病弱令嬢ですが愛されなくとも生き抜きます〜そう思ってたのに甘い日々?〜

白川

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本編

イザーク視点 1.2.

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 いつも、恐れられていた。 

 誰もわたし自身のことなど見ていない。
 戦場で血と汗を流し、流させ、そしてそれをたたえられる。
 人を傷つけ、人々が恐れ離れるほど「イザーク・アンスリウム」という貴族騎士は揺るぎない地位と名声を築き上げるのだ。


「私は何故なぜ、騎士なんぞなってしまったのだろうか」

 今も鼓動している心臓は空虚くうきょになっていく。




 ────そんな時だった。

 父に呼び出され、またもや息子を戦場に送り込むのだと思った。
 しかし、それは思ってもみなかったことであった。

「お前にブロッサム家の次女、アイリス嬢と婚姻してもらう」
「……自分にはまだ早いかと。騎士団長になったばかりでやるべきことが嫌という程あります」
 少しだけ父への嫌味を込めた。
 それくらい許してくれと思う。
 物心ついた頃から、剣術に武術に戦術にと叩き込まれ続け、今では父の望んだ仕事は全て引き受けざるを得なくなったのだ。

 すると、父は射抜くような眼差しを向けてきた。

 私はこの目が大嫌いだ、逆らうことなどできないのだから。

「これは我が国のためだ。わかるだろう?例の件もある中で我々二つの家門が手を組めば、どれだけの利益が生まれ、強固な力となるか」

 それを聞いてもなお、断れる奴などこの国にはいない。

「……わかりました。しかし、アイリス嬢は御身体が弱いことで有名です。そんな彼女が俺の妻などあまりにも危険ではありませんか?」
「ああ。そのことはブロッサム家当主も気にかけておられたが、そもそも身体の弱い令嬢を迎え入れる家門は残念ながらなかなかいないだろう。向こうにも得はある」

 言い草に不快感を覚える。

「脅した、ということですか?」
「わざわざ脅さずともこの政略結婚は義務だ。しかしこちらに入ってもらうからには、衣食住と安全は保証しなければならない」
「私も日々常に側で守ることはできません」
「その間は外出させなければ良いだろう?」

 確かに屋敷は安全に近い。鍛え抜かれた護衛達を簡単に倒すことは困難だからだ。
 しかし、それで良いのだろうか。
 私の悩みとは裏腹に父はさも当然かのような振る舞いだ。

(……ここはアイリス嬢には悪いが、仕方がない。どれだけ私が恨みを買っているのか。そしてそんな男の妻となればどんな危険が迫るのか。)

「一週間後にアイリス嬢が到着される。準備しておけ」
「承知いたしました」



 覚悟を決めた私は、そんな短い期間で少ない情報を頼りに、アイリス嬢が好みそうなものを考え準備した。
 せめて屋敷の中だけでも快適に過ごせるように、と。

     





 怒涛どとうの一週間が過ぎ、遂には馬車が見えた。

「ブロッサム家よりアイリスさまのご到着です!」
 衛兵の一声とともに馬車が開けられる。


 俯きがちに降りてきた姿を見て、内気そうだが礼儀正しい女性なのだろうと感じた。
「お初にお目にかかります。ブロッサム家が次女アイリスでございます」
 カーテシーはどこかぎこちなさもあったが美しく、余程練習したのだろうと推測する。

「元の姿勢に戻って良い」
 そう言いながら差し出したてのひらに乗せられた彼女の手は、白くて小さくて細かった。
 こちらを見つめる瞳は深さがあって、吸い込まれそうで、自分のけがれが透けて見られる気さえした。

 それに対しての恐怖心だろうか?
 何とも言えない感覚になり、穏やかな初対面ではいられなかったと思う。


 母は何かを察したのだろう。
「遠い所から来られて疲れたでしょう。中にお入りになって?お茶にしましょう」
 その場を断ち切るように言うと、父上も同意しいつもの執事たちが手配を始めた。

「行くぞ」
「はい。ありがとうございます」 
 俺は和ませることもなく、淡々とエスコートをした。 

 何故ならばこの時、彼女が着けているブレスレットばかりに気を取られていたからだ。 

 その花のブレスレットは「一生を誓うほど愛する相手に渡し、それを受け入れるのならば着ける」という意味が込められた伝統的な文化なのだ。
 政略結婚なのだから、縛り付けるつもりはない。
 しかし、初めての顔合わせにまで着けるということは、それほどの想いがあるのだろう。

 触れている体温は冷たく、それは緊張しているのかしくは病弱だからなどと普段の自分であればすぐ理解できるはずなのに、想い人以外とこうして過ごしていることが嫌だからではないかと考えた。
 そうして屋敷の中を歩いていると、アイリス嬢がこちらを見上げていることに気がついた。
 
「……何だ」
「……え!あ、すみません。とても綺麗だったので、つい」
 あまりにもずっと見つめてくるので我慢できず問うと、酷く焦ったように「綺麗」などと言う。
 綺麗だなんて他人から言われたことはもちろんないし、自分で思ったこともない。
 騎士団長として、アンスリウム家の跡取り息子として、威厳を持ち生きる男。
 しかし、戦うだけで世界の平和は訪れないと解っているのに戦うことだけでしかこの国を守れない、自分や仲間や敵の血と汗にまみれた男。
 なんと醜く、汚いのだろう。

「綺麗だなんて自分とはかけ離れたものだ」
「……私には、とても綺麗に見えます」
 自嘲じちょう気味に言い捨てると、アイリス嬢は俺の瞳の奥を見つめるかのように、真っ直ぐ綺麗だと告げた。 

 ────自分の中で時が止まったかのような感覚におちいった。

 それも束の間、政略結婚の相手をおだてているだけだと思い直した。
 愛する男が別にいたとしても、政略結婚する男を持ち上げて良い関係でいようと、そしてその利益をあやかろうとするのは至極当然しごくとうぜんだ。
 だが、幼い頃から姑息こそくで正しい奴らか、怯えを盾にして好き勝手な言動をとる奴らしか周りにいない自分には、もう腹一杯だ。
 わざわざそんなことせずとも婚姻相手が不利益になるようなことはしない。
「自分に媚など売るな。あくまで利益のための婚姻だ」

 アイリス嬢が固まり、気の所為せいか怒ったような悲しそうな表情になった後、またすぐ冷静な凛とした姿になった。
 「わかりました。婚姻のことも理解しております」

 はっきりとした力強い返しに(やはり、思った通りの解釈であっていたか。)と心の中で言う。
 この婚姻は互いにとってすべきことであり、ということだ。


「……そうか」
 胸がなぜ締め付けられるのだろうか?






 ティールームに着き、癖のない柑橘系の紅茶を執事が注いでいく。

 アイリス嬢は甘味をとても好まれると知った。
 となると、紅茶にも少し甘さがほしいだろうか。
 甘味にも様々な種類があるが、疲れているだろうから……

「蜂蜜はいるか?」
「蜂蜜……頂きたいです」
「そうか。おい、アイリス嬢にこの前手に入った蜂蜜を用意してくれ」
「畏まりました」
 嬉しそうにティースプーンをまわす横顔を愛らしいと思ってしまう。

 
「ゴホン。アイリス嬢、此度こたびは急にすまなかったな。実はここ最近怪しい動きがあり、近隣国との争いが生じるかもしれんのだ。そこで、我がアンスリウム家とブロッサム家が手を組み、国王陛下の力も加わることで、この国を守ることができればと考えた。こちらに嫁いでもらうからには、衣食住は保証する」
「いいえ、こんな私を迎え入れてくださりありがとうございます。そのような噂も聞いたことがありませんでしたので、正直驚いておりますが、父はきっと国のために大きく貢献すると思います。これから宜しくお願い致します」

 父はまだ穏やかに話をしようと努めているようだ。
 つまり婚姻が破断になれば相当な痛手ということか。
 アイリス嬢も落ち着いて話をできているが、噂も聞いたことがないというのはブロッサム家御当主が隠しているのか、はたまた御当主も知らないのか……。
 いや、知力でいえば向こうの家門の方が上だ。
 仮に知らないとしても察するはずだ。


「ふふ、素敵な女の子が来てくれて嬉しいわ。私ね実は女の子もずっとほしかったのよ。本当の母娘のように接して頂戴ちょうだいね」
 母は何人もの国賓こくひんたちを虜にした微笑みを浮かべ、そう言った。
 確かに娘もほしかったというのは聞いたことがあるが、父とは別の部類で恐ろしい人だ。
 アイリス嬢は大丈夫だろうか?
「はい、お母さま」
 私の心配は他所よそに、彼女は淑女として完璧な微笑みを浮かべて見せた。
 そんな姿をの当たりにした母は満足気に、しかし他意がありそうに目を細める。
 (大狐おおぎつねと猫といったところか……)

「優しい子ね。私たちが決めてしまった婚姻だけれど、この先も夫婦として過ごすのだから少しでも仲を深めたら?」 
 茶会から開放されるその一言で、アイリス嬢と二人きりで過ごすことになった。






「…………」
 互いに居心地の悪い沈黙の時間が流れる。
 好きでもない、それに加えて冷酷無慈悲などという噂が出回っている男と二人きりなど、屋敷でほとんどの時間を過ごす令嬢にとっては酷く恐ろしいのではないか?

「はぁ」
 柄にもなく大きな溜め息をついてしまった。
 ふと横を見るとアイリス嬢の肩が揺れたのがわかった。
 余計怖がらせてしまったか……。

「うちは庭園が自慢なんだ、見に行こう」
 少しでも怖がらせないように手を差し出す。
「庭園?見たいです!」
 花がほころぶような笑顔に胸がざわめいた。
「……そうか。庭園が好きなのか?」
「はい、特に花が好きなんです」
「花か……」
 花が好きなのであれば、ここの庭園をきっと喜んでくれるはずだ。
 部屋は用意した内のあの部屋で良いか?
 他に何か贈れるものは……。


 そうこう考えていると、領土の花全てを一望できる自慢の庭園が目の前に広がった。


「とっても美しいです!イザークさま!」
 自分を見上げる彼女の瞳があまりにもきらめいていて、心の底から嬉しそうで、春の木漏れ日のようだと思った。

「えっと、イザーク様……?」
 アイリス嬢が瞳を覗き込んで伺ってきた。
 瞳の奥底まで見られるように感じるのは何故なのだろうか。

「知っていると思うが、俺は騎士で忙しい。そして君はこの家を自由に出入りすることはできない」
 焦りから説明足らずな言葉を投げかけた。
「ええ、忙しいのは存じ上げております。ですが、自由に出入りすることはできないというのは何故ですか?」
「君の体調のこともあるが、仮にも俺の妻となるのだから、これからどんな危険があるか想像つくであろう?俺を恨む奴らが山ほどいるんだ」
 寂しそうな瞳をしているのに、飲み込む姿を見て苦しくなった。
 俺が穢れた人間でなければ、こんなことしなくて良いのに。
 俺のもとに嫁いでしまったがために、彼女は一生危険が伴ってしまう。
 自由に実家に帰ることすらできない。


「……すまんな」
「何故、謝られるのですか?イザーク様は何も悪くありません」
 寄り添ってくれる姿に偽りなどないように見える。
 これから君のことを信じて良いだろうか?
「そうか。……そのブレスレットはどんなやつがくれたんだ」
「ブレスレットですか?」
 アイリス嬢は自身の手首を見ると、今までで一番柔らかな愛おしそうな表情になった。
「これは、」
「やっぱり答えなくて良い!」
 自分から聞いておいたくせに、そこから先を聞きたくなくて、耐えられずに大声で遮ってしまった。

 固まるアイリス嬢を見て、罪悪感が押し寄せる。
「いや……ゴホン、それの差出人がどうとか私には全く関係がないことだったと思い直した。今後も別に付けてて良い」
 そうだ、これは政略結婚だ。
 ほぼ強制的にアイリス嬢は俺のもとに嫁がされるのだ。
 俺が彼女の付けるブレスレットに何かを言う資格もないし、愛が芽生えることもない。
 彼女が誰を想い続けても構わない。
 疲れでおかしくなっていたのだろう、俺自身も誰かを愛することなどないはず。

「関係がないって、だからそれが何なのですか」
「……?」
「私は、この婚姻は決められただけのものって理解しています。愛が生まれることがないってことも────。けれど私はイザーク様に本心で接しましたのに、媚などとおっしゃるし、少しでもお話できたと思ったら今度は関係がないから聞かないなんて……少し酷いと思います」
 今度は確かに、アイリス嬢は怒ったような悲しそうな声音で、真っ直ぐそう言ってきた。
 そうか、俺は彼女を酷く傷つけたのか────。



 互いの視線を交わしていると、彼女の瞳が揺らいだ。
 ────その瞬間。
 「あ……」
 全身の力が一気に抜け落ちていく。


 急いでアイリス嬢の元に駆け寄り、石畳に倒れる前に抱きとめた。
 腕の中の彼女は芯から冷えているようで、顔色もとても悪かった。


「大丈夫か!しっかりしろ!」
 声をかけても反応がない。
 俺のせいだ、俺のせいで彼女の心身に負荷がかかってしまったのだ。
 

 俺の声に反応して執事とアイリス嬢のメイドが駆け寄ってくる。
「どうなさったのですか」
「お嬢さま……!」

「俺のせいで、体調が悪化して気絶してしまったようだ……」
「そう、なのですか?……ここに到着するまでの間、馬車の時間も長かったことから身体への負荷もかかりましたし、慣れない環境なので御心労もあったかと思われます。仮に何かあったのだとしても、イザーク様だけが原因な訳ではございません」
 メイドはアイリスの為にと怒らず、婚姻相手への配慮をしているようだ。
「すぐさま使用人を呼び、お部屋までお運びいたします」
「いや、ここは自分が運ぼう」
 本来ならば使用人に任せなければならないが、他の者ではく自分で責任をとりたかった。

「ですが……」
「今から人を呼ぶよりも自分が運んだほうが早い」
「……承知いたしました」
 執事は納得がいっていないようだったが、飲み込んでもらう。

 そのままアイリス嬢を抱え、好きだと言った花が彩られた部屋のベッドまで運んだ。
 道中、屋敷の者たちは皆、揃いも揃って酷く驚いた表情で見てきたが、特段気にすることもない。


 ベッドに青白く横たわる姿を見て心が痛む。
 彼女が目覚めたら、直ぐに謝罪しよう。




その日はしばらく横にいたが、どうしても対処しなければならない仕事があったことと、メイドに「また明日に」と促されたため一度部屋をあとにした。
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