君の故郷に

竹桜

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第十一話 願い

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 歩いているとあるものが目に入ってしまった。

 ここにまた来るとはな。

 時間はまだある。

 なら、行くか。

 そう思い、私は真っ黒に包まれた横道を進む。

 整備が殆ど行き届いていない道を進んでいると先に小さい広場が広がっている。

 その時、月がこの小さい広場を照らしたのだ。

 ここには少し朽ちた鳥居と本殿がある。

 私は一礼してから鳥居を通った。

 本殿の前に到着した私は二礼二拍一礼し、御参りをしたのだ。

 私の願いは変わらない。

 懐かしい。

 少し朽ちたこと以外は何も変わってない。

 バスを乗り過ごし、君と一緒に歩いた。

 そして、ここに寄った。

 君と一緒に御参りしたな。

 1人で思い出に浸っていた。

 そんな私に冷たい風が吹き、現実を叩きつける。

 私の隣には君は居なく、ただ1人だということを。

 そろそろ、行くか。

 そう思い、私は本殿から背を向け、鳥居の方に体を向けようとすると光ったのだ。

 目を覆う程の眩さで。

 暫く目を開けられなかったが、目をやっと開けた私は驚きのあまり固まってしまった。

 だって、目の前には君がいたのだから。

 ああ、これは記憶ではない。

 幻でもない。

 確信が無いが、魂が言っている。

 君だと。

 亡くなった筈の君だと。

 「久しぶり、陸」

 私は君に久しぶりなんて言われたことは無い。

 1週間以上離れたことが無かったから。

 改めて、私は君だと自覚出来た。

 「ああ、本当に久しぶりだ」

 「元気そうで良かったよ。あ、ごめんね」

 「何故、君が謝る?」

 「不慮の交通事故だったけど、陸とお別れが出来なかったからだよ」

 「それは悲しかったが、もう大丈夫だ。君とまた出会えたからな」

 「うん、僕も陸とまた話せて嬉しいよ。でも、時間は長くないみたい」

 そう言う君の体は徐々にだが透けていく。

 奇跡は一瞬のようだな。

 なら、聞かなければ。

 君が願い続けていた事を。

 「聞きたいことがあったんだ。ずっと何を願っていたのだ?」

 「僕の願っていたのは陸がずっと健康でいられますようにだよ」

 私の健康か。

 ハハ、君らしい。

 「僕からも陸に聞きたいんだけど。何を願っていたの?」

 「私の願いは君と一緒に平穏な日々が訪れるようにだ」

 「そっか。なら、陸の願いはもう無理なんだね」

 「ああ」

 少しの間、静寂が訪れてしまった。

 「ねぇ、陸は僕のお願いを聞いてくれる?」

 「勿論だ」

 「良かった」

 そう言い、君は安心したような表情を浮かべていた。

 「じゃあ、遠慮なく言わせて貰うね。僕の願いを叶えて欲しいんだ。対価は陸が考えていいよ」

 「分かった、君の願いを必ず叶える。だから、来世にまた私の隣にいて欲しい」

 私は1つの未練を晴らすことにした。

 君の誕生日と時に伝えようとしたことを十年の時を経て、今ここで伝える。

 「そして、私と結婚して欲しい。今度は新婚旅行としてここに来よう。そして、恋人繋ぎしながら、一緒にエンジェルロードを渡ろう」

 「うん、うん、うん。僕も陸と一緒に来世を過ごしたい。今まで出来なかったことをいっぱいしたい。だから、だから、受け取るね」

 そう言い、君は指輪を受け取ってくれたのだ。

 だが、君の手は指輪をすり抜けてしまった。

 「ありがとう」

 「ううん。お礼を言うのは僕の方だよ。10年経った今でも好きでいてくれて、本当にありがとう」

 そう言い、君は嬉しそうな表情を浮かべていたが、その体は殆ど透けていた。

 「そろそろ時間みたい。またね、陸」

 「ああ、また会おう。海琴」

 君、いや、海琴は私の前から消えてしまった。

 私はある場所を向いている。

 海琴がいるであろう天国を。

 暫く経った後、私は歩き始めた。

 足は幾分軽くなった。

 数多くの未練はあるが、1番大きな未練は無くなった。

 これからの人生は真っ黒な道というのは変わらないだろう。

 だが、1つだけ違う。

 その道に一筋の光が差し込んでいる。

 しかも、その一筋の光は力強い。

 掻き消えることは無い。

 そう、これは希望だ。

 希望の光だ。

 来世という希望。

 次の人生の為にこの人生を使う。

 そして、来世で海琴と一緒に過ごす。

 一生涯。

 次は幼馴染だといいな。

 そしたら、幼い頃から過ごせるからな。

 新たな希望を持てた私が港に向かって歩いていると目の前から女性がやって来たのだ。

 「突然、すいません。潮見家の場所を知りませんか?」

 潮見家?

 この辺だとあそこしかない。

 目の前にいる女性の歳は成人したてぐらいか。

 そうか、そうか。

 見つけたのだな。

 貴方も。

 1人で納得した私は女性が持っていた地図で道案内をしたのだ。

 「えっと、後でお礼したので、家の場所を教えて貰いませんか?」

 「私はここに住んでませんよ。ただの観光客なので」

 「えっ、観光客の人だったんですか?なら、どうしてこの家を知っていたのですか?」

 「前にその辺りを通ったことがあるだけです。その時、珍しい苗字だったので覚えていました。それでは、私はこれで」

 そう言い、立ち去ろうとしたが、女性に止められてしまった。

 「ま、待って下さい。いつかお礼がしたいので、名前だけでも教えて下さい」

 「私の名前は瀬谷 陸です。暗いので、お気をつけて」

 そう言い、私は歩き始めたのだが、女性は見えなくなるまで頭を下げ続けていた。

 とても良い子だな。

 それに、左手の薬指に婚約指輪をつけている。

 海琴。

 君の弟は出会えたようだ。

 先に言っておく。

 私は恨んだことは無い。

 海琴のことを守れなかったのは事実だからな。

 だから、今も守り続けている。

 潮見家の者と関わらないことを。

 海琴とあの子に関しては大丈夫だろう。

 あの子はまだ潮見ではないし、海琴は来世で苗字が変わっている筈だから。

 さて、帰るか。

 埼玉に。

 その後、私は無事に埼玉に帰った。

 それから、私は仕事を続け、健康体で定年退職した。

 定年退職した私は岡山県の海沿いに引っ越したのだ。

 引っ越してから時が経ち、私はおじいちゃんになっている。

 今は縁側に座りながら、海を眺めている。

 私は縁側に座りながら、見つめ続けている。

 ちなみに、海琴に贈った指輪は私の隣にある。

 これは海琴に贈ったものだから、君のものだ。

 私はふと上を見上げた。

 潮風を感じながら。

 君の願いは叶えた。

 だから、対価は貰う。

 対価のことを考えていたら、自然と目が閉じていく。

 眠気が無いのに。

 どうやら限界のようだな。

 これから私は死ぬ。

 だけど、私には来世がある。

 好きな君とまた再会できる来世が。

 今から、その来世がとても楽しみだ。

 そう思い終わると私の目は完全に閉じ、意識も薄れていった。

 やがて、私は死を迎えた。

 死んだ私には生前の予測しか出来ない。

 だが、確信がある。

 安かな表情を浮かべながら、死んでいることを。

 だって、私には来世があるのだから。

 待っていてくれ、海琴。

 今、会いに行く。

 
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