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逆仮面夫婦の恋愛事情 4

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 3度の毒はそれぞれ微量であり、死を誘うものではありませんでしたが、毒を盛られたという事実はそれ即ち、私を認めたくないという明確な敵が、この国にいると言う事を示しておりました。

「ルシェーナ王女、遠方から嫁いでくれた君に対して本当にすまない。体調などは大丈夫だろうか」
「いえ、ロナルド陛下。私は幼い頃から毒慣らしをしていますので大事ありません。私のような小娘がパーシヴァル殿下の花嫁になるなど、高位貴族の皆様には我慢がならないのでしょう。仕方がないとは申しませんが、想像できたことです」
「……いや、それに足して未だにパーシヴァルを次の王へと思ってる馬鹿どもがいるんだろ。冷酷なる青薔薇の英雄が王になれば、他国への侵略戦争ができると思ってる好戦的な馬鹿を駆逐できていないのが問題なんだ」

 国王陛下夫妻との茶会の席に招かれた際、国王陛下はそう苦々しく仰います。
 ここしばらくの騒動のおかげで、私はディシャール国内の事情は大体把握することができました。
 元来保守的な国家であるディシャールですが、他国へ侵略し領地の拡大を狙う貴族が一定するいるようで、その方々の希望の星が、先の戦争で原王の子を打破したパーシヴァル殿下でいらっしゃるそうなのです。
 方々は、パーシヴァル殿下を王として近隣諸国を制圧することを夢見ているそうで、そのため未だに決まっていなかった王弟妃の座は重要なものだったのですが、その位置に私のような隣国の生まれの小娘が収まることを快く思っていないようです。
 私を婚姻前に亡き者にすれば、シェイテリンデとの国交も御破算となり、シェイテリンデがそれに対して蜂起すれば、逆に攻める理由になるとも思っているようなのが癪に障るというものです。

「レオンハルトの立太子さえすめば、ある程度諦めると思うのだが……暦の伝統の都合上、立太子迄あと3年は待たなくてはならない。それまでの間、ルシェーナ王女を危険に晒すのは不本意が過ぎるが……どうしたものか」
「すみませんすみません俺のせいで、俺が調子に乗って冷酷なる青薔薇の英雄とか言われるほどやってしまったせいで、愛しい貴女を危険に晒さなくてはいけなくなるなんて思わなかったのです。許してほしいなんて言えるわけないのに、貴女を手放せないのです。お願いです、離縁しないでくださいルシェーナ」
「パーシヴァル殿下、まだ婚姻前なので離縁などできませんし、婚姻しても離縁いたしませんから落ち着いて下さいまし」

 私はそう言って、私を膝にのせて抱きしめたまま狂ったように懇願するパーシヴァル殿下の顔をじっとみつめました。それから指先をパーシヴァル殿下の唇に当てて、ね? と首をこてんと傾げます。
「俺の花嫁が可愛い」と言いながら私の首筋に顔を埋めるパーシヴァル様をなでなでしながら、「それでですねロナルド陛下」と話を戻そうとすると、ロナルド様は慈愛に満ちた笑顔を浮かべてニコニコしていらっしゃいました。色々言いたいことがあるのでしょう。

「何か?」
「いや、あのパーシヴァルがと思ったらこみ上げてくるものがあってね」
「ええ、本当に。ルシェーナ、想像できないでしょうけどパーシヴァルは子供の頃ヒョロヒョロの骨と皮しかないガリガリだったのよ。女性の事も苦手だったのが嘘のようね」

 と、お2人は微笑ましそうに笑います。
 というのも、パーシヴァル殿下は陛下が10歳になった時に生まれた弟王子だったそうで、幼い頃は体が弱くて、あまり公的な行事には参加ができなかったそうです。
 その当時の国王夫妻はお仕事が忙しく、パーシヴァル殿下のお世話は乳母たちとお兄様である陛下とその婚約者である王妃殿下がなさっていたそうで、お2人にとって殿下は弟であり初めてのお子でもあるそうなのです。

 ですが、体が弱く、線も細く、突出した才能が無いように見えたパーシヴァル殿下は、長いこと貴族の悪意に晒されていたそうで、当時のあだ名は酷いことに『無能王子』。ハズレ姫と呼ばれた私も似たような者ですが、殿下は悪意に晒され続けたせいで、物心つく頃には性格も暗くすぐに悪いことを考えるネガティブ思考になってしまったそうで、たいてい膝を抱えて泣きべそをかく毎日だったそうです。
 そんな殿下を危惧したのは当時王太子妃になったばかりの王妃殿下でございました。

「パーシヴァル様。筋肉をつけましょう。筋肉です。筋肉は全てを救います!」と豪語して、実家のユーテクシア家を頼り、あろうことか王国騎士団の騎士訓練にパーシヴァル殿下を放り込みました。
 体が弱い殿下でしたが素質はあったようで、数年の地獄のような)修行を経て、今のような立派な体躯の持ち主になり、剣技と魔法と武術でトップクラスの実力を持つ英雄となりましたが、その実根っこの性格はそのままだったそうでひとたびスイッチが入ると、先ほどのように早口で暗いことばかり考えてしまうのは相変わらずでした。

 普段はスイッチが入らないように、眉間に力を入れて耐えているそうですし、言葉を紡げばすぐにネガティブ思考であることがバレるから、寡黙で無口なふりをしているという徹底ぶりです。
 そういったわけで、そんな外面に寄ってきた国内の貴族子女と婚約して、幻滅されるならともかく冷酷なる青薔薇の英雄のあ品実路噂を流されるわけにもいかなくて、なかなか婚約することもできなかったパーシヴァル殿下に、降って湧いたのが私との政略結婚でございました。
 私は知らなかったのですが、最初は姉のどちらかとという話だったのです。ですが、王女の絵姿として使者が持ってきた私の絵姿を見た時に、殿下が私の絵姿に一目惚れしてくださったそうで、そこからは望まれる形でトントンと話が進んだと国王陛下は教えてくださいました。

パーシヴァル殿下ご自身には「いや、でも15歳なのでしょう? 私のような年上はあれなのでは」と言ってはいましたが、いつの間にかあれよあれよと決まってしまい、先日の顔合わせの時に再び一目惚れしてしまったのだと教えてくださいました。
 なお、ご挨拶の時のあの不躾な視線は「あまりにもあなたが可憐すぎて、顔に力をこめないと崩壊してしまいそうなって」とのことです。
 
「10も下の幼い貴女に、一目惚れをする愚かなド変態で本当に申し訳ない。嫌悪を抱かれても仕方ないのは分かっているんだ」
「いえ、10の歳の差など気にいたしません。私の母と父は20の歳の差がありましたし、母が私を生んだのは16の時と聞きますので」
「それは色々大丈夫だったのですか?」
「シェイテリンデの王妃様と側妃様方が、仲良くお父様に猛抗議した聞きます。『若い娘に手を出してるんじゃないわよ! 幼子相手に鬼畜ですか!』『側妃ちゃんの将来を考えろ、将来を!』と」
「あ、そっちなんだ」
「はい。母は王妃様方に大層可愛がられたと聞きます。結局体を壊して亡くなってしまいましたから、父上は当時王妃様と側妃様方に首を絞められるくらい怒られたと兄姉に聞きました」

 と、シェイテリンデの王族事情を話して聞かせたら、パーシヴァル殿下は少し青くなっていらっしゃいました。
 まぁ無理もありません。傍から見た話と、事実がの相違があまりにも突飛です。

 内情の話をすれば、シェイテリンデの王妃と側妃様方は離島監獄幽閉時代に培った絆のせいか、国王である王よりも王妃様と側妃方のほうが、仲がよろしくていらっしゃいます。
 私は姉様たちに聞いただけなのですが、王妃様と側妃様父上とはーれむゆりぷれいというやつもするそうです。閨教育の際にどんなものか軽く聞きましたが、ちょっと理解ができないものでしたし、自分でやれと言われてもできないと思います。
 父たちは納得済みですのでいいと思いますが、私はパーシヴァル殿下を他の令嬢と共に愛することなど、想像しただけで苦しくなりますから、きっと一生涯やらないことでしょう。

 だいぶ逸れましたが、ひとまず話しを戻しましょう。
 パーシヴァル殿下は私を求めて下さいましたが、現状ディシャールには私の事が邪魔な貴族の方が一定数いらっしゃるようです。

 第一王子様の立太子が暦と伝統の兼ね合いで、今代の立太子の義は第一王子殿下が19になったらと定められているそうなので、立太子の義が終われば王弟であるパーシヴァル殿下は臣籍降下になり侯爵位を頂いて、王族籍から外れることになります。
 そうすれば、第一王子殿下と第二王子殿下の王位継承権が繰り上がるので、好戦的な貴族も大人しくなるだろうと言うのが国王陛下の予測でした。
 けれどもそれまでの間、つまりは後最低3年の間、私は命を狙われると言う事になります。

 いくら私でも、3年も命を狙われるのは面倒です。
 うんうんと唸って考えた結果、私は一つの提案を致しました。

「それではロナルド陛下。恐れながら申し上げてもよいでしょうか?」
「聞こう、ルシェーナ王女」
「3年の間、私を冷遇していただけますでしょうか」
「は?」

 パーシヴァル殿下は私の言葉を聞いて目を白黒させました。ですが、国王陛下の続けなさいと言う仕草に私は言葉を続けます。

「3年、王族の皆さまは私を対外的に興味が無いと振舞ってくださればいいのです。王族に相手にされない、取るに足らない異国の小娘で、いつでも排除できるのだと思わせましょう。そうすれば、彼らの中で私を排斥すると言う優先順位は落ちます。彼らには、取るに足らない異国の小娘を排除することよりも、他にもやることがたくさんあるでしょう。なのでそちらを優先してもらえばいいのです」
「なるほど……、だがそれでは君が、最低でも3年貴族から不敬を浴びることになるがよいのか?」

 そうでしょう。ただでさえシェイテリンデの民というだけで軽んじられそうなのです。本来なら友好国を馬鹿にすることは許されないですが、国王一家から私が冷遇されればそれは助長されるに間違いありません。ですが……

「友好国に対して不敬を浴びせるほうが愚か者なのです。これで厄介な貴族を炙り出すことができますので、陛下が今後のお付き合いを考えるための材料にすることもできるかと。それに、王族の皆様方は私を冷遇すると言っても、別に酷いことをする必要はありません。ただ何もせず放置してくださればそれでよいのです。それだけで厄介な貴族の皆さまは勝手にご想像してくださることでしょう」

「私は……」とにこりと笑って、私を抱きしめる殿下を見上げます。

「私は、2人きりの時にパーシヴァル殿下に愛していただければそれで十分でございます」
「くっ……ルシェーナ!!」

 3年は白い結婚なのですからと付け足せば、パーシヴァル殿下が悔しそうに唇をかみます。
 殿方は大変だなと思いながら、パーシヴァル殿下の胸に頭を預けながら国王陛下ににこりと笑います。

「ルシェーナ王女、祖国で君をハズレ王女と呼んだのは一体誰なんだ。君をハズレと呼んだその眼は節穴すぎやしないかい?」
「お褒めいただきありがとうございます。お答えしますと、ハズレを演じたのは私自身でございます」
「……なるほど」

 陛下はそう言って拍手を贈ってくださいました。
 そう、私はハズレ姫を演じたのです。
 シェイテリンデの国王陛下も、王妃殿下も、側妃様方も、兄姉も、私がハズレではない優秀な王女だと言う事を理解していてくださいました。

第三側妃だった母が亡くなってすぐ、私は7つまでの間劣悪な環境に置かれました。
 それこそ、明日のご飯どころか今日のご飯にも困る生活でした。
シェイテリンデの貴族の中に、第三側妃の生んだ王女を疎ましく思う者がいたのでしょう。離れの離宮で仕えの侍女に虐げられながら生きた私を救ったのは、その窮地に気がついたシェイテリンデ王妃様でした。
 何とか救われはしましたが、その時の情勢として第三王女として扱われると言う事は、当時のシェイテリンデにおいて命の危機がある恐れがあり、父も王妃様も側妃様も表立って私を愛でることができない状況にありました。

 故に、私はシェイテリンデの王族に冷遇される王女を逆に演じたのです。
 王族の誰にも愛されないハズレ姫。
 そのおかげで、私の事を邪魔に思う貴族は、私のことを「眼中に入れるまでもない存在」と思ってくださったようで、命を狙われることもなくなりました。

 けれども、その裏側。
 王族と、その事実を隠し通す誓いを立てた者達しか入れない、シェイテリンデの後宮の最奥で私は母を愛してくださった父と、母を大層可愛がってくださった義母3人、それから四人の愛しい兄姉に、末の愛娘としてとてつもなく可愛がられていました。
 ただ甘やかされただけではなく、戦争時に焚書を逃れた書物を読み、王妃様や側妃様方、兄姉に勉学を教わりましたので、貴族の子女としては、なかなかに優秀な部類だと自覚をしております。

 ディシャールに嫁ぐ時に兄姉に反対されたのもの、私をシェイテリンデから離したくが無い故です。
「ルシェーナを失うのは国家の損失です!」と大兄様に仰っていただけて、とても嬉しかったことを覚えております。
 特に、二の姫の姉様には「ルシェーナが嫁ぐなら私もディシャールに嫁ぐわ!」と泣かれました。
 二の姫の姉様は少し怒りっぽいように見えますが、その実とても愛情が深い方でいらっしゃいますので、表で厳しい言葉を言いながらこっそりおやつを貰ったり、ドレスを貸していただいたりと可愛がってもらったものです。

 そんなわけですので、私は表立って愛されないことは筋金入りで慣れております。
 それと同じくらい、裏側で溺愛される事にも慣れているのです。

 ですから、パーシヴァル殿下が私を誰かの目の届かないところで愛してくださってくれるなら、無能な貴族の嘲笑など、恐れるに足らないのものなのだと、胸を張って言うことができました。

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