【会話劇】ワンゴール

ロボモフ

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緑の王様

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「サポーターのがまんも限界に近いようだな」
「あのブーイングは、怒りを通り越したように響いていますね」
「そうさせたのは我々に他ならない」
「はい。監督」
「まずは自覚と反省が必要だ」
「僕は彼らを怒らせるためにやってるわけじゃない」
「勿論そうだ。ここにいる全員がそうだろう」
「楽しませたいんです。みんなを楽しませたいんです」
「そのためにはまず自分たちが楽しまなければならない」
「僕たちにはその資格がある」
「みんなプロなんだからな」
「ここに足をつけた瞬間から、僕たちは楽しい」
「子供たちの手を引いて入ってきた時からな」
「笛が鳴る遙かに前から楽しかった。だけど」
「不都合な勢力が現れた?」
「ここにいる者は、敵であってもみんな仲間です」
「パワーバランスが傾きすぎたんだな」
「楽しさが消えたわけではありません」
「楽しいだけではなくなってしまったんだな」
「楽しさを凌ぐ感情に覆われてしまった」
「怒りだろうか、恐怖だろうか?」
「楽しさばかりが続くのは、本当は楽しくないんですよ」
「単純すぎては飽きてしまうからな」
「ほんの一時的なものだと思うんです。楽しくないように映るのは」
「我々には長いがまんの時間が必要だ」
「もう十分です」
「そうは言っても……」
「もう耐えているのは、うんざりなんです」
「相手がそれを許すだろうか」
「僕たちは駄目な時間に慣れてしまいそうです。できない自分たちを、自分たちで認めてしまいそうです」
「経験が事実を作ってしまうわけだな」
「最初は勢いよくボールを蹴っていたはずなのに、今はそれもままならない」
「蹴ることは一番大事な基本だぞ」
「弱い気持ちがボールに伝わったように、ボールは意図したところに届かない」
「その度に顔を曇らせるサポーター」
「活気づく敵のベンチ」
「沸き起こるブーイング」
「怖じ気づく僕たち」
「鳴り止まぬブーイング」
「天を仰ぐ僕たち」
「ブーイング、またブーイング」
「ミスにつぐミス」
「抜け出せない悪循環」
「こんなはずじゃあなかったのにな」
「誰もが思うことだがな」
「変わらなければ」
「抜け出すためには変わらなければ」
「どうやって」
「どうにかして」
「いったいどうやって」
「答えはピッチの中で」
「走りながら見つけなければ」
「走り続ける者だけに」
「見える景色があるでしょうか」
「見ようとした者だけが見ることができるだろう」
「それは本当ですか? 自信を持ってそう言えるのですか?」
「聞き手の中の不安は、すべてに疑問を挟んでしまう」
「でも、聞き手は慎重であるべきでしょう」
「そして話し手の中の不安は、容易に聞き手を覆ってしまう」
「いったいどういうことなんです?」
「不安の中で戦ってはならないということだ」
「僕らを不安にさせるのは、パワーバランスの崩壊です」
「不安は反省や批判と同じだ」
「僕らの進歩のためには、みんな必要なものでしょう」
「勿論。だが、それをゲームプランの中に持ち込んではならない」
「最初から持って入ったわけではありません」
「スマホや任天堂のゲーム機と同じように、持ち込み禁止なのだ」
「バスの中までということですね」
「その通りだ。バスの中、あるいはホテル、ロッカールームの中に留めておくべきものだ」
「不安が見え始めたのは、最初の小さなミスからでした」
「そうだ。強者は常にミスを待っているし、その瞬間を決して逃さない」
「いつもならかわせると思えたところがかわせなかった」
「それはほんの少しの差だった」
「そして次も、そのまた次も、同じようなことを繰り返して……」
「微かな不安は、足下にも伝わって微かな隙を生むものだ」
「確かにあったはずの足下の自信が、徐々に揺らいでいきます」
「不安は相手に対する畏怖の念にも変換される。それは一層、自らの足下を不安定にさせるものだ」
「何か次元の違いのような感覚を抱いたこともありました」
「問題の始まりは、ミスに対するネガティブな自己評価にあるのだ」
「上手くいくと思っていたんです」
「君はチャレンジしたのだ」
「そして失敗したんです」
「だがそれは紙一重だったのではないか」
「勝負は勝つか負けるか、そのどちらかです」
「紙一重で結果は変わっていたのかもしれない」
「その次も、その次も、結果は変わりませんでした。負けてばかり」
「何万回失敗が続いたとしても、もしもそれが紙一重のものだったとするなら、それは可能性に満ちた失敗だったと言えるだろう」
「そんなに負けてばかりでは、僕たちはみんなこの場所に立ってはいられないでしょう」
「だが現実には、そのようなことはあり得ない。結果はどこかで入れ替わる。どんな強者も、ミスを犯すからだ」
「このまま失敗を繰り返してもいいと言うんですか?」
「チャレンジの失敗は、悲観には値しない」
「僕たちは成功するために、勝つためにここにいるです」
「まずは自分の居場所を知らねばならない。失敗だけが、自分の現在地を教えてくれる」
「自分の現在地」
「それを知ってこそ先へ進めるというものだ」
「堂々と失敗しろと?」
「そうだ! 奪われた瞬間は、ほんの少しのところでかわせる瞬間でもあったはず」
「でも、結果はロストしたんです」
「勝敗は表裏一体のものだ」
「イメージでは、僕が勝つはずでした」
「そうだ。問題はイメージのずれなのだ。僅か先を敵は歩いていたということだ」
「敵の俊足は侮れません」
「ロストの瞬間に無数のヒントが詰まっているのだ」
「幾つかに絞ってくれないんですか?」
「ヒントは多くても困ることはないはずだ」
「無数にあっては見つける自信がありません」
「勿論、一つだって見つけることは容易ではない」
「無数にあるのにですか?」
「今、君が言った通りだ。見つけるにはたゆまぬ努力に加えて運の助けも必要だ」
「間に合うでしょうか? この場所にいる間に、間に合うでしょうか?」
「そいつは時の審判が決めることだ」
「最後は結局、審判が決めてしまうんですね」
「だから、堂々と胸を張ってミスをしろ」
「みんなはわかってくれるでしょうか?」
「当然だ。ここにあるのはミスで作られたゲームなのだから。ミスがあるからミラクルもあるのだ」
「ミスが主人公なんですか?」
「ではミスのないゲームを想像してみたまえ」
「無理です。僕にはとても想像できない」
「ミスがないピッチの上で、どんなドラマが生まれるだろう?」
「はい」
「どんなにレベルの高いゲームでも、ミスはついて回るのだ」
「つき人みたいなもんですね」
「猫に尻尾がついているようにな」
「犬にもありますね」
「君にはないのかね」
「あったとしても、もう思い出せません」
「人生にはかなしみがつきまとっている」
「コーヒーにミルクがついているように?」
「私はブラックでいい」
「サポーターの怒りの声が、まだやみません」
「チャレンジを認め、ミスを許す、これはそんなゲームだ」
「あの声が、監督には聞こえないんですか?」
「そう、心配するな。あれは応援の裏返しでもある。つまり愛だな」
「あれが、本当に愛なのですか?」
「よく見るのだ」
「恐ろしくて見ていられません」
「もっとよく見るのだ。サッカーをするということは、視野を広げるということなのだ」
「ああ、でも、とてもまともに顔を上げられない」
「見ていられなければ見ている振りをするのだ」
「そんなことをして何の意味があるんです?」
「ボールを持てば、王様にならねばならない」
「僕はとても弱くて、わがままな王様でした」
「弱くても強い王様を演じなければならない」
「演じなければならないんですか?」
「できなければできるように演じなければならない」
「僕にできるでしょうか?」
「王でもないのに王であるには演じずにいられまい」
「そこまで王だとは思っていませんでした」
「演じることは欺くことでもある。まずは自分から」
「足下の欺き以外、意識したことがありませんでした」
「演じるためには、体全体で演じなければならない」
「全身ということですか?」
「つま先から頭のてっぺんまでだ」
「全身をうそで固めるというんですね」
「その通りだ! 足先のうそは、すぐに見破られてしまう」
「うそは大きくつけと?」
「その通りだ! 未来の誠は、今日のうそから生まれるものだ」
「全身で大うそつきになれということですね」
「さっきからそう言ってるじゃないか!」
「はい。僕も念を入れながら聞いています」
「楽しくなくても楽しい振りをする。王でもないのに王の振りをする。その内に本当に楽しくなっていく。本当に王になっていく」
「そんなことが本当にあるんでしょうか?」
「自分が信じなければ敵を欺くことはできない。楽しいか?」
「楽しくて仕方がありません」
「さあ、プレゼントパスが届いたぞ。君は誰だ?」
「僕は王様です!」
「いったいどこの王様だ?」
「ピッチの中の王様です!」
「偉いぞ、王様! お楽しみあれ!」
「僕は王様だ!」
「我々のチームはまだまだだ。チャンスは限られたものになるだろう。もっと先を見据えて戦わねばならぬ」
「僕は王様だ!」
「限られた少ないチャンスを自分たちのものにしなければならない」
「王様のお通りだい! 道を開けよ!」
「そして共に結果を手にしよう! 自信がチームを大きくするだろう」
「王様の夢は皆の夢!」
「結果オーライ! 頼んだぞ、王様よ!」
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