【会話劇】ワンゴール

ロボモフ

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バロンドール・エンドロール

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「君は完全に包囲されている」
「そうでしょうか?」
「周りをよく見てみろ。四方八方敵だらけじゃないか」
「ああ、やっぱりか。なんだか息苦しいような気がしました」
「気づくのが遅いな。ボールを持ちすぎなんじゃないか?」
「でも、他に方法がない時には、そうするしかないでしょう」

「なかったと言うのか?」
「何よりも僕はボールを持つことが好きです」
「自信過剰のドリブラーか」
「酷い。人が必死に戦っている時に」
「いつまでそうして持っていられるかな」
「まるで失うことを望んでいるように聞こえます」
「解釈の幅を広げればどのようにも聞こえてしまう」

「どうにも逃げ場がないんです。だからこうして逃げているんです」
「どうしてそんなにドリブルにこだわるのかね?」
「そんな風に見えますか?」
「認めないつもりかね?」
「そうだとして、今ここで話すことでしょうか?」
「ボールを持ったままでは話せないと言うのかね?」
「できるかどうかではなく、すべきかどうかということですが」
「どうかな。今がまさにその時ではないだろうか」
「どうしてです? これでも結構大変なんですよ」
「そうかね」
「ボールを持ち続けるということは」

「今だからこそ、話せることもあるのでは?」
「監督の今はいったいどこにあるのです」
「私がここに来た頃は、チームはみんなバラバラだったものだ」
「そうですか」
「考えていることが、みんな違いすぎたのだ」
「戦術が成熟していなかったのですね」

「犬の散歩のこと、夕食のメニューのこと、花火大会のこと、新作映画のこと、貸したお金のこと、昔の恋人のこと、別の惑星のこと……。まったく試合中だというのに、野球のことを考えている奴までいたものだ」
「そんな有様だったんですか!」
「上手くいくはずがないじゃないか!」
「はい」
「投げ出して帰ってもおかしくないような状態だった。まともな監督ならそうしたことだろう」

「みんなまともじゃなかったんですね」
「それぞれが胸に邪心を抱いた個の集まりだった」
「戦える集団ではありませんね」
「私はボールを持って来て、一番大事な物だと説いた」
「はい」
「一つのボールには、個を引きつける力があった」
「魔法の指輪のようですね」
「そう。私はみんなの心の真ん中にボールを置いたのだ」
「はい」
「時間はかかった。しかし、すべてそこから始まったのだ」
「そこから今へと続いているんですね」
「それが私の今だ。君もボールが好きなんだろう?」
「勿論です。人よりもボールが好きです」

「人よりも?」
「はい。だからこの人たちに渡せるはずがありません」
「なるほど。競う相手はいただろう」
「壁に向けて、いつもボールを蹴っていました」
「近くにいい壁があったようだな」
「壁は誰よりも正直に返してくれました」
「壁は正直か」
「いつも近くに壁を感じていました」
「壁を近くにか」

「壁が友達でした」
「ボールはどうした? 憧れの選手はいなかったのか?」
「最初にお手本にしたのはヒョウでした」
「野生のヒョウかね?」
「監督はヒョウを飼ったことがあるんですか?」
「猫ならあるがね」
「僕だってあります。ヒョウのスピードがあれば、ほとんどの相手ならぶっちぎることができます」
「相手は人間だからな」
「その通りです。でも僕はヒョウではありません」

「その通りだ。君は人間だ」
「ヒョウと同じようにやってもヒョウのように上手くはいきません」
「人間だからな」
「でも時々なら、上手くいくこともあったのです」
「相手が格下の時には、そのようなこともあるだろうな」
「そうかもしれません。たまたま上手くいくことがあるおかげで、幻想を捨てられなかったのかもしれません」
「だが、いずれは悟る瞬間が来る」
「無理をしてスピードで振り切ろうとしても、どうしても上手くいかなかった」
「だろうな」
「もっと無理をして、やればできると自分に言い聞かせて走り回りかけずり回って、最後は疲れ果ててしまいました」
「おお。そうか」

「僕は少し背伸びをしていたのかもしれません」
「そういう時があるものだ」
「もっとできるのでは? もう少し。もう少し、もう少し……。どこからか声が聞こえてきました」
「疲れている時は、成長するためのチャンスでもある」
「はい」
「まだやれると信じていました。あるいは信じたかったのです」
「ああ、そうだ。あきらめない姿勢は大事だ」
「はい」

「限界という幻想の先に、成長があるのだ。鍛えるということは、自分を傷つけることに近い」
「でも、どうしても越えられない壁がありました。いつでもボールを返してくれた誠実な壁とは異なる種類の壁を感じたのです」
「悟ったか」
「はい。自分はヒョウとは明らかに違うのだということを」
「所詮、人間は人間だ」
「だけど、ヒョウから学ぶことがなかったというわけではありません」
「人間は学ばなければな」
「はい。単純なスピードだけではなく、相手を出し抜くための工夫が、ヒョウの動きの中には含まれていたのです」
「なるほど。野生の工夫だな」
「はい。それは自身の絶対的なスピードではなく、相手との駆け引きでした」
「つまり、それはフェイクだ」
「はい」
「戦いというのは、常に相手との駆け引きだからな」

「はい。相手のいないドリブルは、ダンスのようなものです」
「確かにそうだ。ダンスは芸術だ。それは人々を魅了することだろう」
「はい。それも一つの理想かもしれません。でも、まずは目の前の相手に勝たなければなりません」
「その通りだ。ダンスはゴールの後でもできるからな」
「はい。僕は楽しいことは後に取っておきたい方です」
「良い心がけだ。だが、他人に横取りされないように気をつけろ」
「ヒョウの動きをずっと見ていると、時々は踊っているようにも見えたのです」

「野生の創造性に魅せられたのだな」
「はい。僕はヒョウになり切ることはできないけれど、ヒョウの一部を取り入れることならできると思いました」
「それがフェイクなのだな」
「はい。別の言葉で言えば騙しです」
「騙しか……。人聞きが悪いな」
「はい。でも駆け引きとはそういうことです。別の言葉で言えば、揺さぶり、思わせぶりです」
「なるほど。色々と言葉を知っているじゃないか。あるいは?」
「あるいは、印象操作です」

「要するに、それがフェイクと言うのだな」
「はい。他の言葉に置き換えてみることで、より深く理解できたような気がします」
「考えるということは大事なことだ。やがては一つの言葉に集約されるとしてもな」
「騙しは別の言い方をすればうそとも言えます」
「ああ、そうだな」

「野生の技を参考に僕は仕掛けました」
「上手く盗めたかね?」
「いいえ。失敗でした」
「そうか」
「はい。フェイクは通じなかったのです」
「易々と盗めはしないものだ」
「うそには少し自信があったのですが、気のせいだったのかもしれないと思いました」
「根は正直者なのかもしれないな。根っからのうそつきというものがいるかどうかは知らないがね」
「はい。警戒している人を騙すことは難しいことです」
「それが道理だ」
「はい。騙しもうそも、日常の世界では決してポジティブに用いられるものではないですから」

「人を不幸に陥れることになりかねないからな」
「でも、僕らがやろうとしていることは、そんなことではないんです」
「勿論そうだ。むしろ、その逆だろう」
「はい。逆を取ることこそがフェイクの神髄です。限られたピッチの上では、人を幸福にするうそがあることを学びました」
「ああ。それが人々が望むものだ」
「でも、なかなか成功しませんでした」
「相手も十分に警戒しているからな。簡単にはいくまい」

「うそをつくとは、演じることです」
「言葉でなく体で表現するということだな」
「はい。ピッチの上では言葉のうそは通用しません」
「そんな暇はないからな」
「そして体で演じるうそは、言葉以上に有効なのです」
「口先だけのうそはすぐにばれるものだ」
「はい。同じように、足先だけのうそもすぐにばれてしまうんです」
「なるほど。うそが一部からだけでは不十分なのだな」
「甘いうそはすぐに見破られてしまいます」

「うそを甘く見ては怪我をするということだな」
「全身を傾けねばならず、それでいて硬くなってもいけません」
「緊張が相手に伝わってしまう」
「はい。うそはうそとわからずにつかなければなりません」
「誠にうそは難しいものだな」
「失敗の連続でした」

「フェイクは一夜にしてならずか」
「はい。ヒョウのようには上手くいかなかった。シマウマのようにもいかなかったのです」
「折れそうになった?」
「反省と修正を重ねました。何度もヒョウの動きを見返しました」

「つかめたかね?」
「僕のうそは小さかったのです。不自然で、小さく、照れの入ったフェイクだったのです」
「まるで駄目じゃないか」
「まるで駄目でした。でも仕掛けなければ始まらない」
「その通りだ!」

「ヒョウはもっと優雅でした。まるで流暢な言葉のようでした」
「言葉だと?」
「はい。淀みのない言葉のようでした」

「ヒョウが言葉を……」


「僕はしばらくの間というもの黙り込みました」
「……」
「僕は拙かった」
「……」
「言葉を知っていると思っていたのに、現実は野生のヒョウの足元にも及ばなかったのです」
「それで言葉を失った。というわけか」
「……」
「打ちのめされてしまったんだな」
「……」

「正直であることも、うそをつくこともできなくなったんだな」
「でも、仕掛けなければ」
「仕掛けなければ」

「仕掛けなければ、何も始まりません」
「そうだ。ずっと黙っておくことなどできるもんか」

「はい」

「大人しくしていれば無事かもしれない。だが、それを魂が許すものか」
「はい。ロストもないけどゴールに届くこともない。とても耐えられません」

「そうだ。失言を恐れて魂を閉じ込めておくことはできない」
「ここしかないから。どこをどう探してもここしかないから、ここで逃げ続けなければならないと思いました」
「スペースは自分で見つけなければならないのだな」

「僕は考えました。どうすればボールを失わずに、好きなところに行けるのか、ゴールへと近づくことができるのか。考えて、失って、考えて、失って、失って、失って……」
「考えながら失うところまで行き着いたか」
「体力を、時間を、目標を……。友さえも失ったのかもしれません」

「多くを失ったのだな」

「だけど、昨日の自分さえ見失わなければまだ続けられる。かけっこの相手はヒョウではなくて自分だと僕は考え始めていました」
「最後は自分か」
「自分だったら、勝つも負けるも自分次第。それだけははっきりとしていました」
「まあ、勝てない相手でもないしな」

「考えることによって何を得られたかはわかりませんでした。一つ一つ考え始めると、いよいよわからくなってしまうようでもありました」
「考えすぎると自然とわからなくなるものだ」

「失う時は常に一歩遅れている。そんな感じでした」
「大切なのは常にその一歩だ。あるいはボール一つ程の差だ」
「会話に置き換えてみれば、常に考えてから話すのです。声が届く前に、相手はいなくなっています」
「小さな沈黙も、誤解を生むには十分すぎるからだ」

「考えが消えた後で、体が勝手に動いていることがありました。その時は、遅れて理解が追いついたのです」
「それが野生の獲得というものだ」
「一度できたことは、遺伝子に最初から書き込まれていたように、自然と体の中から出てくるようになりました」

「なれたんだな」

「ドリブルは繊細なタッチで淀みなく行わなければなりません。以前より僕は大胆になっていました」
「大胆なものほど、敵にとって厄介な存在になる」
「そして、より多く映画を見るようになりました」
「まあ、息抜きも大切なことさ。人の集中力には、限界があるのだから」
「筋力よりも、演技力を磨く必要があったからです」

「アカデミー賞でも狙うのかね?」
「できればバロンドールの方がいい」
「それはより困難かもしれないがね」
「口先だけでも、足先だけでも騙せない。ドリブルにおけるうそとは、大きく見ればお芝居だったのです」

「もっと大きく見れば、人生をお芝居と見ることもできよう」
「ボールに触れる前に勝負は始まっている。ピッチの内でも外でも自分を磨き続けなければ追いつけない。そんな勝負が」
「ラインを割っても終われないんだな」

「最も重要なフェイクは雰囲気でした」
「雰囲気?」
「良い役者は、みんな持っていました」
「雰囲気で騙すと言うのか?」
「はい」

「雰囲気一つで?」
「はい。雰囲気一つでです。それによって敵の意識を逆に向けさせます。相手が僕の進む未来と反対を向いている時間が長いだけ、僕はヒョウに近づけるということに気づいたのです」

「敵の足を引っ張ることによって、自分の時間を生み出すのだな」
「そこで盗み取った時間が、ヒョウとの距離を詰めてくれます。僕は好きなところへ行くことができます」
「だが、これからどうする? こうして話している間に、君はすっかり囲まれてしまったじゃないか。時間を無駄にしてしまったのではないか」
「大丈夫です。フェイクは数に負けることはありません。美しく見せかければ、みんな喜んで騙されてくれるでしょう。役者の心得によって」
「そう上手くいくものだろうか?」
「監督、見てください。ボールは今、僕の中心にあります。少しもぶれることなく、中心にあるんです」

「確かに、未だにボールは君が持っているように見える」
「だから、ここが世界の中心ということです。僕が主人公だという証です」
「どうしてそうなる?」
「なるようになれることも芝居の力です」
「ならば、良い結末を期待することにしよう」
「きっと、もうすぐです。ゴールが近づいている予感がします」
「監督として、ここで見届けさせてもらうよ」


「あと何分です? 残り時間は」
「間もなくエンドロールが流れ始めるだろう」
「急がなきゃ!」
「心配するな。ゴールを生み出すための時間はある。君がそれを作り出すんだ!」
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