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本編
12 溺愛の序章
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私は政略結婚として嫁ぎにきた立場だというのに、連日部屋に閉じこもってしまっている。
ご迷惑をおかけしたくないという思いと、心の整理に時間がかかったのだ。
そろそろ踏み出さなければ────。
一人で決意を固めていると大きな足音が近づいてくる。
「お嬢さま!大変です!」
「ちょっとエマ、落ち着いて。一体どうしたというの?」
「こちらの新聞が朝から町中に配られているのです」
受け取った新聞を見て目を丸くした。
「これ、ノアさまやリリーさま方の……?」
「アイリスに話がある。入るぞ」
イザークさまの声が聞こえ、どうしようかと悩んでいる間にリューヌと共に部屋に入ってこられた。
「おや?もうご覧になられたのですね」
(天使のような微笑みなのに、触れてはいけない気がするのはどうしてかしら……)
「以前彼女たちには家門そのものに問題があるようだと話していただろう。その調査が終わり、睨んだ通りの真っ黒だった。その新聞に出てる汚職関係は序の口だな。つまり最低限の配慮はされたが処分という訳だ」
まだ現実味がないけれど、淡々とした報告を受けると少しずつ自分の中で整理されていく。
「貴族を処分だなんて相当ご苦労なさったのでしょう?お疲れ様です。それなのに結局ご迷惑おかけしてしまって、ごめんなさい」
申し訳なくて仕方がなく、俯いてしまう。
すると大きな体に包まれた。
「辛かっただろう。ずっと部屋で一人苦しい思いをさせてすまなかった。もっと早く話を聞けばよかった」
また謝らせてしまったのが心苦しい。
いつもイザークさまは優しく寄り添ってくださるのに、勝手に一人で悩んでいたのは私だ。
「そのようなこと仰らないでください。私が悪いのです」
「もう謝るな」
耳元で囁かれたのは、幼子を窘めるような声だった。
「ずっと抱き締めてないで説明したらどうです?」
リューヌがいつの間にか近くで立っており、恥ずかしくてすぐに離れた。
「……言われずともわかっている」
「そうです?私がお声を掛けなければ、抱き締めているだけで日が暮れていたと思いますがね」
心底楽しそうに誂うリューヌと、それに反論せず黙っているイザークさまを見て、笑いがこみ上げてくる。
「ふふ、お二人は仲がよろしいのですね」
「昔からの付き合いなだけだ」
エマと私みたいだと頬が和らいだのを見た瞬間、急に真剣な表情になられた。
「アイリスに断言する。彼奴等が言っていたことは全て嘘だ。このことについても不敬罪として扱った。君のことを嫌だと思ったことなど一度たりともない。だから、安心して俺を頼れ」
その瞳を見れば彼の気持ちが手に取るように分かる。
嘘なんかじゃないってことも。
「どうしてそこまでお優しいのですか」
「……元々は婚約者として不自由ない生活にする義務というだけだった。だが今はアイリス、君に惹かれているのだ」
思ってもみなかった言葉に息をするのも忘れてしまう。
「しかし、政略結婚なのだから君を縛り付けることはしない。ただ信頼してほしい」
相変わらず眉間に深い皺が寄せられているけれど、怖くなんかなくてただ切ない。
「私も……イザークさまに惹かれています。これからは必ずイザークさまを信じます」
「では、政略結婚など関係なく改めて婚約者として過ごしてくれるか」
頬に熱が集まりながらも、小さく笑って答えた。
「ええ、喜んで」
また強く抱き締められ、ここまで愛情深い人だったなんてと思いながら笑っていると、何かを思い出したかのような様子で体を離した。
「そろそろ結婚式に向けて準備を進めなければならないのだが。……いつリューヌはいなくなっていたのだ」
「あら?エマもいないですね」
「少し休んでいてくれ。あと、これをアイリスに渡してほしいと人から預かった」
イザークさまは気まずそうに視線を彷徨わせた後、封筒を私に渡していなくなってしまった。
封筒を裏返して見れば、オリヴィアの名が書かれていた。
あわてて封を開けると便箋が入っており、丁寧に謝罪の言葉と事の経緯が綴られている。
「オリヴィア……これからも私たち友人よ」
本人に届くことはないが、そう呟いて胸にそれを抱き寄せた。
結婚式のことも、そしてこれからのことも、考えれば心配にはなってしまうけれどイザークさまがいればきっと大丈夫だと、今はそう確信している。
それと同時に、彼のためにも今まで以上に一生懸命生きると密かに誓ったのだ。
何故ならもう私たちは本当の婚約者で、アンスリウム夫妻となるのだから────。
ご迷惑をおかけしたくないという思いと、心の整理に時間がかかったのだ。
そろそろ踏み出さなければ────。
一人で決意を固めていると大きな足音が近づいてくる。
「お嬢さま!大変です!」
「ちょっとエマ、落ち着いて。一体どうしたというの?」
「こちらの新聞が朝から町中に配られているのです」
受け取った新聞を見て目を丸くした。
「これ、ノアさまやリリーさま方の……?」
「アイリスに話がある。入るぞ」
イザークさまの声が聞こえ、どうしようかと悩んでいる間にリューヌと共に部屋に入ってこられた。
「おや?もうご覧になられたのですね」
(天使のような微笑みなのに、触れてはいけない気がするのはどうしてかしら……)
「以前彼女たちには家門そのものに問題があるようだと話していただろう。その調査が終わり、睨んだ通りの真っ黒だった。その新聞に出てる汚職関係は序の口だな。つまり最低限の配慮はされたが処分という訳だ」
まだ現実味がないけれど、淡々とした報告を受けると少しずつ自分の中で整理されていく。
「貴族を処分だなんて相当ご苦労なさったのでしょう?お疲れ様です。それなのに結局ご迷惑おかけしてしまって、ごめんなさい」
申し訳なくて仕方がなく、俯いてしまう。
すると大きな体に包まれた。
「辛かっただろう。ずっと部屋で一人苦しい思いをさせてすまなかった。もっと早く話を聞けばよかった」
また謝らせてしまったのが心苦しい。
いつもイザークさまは優しく寄り添ってくださるのに、勝手に一人で悩んでいたのは私だ。
「そのようなこと仰らないでください。私が悪いのです」
「もう謝るな」
耳元で囁かれたのは、幼子を窘めるような声だった。
「ずっと抱き締めてないで説明したらどうです?」
リューヌがいつの間にか近くで立っており、恥ずかしくてすぐに離れた。
「……言われずともわかっている」
「そうです?私がお声を掛けなければ、抱き締めているだけで日が暮れていたと思いますがね」
心底楽しそうに誂うリューヌと、それに反論せず黙っているイザークさまを見て、笑いがこみ上げてくる。
「ふふ、お二人は仲がよろしいのですね」
「昔からの付き合いなだけだ」
エマと私みたいだと頬が和らいだのを見た瞬間、急に真剣な表情になられた。
「アイリスに断言する。彼奴等が言っていたことは全て嘘だ。このことについても不敬罪として扱った。君のことを嫌だと思ったことなど一度たりともない。だから、安心して俺を頼れ」
その瞳を見れば彼の気持ちが手に取るように分かる。
嘘なんかじゃないってことも。
「どうしてそこまでお優しいのですか」
「……元々は婚約者として不自由ない生活にする義務というだけだった。だが今はアイリス、君に惹かれているのだ」
思ってもみなかった言葉に息をするのも忘れてしまう。
「しかし、政略結婚なのだから君を縛り付けることはしない。ただ信頼してほしい」
相変わらず眉間に深い皺が寄せられているけれど、怖くなんかなくてただ切ない。
「私も……イザークさまに惹かれています。これからは必ずイザークさまを信じます」
「では、政略結婚など関係なく改めて婚約者として過ごしてくれるか」
頬に熱が集まりながらも、小さく笑って答えた。
「ええ、喜んで」
また強く抱き締められ、ここまで愛情深い人だったなんてと思いながら笑っていると、何かを思い出したかのような様子で体を離した。
「そろそろ結婚式に向けて準備を進めなければならないのだが。……いつリューヌはいなくなっていたのだ」
「あら?エマもいないですね」
「少し休んでいてくれ。あと、これをアイリスに渡してほしいと人から預かった」
イザークさまは気まずそうに視線を彷徨わせた後、封筒を私に渡していなくなってしまった。
封筒を裏返して見れば、オリヴィアの名が書かれていた。
あわてて封を開けると便箋が入っており、丁寧に謝罪の言葉と事の経緯が綴られている。
「オリヴィア……これからも私たち友人よ」
本人に届くことはないが、そう呟いて胸にそれを抱き寄せた。
結婚式のことも、そしてこれからのことも、考えれば心配にはなってしまうけれどイザークさまがいればきっと大丈夫だと、今はそう確信している。
それと同時に、彼のためにも今まで以上に一生懸命生きると密かに誓ったのだ。
何故ならもう私たちは本当の婚約者で、アンスリウム夫妻となるのだから────。
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