病弱令嬢ですが愛されなくとも生き抜きます〜そう思ってたのに甘い日々?〜

白川

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本編

18 最終話

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「本当にとてもお美しいです」
「エマったら、もう泣いてしまうの?」
「私だって幼い頃からお嬢さまをお側で見てきたのですから」

 柔らかなレースがふんだんに使われ、大きく広がる裾と胸元には花が丁寧に刺繍されており、少し動いてみると星が瞬くようにダイヤが煌めく。
 その純白のウェディングドレスを身に纏っていると、本の中のお姫さまになったかのような夢心地がした。
「彼女にはあらためて御礼を言いたいわ」
 このドレスが届けられて大喜びする私を見て嬉しそうな表情を浮かべた彼女は、既にデザイナーとして次の仕事に取り掛かっており式は欠席となったのだ。



「アイリスお嬢さま。私エマはこれからも一生涯お嬢さまのお側で御使いさせていただきたいです」
 私の後ろでしくしくと泣いていたエマが鏡越しに真っ直ぐな眼差しを送ったあと、頭を下げた。
 これは騎士同様、専属として仕える者の忠誠の儀式のようなものだ。
「……エマ、貴女のことを心から大切に想ってるわ。私の側にいて」
 縛り付けてしまう不安がないといえば嘘になるが、それを態度に出さば彼女の覚悟を傷つけることになる。
 儀式として頭に触れるとエマは太陽のような笑顔を見せ、ホッとした様子で肩を下ろした。




 ────コンコン。
 ドアを軽く叩く音が聞こえる。
「アイリスさま、イザークさまをお通ししても宜しいでしょうか?」
 リューヌの問いかけに鼓動が跳ねる。
 ついに花嫁姿をイザークさまにお見せするのだ。
「ええ、もちろんよ」
 常日頃から正しい姿勢でいるつもりだけれど、改めて背筋を伸ばして鏡に向いたまま彼を待つ。

「……見て良いか」
 どこか緊張したような声音に振り返れば、ついとなる金の刺繍が入った白いタキシードの彼が目に入り、眩しい。
 そんな彼も私と同じように目を細めてしばらく眺めてから一言呟く。

「今まで見てきた何よりもアイリスが美しい」

(イザークさまは照れもせずに何故このようなことを平気でおっしゃることができるの?)
 瞬間は心の声など出せず、ただ顔を熱くさせて目を伏せることしかできなかった。

「イザークさまこそ素敵でとても格好良いです」
 本当の王子のようだと思ったが、この国には本物の王族がいるのだから言葉に出してはないけない。
 その代わり、真っ直ぐに気持ちを伝えると今度はイザークさまが耳を赤くして顔を背けた。


「おやおや。結婚式だというのに、まだお二人は初々しくて微笑ましいですね」
 面白がってからかっているのが手に取るようにわかるリューヌに向けて、イザークさまは軽く怒っていた。
 ────怒ると言っても、親に誂われた幼子が拗ねているようにだけれど。
 そんな姿も愛おしく感じるのだった。









 合唱団の神秘的な歌声が聴こえてくると、教会の扉が開かれる。
 この結婚式は国の重鎮や、これから長いお付き合いとなる貴族達、そして滅多に参列されることのない王や王太子を含む王族の方々までもが参列してくださっている。
 そんな中を歩くウェディングロードは緊張するけれど、真っ直ぐ前を見据えるとイザークさまがこちらに微笑みを向けて待っている。
 彼に向かって歩けば、怖くない。

 それに、エマやリューヌ、オリヴィアとノアさん私の大切な方たちがいる。
 そう思い歩いていると、遠い記憶で甘やかしてくれた姉が目に入り、覚悟は決まっていてもやはりどこか淋しいものは淋しいのだなと、涙が浮かびそうになるのをこらえた。

 長い道のりを経て祭壇の前に立つ。
 お父さまは腕を離すと私を一目し、首を縦に一度だけ振った。
 その意図はまだ分からないけれど、この式が終われば本当に同じ家門ではなくなってしまう。



「この世で最も美しい花嫁だ」
 私の緊張を解こうとしてくださっているのか、小さな段をエスコートしながら私にしか聞こえない声で伝えてくる。

「新郎イザーク・アンスリウムは新婦アイリス・ブロッサムを病める時も健やかなる時も、その命ある限り愛し、尽くすことを誓いますか?」
「はい。誓います」
 凛々しく低いその声には、重みがあった。
「新婦アイリス・ブロッサムは新郎イザーク・アンスリウムを病める時も健やかなる時も、その命ある限り愛し、尽くすことを誓いますか?」
「はい。誓います」
 神父さまは私と彼の顔を見て微笑んだ。
「では、誓いのキスを」
 
 ベールをあげられて、優しい笑みを向けているイザークさまと誓いのキスを交わす。
 たくさんの祝福の拍手に包まれる中、この上ない幸せを感じる。


 

 リングボーイはアダンにお願いした。
 今まで見たことがないほどの緊張した面持ちで前に出す手足が同じになりながらも、指輪を大事に運んで歩いてくる姿が可愛らしい。
「おめでとうございます!」
「ありがとう」
 イザークさまに無事に指輪が届けられ、指輪の交換へと移る。
 
 指輪を薬指に嵌めてもらいながら、プロポーズの時を思い出す。
 まず私を想って考えてくださったということが嬉しいというのに、更には二人にとって大切なあの場所を、景色を贈ってくださり、常に身につけられることが本当に嬉しい。
「ふふっ」
 つい笑みがこぼれると釣られて彼も小さく声を出して笑う。
 
 私からイザークさまの薬指に指輪を嵌めると、彼はその様子を見たあと私を見つめる。


 この上なく幸せを感じるのは、大勢の参列者からの拍手ではない。
 もちろん有り難く喜ばしいのだけれど、そういうことではなく。
 彼の瞳が君が何よりも大切だと、愛していると、優しく語りかけるように私を映すから────。
 その瞳を見ると切なくて、安心して、けれど胸が高鳴って……そんな大好きな瞳なのだ。
 

 優しく手を取り、その瞳で奥底まで見つめられる。
「アイリス、今もそしてこれからも君を心から愛してる。一生共に歩もう」 
 涙でにじんだ視界でも、貴方の眼差しがわかる。
「私も、私もイザークさまを愛しています。一生イザークさまと歩みます」
「……有難う」
 
 抱きしめられれば、落ち着く香りに包まれる。
 体温を感じて、心臓の音が聞こえる。
 心臓の音と一緒に感情が流れ込んでくる。



 ────嘘偽りなく相手にも、神に誓える、そんな人に出逢えた私はこの先何があろうとも本当に幸せ者だわ。
 貴方と歩む人生は、この先どんなことが待ってるのかしら。








 
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