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本編
15 共にする夜
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「あの、イザークさま?やはり式を挙げる前に夜を過ごすのはよろしくないのでは……」
湯浴みを済ませ、薄いリネンの服を身に纏う彼を見ると頰が熱くなるのを感じる。
「アイリスの身の安全が第一だろう。ただ同じ寝台で過ごすことがそこまで問題なのか?」
今の私たちは、挙式後のために用意されていた夫妻部屋の大きなベッドに横になっている。
私のためを思ってくださるからこそだ、そう思うとそのまま流れに身を任せてしまったのだけれど……そう心のなかで一人葛藤する。
「それとも、怖いのか?それなら俺は端で寝て背を向けよう。アイリスが怖いと感じることは何もしない」
「怖いということでは決してありません!ただ、いくら私たちが眠っているだけだとしても何だか噂がたってしまいそうで……」
心配そうにこちらを伺っていた彼が、途端に口角を上げた。
「そんなことなら気にするな。仮に勘違いされたとして、誰も責める者などいない」
「責められるというだけのお話ではないのです!恥ずかしいではないですか!」
耳まで熱くなるのを感じながら抗議するが、余計悪戯っ子のように笑うだけだ。
「笑わないでください」
つい幼子のように拗ねると彼は落ち着いて表情を和らげる。
「ああ、すまない。俺はただ君を守りたいだけだ。頼むからこうすることを許してくれないか」
熱くて優しいその瞳を見てしまえば、頷くことしかできないのだ。
(それをきっとイザークさまは解っていらっしゃるから、こんなにも近づいて見つめてくるのだわ。誠実で、真っ直ぐで、愛に溢れたほんのちょっぴりずるい御方。)
「アイリス、安心して休め」
「はい。おやすみなさい」
眠りにつく前の挨拶を交わすと、イザークさまはやはり距離を保って目を閉じただけ。
その心遣いが嬉しいのだけれど、もう少しそばにいてほしい────。
そんなわがままな感情が芽生えてしまう。
躊躇いながらも、柔らかなシーツの上で近づき彼の顔を下から覗き込んだ。
涼し気な目元は鋭いけれど、私を見つめる瞳はいつも温かい。
眉の傷跡は彼が戦った証として皆から褒め称えられ、騎士からも憧れられる勲章だ。
本当は、大切な貴方の身に危険が迫ることなどしないでほしいと思ってしまう。
そんなことはイザークさまにはもちろん、誰にだって口が裂けても言えないのだけれど────。
ただ、これだけは。
「私にとっても貴方が大切です」
そう、いつも私や周りのことばかり考えている貴方だって大切な存在。
騎士団長としてまた戦場へと向かってしまうのは解っているけれど、貴方を想う私がいる。
もう寝なくてはとすぐ隣で目を閉じると、クスクスと小さな笑い声が聞こえてきた。
おかしい、そう心の中で呟き閉じたばかりの目を再び開けるとイザークさまが私を見て微笑んでいたのだ。
「き、聞いていらっしゃったのですか?」
「ああ。この耳で確かに」
「もう寝ていらっしゃるかと思って……恥ずかしいです」
「君を守るために共に過ごしているのだから、先に一人ぐっすり眠るだなんてしないさ」
穏やかな低音が耳を擽り、心臓の音が大きくなった。
「……寂しいのか」
普段より少し掠れたで囁かれる。
「どうしてそのようなことお聞きになるのですか?」
「君が、自ら近づいているから。慣れない状況だし寂しいのかと思ってな」
言われた言葉に一気に顔に熱が集まった。
「私ったら、申し訳ありません……」
「なぜそうすぐ謝る。何も怒ってないし、アイリスが悪いことなどないだろう」
窘める甘い声音。
「だって……イザークさまは気遣ってくださったのに、私から勝手に近づいてしまうだなんて」
自分勝手で、はしたないと思われても仕方のないことだ。
「君が信頼してくれているのだと俺は嬉しく思う」
恥ずかしくてまた俯き無言になってしまうと、彼は楽しそうに笑う。
「アイリスが良いのであればこうして毎晩共に寝よう」
「ま、毎晩ですか……?」
「嫌か?」
「嫌じゃ、ないですけれど」
「ならそうしよう。……今度は本当におやすみ、アイリス」
硬い掌に頬を包まれ瞼を閉じると、すぐに深い夢に落ちていった。
「君のためにも、君が想ってくれる自分自身のためにも、もっと強くならなくては」
その言葉はどちらのものだったのかわからない。
湯浴みを済ませ、薄いリネンの服を身に纏う彼を見ると頰が熱くなるのを感じる。
「アイリスの身の安全が第一だろう。ただ同じ寝台で過ごすことがそこまで問題なのか?」
今の私たちは、挙式後のために用意されていた夫妻部屋の大きなベッドに横になっている。
私のためを思ってくださるからこそだ、そう思うとそのまま流れに身を任せてしまったのだけれど……そう心のなかで一人葛藤する。
「それとも、怖いのか?それなら俺は端で寝て背を向けよう。アイリスが怖いと感じることは何もしない」
「怖いということでは決してありません!ただ、いくら私たちが眠っているだけだとしても何だか噂がたってしまいそうで……」
心配そうにこちらを伺っていた彼が、途端に口角を上げた。
「そんなことなら気にするな。仮に勘違いされたとして、誰も責める者などいない」
「責められるというだけのお話ではないのです!恥ずかしいではないですか!」
耳まで熱くなるのを感じながら抗議するが、余計悪戯っ子のように笑うだけだ。
「笑わないでください」
つい幼子のように拗ねると彼は落ち着いて表情を和らげる。
「ああ、すまない。俺はただ君を守りたいだけだ。頼むからこうすることを許してくれないか」
熱くて優しいその瞳を見てしまえば、頷くことしかできないのだ。
(それをきっとイザークさまは解っていらっしゃるから、こんなにも近づいて見つめてくるのだわ。誠実で、真っ直ぐで、愛に溢れたほんのちょっぴりずるい御方。)
「アイリス、安心して休め」
「はい。おやすみなさい」
眠りにつく前の挨拶を交わすと、イザークさまはやはり距離を保って目を閉じただけ。
その心遣いが嬉しいのだけれど、もう少しそばにいてほしい────。
そんなわがままな感情が芽生えてしまう。
躊躇いながらも、柔らかなシーツの上で近づき彼の顔を下から覗き込んだ。
涼し気な目元は鋭いけれど、私を見つめる瞳はいつも温かい。
眉の傷跡は彼が戦った証として皆から褒め称えられ、騎士からも憧れられる勲章だ。
本当は、大切な貴方の身に危険が迫ることなどしないでほしいと思ってしまう。
そんなことはイザークさまにはもちろん、誰にだって口が裂けても言えないのだけれど────。
ただ、これだけは。
「私にとっても貴方が大切です」
そう、いつも私や周りのことばかり考えている貴方だって大切な存在。
騎士団長としてまた戦場へと向かってしまうのは解っているけれど、貴方を想う私がいる。
もう寝なくてはとすぐ隣で目を閉じると、クスクスと小さな笑い声が聞こえてきた。
おかしい、そう心の中で呟き閉じたばかりの目を再び開けるとイザークさまが私を見て微笑んでいたのだ。
「き、聞いていらっしゃったのですか?」
「ああ。この耳で確かに」
「もう寝ていらっしゃるかと思って……恥ずかしいです」
「君を守るために共に過ごしているのだから、先に一人ぐっすり眠るだなんてしないさ」
穏やかな低音が耳を擽り、心臓の音が大きくなった。
「……寂しいのか」
普段より少し掠れたで囁かれる。
「どうしてそのようなことお聞きになるのですか?」
「君が、自ら近づいているから。慣れない状況だし寂しいのかと思ってな」
言われた言葉に一気に顔に熱が集まった。
「私ったら、申し訳ありません……」
「なぜそうすぐ謝る。何も怒ってないし、アイリスが悪いことなどないだろう」
窘める甘い声音。
「だって……イザークさまは気遣ってくださったのに、私から勝手に近づいてしまうだなんて」
自分勝手で、はしたないと思われても仕方のないことだ。
「君が信頼してくれているのだと俺は嬉しく思う」
恥ずかしくてまた俯き無言になってしまうと、彼は楽しそうに笑う。
「アイリスが良いのであればこうして毎晩共に寝よう」
「ま、毎晩ですか……?」
「嫌か?」
「嫌じゃ、ないですけれど」
「ならそうしよう。……今度は本当におやすみ、アイリス」
硬い掌に頬を包まれ瞼を閉じると、すぐに深い夢に落ちていった。
「君のためにも、君が想ってくれる自分自身のためにも、もっと強くならなくては」
その言葉はどちらのものだったのかわからない。
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