悪役令嬢シルベチカの献身

salt

文字の大きさ
上 下
31 / 64
公爵家侍女と、公爵家嫡男、或いは兄の回想

公爵家侍女アマリア・フラントの尊崇 3

しおりを挟む

 学園に入学したアマリアの主は、とても上手に悪役令嬢を演じていた。
 家に帰れば、非道なことをしてしまったとどこまでも深く落ち込んでいたけれど、自らが選んだことなのだと心を奮わせて立ち上がる主を、被害に遭った貴族の子息令嬢には悪いと思いつつ、甘やかさずにはいられなかった。

 入学して幾何かして、シルベチカの悪役令嬢がすっかり板についた頃。
 シルベチカはマーガレットと出会った。

「恋に落ちる音を聞いたの、アマリア」

 シルベチカはそう言って、堪えるような声で笑った。
 それがどうしようもなくアマリアには辛くて仕方なかった。

 貴族として品格の足りない女だったら良かったのに、マーガレットは子爵令嬢と言うにはもったいないほど器量と才覚を持っていた。
 この国で最も尊い王太子に恋をするなど、不敬も甚だしいと憤りたい気持ちを押し殺していたアマリアだったが、マーガレットはその立場を、アマリアが思っているよりずっと弁えていた。

 正直で、純粋で、可憐なマーガレット。
 その彼女に接するシルベチカが、あの日からずっと失われていた笑顔で、とても楽しそうに勉強を教えている様子を見て、絆されない方がおかしかった。

 理不尽な悲劇をシルベチカが受け入れて以来、国王陛下から改めて任命されなおした護衛騎士ヘンリー・ブラットは、シルベチカが王太子殿下と婚約してから、ずっと護り続けてくれている、信頼できる騎士であった。国王陛下の覚えもめでたく、この理不尽な悲劇を知る数少ない理解者の1人でもあった。

「……アマリア、君はそれでいいのか」

 一度だけ、ヘンリーはアマリアにそう聞いた。
 黒髪に、紫苑の瞳を宿す、無口な騎士と言う印象しか持ってなかったヘンリーの、救いを求めるようなその問いを聞いて、アマリアは彼もまた同じなのだと気が付いた。
 だから、アマリアはその問いに誠意をもって答える。

「いいのか悪いのかと問われれば、私は今でも……いえ、一生涯納得などしません。けれどシルベチカ様はこの現実を受け止めて、決めてしまっていらっしゃるのです」

 アマリアは、マーガレットと知り合った直後に主とした会話を回想する。

「本当によろしいのですか?」と、ヘンリーと同じことを問うたアマリアに、シルベチカは堪えるような笑顔でこう言った。

『お慕いしているからこそ、私は、私と婚約を解消した後、殿下が心から望む方に隣に立ってほしいのよ。だってこんな女をつかまされたせいで、婚約破棄だなんて不名誉な思いをするのよ。それならその後は、うんと幸せになってほしいじゃない』

と。


「そんな事言われたら、叶えて差し上げるしかないじゃないですか」

 そう、シルベチカの真似をして、アマリアは笑ったつもりだった。
 けれどきっと、笑えてなんてなかったはずだ。
 部屋に戻ったアマリアの化粧は、ぐずぐずに流されていたのだから。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】苦しく身を焦がす思いの果て

猫石
恋愛
アルフレッド王太子殿下の正妃として3年。 私達は政略結婚という垣根を越え、仲睦まじく暮らしてきたつもりだった。 しかし彼は王太子であるがため、側妃が迎え入れられることになった。 愛しているのは私だけ。 そう言ってくださる殿下の愛を疑ったことはない。 けれど、私の心は……。 ★作者の息抜き作品です。 ★ゆる・ふわ設定ですので気楽にお読みください。 ☆このお話は完全フィクションです、創作です、妄想の作り話です。現実世界と混同せず、あぁ、ファンタジーだもんな、と、念頭に置いてお読みください。 ☆作者の趣味嗜好作品です。イラッとしたり、ムカッとしたりした時には、そっと別の素敵な作家さんの作品を検索してお読みください。(自己防衛大事!) ☆誤字脱字、誤変換が多いのは、作者のせいです。頑張って音読してチェックして!頑張ってますが、ごめんなさい、許してください。 ★小説家になろう様にも公開しています。

貴妃エレーナ

無味無臭(不定期更新)
恋愛
「君は、私のことを恨んでいるか?」 後宮で暮らして数十年の月日が流れたある日のこと。国王ローレンスから突然そう聞かれた貴妃エレーナは戸惑ったように答えた。 「急に、どうされたのですか?」 「…分かるだろう、はぐらかさないでくれ。」 「恨んでなどいませんよ。あれは遠い昔のことですから。」 そう言われて、私は今まで蓋をしていた記憶を辿った。 どうやら彼は、若かりし頃に私とあの人の仲を引き裂いてしまったことを今も悔やんでいるらしい。 けれど、もう安心してほしい。 私は既に、今世ではあの人と縁がなかったんだと諦めている。 だから… 「陛下…!大変です、内乱が…」 え…? ーーーーーーーーーーーーー ここは、どこ? さっきまで内乱が… 「エレーナ?」 陛下…? でも若いわ。 バッと自分の顔を触る。 するとそこにはハリもあってモチモチとした、まるで若い頃の私の肌があった。 懐かしい空間と若い肌…まさか私、昔の時代に戻ったの?!

愛されていたのだと知りました。それは、あなたの愛をなくした時の事でした。

桗梛葉 (たなは)
恋愛
リリナシスと王太子ヴィルトスが婚約をしたのは、2人がまだ幼い頃だった。 それから、ずっと2人は一緒に過ごしていた。 一緒に駆け回って、悪戯をして、叱られる事もあったのに。 いつの間にか、そんな2人の関係は、ひどく冷たくなっていた。 変わってしまったのは、いつだろう。 分からないままリリナシスは、想いを反転させる禁忌薬に手を出してしまう。 ****************************************** こちらは、全19話(修正したら予定より6話伸びました🙏) 7/22~7/25の4日間は、1日2話の投稿予定です。以降は、1日1話になります。

死ぬまでにやりたいこと~浮気夫とすれ違う愛~

ともどーも
恋愛
結婚して10年。愛し愛されて夫と一緒になった。 だけど今は部屋で一人、惨めにワインを煽る。 私はアニータ(25)。町の診療所で働く一介の治療師。 夫は王都を魔物から救った英雄だ。 結婚当初は幸せだったが、彼が英雄と呼ばれるようになってから二人の歯車は合わなくなった。 彼を愛している。 どこかで誰かに愛を囁いていたとしても、最後に私のもとに帰ってきてくれるならと、ずっと許してきた。 しかし、人には平等に命の期限がある。 自分に残された期限が短いと知ったとき、私はーー 若干ですが、BL要素がありますので、苦手な方はご注意下さい。 設定は緩めです💦 楽しんでいただければ幸いです。 皆様のご声援により、HOTランキング1位に掲載されました! 本当にありがとうございます! m(。≧Д≦。)m

社長、嫌いになってもいいですか?

和泉杏咲
恋愛
ずっと連絡が取れなかった恋人が、女と二人きりで楽そうに話していた……!? 浮気なの? 私のことは捨てるの? 私は出会った頃のこと、付き合い始めた頃のことを思い出しながら走り出す。 「あなたのことを嫌いになりたい…!」 そうすれば、こんな苦しい思いをしなくて済むのに。 そんな時、思い出の紫陽花が目の前に現れる。 美しいグラデーションに隠された、花言葉が私の心を蝕んでいく……。

身勝手だったのは、誰なのでしょうか。

下菊みこと
恋愛
悪役令嬢になるはずの子が、潔く(?)身を引いたらこうなりました。なんで? 聖女様が現れた。聖女の力は確かにあるのになかなか開花せず封じられたままだけど、予言を的中させみんなの心を掴んだ。ルーチェは、そんな聖女様に心惹かれる婚約者を繋ぎ止める気は起きなかった。 小説家になろう様でも投稿しています。

伝える前に振られてしまった私の恋

メカ喜楽直人
恋愛
母に連れられて行った王妃様とのお茶会の席を、ひとり抜け出したアーリーンは、幼馴染みと友人たちが歓談する場に出くわす。 そこで、ひとりの令息が婚約をしたのだと話し出した。

【完結】愛するあなたに、永遠を

猫石
恋愛
冬季休暇前のパーティで、私は婚約破棄をみんなの前で言い渡された。 しかしその婚約破棄のパーティーの事故で、私は…… 【3話完結/18時20時22時更新】 ☆ジャンル微妙。 ざまぁから始まり、胸糞……メリバ? お読みになる際には十分お気を付けください。  読んだ後、批判されても困ります……(困惑) ☆そもそもざまぁ……?いや、ざまぁなのか? う~ん…… ☆このお話は完全フィクションです、創作です、妄想の作り話です。現実世界と混同せず、あぁ、ファンタジーだもんな、と、念頭に置いてお読みください。 ☆作者の趣味嗜好作品です。イラッとしたり、ムカッとしたりした時には、そっと別の素敵な作家さんの作品を検索してお読みください。(自己防衛大事!) ☆誤字脱字、誤変換が多いのは、作者のせいです。頑張って音読してチェックして!頑張ってますが、ごめんなさい、許してください。 ☆この作品に関しては、タグ、どうしよう……と、悩むばかりです。  一応付けましたが、違うんじゃない?と思われましたらお知らせください ☆小説家になろう様にも掲載しています

処理中です...