悪役令嬢シルベチカの献身

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王太子と、その一年後の話

王太子ユリウス・アラウンド・ランフォールドのはじまり 4

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 婚約破棄することになって、改めて綿密な調査が行われた結果、シルベチカによるマーガレットへの陰湿で非道ないじめの数々が発覚した。
 もっと早く相談してほしかったと思う一方で、あのシルベチカがここまで非道なことができる悪役令嬢になっていたことにユリウスは頭を抱えた。
 調査結果を抱え、父である国王に報告すると賢君と名高い王はその眉根を寄せた。

「……ユリウス、後3ヶ月待てないか?」

 国王は美しいアクアマリンの目を細めてそう言った。
 それを受けて、ユリウスは「なぜ?」と答えそうになったが、どうせ卒業というキリの良いところに合わせたかったのだろうと思い考えることをやめてしまう。

「できません。あと3ヶ月も待ったら、もっと悲惨なことになったかもしれなかったのです。判明した段階で対処すべき事案だと思い、対処することの何がいけないというのでしょう」

 ユリウスがそうはっきり言うと、国王は「そうか」とだけ呟いて目頭を押さえた。
 幼い頃から未来の王太子妃として、国王もシルベチカを可愛がってきたのだから無理もないのだろうとユリウスは思った。
 自分がいては邪魔だろうと思い、「失礼いたします」と声をかけてユリウスは部屋を後にする。
 母である王妃にその旨を報告すれば、王妃は嗚咽をこぼして泣きだした。
 これも全部シルベチカのせいだと思うと、ユリウスの胸は悔しさで苦しくてたまらなくなった。

 それからしばらくして、ユリウスの知らないうちに国王陛下直々にシルベチカとマーガレットから話を聞くと相成った。
 賢君と名高い国王陛下にしては珍しく、2人同時に申し開きを聞くと聞いて、ユリウスは白目をむく。

「被害者と加害者の調書を一緒にとるだなんて、何を考えているんだ父上は」

 ユリウスはそう叫ぶと、急いでそれが行われているという王の執務室へと向かった。

 ユリウスが到着した時、もう全て終わった後だった。
 息を切らしながら見つめた先で、扉の外から中に向かって美しい淑女の礼をしているシルベチカに目を止め、怒鳴るようにその名を呼ぶ。

「ユ……いえ、殿下。お久しぶりにございます」
「……貴様、マーガレットに何もしていないだろうな」
「国王陛下の前で何かできるほど、私は器用ではありません」

 表情もなく、感情もないような淡々とした声音だった。
 学院で、あれほどまで傲慢であった彼女からは想像もつかないような様子に一瞬面を食らうが、ユリウスは気を引き締める。
 この涼やかな顔の下で、シルベチカは陰湿ないじめを繰り返していたのだ。
 騙されてはいけないと、強く……強く言い聞かせる。

「……貴様は……どうしてあんな酷いことを繰り返した」
「気にくわなかったからです。それ以上でも以下でもありません」
「昔の君はそんなじゃなかった」
「人は変わるものですよ、殿下。ご安心ください、私国を出ることになりました」
「……は?」
「国外追放というものです。もう2度と、殿下にお会いすることはないでしょう」
「……せいせいするな、貴様のような悪女……もう2度と顔も見たくない」
「そう、それはよろしゅうございました」

 シルベチカはそう言って、あの泣き出しそうな被害者の顔でユリウスを見つめた。
 いつもの耐えるような顔は、その時ばかりはどこか寂しげに見えた。

 その被害者面が気にくわなくて、ユリウスは改めてシルベチカを睨み付けた。
 サファイヤの瞳が怒りに燃えているのを見て、シルベチカは真白の瞳をすっと目を細める。

「被害者のような顔をするな、貴様はマーガレットにとっても、俺にとっても加害者だ」
「……そうですね」

 シルベチカはぽつりとそう言って、美しい淑女の礼カーテシーで頭を下げた。

「さようなら殿下……、貴方様の行く末に幸多からんことをお祈りしております」

 シルベチカはそう言って、頭を下げ続ける。
 ユリウスは「貴様に祈ってもらうなど、不愉快だ」とだけ言い捨てて、シルベチカを一瞥すると王の執務室へと入っていった。


 それが、1年前にユリウスが見たシルベチカの最後の姿だった。



 執務室の中では、マーガレットが泣いていた。
 ユリウスは父親に抗議しながらマーガレットに駆け寄ると、その涙を指で拭ってやる。

「マーガレット、可哀想に。怖かっただろう」
「……い、いえ。大丈夫です、謝罪していただいただけですから」

 マーガレットはそう言って力なくにこりと笑った。
 守ってやりたいと思わせるのに十分なその姿に、ユリウスの胸が熱くなる。

「あぁまったく、愚か者は誰だろうな」

 国王がそう呟いたのが耳に届いて、ユリウスはもう会うこともないだろう愚か者の事を考えて、それからすぐに打ち消した。
 いま、自分に必要なのは過去ではなく未来なのだと、信じて疑わなかった。


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