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討伐隊選出
106 誕生日/ニール(1)
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◆登場人物紹介(既出のみ)
・リリアン…前世(前・魔王討伐隊『英雄』のアシュリー)の記憶を持つ、黒毛の狼獣人の少女。
・ニール(ニコラス)……前『英雄』クリストファーの息子で、現国王の甥。正体を隠して冒険者をしている。
・ミリア…『樫の木亭』の給仕(ウエイトレス)をしている狐獣人の少女。ニールの正体を知っている。
====================
この国には自分の誕生日を知らない者もいる。
親のいない者や捨てられた者たちは、殆どが自分の生まれを知らない。生まれた時だけでなく、人によっては生まれた場所も、家族の顔も、自分の名前さえも。
そんなのは少し考えればわかるような事だろうに、俺は今まで全く考えた事がなかった。
自分の誕生日を知らない者は新年の祝いの日に歳を増やし、皆と一緒に祝うのだそうだ。先日行われた新年の宴の席で、その事を俺は初めて知った。
『樫の木亭』の新しいバイトの彼も孤児院育ちで、自分の誕生日を知らないそうだ。
ミリアさんはうっすらと覚えていて、多分春だった気がすると言っていた。でも正確な日を知らないので皆と一緒に新年に祝っていると。そしてデニスさんもシアンさんも、新年に一つ歳をとるのだそうだ。
それなのに自分だけ誕生日を祝ってもらうなんて、ちょっと図々しい気がする。それを伝えたら、全く気にしなくてもいいんだと、皆から口々に返ってきた。
祝いだと言っても、『樫の木亭』でやるのなら普段の営業とは殆ど変わらず、むしろ皆が飲む為のいい口実になるのだそうだ。
そしてそういう口実がある時には、ちょっと特別なメニューや普段食べないようなデザートが用意される事が多い。客の方もそれを目当てでやってくるので、『樫の木亭』にとってもいい客寄せになるのだと。
「当日には、リリちゃんとおっきいケーキ作るからね」
楽しみにしててと、ミリアさんとリリアンに言われた。いつだか三段重ねのケーキをと冗談でリリアンに言ったのが、しっかりミリアさんにも伝わっていたらしい。
料理人でなく友達が誕生日のケーキを焼いてくれるなんて、そんなの生まれて初めてだ。嬉しさと照れくささで変な笑い顔になって、それを見た二人も一緒に微笑んだ。
* * *
今日は珍しく早めに午後の勉強が終わった。いや、多分早めに終えさせてくれたんだろう。
時間が少し空いたので、早めに『樫の木亭』に行って給仕の手伝いをしていた。
手伝いと言っても、『樫の木亭』が本格的に賑わう時間にはまだ少し早いので、そんなに大変な仕事ではない。それでも自分が接客をすれば、その分ミリアさんたちが厨房の仕事に集中できるので助かると言ってくれる。
しかも今日は特別なメニューを用意してくれるんだって。それならばと、手伝いにも余計に身が入る。
ドアベルの軽い音が響いた。
慣れてくるとドアベルの音でなんとなくお客さんの種類がわかるようになる。
軽快な音をさせて入ってくるのは、大抵慣れている常連さんだ。
旅人が入ってくる時には、少し鈍い音が長めに響く。そっとドアを開けようとするからだ。
乱暴な人が勢いよくドアを開けると、ベルは弾かれたような強い音を鳴らす。
今の音は、なんとなくどれでもないような…… 静かな音なんだけど、ちょっと慎重そうな、そんな気がした。
いらっしゃいませーと、ほぼ反射的に声を上げて、扉の方を見る。そこに見知った顔を見つけて、驚いて咄嗟に顔を逸らせた。
な、な、なんで、従兄弟殿がここに来るんだ……??
ほぼ同時に、周りの客たちがざわついた。
「え? ルーファス様!?」
ドアベルの音に厨房から顔を出したミリアさんが、第一王子の名前を呼んで急いで出てくる。
ああそうだ、ミリアさんは『ルーファス様派』だったっけ。
そう思い出してちらりとミリアさんの顔を見ると、別に嬉しそうな顔はしていなかった。それどころか俺の視線に気付いて何かを伝えるように目配せをする。
そっか。正体を隠している俺を気遣ってくれようしているんだ。その目配せですぐに気が付いて、目立たぬ所にそっと移動した。
丁寧にお辞儀をするミリアさんに、騎士を連れたルーファスが話し掛ける。
「ルーファス・ジルクレヴァリーだ。営業中に申し訳ない。ニールと言う名の冒険者はここに居るかな? 冒険者ギルドに行ったら、ここにいるだろうと言われたのだが」
その言葉が皆にも聞こえ、視線が俺に集まった。せっかく目立たぬ場所に居ようとしたのに、名指しで呼ばれたら、俺はもう逃げも隠れもできやしない。
「あ…… はい。俺です……」
心の中で「バラさないでくれ」と祈りながら、返事をしてルーファスの前に出る。
「君か」
ルーファスの目尻がふっと緩んだ気がした。
「先日、君が王城に提出したこちらの書類の確認に来た。今、少しいいかな?」
そう言って掲げたのは、先日爺様に手渡したバザーの企画書だった。
====================
(メモ)
ルーファス(#37)
バザーの企画(#100)
・リリアン…前世(前・魔王討伐隊『英雄』のアシュリー)の記憶を持つ、黒毛の狼獣人の少女。
・ニール(ニコラス)……前『英雄』クリストファーの息子で、現国王の甥。正体を隠して冒険者をしている。
・ミリア…『樫の木亭』の給仕(ウエイトレス)をしている狐獣人の少女。ニールの正体を知っている。
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この国には自分の誕生日を知らない者もいる。
親のいない者や捨てられた者たちは、殆どが自分の生まれを知らない。生まれた時だけでなく、人によっては生まれた場所も、家族の顔も、自分の名前さえも。
そんなのは少し考えればわかるような事だろうに、俺は今まで全く考えた事がなかった。
自分の誕生日を知らない者は新年の祝いの日に歳を増やし、皆と一緒に祝うのだそうだ。先日行われた新年の宴の席で、その事を俺は初めて知った。
『樫の木亭』の新しいバイトの彼も孤児院育ちで、自分の誕生日を知らないそうだ。
ミリアさんはうっすらと覚えていて、多分春だった気がすると言っていた。でも正確な日を知らないので皆と一緒に新年に祝っていると。そしてデニスさんもシアンさんも、新年に一つ歳をとるのだそうだ。
それなのに自分だけ誕生日を祝ってもらうなんて、ちょっと図々しい気がする。それを伝えたら、全く気にしなくてもいいんだと、皆から口々に返ってきた。
祝いだと言っても、『樫の木亭』でやるのなら普段の営業とは殆ど変わらず、むしろ皆が飲む為のいい口実になるのだそうだ。
そしてそういう口実がある時には、ちょっと特別なメニューや普段食べないようなデザートが用意される事が多い。客の方もそれを目当てでやってくるので、『樫の木亭』にとってもいい客寄せになるのだと。
「当日には、リリちゃんとおっきいケーキ作るからね」
楽しみにしててと、ミリアさんとリリアンに言われた。いつだか三段重ねのケーキをと冗談でリリアンに言ったのが、しっかりミリアさんにも伝わっていたらしい。
料理人でなく友達が誕生日のケーキを焼いてくれるなんて、そんなの生まれて初めてだ。嬉しさと照れくささで変な笑い顔になって、それを見た二人も一緒に微笑んだ。
* * *
今日は珍しく早めに午後の勉強が終わった。いや、多分早めに終えさせてくれたんだろう。
時間が少し空いたので、早めに『樫の木亭』に行って給仕の手伝いをしていた。
手伝いと言っても、『樫の木亭』が本格的に賑わう時間にはまだ少し早いので、そんなに大変な仕事ではない。それでも自分が接客をすれば、その分ミリアさんたちが厨房の仕事に集中できるので助かると言ってくれる。
しかも今日は特別なメニューを用意してくれるんだって。それならばと、手伝いにも余計に身が入る。
ドアベルの軽い音が響いた。
慣れてくるとドアベルの音でなんとなくお客さんの種類がわかるようになる。
軽快な音をさせて入ってくるのは、大抵慣れている常連さんだ。
旅人が入ってくる時には、少し鈍い音が長めに響く。そっとドアを開けようとするからだ。
乱暴な人が勢いよくドアを開けると、ベルは弾かれたような強い音を鳴らす。
今の音は、なんとなくどれでもないような…… 静かな音なんだけど、ちょっと慎重そうな、そんな気がした。
いらっしゃいませーと、ほぼ反射的に声を上げて、扉の方を見る。そこに見知った顔を見つけて、驚いて咄嗟に顔を逸らせた。
な、な、なんで、従兄弟殿がここに来るんだ……??
ほぼ同時に、周りの客たちがざわついた。
「え? ルーファス様!?」
ドアベルの音に厨房から顔を出したミリアさんが、第一王子の名前を呼んで急いで出てくる。
ああそうだ、ミリアさんは『ルーファス様派』だったっけ。
そう思い出してちらりとミリアさんの顔を見ると、別に嬉しそうな顔はしていなかった。それどころか俺の視線に気付いて何かを伝えるように目配せをする。
そっか。正体を隠している俺を気遣ってくれようしているんだ。その目配せですぐに気が付いて、目立たぬ所にそっと移動した。
丁寧にお辞儀をするミリアさんに、騎士を連れたルーファスが話し掛ける。
「ルーファス・ジルクレヴァリーだ。営業中に申し訳ない。ニールと言う名の冒険者はここに居るかな? 冒険者ギルドに行ったら、ここにいるだろうと言われたのだが」
その言葉が皆にも聞こえ、視線が俺に集まった。せっかく目立たぬ場所に居ようとしたのに、名指しで呼ばれたら、俺はもう逃げも隠れもできやしない。
「あ…… はい。俺です……」
心の中で「バラさないでくれ」と祈りながら、返事をしてルーファスの前に出る。
「君か」
ルーファスの目尻がふっと緩んだ気がした。
「先日、君が王城に提出したこちらの書類の確認に来た。今、少しいいかな?」
そう言って掲げたのは、先日爺様に手渡したバザーの企画書だった。
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(メモ)
ルーファス(#37)
バザーの企画(#100)
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