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過去を手繰る
74 遺したもの
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◆登場人物紹介(既出のみ)
・リリアン…主人公。前世の記憶を持つ、黒毛の狼獣人の少女。転生前は前・魔王討伐隊、『英雄』のアシュリー。
・シアン…前・魔王討伐隊の一人。アシュリーとは討伐隊になる前からの付き合いがあり、ずっと彼女に想いを寄せていた。
・サム(サマンサ)…前・魔王討伐隊の一人でエルフの魔法使い。15年前の討伐隊の任務の後、教会を抜けて行方をくらましていた。
・ノア…サムの住んでいた近くの村の、村長の息子。サムの最期の目撃者
====================
サムは私の前世――アシュリーの仲間の一人だ。彼女は本当に可愛かった。
本音を言うと、私は彼女が羨ましかった。美しい金の髪も、透き通る白い肌も、深く光を湛える紫水晶の瞳も。少女の姿の彼女に、フリルのついた可愛いドレスがよく似合っていた。
全てが私には無い物だった。ああ、自分にも彼女のような可愛らしさが少しでもあれば、誰かに愛されるような奇跡もあったのかもしれないと、そういった気持ちが少なからずあった。
でもあれほどに可愛らしい容姿を持っていても、彼女は愛されていないと、愛されたいと願っていた。
「私が愛しているのは姉様だけなの。姉様に認められる為なら、私はなんでもするわ」
彼女にとって、彼女を讃える世間の声ですらただの雑音も同然だった。彼女が求めてるのは『姉様』だけだった。あの魔王討伐隊の任務でさえ、彼女は愛する姉様の為に務めていたのだと。
そんなサムが、ようやくここで姉様以外に愛する者を見つけたのだろうか。
村長の家の2階の一番奥の部屋。いい陽の光と、気持ちよい風が通る場所に、小さなベッドが置いてあった。
ベッドの中に居る赤子を抱き上げたノアさんが、手慣れた様子であやすと、先ほどからの泣き声はキャッキャッという笑い声に変わった。
金髪の美しい、愛らしい赤子だ。サムに似ている、そう思った。
「ハーフエルフですね」
そう言うと、ノアさんは悲しそうな顔で頷いた。女の子だそうだ。
「そっか……」
ようやく、シアにもわかったようだ。
「あんた、何も出来なかったんじゃない。その子を守ってたんだな」
サムは頑として村には住もうとはしなかった。そしてあの家に自分以外の者が滞在する事も良しとしなかった。だからノアさんは毎日の様に娘を連れて、サムのところに通っていたのだ。
あの日も……サムが死んだあの日も、この子が一緒だった。だから、ノアさんは岩の陰でただ隠れている事しかできなかったのだ。
きっとこの娘を守る事が、サムが望んだ事だったのだろう。
小さなベッドの中に、両の手で抱える程の大きさのウサギのぬいぐるみが置かれていた。
「シアさん、この子に魔力を」
受け取ったシアが、ぬいぐるみに魔力を込める。
そっとテーブルに置くと、立ち上がったウサギは『ご主人様』と言ってお辞儀をした。
* * *
ウサギのぬいぐるみに乞われてお腹を開くと、中には見覚えのある古い手帳が入っていた。
15年前、魔王討伐の旅の間、ずっとサムがつけていた日記帳だ。可愛いものが好きなサムらしい華やかな装丁のものだった。
彼女はあのぬいぐるみでゴーレムを作っておいて、もしも昔の仲間が来た時にこの日記帳を渡せるようにしていたのだろう。
サムの日記帳を譲り受けて、村を後にした。
「なあ、ノアさんの事、なんでわかったんだ?」
歩きながら、シアさんが尋ねてきた。
「言った通りですよ。ノアさんから、あの赤ちゃんの……サムの匂いがしたんです」
ノアさんが中座したあの時に、娘さんをあやしていてついた匂いだろう。
「サムに帰れと言われたと、ノアさんはそう言っていました。でもきっとサムはそう言うだけで、彼を追い出しはしなかったんでしょうね。サムの家には、椅子が2脚ありました。誰かと二人で、一緒に過ごしていたんだろうとは思っていました」
でもそのうちにあんな日が来ると思っていたから、彼と一緒には住めなかった。生まれた娘にもああしてゴーレムを遺した。
「エルフは家族を作らない、結婚もしない。そうサムは言っていたけれど、全てのエルフがそういう訳ではないものね」
本当はサムも家族が欲しかったのだろう。愛してくれる人が欲しかったのだろう。ノアさんと一緒に居た時間は、おそらく彼女にとって幸せでかけがえのない時間だったのだと、そう願いたかった。
「さあ、帰りましょう」
シアさんの手を取って、転移の魔法を使った。
* * *
いつもの様に自宅の玄関に戻ると、さっそくアニーに出迎えられた。
『お帰りなさいませ』
「ただいまー、アニー」
「流石に時間が早いから、デニスはまだ来てないな」
『はい、お客様はいらっしゃっておりません』
「なあ。アッシュ」
居間に向かおうとしたところで、シアから声を掛けられ振り向いた。彼は真面目な面差しで私をじっと見つめている。
「アニー、お茶とおやつを出してくれる? シア、座って少し話をしよう」
昔の口調で彼に言った。
居間のソファーに向かい合わせて座り、紅茶を口に含む。シアは紅茶にも菓子にも手を付けようとしない。
「あの日……最初にここで会った日。お前は俺の事をわかっていたんだな」
シアは手を組んだままで、息を吐きだしながら言った。
「先日言った通りだ。お前が家の外に居たからか、アニーが反応したので気になって外に出たんだ。まさか、お前が居るとは思わなかったが…… すぐにわかった」
「俺よくわかんねえけど、アッシュの生まれ変わり、なのか?」
「まあ、そうなるだろうな。全てではないが、前世の記憶もある。魂が一緒なのは…… 匂いでわかったんだろう?」
そう言うと、シアは右目の眼帯に触れて頷いた。
「他の聖獣たちも、彼らは魂の匂いを嗅ぐことが出来る。古龍の爺様は、こうなるとわかっててお前にその眼を与えたのか…… だとしたら、ずるいな……」
なんだかんだ言っても、おせっかい焼きな爺様らしいなと、そう思った。
「その『龍の眼』で、私の事を見たんだな?」
「ああ、こないだ…… お前が居なくなって、この眼で探している時に気が付いた。以前に見た時にはあんなステータスじゃなかったのにって」
「『偽装』の魔法を使っている。今も、だ」
もうここまで来たら、シアに隠す必要はない。偽装を解いた。
「解いたから、好きにするといい」
そう言うと、少し驚いた様な顔をしてこちらを見た。
「……いいのか?」
うん?? いいのか、って??
シアはソファーから立ち上がって言った。
「もう一度、お前の匂いを嗅がせてくれ」
!! ええ? なんで?
「ス、ステータスを……見るんじゃないのか?」
「ああ、あの時……お前が倒れてる時にあらかた見せてもらった」
そう言いながら、ソファーに座った私の目の前まで来た。ちょっと待って……
「あ、あの…… まだお風呂入ってないから…… 汗臭いから……」
「ああ、このあと一緒に入るか?」
シアが昔のような懐かしい軽口を叩く。いや、そうじゃなくて!
彼は慌てふためく私に構う事もなく、のしかかる様な体勢で迫ってくる。体を逃がそうとして、ぽてっとソファーに倒れてしまい、そのまま彼に捕まった。
ソファーの上でのしかかられ、しっかり両手をふさがれると、もう身動きが取れなくなった。
「ああ、やっぱり…… アッシュの匂いだ」
そう言って、首脇の匂いを嗅ぐシアさんの息が首にかかって少しこそばゆい。
「あの…… シア……さん…… そろそろっ」
「んー もう少し」
そう言ったシアさんの唇が軽く首に触れた。
「んッ……」
バタンっ!!
「ただいまー! リリアン! シアンさ…… おい!」
デニスさんの声で入り口の方を見た。
わなわなと震えながら立ち尽くすデニスさん。
こちらには、ソファーに転がっている私、その上にのしかかっているシアさん……
あ……
シアさんは私にだけ聞こえるくらいに小さく舌打ちをすると、何事もなかったようにすっと私の背中に手を回して体を起こしてくれた。
ほっとしたのも束の間、気付くと今度は彼の膝の上に抱きかかえられていた。
「えっ」
「よぉ、デニス。お帰り」
シアさんが何故か揶揄うような言い方をしながら、私の体を抱きすくめた。
「お、おっさん! てめぇーーー!!!!」
王都シルディス、北西の塀際にある木枠づくりの一軒家で、デニスさんの怒号が響いた。
====================
(メモ)
ゴーレム(#50)
探している時(#59)
聖獣と匂い(#22、#29)
・リリアン…主人公。前世の記憶を持つ、黒毛の狼獣人の少女。転生前は前・魔王討伐隊、『英雄』のアシュリー。
・シアン…前・魔王討伐隊の一人。アシュリーとは討伐隊になる前からの付き合いがあり、ずっと彼女に想いを寄せていた。
・サム(サマンサ)…前・魔王討伐隊の一人でエルフの魔法使い。15年前の討伐隊の任務の後、教会を抜けて行方をくらましていた。
・ノア…サムの住んでいた近くの村の、村長の息子。サムの最期の目撃者
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サムは私の前世――アシュリーの仲間の一人だ。彼女は本当に可愛かった。
本音を言うと、私は彼女が羨ましかった。美しい金の髪も、透き通る白い肌も、深く光を湛える紫水晶の瞳も。少女の姿の彼女に、フリルのついた可愛いドレスがよく似合っていた。
全てが私には無い物だった。ああ、自分にも彼女のような可愛らしさが少しでもあれば、誰かに愛されるような奇跡もあったのかもしれないと、そういった気持ちが少なからずあった。
でもあれほどに可愛らしい容姿を持っていても、彼女は愛されていないと、愛されたいと願っていた。
「私が愛しているのは姉様だけなの。姉様に認められる為なら、私はなんでもするわ」
彼女にとって、彼女を讃える世間の声ですらただの雑音も同然だった。彼女が求めてるのは『姉様』だけだった。あの魔王討伐隊の任務でさえ、彼女は愛する姉様の為に務めていたのだと。
そんなサムが、ようやくここで姉様以外に愛する者を見つけたのだろうか。
村長の家の2階の一番奥の部屋。いい陽の光と、気持ちよい風が通る場所に、小さなベッドが置いてあった。
ベッドの中に居る赤子を抱き上げたノアさんが、手慣れた様子であやすと、先ほどからの泣き声はキャッキャッという笑い声に変わった。
金髪の美しい、愛らしい赤子だ。サムに似ている、そう思った。
「ハーフエルフですね」
そう言うと、ノアさんは悲しそうな顔で頷いた。女の子だそうだ。
「そっか……」
ようやく、シアにもわかったようだ。
「あんた、何も出来なかったんじゃない。その子を守ってたんだな」
サムは頑として村には住もうとはしなかった。そしてあの家に自分以外の者が滞在する事も良しとしなかった。だからノアさんは毎日の様に娘を連れて、サムのところに通っていたのだ。
あの日も……サムが死んだあの日も、この子が一緒だった。だから、ノアさんは岩の陰でただ隠れている事しかできなかったのだ。
きっとこの娘を守る事が、サムが望んだ事だったのだろう。
小さなベッドの中に、両の手で抱える程の大きさのウサギのぬいぐるみが置かれていた。
「シアさん、この子に魔力を」
受け取ったシアが、ぬいぐるみに魔力を込める。
そっとテーブルに置くと、立ち上がったウサギは『ご主人様』と言ってお辞儀をした。
* * *
ウサギのぬいぐるみに乞われてお腹を開くと、中には見覚えのある古い手帳が入っていた。
15年前、魔王討伐の旅の間、ずっとサムがつけていた日記帳だ。可愛いものが好きなサムらしい華やかな装丁のものだった。
彼女はあのぬいぐるみでゴーレムを作っておいて、もしも昔の仲間が来た時にこの日記帳を渡せるようにしていたのだろう。
サムの日記帳を譲り受けて、村を後にした。
「なあ、ノアさんの事、なんでわかったんだ?」
歩きながら、シアさんが尋ねてきた。
「言った通りですよ。ノアさんから、あの赤ちゃんの……サムの匂いがしたんです」
ノアさんが中座したあの時に、娘さんをあやしていてついた匂いだろう。
「サムに帰れと言われたと、ノアさんはそう言っていました。でもきっとサムはそう言うだけで、彼を追い出しはしなかったんでしょうね。サムの家には、椅子が2脚ありました。誰かと二人で、一緒に過ごしていたんだろうとは思っていました」
でもそのうちにあんな日が来ると思っていたから、彼と一緒には住めなかった。生まれた娘にもああしてゴーレムを遺した。
「エルフは家族を作らない、結婚もしない。そうサムは言っていたけれど、全てのエルフがそういう訳ではないものね」
本当はサムも家族が欲しかったのだろう。愛してくれる人が欲しかったのだろう。ノアさんと一緒に居た時間は、おそらく彼女にとって幸せでかけがえのない時間だったのだと、そう願いたかった。
「さあ、帰りましょう」
シアさんの手を取って、転移の魔法を使った。
* * *
いつもの様に自宅の玄関に戻ると、さっそくアニーに出迎えられた。
『お帰りなさいませ』
「ただいまー、アニー」
「流石に時間が早いから、デニスはまだ来てないな」
『はい、お客様はいらっしゃっておりません』
「なあ。アッシュ」
居間に向かおうとしたところで、シアから声を掛けられ振り向いた。彼は真面目な面差しで私をじっと見つめている。
「アニー、お茶とおやつを出してくれる? シア、座って少し話をしよう」
昔の口調で彼に言った。
居間のソファーに向かい合わせて座り、紅茶を口に含む。シアは紅茶にも菓子にも手を付けようとしない。
「あの日……最初にここで会った日。お前は俺の事をわかっていたんだな」
シアは手を組んだままで、息を吐きだしながら言った。
「先日言った通りだ。お前が家の外に居たからか、アニーが反応したので気になって外に出たんだ。まさか、お前が居るとは思わなかったが…… すぐにわかった」
「俺よくわかんねえけど、アッシュの生まれ変わり、なのか?」
「まあ、そうなるだろうな。全てではないが、前世の記憶もある。魂が一緒なのは…… 匂いでわかったんだろう?」
そう言うと、シアは右目の眼帯に触れて頷いた。
「他の聖獣たちも、彼らは魂の匂いを嗅ぐことが出来る。古龍の爺様は、こうなるとわかっててお前にその眼を与えたのか…… だとしたら、ずるいな……」
なんだかんだ言っても、おせっかい焼きな爺様らしいなと、そう思った。
「その『龍の眼』で、私の事を見たんだな?」
「ああ、こないだ…… お前が居なくなって、この眼で探している時に気が付いた。以前に見た時にはあんなステータスじゃなかったのにって」
「『偽装』の魔法を使っている。今も、だ」
もうここまで来たら、シアに隠す必要はない。偽装を解いた。
「解いたから、好きにするといい」
そう言うと、少し驚いた様な顔をしてこちらを見た。
「……いいのか?」
うん?? いいのか、って??
シアはソファーから立ち上がって言った。
「もう一度、お前の匂いを嗅がせてくれ」
!! ええ? なんで?
「ス、ステータスを……見るんじゃないのか?」
「ああ、あの時……お前が倒れてる時にあらかた見せてもらった」
そう言いながら、ソファーに座った私の目の前まで来た。ちょっと待って……
「あ、あの…… まだお風呂入ってないから…… 汗臭いから……」
「ああ、このあと一緒に入るか?」
シアが昔のような懐かしい軽口を叩く。いや、そうじゃなくて!
彼は慌てふためく私に構う事もなく、のしかかる様な体勢で迫ってくる。体を逃がそうとして、ぽてっとソファーに倒れてしまい、そのまま彼に捕まった。
ソファーの上でのしかかられ、しっかり両手をふさがれると、もう身動きが取れなくなった。
「ああ、やっぱり…… アッシュの匂いだ」
そう言って、首脇の匂いを嗅ぐシアさんの息が首にかかって少しこそばゆい。
「あの…… シア……さん…… そろそろっ」
「んー もう少し」
そう言ったシアさんの唇が軽く首に触れた。
「んッ……」
バタンっ!!
「ただいまー! リリアン! シアンさ…… おい!」
デニスさんの声で入り口の方を見た。
わなわなと震えながら立ち尽くすデニスさん。
こちらには、ソファーに転がっている私、その上にのしかかっているシアさん……
あ……
シアさんは私にだけ聞こえるくらいに小さく舌打ちをすると、何事もなかったようにすっと私の背中に手を回して体を起こしてくれた。
ほっとしたのも束の間、気付くと今度は彼の膝の上に抱きかかえられていた。
「えっ」
「よぉ、デニス。お帰り」
シアさんが何故か揶揄うような言い方をしながら、私の体を抱きすくめた。
「お、おっさん! てめぇーーー!!!!」
王都シルディス、北西の塀際にある木枠づくりの一軒家で、デニスさんの怒号が響いた。
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