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討伐隊選出
113 神の人形(1)
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◆登場人物紹介(既出のみ)
・リリアン…前世(前・魔王討伐隊『英雄』のアシュリー)の記憶を持つ、黒毛の狼獣人の少女。転移の魔法などの神秘魔法を使う事が出来る。
・デニス…Sランクの先輩冒険者。今回の討伐隊での冒険者の『英雄』
・サティ(サテライト)…獣人の神、ギヴリスの助手のゴーレムで、シルディス神に従っている。
====================
転移魔法で聖堂奥のカーテンの陰に跳んだ。そこからそーっと出ようとする私の手を、デニスさんがぎゅっと掴んだ。
着いてすぐに人が居ない事を確認し、さらに目眩ましの魔法をかけている。ここまでやればそうそう見つかる事もないだろう。
それでも彼は私の心配をしてくれているのだ。
今や彼にとっての私は、後輩冒険者の『リリアン』でもあり、さらに師匠であり親代わりの『アシュリー』でもある。
その事は既に彼も理解しているし、私を『アシュリー』と呼んだ事もあった。すでにお守りが必要な初心者冒険者ではない事は理解しているだろうに、未だにこんなに心配をさせている。
いや…… 彼は昔から優しい子なのだ。
デニスさんにしぃーっと指を口元に当てて合図をすると、黙って頷く。
奥に向かう重いカーテンを開くと、その奥は小さな部屋になっていて、そこへ体を滑り込ませた。
魔道具や分厚い本の様なものが詰め込まれた棚が並ぶ部屋の中央には、大きな透き通る台座が据えてある。
そこにある『彼女』は、以前に見た時より、さらに大きく減っていた。
「むぐっ」
それを見たデニスさんは驚きで大声を出しそうになって、慌てて口に手を当てて塞いだ。
かろうじて『首だけ』と言えぬ程度に体の一部が付いているだけだ。以前には付いていた片胸もすでに失われており、両の腕も無くなっていた。
残されている顔面は、以前とは変わった様子ではないが、片目と顔の一部が抉られており、とてもではないが気分よく見られる物ではない。
これを見て驚かぬわけはないだろう。それほどに、惨い。
「リリアン…… なんだこれは? 教会はこの女性に何をしているんだ?」
「……おそらく、の予想はしていますが…… 聞かない方が良いと思います」
抑えた声で返事をすると、デニスさんが顔を歪めた。
「この女性は……どこかで見たことがあるな」
デニスさんは少し首を傾げた。
「ああ、そうだ。以前お前と泊まらせてもらった、魔法使いの家か……あそこにあった絵の女性じゃないか?」
「覚えていたんですね」
意外に思った。
デニスさんとドワーフの国から帰る途中に、ギヴリスの庵に寄ったのは半年以上も前の事だ。そんな前の、たかがちらりと見た姿絵の事を未だに覚えているなんて。
「あ、いや…… まるで本物を写したような、変わった絵だと思ってたから」
デニスさんは少し焦った様に言い訳をし、口元に手を当てた。
「と言うことは、あの家の主の恋人……なんだよな。何故こんな所に?」
「今の私にはわかりません。でも……」
もう一度、『彼女』に視線を戻す。
「でも、前に見た時から随分と大きく減っている……」
「勇者の召喚の為に大きく削りましたから」
あの時の様に、不意に声をかけられた。
振り返ると、以前にもここで会ったサティさんが立っている。白衣姿で白髪ショートカットの、普通の人間の女性の姿をしていても、彼女は神に仕えるゴーレムなのだ。
やはり、ずっとここにいたのだろう。
「勇者の召喚にも使っているのね」
「ニホンとの道を通す為に、シルディス様の魔力が要るのです」
「シルディス……どういう事だ?」
サティさんが口にした名前に、デニスさんが反応した。
おおよその人間族は、この王都の名前でもある大地と豊穣の神シルディスを信仰している。そして、その神と同じ名を持つ者は、他には居ない。
「この女性が……シルディス様だって言うのか?」
質問を続けるデニスさんに対して、サティさんは明らかに不快そうに顔を歪めた。
「人間ごときが私に話し掛けるな」
以前に、ケヴィン様に言ったよりも厳しい口調で言った。それだけ強い拒絶だという事だ。
「……彼には危害を加えないでください」
デニスさんの前に立ちはだかる。
「奇妙な事を言いますね。貴方らしくもない」
そう言うと彼女は、見通すような目で私を見直した。
「ああ、なるほど。今はその魂で抑えられているという事ですか」
「どういう意味?」
「それを聞く為の記憶を、まだ貴女は持っていません」
その返答を聞いた途端、私の中で何かが騒いだ。
――まだ、いけない――
……情報が……制御されている。
「あ…… あなたはここで何をしているの?」
「主の命により、シルディス様に従っております」
「……それは……つまりは教会の人たち、という事よね」
「はい」
「貴女が、過去の討伐隊の記憶を消したのも、教会の命なのね」
「はい」
サティさんは、にんまりと不思議な笑みを湛えながら答えた。
不意に、魔力の揺らぎを感じた。カーテンの向こう側に、誰かが転移してきたらしい。
「サティ、私たちの事は隠して」
「御意に」
デニスさんの手を取り、慌てて窓際のカーテンの中に隠れた。
====================
(メモ)
小さな部屋(#64)
魔法使いの家、姿絵(#46)
・リリアン…前世(前・魔王討伐隊『英雄』のアシュリー)の記憶を持つ、黒毛の狼獣人の少女。転移の魔法などの神秘魔法を使う事が出来る。
・デニス…Sランクの先輩冒険者。今回の討伐隊での冒険者の『英雄』
・サティ(サテライト)…獣人の神、ギヴリスの助手のゴーレムで、シルディス神に従っている。
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転移魔法で聖堂奥のカーテンの陰に跳んだ。そこからそーっと出ようとする私の手を、デニスさんがぎゅっと掴んだ。
着いてすぐに人が居ない事を確認し、さらに目眩ましの魔法をかけている。ここまでやればそうそう見つかる事もないだろう。
それでも彼は私の心配をしてくれているのだ。
今や彼にとっての私は、後輩冒険者の『リリアン』でもあり、さらに師匠であり親代わりの『アシュリー』でもある。
その事は既に彼も理解しているし、私を『アシュリー』と呼んだ事もあった。すでにお守りが必要な初心者冒険者ではない事は理解しているだろうに、未だにこんなに心配をさせている。
いや…… 彼は昔から優しい子なのだ。
デニスさんにしぃーっと指を口元に当てて合図をすると、黙って頷く。
奥に向かう重いカーテンを開くと、その奥は小さな部屋になっていて、そこへ体を滑り込ませた。
魔道具や分厚い本の様なものが詰め込まれた棚が並ぶ部屋の中央には、大きな透き通る台座が据えてある。
そこにある『彼女』は、以前に見た時より、さらに大きく減っていた。
「むぐっ」
それを見たデニスさんは驚きで大声を出しそうになって、慌てて口に手を当てて塞いだ。
かろうじて『首だけ』と言えぬ程度に体の一部が付いているだけだ。以前には付いていた片胸もすでに失われており、両の腕も無くなっていた。
残されている顔面は、以前とは変わった様子ではないが、片目と顔の一部が抉られており、とてもではないが気分よく見られる物ではない。
これを見て驚かぬわけはないだろう。それほどに、惨い。
「リリアン…… なんだこれは? 教会はこの女性に何をしているんだ?」
「……おそらく、の予想はしていますが…… 聞かない方が良いと思います」
抑えた声で返事をすると、デニスさんが顔を歪めた。
「この女性は……どこかで見たことがあるな」
デニスさんは少し首を傾げた。
「ああ、そうだ。以前お前と泊まらせてもらった、魔法使いの家か……あそこにあった絵の女性じゃないか?」
「覚えていたんですね」
意外に思った。
デニスさんとドワーフの国から帰る途中に、ギヴリスの庵に寄ったのは半年以上も前の事だ。そんな前の、たかがちらりと見た姿絵の事を未だに覚えているなんて。
「あ、いや…… まるで本物を写したような、変わった絵だと思ってたから」
デニスさんは少し焦った様に言い訳をし、口元に手を当てた。
「と言うことは、あの家の主の恋人……なんだよな。何故こんな所に?」
「今の私にはわかりません。でも……」
もう一度、『彼女』に視線を戻す。
「でも、前に見た時から随分と大きく減っている……」
「勇者の召喚の為に大きく削りましたから」
あの時の様に、不意に声をかけられた。
振り返ると、以前にもここで会ったサティさんが立っている。白衣姿で白髪ショートカットの、普通の人間の女性の姿をしていても、彼女は神に仕えるゴーレムなのだ。
やはり、ずっとここにいたのだろう。
「勇者の召喚にも使っているのね」
「ニホンとの道を通す為に、シルディス様の魔力が要るのです」
「シルディス……どういう事だ?」
サティさんが口にした名前に、デニスさんが反応した。
おおよその人間族は、この王都の名前でもある大地と豊穣の神シルディスを信仰している。そして、その神と同じ名を持つ者は、他には居ない。
「この女性が……シルディス様だって言うのか?」
質問を続けるデニスさんに対して、サティさんは明らかに不快そうに顔を歪めた。
「人間ごときが私に話し掛けるな」
以前に、ケヴィン様に言ったよりも厳しい口調で言った。それだけ強い拒絶だという事だ。
「……彼には危害を加えないでください」
デニスさんの前に立ちはだかる。
「奇妙な事を言いますね。貴方らしくもない」
そう言うと彼女は、見通すような目で私を見直した。
「ああ、なるほど。今はその魂で抑えられているという事ですか」
「どういう意味?」
「それを聞く為の記憶を、まだ貴女は持っていません」
その返答を聞いた途端、私の中で何かが騒いだ。
――まだ、いけない――
……情報が……制御されている。
「あ…… あなたはここで何をしているの?」
「主の命により、シルディス様に従っております」
「……それは……つまりは教会の人たち、という事よね」
「はい」
「貴女が、過去の討伐隊の記憶を消したのも、教会の命なのね」
「はい」
サティさんは、にんまりと不思議な笑みを湛えながら答えた。
不意に、魔力の揺らぎを感じた。カーテンの向こう側に、誰かが転移してきたらしい。
「サティ、私たちの事は隠して」
「御意に」
デニスさんの手を取り、慌てて窓際のカーテンの中に隠れた。
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(メモ)
小さな部屋(#64)
魔法使いの家、姿絵(#46)
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