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灰魔術

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その後、紫藤は「影」と呼ばれる処理部隊を呼び、現場で指揮を執っていた。児童施設で生き残ったのは、あの時間まで学校にいたレイだけだった。
施設の所有していたお金であの場所に全員が眠る1つの墓が建てられ、レイは完全に孤独に……



『なんで私はここにいるんですか?』



「だってレイちゃん、行くとこないでしょ?」




…………に、なるはずだったのだが、何故か紫藤の家にレイは連れてこられた。
紫藤の家は都内の3LDKのマンションで、給料の良さが伺える。それ故、行き場をなくしたレイを紫藤は引き取ったのだ。



『別の施設に移ります。


迷惑をかけるわけにはいきません。』



「まぁまぁ、ちょっと落ち着いて。


迷惑なんて思ってないよ。


それに、レイちゃんだって知りたいこといっぱいあるでしょ?」




そう言われてしまえばレイは何も言えなくなる。現に彼女は昨日1晩考え込んだ。まず魔術とは?妖魔とは?影ってなに?この人本当に警察?…………など、様々なことが頭に浮かんだが、答えは出なかった。


ならば紫藤に聞くのが1番早い。これから生きていく上でその知識があるのは悪いことじゃないだろうと思う。そう判断したレイは素直に頷き紫藤の話に耳を傾けた。




「うん、素直でよろしい。



まず、魔術についてだね。


魔術って言うのは体に流れる魔力をベースに、術を構築したものだ。


人によって使えるものは様々だし、威力や用途も異なる。



ただ一つ共通しているのは、」




『いずれの魔術も、魔力がないと使えない……?』



「お、中々賢いねぇ。


そんでその魔術にも色々あって、俺が昨日やって見せたのは「自然魔術」と呼ばれるものなんだ。」



『自然魔術?』



「自然魔術っていうのは魔力を持つ人なら大抵扱うことの出来るもので、術番号が振られてる。


昨日のは二十三番の【黒炎】。



そんでここからが本題だ。



自然魔術とは別に「特異魔術」がある。


特異魔術は生来その人だけが持っている魔術で、他者は使用することが出来ない。」



『その人特有ってことですね。』




紫藤はいつの間にかホワイトボードを引っ張り出してきて、ご丁寧に図や表まで書いてくれている。 

なんともありがたい講座だ。


レイもなんだか学校の授業を受けている気分になり話に聞き入った。




「けどこれは「持ってる人」、「持ってない人」に分かれる。



ちなみに俺は持ってる人。」





紫藤はピースサインを掲げニコリと笑った。


レイは何ら反応を示さなかったが、一般の女性が紫藤のこの笑顔を見れば顔が赤くなるのは必然だろう。彼は世に言うイケメンの類であり顔は整っている。 

身なりもしっかりしており、(女性限定ではあるが)行動も紳士的だ。


しかしそんな紫藤の笑顔には目もくれず、レイは話の続きを促した。




『紫藤さんの特異魔術は何なんですか?』



「俺の特異魔術は【時間操作】。



俺を中心に半径3m以内の時間を5秒以内なら"進める"、"止める"、"巻き戻す"ことが出来る。


けど人間の脳には影響でないから、記憶には干渉しない。


分かる?」



『な、何となく……』



つまり戦闘などの場面において、敵を止めてる間に紫藤は攻撃ができる。けど、敵は体が止まっているだけで脳や思考は動いているということだ。



「やって見せた方が早いね。【時間操作】」




紫藤がそう言うと、昨日見たような紫の陣が足元に現れる。文字の羅列が体に纏い、幻想的だった。




「今は時間を止めている状態だよ。 

はい、動いてみて。」



『?、はい。』




レイ特に体が変わった感じは無かったので、スっと左腕を上げた。



今、紫藤は特異魔術によってレイの体の動きを止めている状態だ。それなのに彼女はなんの躊躇もなく左腕を上げることが出来た。





「……………は?」



『……動け、ますケド…………』




紫藤はビックリして目を見開いてフリーズする。


なんで動けるんだ?確かに陣は出現した。魔術の発動に失敗したのか?


そんな思考が彼の頭をぐるぐる回る。




『あの、』



「ちょ、ちょっとタンマ。」



『あ、ハイ…………』



紫藤は手のひらをレイにバッと向け、もう一方の手で頭を抱え込む。ブツブツと独り言をつぶやく様はさっきまでの余裕アリな感じとは違う。相当焦っているようでレイは面食らってしまった。



「んー………………



ちょっと嫌だけど、アレやるかぁ……」




『アレ……?』



紫藤は立ち上がりリビング脇の棚の中を漁り出した。レイはそれを目で追うが彼の目的が分からなかったため特に声もかけず、行動に起こすこともなかった。




「おー、あったあった。」




数秒すればそんな声が聞こえ、レイは再び紫藤に視線を戻した。彼は棚の中から銀の杯の様なものを取りだし、キッチンでそれに水を注いだ。



それをレイの前のローテーブルに置き、自身も先程まで身を沈めていたソファに腰掛けた。





『……これは?』




「【判別杯】。



自分の持っている特異魔術がどこに分類されるかを確かめるための"魔具"だよ。」


『特異魔術に分類なんてあるんですか?』



「うん。


さっき言った自然魔術と特異魔術。



その特異魔術の中にも分類がある。」




『つまり、魔術という大きな括りの中で「自然魔術」と「特異魔術」に分かれていて…………、


「特異魔術」の中でも分割されている、ということですね。』



「そういうこと。」




レイは頭がパンクしそうだった。


ただでさえ訳の分からない単語が飛び交っているのに覚えることが多すぎて脳の処理が追いついていないのだ。が、止まっているのも時間の無駄だと判断し、紫藤は話を続ける。




「そんで「特異魔術」の中では主に2種類に分類される。


"白魔術"と"黒魔術"。



名前くらいは聞いたことがあるんじゃない?」



『あぁ、ファンタジーとかでなら。』



「ところがファンタジーじゃないんだよね。


ちなみに、白魔術は特異魔術を持っている人の9割を占める。


黒魔術は1割にも満たない。さて何故でしょう!」





指を2本立てて、白魔術と黒魔術の説明を始める紫藤。 

白魔術と黒魔術には偏りがある。でも、両方が同時に存在するのなら片方にそこまで偏るのはおかしな話だ。




白と、黒……



しばし考えたレイの頭に1つの解答が浮かんだ。





『…………もしかして、黒は禁術とか?』




「んー、及第点。



白魔術は政府公認で、黒魔術は非公認なんだ。



そこについても論争が激しくなってて、そのうち公認になるかもね。



っと、脱線した。


まぁつまり、レイちゃんはなんの特異魔術か調べようってことだよ。」



『え、でも、持ってるかも分からないし、黒魔術だったら……』



「大丈夫。


非公認って言っても公共の場での使用が禁止されてるだけで、発覚したらどうこうするって訳じゃないから。


はい、コレ。」




そう笑いながら紫藤は細い針のようなものとティッシュを1枚レイ渡した。なぜ針とティッシュ?と困惑しながらもレイはそれを受け取る。小首を傾げながら紫藤の方を見た。




『あの…………?』



「……あー、悪いんだけどさ、その判別方法が血を一滴この杯に垂らすことなんだよ。


だからちょっと痛いかもしれないけど、針で刺して一滴入れてくれない?」



『えぇ…………』





人間誰しも痛覚は味わいたくない感覚の1つだろう。特に血を流すような怪我は避けたいと願う。 

しかし、先程の紫藤の特異魔術が効かなかったのをレイは不思議に思った。


それゆえの好奇心もあり、この面白道具を試してみたかった。





『……ちなみに、どうやって分かるんですか?』




「白魔術ならそのまま水に薄く溶ける。 

黒魔術なら水が黒く濁るよ。」



『へぇ……』




そんな説明を聞き、再び杯に目を向ける。緊張しながら意を決して人差し指に針を指し杯に血を落とした。






ピチャン_______







『あれ?』




薄く溶けるのを期待したレイの血は、水に潜った瞬間、無色透明になって消えてしまった。その事にボーッとしていて、止血する間もなくレイの指先からは一滴、また一滴と血が落ちていく。だが、その血も杯に落ちては霧のように消えていった。




「……やっぱりね。」



『どういう、事で……』



「やっぱりレイちゃんは、俺と一緒だった。」



『一緒?』



「さっき言った特異魔術の中には、白魔術と黒魔術以外にもう一つだけ分類がある。



けど、統計上、該当者が少なすぎてほぼ無い存在として扱われる魔術。



………………それが「灰魔術」だ。」



『灰魔術……』



「灰魔術の使い手の場合、杯に血を落とすと無色透明になる。


さっきレイちゃんの血がそうなったようにね。」



『待ってください。


さっき、紫藤さんも一緒って言ってましたよね?


じゃあ、紫藤さんも……』



「うん。


俺も灰魔術の使い手だ。



そして、俺の知る限りで灰魔術を使えるのは、レイちゃんと俺だけだ。」









__________この時、レイはまだ理解していなかった。



レイの持つ力がどれほど大きいもので、どれだけ危険なものなのか。




そしてこの紫藤スバルという男が、何を企んでいたのか。



彼と出会ったことで運命の歯車は既に進み始めていた。
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