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王都を離れて

96 彼女の記憶/デニス(1)

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◆登場人物紹介(既出のみ)
・リリアン…主人公。前世の記憶を持つ、黒毛の狼獣人の少女。転生前は前・魔王討伐隊、『英雄』のアシュリー。転移魔法や姿を変える魔法を使う事が出来る。
・デニス…Sランクの実力を持つAランクの先輩冒険者。リリアンに好意を抱いている。冒険者だったアシュリーと幼い頃に縁があった。
・シアン…前・魔王討伐隊の一人。アシュリーとは討伐隊になる前からの付き合いがあり、ずっと彼女に想いを寄せていた。リリアンの前世を知っている。

・タングス…仙狐(3本の尾を持つ白毛の狐)の兄妹の兄。前・魔王討伐隊たちとは顔見知り
・シャーメ…仙狐の兄妹の妹。二人とも20歳程度の人狐の姿になれる。
・カイル…リリアンの兄で、灰狼族の若き族長。銀の髪と尾を持つ。

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 たかが7歳の悪ガキだった俺が、アシュリーさんに抱いていた気持ちは恋心にも似た憧れで、憧れにも似た恋心だった。
 大人になったらいっぱしの冒険者になって、あの人の隣に立つことができるだろうか。いやそうなりたいのだと、俺は思っていた。

 その所為せいか、昔から俺が自分から好意を抱くのは大人の雰囲気をもつ女性ばかりだった。
 それなのに今ではそんな俺が、ずっと年下のリリアンに心を奪われている。


 リリアンが王都に来たのは、彼女がまだ14歳の時だった。
 王都ではそう多くはない肉食系獣人。しかも未成年で冒険者を目指している。その上なかなかに可愛い女の子で。
 気性が荒いヤツも多い冒険者のヤローどもに、変に絡まれるか余計なちょっかいを出される事は容易に想像できた。
 だからリリアンが冒険者見習いとして登録した時には、わざわざギルマスのマイルズが様子を見に行ったそうだし、そんなマイルズが俺に声をかけたのもそれが理由だろう。

 でもその心配は杞憂きゆうに終わった。
 彼女はさっさと『樫の木亭』に仕事と住まいを見つけ、元Sランク冒険者のトムさんの後ろ盾を得た。
 給仕をしながら先輩冒険者たちに顔を売り、クエストでは無茶をせず近場の依頼をこなすか、俺や真面目に活動している先輩冒険者をちゃんと選んで手伝いで同行する。
 店に来た冒険者や旅のヤツらからも、話を聞かせてほしいとねだってきっちり情報も集めている。

 嬉しいと尻尾を振り、不安があると耳を垂らす、興味のある事や気になる事があると耳がピクピク動く姿はとても愛らしい。
 ミリアと並んで『樫の木亭』での人気が出るのも当然だろう。

 俺より八つも年下だし、新しくできたもう一人の妹みたいな存在だと思っていた。
 少なくとも、彼女が成人して冒険者デビューをするまでは。


 見習いを卒業して正式に冒険者になると、人が変わった様に行動的になった。今まで王都の周りで大人しく活動していたのが嘘の様だ。
 以前の様に俺を頼るだけでなく、余計な事であれば不要とはっきりと言ってのける。狩りの時には自分のランクより高い敵にも臆する事無く積極的に向かって行く。
 そしてふとした機会に、リリアンに大人びた意外な一面がある事を知った。彼女が大人になった姿を見て、やけに心が騒いだ。
 それからはリリアンの事が気になって気になって仕方がなくなった。


 不甲斐ふがいない話だが、ただ気になっているばかりでその先の一歩を踏み出せずに居る。
 いや、踏み出さなかったわけではない。
 別の目的ではあったが、唇は重ねた。でもリリアンはそれを口づけだとは思ってもくれなかった。
 彼女と二人きりで、いい雰囲気になった事もある。でも、彼女には俺の緊張の欠片も伝わっていなかった。
 空回りをしていた。しかも自分ばかり。


 シアンさんが王都に戻って来てからは、またリリアンの様子が変わった。そして、出会ったばかりの二人が急激に仲良くなっていく姿に、焦りを覚えた。

 二人で魔法使いの家に行った旅の頃…… そうだ、何故か二人が帰って来なかったあの日。あの頃から、二人の様子がおかしい。おかしいというか、ぐっと近くなったように感じた。
 シアンさんがやたらとリリアンにちょっかいを出す様になったのも、その頃からだ。そして相変わらず世話焼きで気の利くリリアンに、いつの間に遠慮をしなくなっている。

 アシュリーさん一筋だと、胸を張って言っていたはずのシアンさんが、今はリリアンを気にしているように思える。
 獣人はより強い者を好むのだそうだ。元討伐隊のシアンさんは、半端じゃなく強い。
 もしもシアンさんがリリアンに好意を抱いてアプローチを仕掛けたとしたら、きっと俺に勝ち目はない。

 俺はといえば、自身のトラウマ克服に精一杯で。こんなんじゃ真正面から彼女に好きだっていう事すらできないのに。


 二人の様子がおかしいと言うのなら、今のこの状況にもに落ちない点がある。

 今世話になっている狐獣人――いや、仙狐せんこの兄妹と、稽古をつけてくれている古龍エンシェントドラゴンじいさん。
 シアンさんからは討伐隊だった頃に彼らと知り合ったと聞いた。でもなんでリリアンも彼らと知り合いなんだろうか。

 リリアンの兄であるカイルは、リリアンほどは彼らと親しくはないそうだ。そしてカイルによると、彼ら高位魔獣たちはどうやら存在らしい。
 立場で言うなら、若くして灰狼族かいろうぞくの族長を務めているカイルの方がリリアンより上だろう。でも、彼らと親しいのはカイルではなく、リリアン個人だ。
 しかもシャーメとタングスに至っては、シアンさんの事を「兄」と呼ぶように、リリアンの事は「姉」と呼ぶ。対して俺やカイルの事は名前で呼ぶ。ここにも明らかに違いがある。

 俺やカイルがこうして彼らの世話になっていられるのも「シアンさんとリリアンの知り合いだから」に過ぎない。逆に言うと、その事だけでこれだけの恩恵を受けられる理由になるという事だ。そしてそれはおそらくシアンさんだけの理由ではないのだろう。

 あの時、カイルは俺に「リリアンの事を知っているんだ?」と聞いた。
 どこまでと、言わせるような奥深い事があるという事だろう。それは高位魔獣たちにも何か関係しているような、そんな気がする。
 そして……

 ――あいつはもっと知っているんじゃないか?――

 シアンさんを見ながらそう言った。

 カイルも俺の知らないリリアンを知っているという事だ。おそらく仙狐の二人も古龍の爺さんも。
 そして知り合ったばかりのはずのシアンさんは、それよりももっと……

 リリアンの事は何でも知りたいのに、俺だけが知らない事がある。そう思うと、黙ってはいられなくなった。

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(メモ)
 王都に来た頃(閑話4)
 大人びた(#33、#36)
 口づけ(#50)
 いい雰囲気?(#52)
 帰って来なかった(#71)
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