モテたかったが、こうじゃない 魔力ゼロになったおれは、あらゆるスパダリを魅了する愛され体質になってしまった

三ツ葉なん

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1巻

1-2

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 さっきから右手がずっと温かい。何かに包まれているからだとわかった。
 なんだろう、弾力があるけど柔らかいわけでもない、おれの手がすっぽり収まる大きさのもの。
 試しにキュッと少しだけ握ってみた。――すると、真横からガタガタッと大きな音がして、温もりに包まれたままの右手が引っ張られる。

「今、握り返してきた……っ!」

 どうやら今動いた人に、右手を握られていたらしい。
 というか今の声、どこかで聞いたことがあるような……

「意識が戻ったのですかっ!」

 あれ、もう一人いる。なるほど、さっきの話し声はこの二人だったのか。
 聞き覚えのない人物の声に恐る恐る目を開けると、白衣を着た眼鏡の男が、おれを心配そうにのぞき込んでいた。目が合うと、白衣の男は安堵したように目尻を下げる。

「よかった、気分はどうだい?」
「……おれ、いき、……っ!? げほっ、ごほ……っ!!」
「ああっ、ダメだよ急にしゃべっては……っ。起きられる? 水飲めるかな?」

 白衣の男がおれの背中を支え、そのまま上体をゆっくり起こす。ベッドに座った状態で、口に水の入ったコップを当てられ、そのまま少し傾けられると、冷たい水が少しずつ口の中に入ってきた。時々むせながらもなんとか飲み込むうちに、渇いて張り付いた喉が徐々に潤っていく。
 時間はかかったが、コップの水を飲み干す。おかげでだいぶ頭がスッキリしてきた。
 一息つくおれを白衣の男が優しい顔で見ている。どうやら悪い人ではなさそうだ。

「あの……」

 ここはどこですか? と続くはずだった言葉は、横から来た衝撃に吹き飛ばされた。

「よかった……っ! このまま目覚めなかったら、僕は……!!」

 右手を握ったままの男が突然抱きついてきたのだ。腕の中に閉じ込められるように抱きしめられて、身動きが取れない。しかも加減なしにぎゅうぎゅうと締めつけてくるものだから結構苦しい。
 なんとか抜け出そうと本気で抵抗しているのに、びくともしないのはなんでなんだ。こいつがデカいからか、それともおれが弱いからか。どっちにしても腹が立つことに変わりはない。
 せめてもの抵抗に顔を上げて男を睨む。すると、見覚えのある黒髪が視界に入った。

「あ! あんた、路地の……っ」

 倒れてたイケメン!
 狼狽うろたえるおれとは逆に、男は嬉しそうに甘く微笑んだ。
 うっ、ただ笑っただけだというのに、なんという破壊力……ッ。ここまで整ってると、相手が男でもクラッとくるな。
 顔面の強さにのけぞって距離を取る。しかし、なぜかその分男はグッと顔を寄せてきた。思わず顔が引きつる。どういうつもりなんだこの美形、さっきから距離感がおかしいぞ。
 いっそ自爆覚悟で頭突きするか迷っていたら、白衣の男からとんでもない名前が飛び出した。

「レイヴァン殿下。安心したのはわかりますが、彼が困っていますよ」

 レイヴァン、殿下……? 殿下って、まさか王子様ぁ!?
 白衣の男に不機嫌そうな表情を向ける『レイヴァン殿下』を、今度はおれがマジマジと凝視する。
 つややかな漆黒の髪にどこまでも深い紫色の瞳、そして一目見ただけで女性が失神するほどの美貌……。間違いない。こいつ、噂の第三王子か……!
 今の今まで気がつかなかったが、よく見れば着ている服も上質なものだとわかる。
 全体が黒で統一されていて、襟や袖に施された金の刺繍が高貴な雰囲気を醸し出している。何より、瞳と同じ紫色に輝く大きな宝石が首元で存在感を放っていた。あんなデカい宝石を身に着けられるなんて、権力があるヤツ以外ありえない。
 なんで王子様が路地で倒れてるんだよっ。
 ……いやそんなことより、これは結構マズいんじゃないか。
 部屋を見た限りどこかの病院っぽいけど、ベッドのふかふか具合からして、とても一般人が利用する施設とは思えない。
 それにあの場所には、おれと王子ことレイヴァンしかいなかった。ということは、おれが気を失ったあと、第三王子にわざわざ運ばせたことになる。
 平民が高貴なお方の手を煩わせたばかりか、助けてもらっておいてあんた呼ばわりしたあげく、睨んで抵抗してしまった。不敬罪で牢屋行きは勘弁してほしい。
 体調とは別の意味で青ざめた。そういえば路地でおれが近寄ったとき、逃げろって言ってた気がする。だとすると、おれが助けるつもりで近づいたこと自体が、レイヴァンにとって余計なことだった可能性すらあるわけで。直前に受けた他人からの親切に感化されて、実はいらぬお世話を焼いてしまったのかもしれない。
 よかれと思ってしたことが、裏目に出たのだと思い至って肩を落とす。昔からそうだ、柄にもないことをするとろくな結果にならないんだよな。間が悪いというか、なんというか。
 うなだれて落ち込むおれの様子に何か勘違いしたのか、レイヴァンが深刻な声で意味のわからないことを言い出した。

「やはりまだ魔力が足りていないのか」
「は? まりょくぅ……っ!?」

 おれが顔を上げるよりも先に顎を大きな手で掴まれ、レイヴァンのほうへ引き寄せられるのと同時に、唇が弾力のある温かいもので塞がれた。
 なんか人類を超えた美形のドアップが見える。まつ毛バサバサじゃん……って、これキスされてないか!?
 唐突な出来事にパニックで悲鳴を上げたが、悲しいことに全部レイヴァンの口の中へ消えていく。
 抵抗するがびくともしない。それどころか、さらに深く重ねてきた。
 おいおいおいっ、美形で王子だからって許されないことがあるだろ! くそっ、気持ち悪……くない? いや、むしろ気持ちいい? え、嘘だろ、なんで、もしかしておれ、童貞こじらせすぎて人間だったら男のキスでもいいってのかよ……っ。
 自分の許容範囲の広さに衝撃を受ける。
 しかもなんだこれ、すごい甘い味がする。美形はキスに味がついてるのか? なんだそれズルいぞ。いや待てこの味、どこかで……。たしか路地で、意識が朦朧もうろうとしてるときにも感じたような……
 だんだん思考にモヤがかかっていくような不思議な感覚に襲われ、さっきまで押していたレイヴァンの胸にすがりついていた。
 小さく笑う気配がし、ぬるりと生温いものが口の中に入ってきて――我に返る。
 そこから相手が王子だということも忘れて無我夢中で暴れた。そのときガリッと嫌な音がして唇が離れる。相手の舌を噛んだようだ。
 口を左手で押さえて目を丸くするレイヴァンを、肩で息をしながら睨みつける。
 あの強烈な甘さは鉄の味でかき消されていった。
 突然はじまったレイヴァンの奇行に驚いたのはおれだけじゃなかったようで、そばで固まっていた白衣の男もキスシーンが終わったことで我に返り、慌てておれとレイヴァンの間に割って入った。

「で、殿下……っ! いきなり何をしているんですか!?」
「まりょくを、あたえようと……」

 口を押さえたまま、たどたどしく話すレイヴァンの手の隙間から、一筋の血が垂れる。
 それを見た白衣の男が飛び上がった。

「血が! 口の中を見せてくださいっ!」

 治療しようとする白衣の男を、なぜかレイヴァンは嫌そうに目を細めながら見て、首を横に振った。

「いやら」
「なぜ!? あなた、回復魔法使えないでしょ!? あーもう、いいから見せなさい……っ!」

 最後まで抵抗していたレイヴァンだったが、さすがに白衣の男が両手で引っぺがしに来ているのに対して空いている左手だけでは勝てなかったようで、口を開けさせられていた。
 こんな状態にもかかわらず、レイヴァンの右手はおれの手を握ったままだ。
 おれに噛まれた舌から赤い血があふれている。

「あー……、結構深いですね」

 眉間に皺を寄せつつも、白衣の男はレイヴァンの口元に手をかざし、回復魔法をかける。ほわっと出た淡い緑色の光とともに傷は塞がったようで、それ以上血が出る様子はなかった。
 白衣の男は、傷が治ったというのに不服そうにしているレイヴァンに向けて、呆れたようにため息をひとつ吐くと、部屋の奥へと消えていく。戻ってきた彼の手には濡れたタオルがあり、それをむくれるレイヴァンに渡した。

「何が気に入らないのか知りませんが、血まみれのままだと彼が嫌がりますよ」

 白衣の男の言葉にハッとし、おれをちらりと見たレイヴァンは、受け取ったタオルで大人しく血を綺麗に拭き出す。
 そのやり取りを、おれはただぼんやりと見ていた。
 さっきのはいったいなんだったんだ……、魔法か?
 まるで、自分が自分でなくなるような嫌な感じだった。
 唇に指先で触れる。まだ少し湿っていた。
 あの甘い味がした途端、抵抗するどころかレイヴァンのことを受け入れている自分がいた。与えられるものを受け取りたいと、自らを差し出すような……。そもそもおれは、なんで男同士のキスに気持ちよくなっているんだ。こんなのおかしい。きっと、変な魔法を使われたに決まってる。
 警戒してレイヴァンを思いきり睨むが、当の本人は舌を噛まれたくせに嬉しそうな笑みを返してきた。
 レイヴァンの手元にある、血まみれのタオルが目についた。
 ……噛んだのは、やりすぎだったかもしれない。
 そもそもなんで、この人はおれにキスしてきたんだろう。自分で言うのもなんだけど、こんな平凡男にキスするなんて罰ゲームだろうに。
 ということは、意味のあるキスだったってことか? ……いや、意味のあるキスってなんだ。
 あとたぶんおれ、あの路地でもレイヴァンにキスされてると思う。さっきも魔力がどうのって言ってたし、もしかしたら、おれが倒れた原因と関係があるのかもしれない。
 考えに耽っていると、ふとまだ握られたままの右手が気になった。
 腕を振ってみても、全然放してくれない。それどころか、さらにしっかりと握られてしまった。
 その様子を見た白衣の男は、申し訳なさそうに眉尻を下げる。

「急に驚いたよね、殿下も意地悪でキスしたわけじゃないんだ。嫌かもしれないけど、手は繋いだままでいてくれるかな。今の君には必要なことだから」

『今の』おれに必要……? ますますわけがわからない。
 嫌かもしれないけど、という言葉を聞くなり、レイヴァンが明らかに落ち込んだ。

「私は王宮医師のフィリップ。君は?」
「……マシロです」
「マシロ君ね。よろしく」

 それからフィリップは色々と説明してくれた。
 まずこのキス魔――もとい、第三王子レイヴァン・セントルース殿下は、何百年かに一度、まれに王族から生まれる闇属性の持ち主。そして、この国で一番魔力が多いそうだ。
 現在十九歳。成人してはいるけど、生まれ持った膨大な魔力量と闇属性の特性で体内の魔力コントロールが難しく、ごくまれに魔力を暴走させてしまうらしい。それが原因で、普段は人前に出ないようにしているそうだ。
 でも王族や貴族は、昔から王都にある魔法学園を卒業しなければいけない決まりがあるらしく、魔力暴走の心配があるレイヴァン王子は、本来成人した十八歳から二十一歳までの三年間学ばなければいけないところを特例として、王族の公務の一つである学園の生徒会運営を務めることで卒業できるようにしてもらったらしい。
 学園には半年前から通っていて、いつもは城の自室で仕事をしているが、今日はどうしても出席しないといけない会議があって登校。しかし、会議がはじまる直前に魔力の不調を感じて、すぐ城に引き返したそうだ。その途中、暴走の気配が増し動けなくなって、やむなくあの路地で耐えていたところ、おれがのこのこ来たんだと。
 おれは彼の魔力暴走に巻き込まれて、持ってる魔力を全部吹き飛ばされてしまったらしい。つまりあのとき腹に当たった衝撃波みたいなやつは、レイヴァンから飛び出した魔力のかたまりなのだとか。
 生命維持に必要不可欠な魔力を一気に失ったことで体温が下がり、死にかけていたところをレイヴァンのとっさの判断で、一時的にレイヴァンの魔力をおれに入れた。それがあの甘い味の正体。
 やっぱり路地でもキスされていた事実にショックを受ける。魔力は体液に多く含まれているから、あの場ではそれしか方法がなかったらしい。
 でもこの方法も一か八かの賭けだったそうで、おれが目を覚ます可能性は限りなく低かった。実際あれから半日も経っているという。丸一日過ぎても目覚めなかったら諦めていたというフィリップの言葉に肝を冷やした。
 おれが目を覚まさない間もレイヴァンが魔力を注いでくれていて、今も右手から送られているらしい。
 なるほど、右手が温かいのって魔力が流れ込んでるからなのか。
 じゃあもしかして、さっきのキスも顔色の悪いおれに魔力をあげて元気にしよう、とか?
 サーッと血の気が引く。ただの親切じゃないか。そうだよ、よく考えなくてもわかることだ。これほどの美形王子が、理由もなくおれなんかにキスするわけがない。
 せっかく看病してくれたのに、おれは自意識過剰な反応で噛みついて、命の恩人に怪我を負わせたことになる。
 慌ててベッドに正座し、できる限り頭を下げてレイヴァンに土下座した。

「知らなかったとはいえ、恩を仇で返してしまい申し訳ございませんでした……っ!」

 部屋中が静まり返る。これは不敬罪で最悪死刑もありえるかもしれない。生きた心地がしなかった。
 しばらくして我に返ったのか、焦った様子のレイヴァンがおれに声を掛ける。

「顔を上げてくれ、悪いのはすべて僕だ……っ」
「でも……」

 ちらりと顔だけ上げると、レイヴァンの綺麗な形の眉が困ったように下がっていた。

「マシロは僕を助けてくれただけだ。それに、目覚めたばかりのマシロに強引な手段をとってしまってすまない。先に説明するべきだった」
「でもおれ、王子様に噛みついて怪我を……」
「ああ、できればそのままにしておきたかった」
「え?」

 今なんか不穏な言葉が聞こえたような……。横でフィリップがレイヴァンをギョッとした顔で見ているが、たぶん気のせいだろう。
 その後もレイヴァンは、かたくなに自分が悪いからとおれの謝罪を受け入れなかった。お互い引き際がわからなくなってきたころ、レイヴァンが突然、閃いたように表情を明るくした。

「ではこうしよう。僕のことを王子ではなく、レイヴァンと呼んでくれないか。マシロが僕の願いを聞いてくれたら、僕もそれを謝罪として受け取ろう」

 レイヴァンの提案に面食らう。
 それは、はたして謝罪になるんだろうか。でも本人が言い出したことだし、何より早くこのやり取りを終わらせたい。
 おれとしても、王子を名前で呼ぶだけで、数々の無礼な振る舞いをなかったことにしてもらえるのは、正直ありがたかった。さすがに王族相手に流血沙汰はヤバすぎる。
 おれはこの提案を受け入れることにした。極刑の恐怖に比べたら、名前で呼ぶくらいなんともない。

「ありがとうございます、レイヴァン様」

 少しでも印象をよくしようと、できる限りの笑顔でお礼を言う。
 するとなぜか、レイヴァンの顔がみるみる赤くなっていき、ついには逸らされてしまった。
 ……おれの笑顔は見るに堪えないということですか。はっ倒すぞ。
 ずっとひやひやした様子で見ていたフィリップも安堵のため息を吐き、この話は終わりだとばかりに、医者の顔でおれに質問してきた。

「ところでマシロ君、一点確認したいんだけど、もしかして今日が成人の日だった?」
「はい。そうですけど」

 そういえば、倒れてからもう半日経っているらしいし、とっくに十二時を過ぎている。
 おれの基礎魔力は、平均以下の数値のまま確定してしまったわけだ。
 父さんの裏技を確かめられなかったことは残念だけど、使わなくなったお金で王都のお菓子屋巡りも悪くない。しばらく観光したら、母さんにお土産買って村へ帰ろう。
 おれが今後の予定をのんきに考えている傍で、フィリップの表情が暗くなる。

「あのねマシロ君。落ち着いて聞いてほしいんだけど、……君の魔力はなくなってしまったんだ」

 深刻な様子のわりに、さっき聞いた内容と変わらなくて、頭の中にはてなが飛ぶ。

「はい、それで死にかけたおれに、レイヴァン様が魔力を分けてくれたんですよね。……まさか後遺症があるとか?」

 そうか、それは考えてなかった。体内の魔力を吹っ飛ばされるほど強い衝撃波を受けたんだから、後遺症があっても不思議じゃない。可能性に気がついて急に不安が湧いてくる。
 おれの不安を否定しようとしたが止めて、フィリップは言葉を選びながら慎重に話し出す。

「後遺症と言っていいのか判断できないけど、マシロ君自身の基礎魔力が、その……全部ないんだ」

 フィリップの言っている意味がわからなかった。おれの基礎魔力が全部ない?

「いやいや先生、いくらおれの魔力が平均以下のカスだからって、ないはさすがに言いすぎですよ」

 面白い冗談ですね! と笑ってみせるが、おれ以外まるでお通夜のような雰囲気に、だんだん笑顔が引きつっていく。
 そんなおれを気遣いながら、フィリップはゆっくりと説明してくれた。

「信じられないよね、私だって信じられないよ。本来であれば、体内の魔力が一定量失われた時点でまず助からない。なのに君は他人の魔力を与えられて一命をとりとめ、それどころか自身の魔力がすべてないにもかかわらず、こうして会話までしている。これは奇跡だよ」
「おれ自身の魔力が、すべて、ない……?」

 呆然とするおれを痛ましそうに見ながらも、フィリップは続ける。

「今の君は、自分で魔力を作ることができない。……おそらく君自身の魔力がすべて消えたのと同時に別の魔力が注がれたことによって、君の身体は一時的に仮死状態になった可能性がある。他人の魔力を保有しているが、自分の魔力はない状態。そのまま十二時を迎えてしまったことで『君自身の基礎魔力はゼロ』の状態で、数値が確定してしまったんだと思う」

 すごく丁寧に説明してもらったおかげで、自分の状態はなんとなく理解できた。できたけど、受け入れられるかといえば、それはまた別だ。
 えっ、おれの魔力……本当にないの? 増やそうと思って王都まで来たのに、増えるどころか、本来の魔力もなくなって、まさかのゼロ……?
 待って。ということは、この世に存在するすべての女の子、その誰よりも魔力値が低いってこと?
 だってゼロだし。それってどうやって彼女作るの? 平均以下のときですら相手にされなかったのに、ゼロって、そもそも男として認識されるんだろうか。
 魔力がないってことは、子どももできないってことだよな。え、種無し? おれ種無しなの?
 受け入れがたい現実が津波のようにおれの思考を埋めていく。
 よほどヤバい顔をしていたのだろう、フィリップが気遣うようにおれの肩に触れ、声を掛けてくる。

「マシロ君、その、とにかく落ち着いて……」
「……先生は、自分の魔力がゼロになっても落ち着けるんですか?」
「え!? いや、それは…………無理かな?」
「でしょうね……!!」

 正直に答えてくれたフィリップの手を引っぺがし、おれは絶望のあまり頭を抱えた。
 あぁ! おれの人生は終わってしまったのだ。
 一生独身。一生童貞。
 モテたいなんて煩悩のかたまりのような願いを持ったから、バチが当たったとでも言うのだろうか。いや、いるだろ、おれ以外にも思ってるヤツ。むしろ男全員思ってるだろ……っ!
 ちょっとでも増やそうなんて欲をかかなければ、まだ平均に足りなくても魔力があったのに……。おれのばかぁ……っ!!
 ベッドに突っ伏してシーツを濡らすおれの背中を、大きな手が優しく撫でた。
 身体を起こす気力がないから顔だけ上げると、レイヴァンが綺麗な紫の瞳でまっすぐおれを見ていた。握ったままのおれの右手ごと、彼は自身の胸に手を当てる。

「こうなったのは僕のせいだ。僕が一生、マシロのそばにいる」

 突然プロポーズみたいなことを言われてあっけにとられた。顔が良い分、冗談に聞こえないのがまた痛々しい。
 あんたがそばにいるからなんだというのか。おれはいくら美形でも、そばにいてくれるのは男じゃなくて女の子がいいです……ああ、もう女の子には見向きもされなくなったんだった。あはは、……悲しい。
 それにレイヴァンは僕のせいなんて言ってるけど、わざと魔力を暴走させたんじゃないみたいだし、そもそも路地に隠れていたのを見つけて近寄ったのはおれだ。つまり事故。レイヴァンを責める気持ちは少しもなかった。

「別にレイヴァン様のせいで、なんて思ってません。あれは事故です。一生とか、そこまで思いつめなくていいですよ」

 おれがなるべく笑って伝えると、レイヴァンは目を見開いて驚いていた。
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「怖くないのか? 魔力がないんだぞ」

 あっさり許されたことにレイヴァンが戸惑った様子を見せる。

「正直まだ魔力がなくなった実感がないのでなんとも……。恐怖より一生恋人ができない悲しみのほうが勝ってます」

 言葉にすると余計に落ち込んできた。しかし、レイヴァンはおれの言葉を真っ向から否定する。

「そんなことはありえない。マシロはとても魅力的だ。恋人なんて引く手あまただろう」

 あんたの目は節穴か。おれに魅力がないことなんて、おれが一番よく知ってるんだよ。加えて今は魔力もない。慰めの言葉にしても雑なセリフに、うらめしげな目をレイヴァンに向ける。
 だがレイヴァンは本気で思っているらしく、むしろ前のめりにおれを褒めちぎってきた。

「僕はこんなにも可愛らしい存在に出会ったことがない。ふわふわと柔らかそうな栗色の髪に意志の強い大きな目、華奢でしなやかさのある身体。いろんな表情を見せる感情豊かな性格も実に愛らしい。それにマシロの魔力を消した僕をののしるどころか許してくれるとは、心が清らかすぎて眩しいほどだ。マシロはきっと、間違って地上に舞い降りてしまった天使か女神に違いない」

 頭沸いてんのかこいつ。恍惚とした笑みを浮かべておれを見つめるレイヴァンにドン引きして、眉間に深く皺ができる。
 すべての発言が的外れすぎて意味不明だ。そんな特徴などおれにはない。
 髪がふわふわというのは自然乾燥で跳ねまくってるだけだし、意志の強そうな目ってただのつり目じゃないか。身体はたんに筋肉が付きづらくて痩せてるだけでむしろ貧相……
 って、あれ? もしかしてすごい遠回しに貶されてないかこれ。
 そういえば普段部屋に引きこもってるらしいし、あんまり人と接したことがないのかな……。それとも、単純に美的センスが壊滅的なのか。いずれにしても、おれを天使だ女神だと言い出すなんて、病んでるとしか思えない。レイヴァンがすごく不憫に思えてきた。
 見た目は抜群にいいのに、言葉選びが下手すぎる。
 ほら、フィリップも信じられないものを見る目でレイヴァンを見ている。先生、その顔は自国の王子に向けていいものじゃないですよ。
 でも気持ちはわかる。だって麗しの王子様がダサい田舎いなかの平凡男を『女神』なんて言い出したんだ。そりゃあんな顔にもなるだろう。
 優しいおれは、今後のレイヴァンが困らないように認識を正してやる。

「残念ですがレイヴァン様、それ全部おれじゃないですよ」
「いいや、今僕の目の前にいるマシロで間違いない。僕の天使」

 おれの右手をもう片方の手でも握り、まるで愛しい人に向けるような、蕩けた甘い表情で見つめてくる第三王子レイヴァン。なんて残念な野郎だ。フィリップも頭を抱えている。たしかにこれは閉じ込めておいたほうがいいかもしれない。
 なんとも気まずい空気が部屋中に広がる中、それをぶち壊すように廊下からドドドドドッと、すごい音でこちらに近づいてくる足音が聞こえた。そして、その音はこの部屋の前でぴたりと止まり、扉を壊す勢いでひとりの男が部屋に入ってきた。
 現れたのは立派な青いマントを身にまとった、青い髪のこれまた美形な男。青い髪ということは水属性だろう。さすが王宮、顔がいい男がわんさか出てくる。ちなみにフィリップも黄緑色の髪に緑の瞳をした少し控えめなイケメンだ。
 全員の注目を浴びる中、男は息も整わないうちに口を開いた。

「魔力を吹き飛ばされた少年が目を覚ましたとは本当か……!!」

 興奮を隠しきれない声が部屋中に響く。合ってるけど、他に言い方なかったのか。
 きょろきょろと部屋を見渡し、レイヴァンに両手で手を握られているおれを見つけると、勢いそのままに長い脚でまっすぐおれたちに近づいてきた。
 あっという間にすぐそばまで来た青い男はピタッと立ち止まり、上からおれの目を無遠慮にのぞき込んだ。なんの迷いもなく、お互いの息が当たるほど近い距離まで一気に顔を寄せられたせいで、下手に動けなくなる。
 知的ですべてを見透かすような澄んだ青い瞳。普通にしていたらきっと爽やかで紳士的な雰囲気だろうに、今の彼の表情はまるで子どもが新しいおもちゃを見つけたかのようにキラキラと無邪気に輝いていた。

「おおっ、たしかに紫色だ。しかしやや薄いか……?」
「カール魔導士長、マシロ君が怯えてます」

 フィリップが厳しい口調で青い男をいさめる。男はカールという名前みたいだ。しかしカールはそれを無視し、おれから目を逸らすことなくにっこりと笑った。

「マシロ君、私はカール。王宮で魔力の研究をしているんだ。そして、君にとても興味がある。今後ともよろしく頼むよ」

 できればよろしくしたくないです、という言葉は全力で呑み込んだ。
 魔導士長ってことは、この国にいる魔導士のトップ。エリートオブエリート。当然魔力の量もすごいんだろう。顔面でわかる。
 白いシャツに青いズボン。青いマントの裏地は黄色になっていた。シンプルでスラッとした印象で、どこかひょうひょうとしているのに圧がすごい。
 あまり刺激しないほうがよさそうだ。引きつる頬を精一杯動かして、なんとか愛想笑いだけ返した。
 すると目の前のカールは片眉をひょいと上げ、何を思ったのかだんだん顔を近づけてきた。そして――ちゅっ、と唇に湿った感触がした。
 レイヴァンの怒鳴り声とフィリップの声にならない叫びが部屋中にとどろき、カールは何が面白いのかニヤニヤと笑っている。
 一拍置いて、カールにキスされたんだと気がついた。
 この短時間で二人もの男にキスされるなんて、いったい何が起こっているんだ。
 レイヴァンといいカールといい、これだけ顔がいいとキスぐらい挨拶みたいな感じなのだろうか? それとも都会ではこれが常識なの? マジで勘弁してほしい。
 カールに殴りかかる勢いで怒るレイヴァンを、フィリップが必死に後ろから羽交い締めにして止めている。カールはちゃっかり距離を取って避難していた。反省する様子もなく腕を組んで楽しそうにしていることから、きっと愉快犯なんだろう。

「いや失敬。でもあんな近くで可愛く微笑まれたら男はキスするよ」
「……おれも男なんですが」

 おれの主張に、カールは顎に手を当てて不思議そうにした。

「ふむ、たしかに。君のことはしっかり男だと認識できているのになぜだろうね。嫌悪感がいっさい湧いてこない。まあ男でも、これだけ可愛くて魅力的だったら、性別なんて些細ささいなことに感じてしまうのも頷ける」

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 それに可愛いなんて、赤ちゃんの時ぐらいしか言われたことないんだが。純粋な目で見てくるカールも、レイヴァン同様本気で言っているのが見て取れてげんなりした。
 魔力が多いと、容姿や能力と引き換えに変人になるんだろうか。

「……魔力も平均値でしたし、今まで容姿を褒められたことはとくにないです」
「マシロは可愛い」

 レイヴァンはややこしくなるから黙ってろ。
 キッと軽めにレイヴァンを睨む。すると、頬をほんのり赤く染めて大人しくなった。
 暴れなくなったレイヴァンにフィリップも拘束を解き、自分の座っていたイスに戻る。かなり疲れたのだろう、うなだれてぐったりとしていた。


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王国にその名を轟かせる名門・ブラックウッド公爵家。 嫡男レイモンドは比類なき才知と冷徹な眼差しを持つ若き天才であった。 だが妹リディアナが王太子の許嫁でありながら、王太子が心奪われたのは庶民の少女リーシャ・グレイヴェル。 嫉妬と憎悪が社交界を揺るがす愚行へと繋がり、王宮での婚約破棄、王の御前での一族追放へと至る。 混乱の只中、妹を庇おうとするレイモンドの前に立ちはだかったのは、王国騎士団副団長にしてリーシャの異母兄、ヴィンセント・グレイヴェル。 琥珀の瞳に嗜虐を宿した彼は言う―― 「この才を捨てるは惜しい。ゆえに、我が手で飼い馴らそう」 知略と支配欲を秘めた騎士と、没落した宰相家の天才青年。 耽美と背徳の物語が、冷たい鎖と熱い口づけの中で幕を開ける。

言い逃げしたら5年後捕まった件について。

なるせ
BL
 「ずっと、好きだよ。」 …長年ずっと一緒にいた幼馴染に告白をした。 もちろん、アイツがオレをそういう目で見てないのは百も承知だし、返事なんて求めてない。 ただ、これからはもう一緒にいないから…想いを伝えるぐらい、許してくれ。  そう思って告白したのが高校三年生の最後の登校日。……あれから5年経ったんだけど…  なんでアイツに馬乗りにされてるわけ!? ーーーーー 美形×平凡っていいですよね、、、、

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