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公爵家侍女と、公爵家嫡男、或いは兄の回想
公爵家侍女アマリア・フラントの尊崇 3
しおりを挟む学園に入学したアマリアの主は、とても上手に悪役令嬢を演じていた。
家に帰れば、非道なことをしてしまったとどこまでも深く落ち込んでいたけれど、自らが選んだことなのだと心を奮わせて立ち上がる主を、被害に遭った貴族の子息令嬢には悪いと思いつつ、甘やかさずにはいられなかった。
入学して幾何かして、シルベチカの悪役令嬢がすっかり板についた頃。
シルベチカはマーガレットと出会った。
「恋に落ちる音を聞いたの、アマリア」
シルベチカはそう言って、堪えるような声で笑った。
それがどうしようもなくアマリアには辛くて仕方なかった。
貴族として品格の足りない女だったら良かったのに、マーガレットは子爵令嬢と言うにはもったいないほど器量と才覚を持っていた。
この国で最も尊い王太子に恋をするなど、不敬も甚だしいと憤りたい気持ちを押し殺していたアマリアだったが、マーガレットはその立場を、アマリアが思っているよりずっと弁えていた。
正直で、純粋で、可憐なマーガレット。
その彼女に接するシルベチカが、あの日からずっと失われていた笑顔で、とても楽しそうに勉強を教えている様子を見て、絆されない方がおかしかった。
理不尽な悲劇をシルベチカが受け入れて以来、国王陛下から改めて任命されなおした護衛騎士ヘンリー・ブラットは、シルベチカが王太子殿下と婚約してから、ずっと護り続けてくれている、信頼できる騎士であった。国王陛下の覚えもめでたく、この理不尽な悲劇を知る数少ない理解者の1人でもあった。
「……アマリア、君はそれでいいのか」
一度だけ、ヘンリーはアマリアにそう聞いた。
黒髪に、紫苑の瞳を宿す、無口な騎士と言う印象しか持ってなかったヘンリーの、救いを求めるようなその問いを聞いて、アマリアは彼もまた同じなのだと気が付いた。
だから、アマリアはその問いに誠意をもって答える。
「いいのか悪いのかと問われれば、私は今でも……いえ、一生涯納得などしません。けれどシルベチカ様はこの現実を受け止めて、決めてしまっていらっしゃるのです」
アマリアは、マーガレットと知り合った直後に主とした会話を回想する。
「本当によろしいのですか?」と、ヘンリーと同じことを問うたアマリアに、シルベチカは堪えるような笑顔でこう言った。
『お慕いしているからこそ、私は、私と婚約を解消した後、殿下が心から望む方に隣に立ってほしいのよ。だってこんな女をつかまされたせいで、婚約破棄だなんて不名誉な思いをするのよ。それならその後は、うんと幸せになってほしいじゃない』
と。
「そんな事言われたら、叶えて差し上げるしかないじゃないですか」
そう、シルベチカの真似をして、アマリアは笑ったつもりだった。
けれどきっと、笑えてなんてなかったはずだ。
部屋に戻ったアマリアの化粧は、ぐずぐずに流されていたのだから。
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