にお願いをしました」
「……なぜ?!」
「傷つけたくないからです。……こんなことを知ったら、あの方は一生苦しむ。そんなの嫌なんです、あの方は私を忘れて幸せになるべきお方ですから」
凛とした表情でシルベチカは言った。
17歳だ。
シルベチカはまだ、17年しか生きていない少女だ。
けれど、自分と同じ容姿でありながら、強い決意と覚悟を秘めた真白の瞳で見つめられ、ウィステリアは何も言えなかった。
心優しく、美しい最愛の妹は、幼い頃から一度決めたことは、頑なな決意でやり遂げるほど頑固だった。
ウィステリアはもう、最愛の妹には自分の手も声も、何もかも届かないのだと悟った。
この運命の行く末を見届ける事しかできないのだと涙した。
せめて、
せめて親友が、この隠された真実に気が付いてくれたらと願わずにいられなかった。
もし、気が付くことができたら
ユリウスだけが、最愛の妹の覚悟を止めてくれる唯一だと信じていた。
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