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逆仮面夫婦の恋愛事情 1
しおりを挟むこの広大な世界にある西の大陸には大国ディシャールと、いくつかの国が存在していますが、それは海にも同じことが言えます。
西大陸と交易の盛んな南大陸の間には群島が連なり、そこには当然のように国家が形成されていて、そこに暮らす者たちは自らを海の民の国シェイテリンデと名乗りました。
褐色の肌に、陽の光に煌く海の色を宿した瞳を持つ我が一族は、類まれなる操船技術と、海からとれる真珠魔石の加護を受けて穏やかに暮らしていました。
月の精霊神の加護を持つ大国ディシャールとは、早い段階から仲の良いお付き合いがあったと歴史書は語っています。
そんなディシャールとシェイテリンデの関係が悪化したのは、先代の国王の御世の事。私が生まれるずっと前の事です。
隣接する南大陸が突如として、それまで散り散りであった砂漠の民を原王と名乗る蛮族が統一し、西大陸への侵略戦争を起こしたのです。
ディシャールは建国当時、西大陸でいくつもの国が争いをしあい、当時あった国家が全滅したところに祖たる建国王が現れ、月よりやってきた精霊姫と共に12の試練を乗り越えて西大陸を平定したという歴史を持ちます。
そのため、西大陸内でディシャールは圧倒的な国土と武力を持つのですが、対外的な侵略戦争には消極的な性質を持っています。
然しながら、その歴史故に、守護の武力はどこまでも強く、鉄壁の守りを持つ国でいらっしゃいました。原王がどういう存在であれ、直接的にディシャールを攻めるなら、鉄壁の守りを持つかの国へそんなに簡単には戦争を仕掛けなかったでしょう。
そんなディシャールを攻め落とすために、原王率いる砂漠の民は手始めにシェイテリンデを制圧しました。
これは、当時のシェイテリンデの宰相が野心を滾らせていたことに起因します。
簡単にまとめますと、その当時の王太子であった現在のシェイテリンデ国王陛下に自身の娘を嫁がせ、王家乗っ取りを企てたようとした策が敗れた末に、酷い悪あがきをした結果、南大陸の原王にシェイテリンデを差し出した末の出来事でした。
王太子を含め王族は抵抗を示しましたが、離島監獄に幽閉され、その王族を尊ぶ民たちは、王たちの命を人質に、原王の隷属させられたようなものでした。
小さな島国の民であるシェイテリンデの民にとって、王族は家族であり象徴であり、全てす。
屈辱をまといながら誇り高きシェイテリングの民は、囚われた我が王の為に盟友であるディシャールと戦うため、悲しみと屈辱に唇を咬みながら矛をとりました。
海の民と名乗るだけあって、我が国の操船技術はディシャールの軍事力を上回るだけの力があり、これにディシャールは大きく手こずることとなりました。
結果としては、12公爵家がひとつ、竜を祖先に持つリブレット公爵が治めるディシャールの海の玄関口、公爵領アレクシオを突破することはできませんでしたが、我が国との交戦は双方に甚大な被害を出すことになり、結果として両国の遺恨となる結果となりました。
これは、この戦争の中盤に南大陸の原王が、うっかりと東大陸の龍帝国に手を出し返り討ちになって瓦解した後も、悪あがきを続けた宰相のせいで冷戦となって数年続き、結局悪しき宰相を現国王陛下が打倒し、政権をその手に取り戻した現在に至るまで、消える事無く残ることになりました。
この事実だけで私が生まれる前の話と言えど、それほどまでに激しい戦いだったことを物語るには十分でしょう。
なぜ、こんなに長々と、この2つの国の歴史を語っているかと言えば、ここまで私の置かれている現状へ繋がる物語だからです。
申し遅れました。
私、ルシェーナ・リ・アリアドス・シェイテは、2年前までシェイテリング国の国王陛下の第5子である第三王女でした。
上には王妃様が産んだ双子の姉妹王女と、第一側妃様と第二側妃様が産んだ兄王子が2人いまして、私は既に故人となっている第三側妃の最初で最後の娘としてこの世に生を受けた、現シェイテリンデ王家の末の王女でした。
さて、今はと問われましたら、私は隣に立つ男性を仰ぎ見ます。
『今の君を俺が愛することはない』
初めての顔合わせの時に、とても響きのいいバリトンで囁くように言われた言葉を思い出しながら、私は私の隣に立つ殿下に上から下へと視線を走らせます。
私よりもうんと背の高い雄々しく立派な体躯を持ち、柔らかくて繊細な淡い金髪をゆるく流していらっしゃる様子は控えめに言って精霊神様のような美丈夫で、深海を思わせる紺碧の瞳を伏せた様子は、とても知的に見えます。
この方が、冷酷なる青薔薇の英雄と名高いディシャール国の王弟殿下であらせられるパーシヴァル・ブラジリア・ランフォールド殿下です。
御年、27歳のこの方は、2年前に当時15歳で、今日17となった私の政略的な意味合いで婚儀を果たした、私の唯一の旦那様でいらっしゃいます。
始まりは3年前、長きにわたる遺恨を摘み取るため、今再び両国の間に親交を巡らせるために開かれた国家会談で私とパーシヴァル殿下の婚姻は定められました
10も年の離れた、しかも遺恨がある国の王女を、政略の為とはいえ娶らざるを得なかった殿下の心境はいったいどんなものだったのでしょう。
更に言えば、私はシェイテリンデ国王陛下を父に持つ王女ですが、母は下級貴族の出の第三側妃でした。私を生んですぐに儚くなった母には、分かりやすい後ろ盾は殆どなく、戦後の処理に追われていた王家に生まれた、見目だけは王族のハズレ姫と言うのが、国内での私の評価です。
シェイテリンデの民特有の褐色の肌に、海の色を宿した瞳。銀色というにはいささか濃い灰色の髪はシェイテリンデの民の特徴を分かりやすく引き継いでいましたが、顔立ちはおそらく平凡です。
特に秀でた物もなく、後宮で暮らしているだけの見目も後ろ盾もないハズレ姫。
そんな私がディシャールに嫁ぐなど、私自身本当に驚いたものです。
この国に来た当時は婚姻が決まってから1年経ち、私は15歳になっていましたが、白い肌を最も尊ぶディシャールの民には戦で長く交流が無かったことも相まって、シェイテリンデの民特有の褐色の肌にひそひそと噂されたものです。
対して、我が旦那様はディシャールにおいて、青薔薇の英雄と謳われる美丈夫です。
5年前、東大陸に打ち負かされて瓦解し、元の砂漠の民の国家に戻ったはずの南大陸に「原王の息子」と名乗る輩が現れ、無謀にも西大陸に再度侵攻しようとしたことがありました。
その際に、類まれなる水の魔力を駆使して防衛線を繰り広げ、単身敵の船に乗り込むと武力を以てして敵を圧倒し、絶対的なる勝利を収めたのですから当然でしょう。
その時に、命乞いをする原王の孫に一切の恩情を見せずに処刑を執行したことも影響して、ついた通り名は「冷酷なる青薔薇の英雄」。
第一王子が絶対的な跡取りであるディシャールでなければ、きっと王にもなれたでしょう。
英雄と呼ばれるようになった戦争直後、婚約者がいなかった殿下には国内外からたくさんの良縁があったというのも頷ける話です。
それと同時に、国内外の貴族子女が喉から手が出るほど欲しいその場所に、政略的な意味合いが強いと言えど、ちゃっかりと収まった私に対する嫌悪と悪意も、仕方ないと言えば仕方のない話です。
悪意にも、嫌がらせにも、慣れています。
なんせ私は、ハズレ姫なので。
生まれてから物心のつく7つまでの間、離宮で侍女にほったらかしにされていましたから、割と1人で大体の事が出来てしまう程度に、神経が図太いのが自分の良いところだと思っています。
今日だって、私の17歳の誕生日を祝う宴ですが空気はとても微妙です。
ディシャールの王宮の広間は豪奢に飾られ、盛大に祝われているように見えますが、人が纏う空気はぴりりと緊張感を纏っており、控えめに言って居心地が悪いです。
元ではありますが敵国のハズレ姫の誕生日を、ディシャール貴族の皆さまは祝う気が起きないのでしょう。一番祝わなきゃいけないはずの殿下が不機嫌そうですから致し方ありません。青と銀の色をした正装に身を包んだ殿下の眉間にはずっと深い皺が寄っていて、周りの空気が凍り付いています。
そんな殿下を私がじっと窺えば、殿下は紺碧の瞳を細めて顔を背けると、チッと舌打ちをしました。
不機嫌さを隠さない殿下のその態度に、周りの貴族たちが更に凍り付きながら、ひそひそと噂をしはじめます。
「相変わらず、王弟殿下ご夫妻は仲がお悪くていらっしゃる」
「無理もない、未だに子供のような王弟妃が唯一の妻だぞ。国家間の約束のせいで側妃も娶れないんだから、そりゃあ苛立つってものさ」
「血筋がいいわけでもないハズレ姫だしな。英雄だっていうのにハズレを掴まされて、おまけにこんなに盛大に誕生日を祝わなきゃいけないんだから、英雄様も大変だよ」
「あぁ、可哀想なパーシヴァル殿下。あんな小娘と夫婦でいなくてはならないなんて」
なんて声が、そこかしこから聞こえてきます。
その発言を不敬だと言う事は簡単ですが、言いたくなる気持ちが分かってしまうのが辛いところです。
そんな複雑な思いを感じて、私は思わず扇で口元を隠しながらため息をつきました。
その瞬間に、私の上からじろりと睨み付ける視線を感じます。
見上げれば、パーシヴァル殿下の眉間の皺が更に深くなっているのが見えます。
やってしまいました。
「今宵の宴はもうお開きだ」
ばさりと、マントをはためかせて、パーシヴァル殿下は私の手を引きながら広間をあとにしました。
体躯の大きな殿下に小さな私は必死でついて行きますが、思わず足がもつれてしまいました。
その様子を見て、パーシヴァル殿下はまた目を細めると、大きく息を吐いて先に行ってしまいました。
周りの貴族のひそひそとした声を背中に受けながら、私は肩をすくめてからくるりと向き直ります。
「今宵は、私の生まれ日をお祝いしてくださりありがとうございました。殿下が退室されましたので、私もそれに倣うことに致します。皆さまはどうかこの後も、お時間が許されるまで宴をお楽しみ下さい」
淑女の礼をしてそう告げれば、ひそひそ声はぴたりと止みました。
それから、体裁を整えるための拍手が聞こえてきたのを待ってから、私も広間をあとにします。
すぐに私の側へとやってきた侍女に殿下の行方を尋ねれば、「お部屋にお戻りになりました」と告げられ、やっぱり私はため息をつきます。
あぁ、今夜も長くなりそうです。
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