29 / 64
公爵家侍女と、公爵家嫡男、或いは兄の回想
公爵家侍女アマリア・フラントの尊崇 2
しおりを挟むアマリアが全てを聞いた時、生まれた感情は怒りと絶望だった。
どうして最愛の主がそんな目に合わなくてはいけないのか、まるで理解できなかった。
アマリアが冷静にならざる得なかったのは、ひとえに目の前の主がそのどうしようもなく悲劇でしかない現実を、受け入れてしまっていたせいだった。
国王陛下の前で、シルベチカがどんな悲劇を突きつけられたのかは聞いたが、それに対してシルベチカがどう返答したのかは分からない。
ただ、シルベチカは諦観と言ってしまっていいほど、その現実を受け入れた。
受け入れるしかなかったとはいえ、まだ15歳になったばかりの少女が受け入れることができる現実ではなかったとアマリアは思う。
少なくとも自分だったら、泣き叫んで、喚いて、酷く抵抗していただろう。
それほどまでに理不尽な悲劇だった。
にもかかわらず、シルベチカは3日ほどぼんやり日々を過ごしたあと、決意するように自分の頬を叩き、アマリアにこう言った。
「アマリア! 私、私ね、悪役令嬢になるわ!」
悪役令嬢と言うのは、庶民に人気の小説で、傲慢で高慢に、悪役の如き振る舞いで物語を盛り上げる令嬢の事だった。
普段のシルベチカとは真逆でしかないその存在に、アマリアは思わず顔を顰めてしまう。
「なぜですか! シルベチカ様はそのままで、そのままでいいではないですか! わざわざどうしてそんな……」
「……ユリウス様に嫌われたいの。どうせ解消される婚約なら、ユリウス様に嫌われているという前提で、婚約破棄されたいのよ」
「……っ、どうしてそんな」
シルベチカの抱えている現実は、もうすでに十分悲劇だった。
けれど今、シルベチカが望むのは、そこにさらに追い打ちをかけるものである。
「陛下が何でも、何でも願いを叶えてくださるそうなの。だから私、とびっきりの悪役になって、嫌われて、婚約破棄されたいってお願いするわ。だって、だってそうしたら」
「ユリウス殿下は傷つかなくて済むじゃない」と、堪えるようにシルベチカは言葉を続けた。
それは願いであり、祈りだった。
彼女の些細な願いは、全てその一言に集約されてるのだろうと、アマリアは胸を鷲掴みにされるような苦しさを感じる。
アマリアでさえ、心と体を切り裂かれるような痛みを覚えた真実だ。
かの王太子がこの真実を知った時、まず間違いなく傷つくだろう。
2人の間に結ばれたのは政略結婚だ。
かの方のシルベチカに対する愛は、親愛でしか無いのかもしれない。
それでもアマリアは知っていた。
シルベチカが王太子に寄せる愛が、親愛ではなく真実の愛であるということを。
今は形にならずとも、そのまま時が過ぎ、あの優しい王太子が気付くことができれば、この上もない確かな愛になりうるものだと、アマリアは信じていた。
けれども未来は奪われた。
誰が悪いわけでもない。
強いて言うなら世界が悪かった。
どこにも八つ当たりなんてできない、こんなにも理不尽なだけの悲劇を知ったら、王太子は自分の無力を嘆くだろう。
現実を受け入れたシルベチカにとって、それが最も避けたい悲劇に違いなかった。
だから彼女は悪役令嬢となることを選んだ。
未来の王太子妃として相応しくなく振舞い、傲慢で高慢な態度で皆に接し、誰からも嫌われることで、婚約を破棄されて当然だと思わせる。
そうして社交界から消えれば、この悲劇は「婚約者に恵まれなかった王太子」として残るだろう。
それは、今現在ある確定的な理不尽な悲劇よりも、よほど幸運な悲劇だとしかアマリアには思えなかった。
愛しき主が望む悲劇が、その幸運な悲劇である以上、アマリアはその筋書きを許容するほかなかった。
「ごめんなさい、アマリア。アマリアが真実を知っていてくれるなら、私は何だって乗り越えられるわ。だからありがとう……ありがとう」
アマリアはこの時、この愛しい主の側に、最後までいようと誓った。
その誓いは結局、順守されることはなかったけれど。
23
お気に入りに追加
784
あなたにおすすめの小説

記憶を失くした悪役令嬢~私に婚約者なんておりましたでしょうか~
Blue
恋愛
マッツォレーラ侯爵の娘、エレオノーラ・マッツォレーラは、第一王子の婚約者。しかし、その婚約者を奪った男爵令嬢を助けようとして今正に、階段から二人まとめて落ちようとしていた。
走馬灯のように、第一王子との思い出を思い出す彼女は、強い衝撃と共に意識を失ったのだった。
余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました
結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】
私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。
2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます
*「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
※2023年8月 書籍化
【完結】365日後の花言葉
Ringo
恋愛
許せなかった。
幼い頃からの婚約者でもあり、誰よりも大好きで愛していたあなただからこそ。
あなたの裏切りを知った翌朝、私の元に届いたのはゼラニウムの花束。
“ごめんなさい”
言い訳もせず、拒絶し続ける私の元に通い続けるあなたの愛情を、私はもう一度信じてもいいの?
※勢いよく本編完結しまして、番外編ではイチャイチャするふたりのその後をお届けします。
記憶を失くした彼女の手紙 消えてしまった完璧な令嬢と、王子の遅すぎた後悔の話
甘糖むい
恋愛
婚約者であるシェルニア公爵令嬢が記憶喪失となった。
王子はひっそりと喜んだ。これで愛するクロエ男爵令嬢と堂々と結婚できると。
その時、王子の元に一通の手紙が届いた。
そこに書かれていたのは3つの願いと1つの真実。
王子は絶望感に苛まれ後悔をする。

あなたへの恋心を消し去りました
鍋
恋愛
私には両親に決められた素敵な婚約者がいる。
私は彼のことが大好き。少し顔を見るだけで幸せな気持ちになる。
だけど、彼には私の気持ちが重いみたい。
今、彼には憧れの人がいる。その人は大人びた雰囲気をもつ二つ上の先輩。
彼は心は自由でいたい言っていた。
その女性と話す時、私には見せない楽しそうな笑顔を向ける貴方を見て、胸が張り裂けそうになる。
友人たちは言う。お互いに干渉しない割り切った夫婦のほうが気が楽だって……。
だから私は彼が自由になれるように、魔女にこの激しい気持ちを封印してもらったの。
※このお話はハッピーエンドではありません。
※短いお話でサクサクと進めたいと思います。
乙女ゲームの世界だと、いつから思い込んでいた?
シナココ
ファンタジー
母親違いの妹をいじめたというふわふわした冤罪で婚約破棄された上に、最北の辺境地に流された公爵令嬢ハイデマリー。勝ち誇る妹・ゲルダは転生者。この世界のヒロインだと豪語し、王太子妃に成り上がる。乙女ゲームのハッピーエンドの確定だ。
……乙女ゲームが終わったら、戦争ストラテジーゲームが始まるのだ。

私達、政略結婚ですから。
黎
恋愛
オルヒデーエは、来月ザイデルバスト王子との結婚を控えていた。しかし2年前に王宮に来て以来、王子とはろくに会わず話もしない。一方で1年前現れたレディ・トゥルペは、王子に指輪を贈られ、二人きりで会ってもいる。王子に自分達の関係性を問いただすも「政略結婚だが」と知らん顔、レディ・トゥルペも、オルヒデーエに向かって「政略結婚ですから」としたり顔。半年前からは、レディ・トゥルペに数々の嫌がらせをしたという噂まで流れていた。
それが罪状として読み上げられる中、オルヒデーエは王子との数少ない思い出を振り返り、その処断を待つ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる