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王都を離れて
87 古龍(エンシェントドラゴン)/デニス(1)
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◆登場人物紹介(既出のみ)
・リリアン…主人公。前世の記憶を持つ、黒毛の狼獣人の少女。転生前は前・魔王討伐隊、『英雄』のアシュリー。転移魔法を使う事ができ、神秘魔法で大黒狼の姿などになれる。
・シアン…前・魔王討伐隊の一人。アシュリーとは討伐隊になる前からの付き合いがあり、ずっと彼女に想いを寄せていた。リリアンの前世を知っている。
・デニス…Sランクの実力を持つAランクの先輩冒険者。リリアンに好意を抱いている。
・カイル…リリアンの三つ子の兄で、灰狼族の若き族長。銀の髪と尾を持つ。やや(?)シスコン気味。
・タングス…仙狐(3本の尾を持つ白毛の狐)の兄妹の兄。前・魔王討伐隊一行を慕っている。
・シャーメ…仙狐の兄妹の妹。二人とも20歳程度の人狐の姿になれる。
====================
最初は、竜人の爺さんだと思った。
が、爺さんはあっさりとそれを否定した。
「一応取り繕うくらいしてくれよなー。まぁ、人間の町じゃねえからいいけどさ」
頭を掻きながら苦笑いをするシアンさんに向けて、ご老人はからからと笑って応えた。
「悪い事もしていないのに、なんでコソコソせにゃいかんのじゃ」
まあそうですよねと、リリアンは愉快そうに言った。
頭には竜の角、背には竜の翼、鱗のついた竜の尾。
これが竜人で無いのなら、どんな種族なんだ……?
「エ……古龍??」
「驚くよな。僕も最初はビックリしたんだ」
リリアンにくっついてきたカイルが、同情するように俺の肩を叩いた。
古龍は伝説級の魔獣の一種だ。
一応はSSランクの魔獣、という事になってはいる。だが、冒険者のランクにSSランクは存在しない。なので、もしもSSランクの魔獣を相手にする場合にはSランクのパーティー複数で向かう。そのくらいの強さの魔獣という事だ。
高位の魔獣は人語を話すと聞いた事はあった。でもこの人の良さそうな爺さんがその伝説の魔獣だとは、にわかには信じられねえ……
「実際に見れば納得するだろうて。おい小僧、ちょいと手合わせせい」
爺さんはシアンさんに向けて伸ばした手を、ほんの少し上に上げた。
「お、おいっ」
その動作と共に、シアンさんが空に跳ね上がりすーっと庭の真ん中まで移動し、下ろされる。
「ったく、準備の時間くらい寄越せよな」
シアンさんはそう言いながら、上着を脱いで放り投げ、軽く構えるように足を開いた。
「ほほっ」
爺さんは嬉しそうな声を上げると、シアンさんの方に向かって数歩進み、思い出したようにこちらを振り返った。
「小娘、お前もじゃ」
指名されたリリアンは、当たり前のようににこやかに「はい」と返事をして、首のチョーカーに触れながら爺さんの後を追う。
リリアンの背中越しに見える爺さんの姿が、むくむくと膨れ上がって見上げる程の大きな龍の姿になっていくのを見て、声を発する事も出来ずにただ息を呑んだ。
シアンさんとリリアンが、何もない空に現れた木製の模擬剣を手にすると、瞬きをする間もなく戦いは始まっていた。
二人が飛び出すのはほぼ同時だが、僅かにリリアンの方が前に出た。まるで申し合わせた様に一度左右に分かれると、そこから龍の懐に向けて剣を突き出す。
二方向からの攻撃は龍の身じろぎであっけなく払われたが、それも二人にはわかっていた様だ。地に足を付けると、その勢いをそのまま剣に乗せ、今度は上下から龍に斬りかかる。
くるくるとまるで回転する独楽の様に、一切止まる事もなく繰り広げられる3人……いや、二人と1体の攻防に、しばらくの間、目を離す事ができなかった。
シアンさんがすげえのは知っている。でも、リリアンも動きだけはシアンさんに付いていけているようだ。
「あいつ、なかなかやるな……」
カイルが隣で悔しそうに呟き、その声で我に返った。
あんな風に目の前で爺さんが龍の姿になるところを見せられ、さらにその龍はこうして実際にその巨体を動かしている。
あの爺さんが高位魔獣……しかも徒ならぬ強さの龍である事は、もう納得せざるを得なかった。
ん……? 高位魔獣といえば、先日の『樫の木亭』でも、ナインテールがどうとかの話が出ていなかったか?
ナインテールも同じく伝説級の魔獣で、尾が9本ある狐の姿をしている。
狐……?
何かを感じて、狐獣人のタングスとシャーメの方を見た。えっへんとシャーメがこちらを向いて得意そうに胸を張っている。
二人の後ろには3本ずつの尾がゆらゆらと揺れていた。
「もしかして、ナインテールって……」
「私たちのお母さんだよーー」
彼らは仙狐。九尾の未成体なのだそうだ。
「驚くよな。わかるよ」
開いた口が塞がらない俺の肩を、またカイルがぽんと叩いた。
……あれだけ俺を敵視するような態度を取っていたカイルが、どうにもここでは様子が違う。
「この中で、一番蚊帳の外なのは僕とお前だからな」
尋ねると、苦い顔をして言った。
なんだかんだキツイ事を言われてはいたが、悪い奴ではないのだろう。リリアンの兄貴なんだしな。
それにしても……
どうやらシアンさんは彼ら高位魔獣たちと以前からの知り合いらしい。いや、ただの知り合いどころじゃねえな。かなり親しいようだ。
その事に驚きはしたが、そこまでの不思議はない。元魔王討伐隊としての特殊な経験もあり、その後も一人であちらこちらを旅していたシアンさんだ。その折にでも出会いや切っ掛けがあったのだろう。
でもリリアンがそこに当たり前の様に混ざっている事には、不思議さしか感じない。ここは獣人の国でもあるし、獣人であれば普通に高位魔獣と知り合う機会があるのかとも思ったが、カイルは首を横に振った。
====================
(メモ)
高位魔獣(#19、#22、Ep.10)
・リリアン…主人公。前世の記憶を持つ、黒毛の狼獣人の少女。転生前は前・魔王討伐隊、『英雄』のアシュリー。転移魔法を使う事ができ、神秘魔法で大黒狼の姿などになれる。
・シアン…前・魔王討伐隊の一人。アシュリーとは討伐隊になる前からの付き合いがあり、ずっと彼女に想いを寄せていた。リリアンの前世を知っている。
・デニス…Sランクの実力を持つAランクの先輩冒険者。リリアンに好意を抱いている。
・カイル…リリアンの三つ子の兄で、灰狼族の若き族長。銀の髪と尾を持つ。やや(?)シスコン気味。
・タングス…仙狐(3本の尾を持つ白毛の狐)の兄妹の兄。前・魔王討伐隊一行を慕っている。
・シャーメ…仙狐の兄妹の妹。二人とも20歳程度の人狐の姿になれる。
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最初は、竜人の爺さんだと思った。
が、爺さんはあっさりとそれを否定した。
「一応取り繕うくらいしてくれよなー。まぁ、人間の町じゃねえからいいけどさ」
頭を掻きながら苦笑いをするシアンさんに向けて、ご老人はからからと笑って応えた。
「悪い事もしていないのに、なんでコソコソせにゃいかんのじゃ」
まあそうですよねと、リリアンは愉快そうに言った。
頭には竜の角、背には竜の翼、鱗のついた竜の尾。
これが竜人で無いのなら、どんな種族なんだ……?
「エ……古龍??」
「驚くよな。僕も最初はビックリしたんだ」
リリアンにくっついてきたカイルが、同情するように俺の肩を叩いた。
古龍は伝説級の魔獣の一種だ。
一応はSSランクの魔獣、という事になってはいる。だが、冒険者のランクにSSランクは存在しない。なので、もしもSSランクの魔獣を相手にする場合にはSランクのパーティー複数で向かう。そのくらいの強さの魔獣という事だ。
高位の魔獣は人語を話すと聞いた事はあった。でもこの人の良さそうな爺さんがその伝説の魔獣だとは、にわかには信じられねえ……
「実際に見れば納得するだろうて。おい小僧、ちょいと手合わせせい」
爺さんはシアンさんに向けて伸ばした手を、ほんの少し上に上げた。
「お、おいっ」
その動作と共に、シアンさんが空に跳ね上がりすーっと庭の真ん中まで移動し、下ろされる。
「ったく、準備の時間くらい寄越せよな」
シアンさんはそう言いながら、上着を脱いで放り投げ、軽く構えるように足を開いた。
「ほほっ」
爺さんは嬉しそうな声を上げると、シアンさんの方に向かって数歩進み、思い出したようにこちらを振り返った。
「小娘、お前もじゃ」
指名されたリリアンは、当たり前のようににこやかに「はい」と返事をして、首のチョーカーに触れながら爺さんの後を追う。
リリアンの背中越しに見える爺さんの姿が、むくむくと膨れ上がって見上げる程の大きな龍の姿になっていくのを見て、声を発する事も出来ずにただ息を呑んだ。
シアンさんとリリアンが、何もない空に現れた木製の模擬剣を手にすると、瞬きをする間もなく戦いは始まっていた。
二人が飛び出すのはほぼ同時だが、僅かにリリアンの方が前に出た。まるで申し合わせた様に一度左右に分かれると、そこから龍の懐に向けて剣を突き出す。
二方向からの攻撃は龍の身じろぎであっけなく払われたが、それも二人にはわかっていた様だ。地に足を付けると、その勢いをそのまま剣に乗せ、今度は上下から龍に斬りかかる。
くるくるとまるで回転する独楽の様に、一切止まる事もなく繰り広げられる3人……いや、二人と1体の攻防に、しばらくの間、目を離す事ができなかった。
シアンさんがすげえのは知っている。でも、リリアンも動きだけはシアンさんに付いていけているようだ。
「あいつ、なかなかやるな……」
カイルが隣で悔しそうに呟き、その声で我に返った。
あんな風に目の前で爺さんが龍の姿になるところを見せられ、さらにその龍はこうして実際にその巨体を動かしている。
あの爺さんが高位魔獣……しかも徒ならぬ強さの龍である事は、もう納得せざるを得なかった。
ん……? 高位魔獣といえば、先日の『樫の木亭』でも、ナインテールがどうとかの話が出ていなかったか?
ナインテールも同じく伝説級の魔獣で、尾が9本ある狐の姿をしている。
狐……?
何かを感じて、狐獣人のタングスとシャーメの方を見た。えっへんとシャーメがこちらを向いて得意そうに胸を張っている。
二人の後ろには3本ずつの尾がゆらゆらと揺れていた。
「もしかして、ナインテールって……」
「私たちのお母さんだよーー」
彼らは仙狐。九尾の未成体なのだそうだ。
「驚くよな。わかるよ」
開いた口が塞がらない俺の肩を、またカイルがぽんと叩いた。
……あれだけ俺を敵視するような態度を取っていたカイルが、どうにもここでは様子が違う。
「この中で、一番蚊帳の外なのは僕とお前だからな」
尋ねると、苦い顔をして言った。
なんだかんだキツイ事を言われてはいたが、悪い奴ではないのだろう。リリアンの兄貴なんだしな。
それにしても……
どうやらシアンさんは彼ら高位魔獣たちと以前からの知り合いらしい。いや、ただの知り合いどころじゃねえな。かなり親しいようだ。
その事に驚きはしたが、そこまでの不思議はない。元魔王討伐隊としての特殊な経験もあり、その後も一人であちらこちらを旅していたシアンさんだ。その折にでも出会いや切っ掛けがあったのだろう。
でもリリアンがそこに当たり前の様に混ざっている事には、不思議さしか感じない。ここは獣人の国でもあるし、獣人であれば普通に高位魔獣と知り合う機会があるのかとも思ったが、カイルは首を横に振った。
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(メモ)
高位魔獣(#19、#22、Ep.10)
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