201 / 333
王都を離れて
Ep.17 壊れた時/シアン(1)
しおりを挟む
◆登場人物紹介(既出のみ)
・シア…冒険者の『サポーター』。栗毛の短髪の青年。アッシュとはこの旅の前からの付き合いがある。
・アッシュ…冒険者の『英雄』。黒髪長身の美人
・メル…魔法使いの『英雄』で、アシュリーの恋人。黒髪の寡黙な青年
====================
洗い上がりのアッシュの髪を、いつもの様に乾かす。
「ほら、終わったぜ」
アッシュは振り向いてありがとうと、いつもの様に返してきた。
この時間が好きだ。討伐隊になる以前、二人だけで旅をしていた頃から、これは俺の役目だった。
討伐隊になってからも、変わらずアッシュは俺に髪を乾かさせてくれる。この時間だけは、俺だけの時間だ。
この後にはいつも、メルがアッシュの部屋に来ることをわかっていたとしても……
明日からは魔族領に入る。二人の時間を過ごす事はしばらく難しくなるだろう。そう思うと、言葉と手が止まった。
今、今日のこの時間に言わないと。伝えようと思っていた言葉がなかなか出てこない。
「この旅が終わったら……」
切り出せずにただ黙っている俺に向かって、アッシュが口にした言葉にハッとした。
俺も言おうと思っていたんだ。この旅が終わったら……
「もう私に付いて来る必要はない」
「……え?」
続いた言葉に、目の前の世界がぐるりと回った感覚がした。
「私の所為で、お前を縛りつけてる。……お前は自由になっていいんだ」
そう言ってアッシュは僅かに目を伏せた。
「……アッシュ?」
俺には……
俺にはあんただけなんだ。
俺の命はあんたに救われたんだ。
俺は…… アッシュが居なければ……
「もういいんだ。自由に…… お前の好きなように生きろ」
やめてくれ、そんな事は言わないでくれ。
世界中のどこを探したって、あんたのそば以外に俺の居場所はない。
俺の居場所は……
顔を上げると、椅子に掛けたまま俺を真っすぐ見つめる彼女の瞳。
強い意思、そこに陰りはなく、俺の居場所も……
「……あ――」
ないのか……?
「私からの話はここまでだ」
そう言うと、アッシュは立ち上がって窓際に向かった。
夜の深さを確かめるように窓の外を眺める彼女は、もう俺の顔を見ようともしていない。
俺はこうして立って居る足元すらあやふやで。でもこのままこの部屋を出ていったら、二度と彼女のそばには戻れない気がしていた。
「アッシュ……」
背を向けている彼女の表情は、俺からは見えない。
見えないはずなのに……
「アシュリー……?」
なんで……?
……なんで、彼女が泣いているんだ?
「……話は終わった、さっさと出て行け」
「アシュリー……」
出て行ける訳がない。
今まで、俺の前で涙を流した事などなかったのに……
「……こっちを向いてくれ」
彼女に歩み寄る。背中を向けたままの彼女の肩に手を触れると、びくりと彼女が緊張したのがわかった。
「俺の話がまだだ」
「……そう、だな」
アシュリーが俯いたままで静かに振り向くと、ぽたりぽたりと滴が落ちた。
「……なんで泣いてるんだ?」
「泣いてない」
彼女の頬に両の手をあて、顔をあげさせる。
「……泣いてはいない」
そう言いながらも彼女の目から一筋二筋と涙が零れ落ちる。
「こんな事で私が泣くわけがない…… ずっと……ずっと独りだったんだ。また独りに戻るだけだ……」
「……アシュリー?」
「またお前が居なかった頃に戻るだけだ…… だからお前は自由になれ…… 好きなところに行け……」
なんで彼女が泣くのか、俺にはわからなかったし、理由を聞く事も出来なかった。
でもその夜、彼女を一人にしてはおけないと、そう思った。
そしてこの日、メルはこの部屋には来なかった。
====================
(メモ)
彼女の髪(Ep.7)
・シア…冒険者の『サポーター』。栗毛の短髪の青年。アッシュとはこの旅の前からの付き合いがある。
・アッシュ…冒険者の『英雄』。黒髪長身の美人
・メル…魔法使いの『英雄』で、アシュリーの恋人。黒髪の寡黙な青年
====================
洗い上がりのアッシュの髪を、いつもの様に乾かす。
「ほら、終わったぜ」
アッシュは振り向いてありがとうと、いつもの様に返してきた。
この時間が好きだ。討伐隊になる以前、二人だけで旅をしていた頃から、これは俺の役目だった。
討伐隊になってからも、変わらずアッシュは俺に髪を乾かさせてくれる。この時間だけは、俺だけの時間だ。
この後にはいつも、メルがアッシュの部屋に来ることをわかっていたとしても……
明日からは魔族領に入る。二人の時間を過ごす事はしばらく難しくなるだろう。そう思うと、言葉と手が止まった。
今、今日のこの時間に言わないと。伝えようと思っていた言葉がなかなか出てこない。
「この旅が終わったら……」
切り出せずにただ黙っている俺に向かって、アッシュが口にした言葉にハッとした。
俺も言おうと思っていたんだ。この旅が終わったら……
「もう私に付いて来る必要はない」
「……え?」
続いた言葉に、目の前の世界がぐるりと回った感覚がした。
「私の所為で、お前を縛りつけてる。……お前は自由になっていいんだ」
そう言ってアッシュは僅かに目を伏せた。
「……アッシュ?」
俺には……
俺にはあんただけなんだ。
俺の命はあんたに救われたんだ。
俺は…… アッシュが居なければ……
「もういいんだ。自由に…… お前の好きなように生きろ」
やめてくれ、そんな事は言わないでくれ。
世界中のどこを探したって、あんたのそば以外に俺の居場所はない。
俺の居場所は……
顔を上げると、椅子に掛けたまま俺を真っすぐ見つめる彼女の瞳。
強い意思、そこに陰りはなく、俺の居場所も……
「……あ――」
ないのか……?
「私からの話はここまでだ」
そう言うと、アッシュは立ち上がって窓際に向かった。
夜の深さを確かめるように窓の外を眺める彼女は、もう俺の顔を見ようともしていない。
俺はこうして立って居る足元すらあやふやで。でもこのままこの部屋を出ていったら、二度と彼女のそばには戻れない気がしていた。
「アッシュ……」
背を向けている彼女の表情は、俺からは見えない。
見えないはずなのに……
「アシュリー……?」
なんで……?
……なんで、彼女が泣いているんだ?
「……話は終わった、さっさと出て行け」
「アシュリー……」
出て行ける訳がない。
今まで、俺の前で涙を流した事などなかったのに……
「……こっちを向いてくれ」
彼女に歩み寄る。背中を向けたままの彼女の肩に手を触れると、びくりと彼女が緊張したのがわかった。
「俺の話がまだだ」
「……そう、だな」
アシュリーが俯いたままで静かに振り向くと、ぽたりぽたりと滴が落ちた。
「……なんで泣いてるんだ?」
「泣いてない」
彼女の頬に両の手をあて、顔をあげさせる。
「……泣いてはいない」
そう言いながらも彼女の目から一筋二筋と涙が零れ落ちる。
「こんな事で私が泣くわけがない…… ずっと……ずっと独りだったんだ。また独りに戻るだけだ……」
「……アシュリー?」
「またお前が居なかった頃に戻るだけだ…… だからお前は自由になれ…… 好きなところに行け……」
なんで彼女が泣くのか、俺にはわからなかったし、理由を聞く事も出来なかった。
でもその夜、彼女を一人にしてはおけないと、そう思った。
そしてこの日、メルはこの部屋には来なかった。
====================
(メモ)
彼女の髪(Ep.7)
0
お気に入りに追加
129
あなたにおすすめの小説
【完結】私だけが知らない
綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
飯屋の娘は魔法を使いたくない?
秋野 木星
ファンタジー
3歳の時に川で溺れた時に前世の記憶人格がよみがえったセリカ。
魔法が使えることをひた隠しにしてきたが、ある日馬車に轢かれそうになった男の子を助けるために思わず魔法を使ってしまう。
それを見ていた貴族の青年が…。
異世界転生の話です。
のんびりとしたセリカの日常を追っていきます。
※ 表紙は星影さんの作品です。
※ 「小説家になろう」から改稿転記しています。
【完結】お花畑ヒロインの義母でした〜連座はご勘弁!可愛い息子を連れて逃亡します〜
himahima
恋愛
夫が少女を連れ帰ってきた日、ここは前世で読んだweb小説の世界で、私はざまぁされるお花畑ヒロインの義母に転生したと気付く。
えっ?!遅くない!!せめてくそ旦那と結婚する10年前に思い出したかった…。
ざまぁされて取り潰される男爵家の泥舟に一緒に乗る気はありませんわ!
★恋愛ランキング入りしました!
読んでくれた皆様ありがとうございます。
連載希望のコメントをいただきましたので、
連載に向け準備中です。
*他サイトでも公開中
日間総合ランキング2位に入りました!
貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた
佐藤醤油
ファンタジー
貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。
僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。
魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。
言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。
この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。
小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。
------------------------------------------------------------------
お知らせ
「転生者はめぐりあう」 始めました。
------------------------------------------------------------------
注意
作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。
感想は受け付けていません。
誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。
実家が没落したので、こうなったら落ちるところまで落ちてやります。
黒蜜きな粉
ファンタジー
ある日を境にタニヤの生活は変わってしまった。
実家は爵位を剥奪され、領地を没収された。
父は刑死、それにショックを受けた母は自ら命を絶った。
まだ学生だったタニヤは学費が払えなくなり学校を退学。
そんなタニヤが生活費を稼ぐために始めたのは冒険者だった。
しかし、どこへ行っても元貴族とバレると嫌がらせを受けてしまう。
いい加減にこんな生活はうんざりだと思っていたときに出会ったのは、商人だと名乗る怪しい者たちだった。
騙されていたって構わない。
もう金に困ることなくお腹いっぱい食べられるなら、裏家業だろうがなんでもやってやる。
タニヤは商人の元へ転職することを決意する。
冷宮の人形姫
りーさん
ファンタジー
冷宮に閉じ込められて育てられた姫がいた。父親である皇帝には関心を持たれず、少しの使用人と母親と共に育ってきた。
幼少の頃からの虐待により、感情を表に出せなくなった姫は、5歳になった時に母親が亡くなった。そんな時、皇帝が姫を迎えに来た。
※すみません、完全にファンタジーになりそうなので、ファンタジーにしますね。
※皇帝のミドルネームを、イント→レントに変えます。(第一皇妃のミドルネームと被りそうなので)
そして、レンド→レクトに変えます。(皇帝のミドルネームと似てしまうため)変わってないよというところがあれば教えてください。
転生幼女具現化スキルでハードな異世界生活
高梨
ファンタジー
ストレス社会、労働社会、希薄な社会、それに揉まれ石化した心で唯一の親友を守って私は死んだ……のだけれども、死後に閻魔に下されたのは願ってもない異世界転生の判決だった。
黒髪ロングのアメジストの眼をもつ美少女転生して、
接客業後遺症の無表情と接客業の武器営業スマイルと、勝手に進んで行く周りにゲンナリしながら彼女は異世界でくらします。考えてるのに最終的にめんどくさくなって突拍子もないことをしでかして周りに振り回されると同じくらい周りを振り回します。
中性パッツン氷帝と黒の『ナンでも?』できる少女の恋愛ファンタジー。平穏は遙か彼方の代物……この物語をどうぞ見届けてくださいませ。
無表情中性おかっぱ王子?、純粋培養王女、オカマ、下働き大好き系国王、考え過ぎて首を落としたまま過ごす医者、女装メイド男の娘。
猫耳獣人なんでもござれ……。
ほの暗い恋愛ありファンタジーの始まります。
R15タグのように15に収まる範囲の描写がありますご注意ください。
そして『ほの暗いです』
【完結】ちびっこ錬金術師は愛される
あろえ
ファンタジー
「もう大丈夫だから。もう、大丈夫だから……」
生死を彷徨い続けた子供のジルは、献身的に看病してくれた姉エリスと、エリクサーを譲ってくれた錬金術師アーニャのおかげで、苦しめられた呪いから解放される。
三年にわたって寝込み続けたジルは、その間に蘇った前世の記憶を夢だと勘違いした。朧げな記憶には、不器用な父親と料理を作った思い出しかないものの、料理と錬金術の作業が似ていることから、恩を返すために錬金術師を目指す。
しかし、錬金術ギルドで試験を受けていると、エリクサーにまつわる不思議な疑問が浮かび上がってきて……。
これは、『ありがとう』を形にしようと思うジルが、錬金術師アーニャにリードされ、無邪気な心でアイテムを作り始めるハートフルストーリー!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる