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本編
執事リューヌの胸中《5.6参照》
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私はお坊ちゃま、もといイザークさまの専属執事として長いことお側でお仕いしております。
ただの執事ではなく影としてお支えする立場ですから、私自身いちいち感情の起伏を起こすのは煩わしく、時にイザークさまも噂通りのお人にならなくてはなりません。
厳しい指導を受けられ続けた後に、後継者として徐々にお仕事を引き継いでいかれ騎士団長として戦地に赴く日々。
そのような日常を送られることから、冷酷無慈悲と囁かれる面が日に日に増えていったのです。
ついにそんな主人にも政略結婚のためとはいえご婚約者さまができました。
本来お優しい方なので、数少ない情報からアイリスさまのお部屋を用意したり、お身体のこともとても気にかけていらっしゃるように見受けられます。
とはいえ、まさかここまでお気にされるとは思いませんでしたね。
「私をアイリスさまのお付きに、ですか?」
「ああ。リューヌは護衛にもなる。彼女の側にいるのなら心強い」
いくら何でも前代未聞だぞ、とさすがの私も笑顔を貼り付けている頬が突っ張りました。
「頼むぞ」
そんな私のことなど一切気にかけずそう一言言い残し、颯爽と背を向けていってしまうのでした。
「……煩わしい視線を浴びるのは私なのですがねぇ」
さっそく翌日アイリスさまにご挨拶をさせていただきました。
「朝から失礼いたします。私イザークさまの専属執事を務めております、リューヌと申します。イザークさまがご不在時に何かございましたら、いつでも私にお申し付けください」
「リューヌさん、ご親切にありがとうございます」
微笑みを添えた礼の言葉は主人に、とは思いますが受け取ってもよろしいでしょう?
率直な感想としては物腰柔らかく穏やかな熟慮できる女性、おそらく荒野に立つ主人を癒やしてくださる。
その反面、はっきりと明言してしまいますと威厳がなく弱々しい。
簡単に崩されてしまいそうな彼女がこの家門の次期夫人など務まるのでしょうか。
今のままですと、いつか本当に壊れてしまいます。
まずは私に対する態度と言葉遣いを頑張っていただきましょう。
その後訓練場の見学のため馬車を走らせていた道中、アイリスさまが心配気にお声をかけてこられました。
「あの、少し疑問に思ったのですが、リューヌはイザークさまのお側にいらっしゃらなくてよろしいのですか?」
「ええ、問題ございません。イザークさまからのお申し付けですから」
「イザークさまが?どういうこと?」
困惑し瞬きを何度もしてしまう姿を見ながら、私がそこまで伝えるだなんてそのような野暮なことはしないと微笑むだけにとどめました。
「ヒヒーン!」
一瞬で私は気を引き締めました。
この道はなだらかな一本道で予定外のことが起きない限り、馬車を急速に止めることはないのです。
アイリスさまをエマに任せて飛び降りると、馬車の前で立っていたのは男子でした。
しかしいくらまだ幼いといえど、見逃すわけにはなりません。
腰に差している剣を抜き、その幼子に向けたのです。
すぐさま泣き出し、アイリスさまがその声をお聞きになられて馬車から出てきてしまいました。
これはアンスリウム家の人間として正しい御判断ではございませんねぇ。
「アイリスさま、馬車の中にいてくださいと言ったはずです」
「その子が何をしたっていうの?何もできない子供じゃない」
私を説得しようとしていますが、やはり彼女はわかっていらっしゃらない。
赤子から老人まで、皆敵になり得るのですよ。
「お戻りください。きっと貴女は酷く傷付きます」
アンスリウム家として、貴族として生きていくには致命的な程優しいお心をお持ちなのですから。
これで、素直に馬車へ戻ると思った。
「……私に話だけでも聞かせて。お願い、リューヌ」
「……」
「もし、それでこの子が本当に酷いことをしようとしていたのなら、もう、止めないから。だから、」
必死に幼子を守ろうとしていた。
自分の命を危ぶむかもしれない存在を信じて────。
何て愚かな人間なのだ。
そう思うのに、気づけば普段の私なら許さない選択を取ってしまったのです。
「……はぁ。もう、解りましたよ。ですがきちんと拘束はしますからね」
「ありがとう」
それから後にアダンと名乗った幼子は、おそらく私たちが危険視している組織の差し金で飛び出してきたこと、生きている環境を拙い口調で話してくれたのです。
アイリスさまのご対応がなければ、知ることはできなかったでしょう。
「粗方理解できました。説明をありがとう。君がしたことはとても危ないし、してはいけないことだけれど、とても怖い思いをさせてしまいましたね。本当にごめんなさい」
アダンに申し訳なさを抱いたことと不憫に感じたことから、一度きりの支援を申し出ました。
「本当に!?ありがとう!」
アダン本人はとても喜びましたが、予想外なことにアイリスさまは止められ、仕事を与えられないかと仰られたのです。
屋敷の仕事は絶対にいけませんが、騎士団なら宜しいのではないかという話になりました。
アダンも騎士に守ってもらったことがあるのだと喜び、跳び跳ねる姿を見て心が温まりました。
躊躇いなく剣を抜く私も人の子ですからね、善良な子どもには健康に幸せに育ってほしいと思いますよ。
「恐らく訓練の合間にこちらに来られるかと。その時にお話しましょうか」
「ええ。……大丈夫かしら?」
全く隠すことのできない不安なお顔を向けられるアイリスさまに、私は自信を持ってお答えできました。
「きっと大丈夫ですよ。私の御使いするイザークさまは、助けられる命を見捨てません」
そうお伝えすると「安心した」とお顔に出られる様子を見て可笑しく思えました。
とても真っ直ぐで愚かな御方、しかし弱いようで芯があり人を幸せにできる御方。
私がアイリスさまへの見方を少し変えた出来事でした。
ただの執事ではなく影としてお支えする立場ですから、私自身いちいち感情の起伏を起こすのは煩わしく、時にイザークさまも噂通りのお人にならなくてはなりません。
厳しい指導を受けられ続けた後に、後継者として徐々にお仕事を引き継いでいかれ騎士団長として戦地に赴く日々。
そのような日常を送られることから、冷酷無慈悲と囁かれる面が日に日に増えていったのです。
ついにそんな主人にも政略結婚のためとはいえご婚約者さまができました。
本来お優しい方なので、数少ない情報からアイリスさまのお部屋を用意したり、お身体のこともとても気にかけていらっしゃるように見受けられます。
とはいえ、まさかここまでお気にされるとは思いませんでしたね。
「私をアイリスさまのお付きに、ですか?」
「ああ。リューヌは護衛にもなる。彼女の側にいるのなら心強い」
いくら何でも前代未聞だぞ、とさすがの私も笑顔を貼り付けている頬が突っ張りました。
「頼むぞ」
そんな私のことなど一切気にかけずそう一言言い残し、颯爽と背を向けていってしまうのでした。
「……煩わしい視線を浴びるのは私なのですがねぇ」
さっそく翌日アイリスさまにご挨拶をさせていただきました。
「朝から失礼いたします。私イザークさまの専属執事を務めております、リューヌと申します。イザークさまがご不在時に何かございましたら、いつでも私にお申し付けください」
「リューヌさん、ご親切にありがとうございます」
微笑みを添えた礼の言葉は主人に、とは思いますが受け取ってもよろしいでしょう?
率直な感想としては物腰柔らかく穏やかな熟慮できる女性、おそらく荒野に立つ主人を癒やしてくださる。
その反面、はっきりと明言してしまいますと威厳がなく弱々しい。
簡単に崩されてしまいそうな彼女がこの家門の次期夫人など務まるのでしょうか。
今のままですと、いつか本当に壊れてしまいます。
まずは私に対する態度と言葉遣いを頑張っていただきましょう。
その後訓練場の見学のため馬車を走らせていた道中、アイリスさまが心配気にお声をかけてこられました。
「あの、少し疑問に思ったのですが、リューヌはイザークさまのお側にいらっしゃらなくてよろしいのですか?」
「ええ、問題ございません。イザークさまからのお申し付けですから」
「イザークさまが?どういうこと?」
困惑し瞬きを何度もしてしまう姿を見ながら、私がそこまで伝えるだなんてそのような野暮なことはしないと微笑むだけにとどめました。
「ヒヒーン!」
一瞬で私は気を引き締めました。
この道はなだらかな一本道で予定外のことが起きない限り、馬車を急速に止めることはないのです。
アイリスさまをエマに任せて飛び降りると、馬車の前で立っていたのは男子でした。
しかしいくらまだ幼いといえど、見逃すわけにはなりません。
腰に差している剣を抜き、その幼子に向けたのです。
すぐさま泣き出し、アイリスさまがその声をお聞きになられて馬車から出てきてしまいました。
これはアンスリウム家の人間として正しい御判断ではございませんねぇ。
「アイリスさま、馬車の中にいてくださいと言ったはずです」
「その子が何をしたっていうの?何もできない子供じゃない」
私を説得しようとしていますが、やはり彼女はわかっていらっしゃらない。
赤子から老人まで、皆敵になり得るのですよ。
「お戻りください。きっと貴女は酷く傷付きます」
アンスリウム家として、貴族として生きていくには致命的な程優しいお心をお持ちなのですから。
これで、素直に馬車へ戻ると思った。
「……私に話だけでも聞かせて。お願い、リューヌ」
「……」
「もし、それでこの子が本当に酷いことをしようとしていたのなら、もう、止めないから。だから、」
必死に幼子を守ろうとしていた。
自分の命を危ぶむかもしれない存在を信じて────。
何て愚かな人間なのだ。
そう思うのに、気づけば普段の私なら許さない選択を取ってしまったのです。
「……はぁ。もう、解りましたよ。ですがきちんと拘束はしますからね」
「ありがとう」
それから後にアダンと名乗った幼子は、おそらく私たちが危険視している組織の差し金で飛び出してきたこと、生きている環境を拙い口調で話してくれたのです。
アイリスさまのご対応がなければ、知ることはできなかったでしょう。
「粗方理解できました。説明をありがとう。君がしたことはとても危ないし、してはいけないことだけれど、とても怖い思いをさせてしまいましたね。本当にごめんなさい」
アダンに申し訳なさを抱いたことと不憫に感じたことから、一度きりの支援を申し出ました。
「本当に!?ありがとう!」
アダン本人はとても喜びましたが、予想外なことにアイリスさまは止められ、仕事を与えられないかと仰られたのです。
屋敷の仕事は絶対にいけませんが、騎士団なら宜しいのではないかという話になりました。
アダンも騎士に守ってもらったことがあるのだと喜び、跳び跳ねる姿を見て心が温まりました。
躊躇いなく剣を抜く私も人の子ですからね、善良な子どもには健康に幸せに育ってほしいと思いますよ。
「恐らく訓練の合間にこちらに来られるかと。その時にお話しましょうか」
「ええ。……大丈夫かしら?」
全く隠すことのできない不安なお顔を向けられるアイリスさまに、私は自信を持ってお答えできました。
「きっと大丈夫ですよ。私の御使いするイザークさまは、助けられる命を見捨てません」
そうお伝えすると「安心した」とお顔に出られる様子を見て可笑しく思えました。
とても真っ直ぐで愚かな御方、しかし弱いようで芯があり人を幸せにできる御方。
私がアイリスさまへの見方を少し変えた出来事でした。
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