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王太子と、その一年後の話
1年後のはなし 2
しおりを挟むかつて婚約者であった悪女の名を聞いて、ユリウスにこみあげたのは怒りだった。
もう1年もたつのに、愛しいマーガレットの心に未だに傷として在り続けるシルベチカが、憎くて憎くてたまらなかった。
ユリウスは、眠るマーガレットの息が安らかになるのを見届けると、すぐさま行動を開始した。
今現在、国外追放されたシルベチカが不幸であると確認しなければ、溜飲が下がらなかった。
シルベチカが今、不幸で、マーガレットにした仕打ちの数々を後悔して暮らしているのだと、マーガレットに教えれば、きっと彼女は元気になるはずだと、そう信じて疑わなかった。
ユリウスは単純にそう思って、シルベチカの行く末を調査した。
けれど、どういうことかシルベチカの行方はようとして知れなかった。
王命で国外追放を受けて、近衛騎士団の騎士が3人ほど付き添って国境まで連れて行った報告は上がっているのだが、そこから先が分からなかった。
国境で捨ててきたと言われればそれまでなのだが、シルベチカを連れて行ったとされる3人の騎士……、近衛の上位騎士が2人と、女騎士が1人という組み合わせだったが、そのうち1人が辞め、1人が長期療養として長期休暇をもらっていて、1人が近衛騎士から教会付きの聖騎士に職を変えていた。
これは何かある。
ユリウスはそう考えて調査をさらに進めるが、驚くほど何もわからなかった。
痺れを切らしたユリウスは、かつて親友であったシルベチカの兄であるウィステリア・アルペストリス・マスティアートを呼び出すと、シルベチカの行方を知らないかと王太子として尋ねた。
「……今更なんだというのですか」
かつて、婚約者の兄で親友だったウィステリアは、酷く冷たい瞳でユリウスに答えた。
あの婚約破棄騒動の際に、ウィステリアは「もう合わせる顔がありません」といい、ユリウスと決別した。2人が顔を合わせたのは、それ以来のことだった。
「殿下、妹はもういません。それが事実であり、全てです」
シルベチカによく似た顔をしたウィステリアは、あの日シルベチカが浮かべていた耐えるような被害者の顔でそう言った。
シルベチカと同じ青い髪に金が煌く真白な瞳が、1年前の彼女を思い起こさせてユリウスは不快だった。唯一シルベチカと違うのは、その瞳の奥に底の知れない揺らめく怒りを秘めていたことだろう。
ユリウスには、自分がなぜそんな瞳で見つめられなくてはいけないのか分からなかった。
「……ウィステリア。君はあの悪女をまだ妹と呼ぶのか」
「……殿下にとって悪女でも、私にとっては唯一の妹ですから」
「あれだけのことをした女だぞ」
「だとしても、その妹がいたという責は我が公爵家が負うべき責です。忘れる事なんてできない、許されない」
ウィステリアはそう言って、目を伏せる。
婚約破棄の際、シルベチカとの縁を切って、国外追放とする代わりマスティアート家にはそこまでの罰を与えなかった。
国内でも重要な位置にある12公爵家であることと、既に次女が隣国の王族に嫁いでいたことを鑑みてそうせざるをえなかったのだ。
その代わり、12公爵家の上位であった地位を下げているので、公爵家としては大打撃であったのだが、ユリウスから見れば甘いとしか言えなかった。
それが、今のウィステリアの態度に表れていると思うと、更に不快に感じてしまう。
「マーガレットは……、未来の王妃は、未だにシルベチカの所業に心を痛めて眠れずにいるのだぞ。それでも同じことをお前は言えるのか」
そう唸るように言えば、ウィステリアは少しだけ、真白の瞳を揺らしたが、けれどそれだけだった。
「……、そうですか。それはマスティアートの者として、シルベチカの兄として、大変申し訳なく思います。……ですが殿下、シルベチカはもういません。いない者には何もすることができないのです。だからどうか、殿下と未来の王妃殿下は妹のことは忘れてください」
「それでは失礼いたします」と言って、ウィステリアは去っていった。
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