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紫藤と香坂

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「え!? 

紫藤さんとレイちゃんって、一緒に住んでるんですか!?」



そんな海崎の声が響いたマトリの部屋には葦原、海崎、諏訪しかおらず、紫藤とレイはラボにいた時の事だった。 

事の始まりは、葦原が紫藤とレイはラボから直帰すると言ったことからだ。不意に海崎が2人は帰り道は一緒なのかと聞かなければそんな話に発展しなかっただろう。



「アンタ、レイが入って半年も経つのに知らなかったの?」


「いや、紫藤さんがレイちゃん拾ったのは知ってるけど……」


「じゃあちょっと考えれば分かるじゃない。」




紫藤はあの施設の事件を機に、レイを引き取って中学高校の間は学費を出し、面倒を見た。レイは稼ぐようになったから返すと言っているのだが、それを紫藤が良しとするはずがない。挙句、一人暮らしをすると言ったら2人の方が家賃が安いと丸め込まれた。投げやりになったレイが折れて、今も紫藤と暮らしているのだ。



「紫藤さん、レイちゃんのお兄ちゃんみたいだしなぁ。」



「いや、あれはどう見ても……」


「え、なに?」


「……なんでもない。」



何かを言いかけたリンコだったが、無駄なことを言うまいと口を閉ざした。海崎は全く分かっていないが、リンコはそういったことには敏感なため、紫藤がレイに向ける目を見てすぐに気がついたのだ。


「確か、住んでいた施設が妖魔に襲撃されたんですよね?」


「そうだよ。アレは凄惨な現場だったね。」


海崎の問いに葦原は何かを思い出すような表情をして答えた。4年前、レイがいた施設の襲撃事件は魔術業界で少し騒ぎになった。1つの現場において数名が死亡することはよくある事だが、20名以上が惨殺されるというのはここ10数年ほど聞いたことがなかったからだ。






「……因果だねぇ。」






そう呟いた葦原の声は、海崎と諏訪には聞こえなかった。






・・・・






所変わってマンションの一室。帰宅したレイと紫藤は手前のスーパーで買った軽食を机に広げて食べていた。ラボで葉山と話し込んでしまった2人は帰るのが遅くなり、夕飯を作る気力もなかったため惣菜を買うだけで済ませた。


「レイ、それだけで足りる?」


『はい、全然足ります。』


「昔から言ってるけどさ、もっと食べた方がいいよ?」


『昔から言ってますが、私にはこれが適量です。』


「………そんなだから、訓練で諏訪に投げ飛ばされるんだ。」


『うるさいですよ。』


レイは元から食が細く、男の紫藤からすれば毎度心配になるほどの量しか食さない。そのせいか筋肉がつきづらく、細身で身長も小さい。150cmあるかないかだ。 

マトリは時に、犯人逮捕のために現場に乗り込んだり、妖魔を祓うための戦闘能力が求められる。海崎は剣道の有段者。諏訪は元空手部。葦原も昔は現場で闘っていたらしい。 

レイも多少は紫藤に鍛えられているものの、体重が軽いためすぐに飛ばされる。打撃は弱ければ相手との体格差がある事も多い。紫藤は毎度の事ながら、葦原でさえ肝を冷やす場面もある。


『それより、こっちの事件にかかりっきりでいいんですか?』


「海崎と諏訪がいるんだ。大丈夫でしょ。


葦原さんだって、その事分かっててこっちに振ってるわけだし。」


マトリは少数精鋭。それはレイも理解している。
しかし、時期によっては徹夜や残業も珍しくないため大きな事件があると不安になるのだ。


『そうですね。』


「にしても、あの人は何かを掴んでるんだろうねぇ。」


『え、どういう意味ですか?』


「だって、考えてもみなよ。 

まだ入って半年とはいえ、仮にもレイは灰魔術の使い手だ。俺もね。 

その俺らを組ませてまで担当させる事件だよ?」


『た、確かに……』



そう言われれば、とレイは納得した。貴重な灰魔術師。その2人を使ってまで解決したい事件なんてのは、厄介なこと間違いなし。という事は、葦原は事件の全容…………とまでは言えないが、筋は大体掴んでいるのだろう。 

だが何故、そうならばそんなまわりくどいことをする?情報を共有し、指示を出した方が事件は早急に解決出来る。それをしない理由が葦原にはあるのだろうか。


『じゃあなんで、室長は私たちに何も言わず、捜査をさせているんでしょうか?』


「さぁね。流石にそこまでは俺も分からない。」


紫藤は何を考えているか分からない、とよく言われるが、葦原はそれ以上に得体の知れない何かがある。なんでも、紫藤をマトリに引き入れたのは葦原だという話もあるらしい。


『……紫藤さんって、室長と何か企んでます?』


「え?なんで?」


『何か、私だけ何も分かってない感じがして……』


食べ終えたサンドイッチのゴミをゴミ箱に捨てながら、レイはそう零した。紫藤の余裕そうな態度がそう思わせているのだろう。



「そんなわけないでしょ? 

葦原さんならまだしも、俺がそんな面倒くさいことする筈がない。 

さ、もう寝よう。明日からも忙しい。」


『ですね………。じゃあ、おやすみなさい。』


「おやすみー。」


レイは納得のいかない顔をしていたが、これ以上聞いても無駄だと諦めてその日は床についた。
自室に戻ったレイを見ながら紫藤はリビングで1人、呟いた。



「……もっと自信持てばいいのに。」


レイの推理は、恐らくいい線までいってる。紫藤はそれを感じていた。しかし自分に自信が無い彼女は自己肯定感が低く、自己開示が苦手だ。 

いつかはマトリの室長に………とまではいかないが、上の立場になった時のことを考えると紫藤は今から心配なのである。 

紫藤の溜息はシンクを滑っていく水と共に流れていった。
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