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新しい生活

Ep.10 家族/サム(1)

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◆登場人物紹介(既出のみ)
・サム…魔法使いの『サポーター』。可愛いらしいドレスを着た、金髪巻き髪のエルフの少女
・シア…冒険者で一行の『サポーター』。栗毛の短髪の青年
・クリス…『英雄』で一行のリーダー。人間の国の第二王子。金髪の碧眼の青年
・アレク…騎士で『サポーター』。クリスの婚約者でもある。真面目で一生懸命。
・ルイ…神の国から来た『勇者』の少女。サムと仲が良い。
・メル…魔法使いの『英雄』。黒髪の寡黙な青年
・アッシュ…冒険者の『英雄』。黒髪長身の美人

====================

「お前は本当に可愛いわね」
 いつも姉さまはそう言って、私の頭を優しく撫でてくれた。

 エルフの一族は、一般的には容姿の良さと魔力の強さでその魅力が測られる。そして、その者の魔力が一番高い年頃で見た目の成長が止まる。

 青年期の一番美しい時期……人間で言えば18~23歳くらいの姿で居られるのが、より良いとされるのだ。

 私はそこまでは成長できなかった。美しいと言われるには、あまりにも幼い……せいぜい15歳程度の見た目だろうか。

 早くに魔力が育った証拠なのだろう。たしかに魔力の強さでみれば、その頃の仲間たちの内では一番の魔力であっただろう。でもそういう事よりも、私はちゃんと大人になりたかった。

 30年前に国を出た姉さまを追って、私も国を出た。

 * * *

 もうこれで何度目なのかしら。
 項垂うなだれるシアを見て、クリスは笑いそうになるのをなんとか堪えている。アレクは顔を真っ赤にさせているし、ルイはちょっと複雑そうな表情だ。隣に座っているメルが、小声で「やれやれ」と呟くのが聞こえた。

 この日、シアはまた告白に失敗した。

 始まりはいつものようなただの雑談だった。ルイがこの国についての話を聞きたがり、流れで家庭や生活の話になった。
 主にシアが庶民の暮らしぶりについてを語り、アレクが貴族の生活は堅苦しいだとか親のしつけうるさくてとか愚痴っぽい事を言い始めた頃だった。
 どちらかと言うと聞き上手で、いつもの様に皆の話を少し嬉しそうな顔で静かに聞いていたアッシュがぽろりとこぼしたのだ。

「それでも帰る家があり家族が居ると言うのは、少し羨ましいな」

 アッシュの生い立ちについては、ほとんど何も知らない。自分から話そうとはしないし、一番付き合いの長いシアからも聞いた事が無い。でもその一言で、彼女には帰る家も家族も無い事がわかってしまった。

「いや、今の生活に不満があるとかではないんだ。こうして仲間として皆と居られる事はとても嬉しい」

 なんとなく皆が黙ったのを気にしたのだろう。珍しく少し慌てた様に言い訳をした彼女に、シアが真面目な顔で言ったのは、その時だった。

「俺、アッシュの…… ただの仲間じゃなくて、家族になりたい」

 今回は彼にしてはかなり大胆にアプローチしたつもりだろう。それが結婚を意味しているんだろうって事は、流石に私にだってわかった。でも彼女には全く通じていなかった。

「ありがとうな、シア。そうだよな。皆の事はただの仲間なんかじゃない、家族みたいだとそう思っているよ」
 アッシュは笑って言った。
「……ああ」
 そう答えて黙ってしまったシアも、本当バカだと思うわ。

 まあ私としてはその方が都合が良いのだけれど。
 そんな事を思っていると、アッシュは用事があると言って一人部屋を出て行き、それを見送ったシアが盛大に項垂れたのだ。

「『家族』ね……」
 小さくだけど、つい口から出た言葉がメルには聞こえたのだろう。ほんの少し、怪訝けげんそうな顔をこちらに向けた。


 私たちエルフには夫婦や家族という概念はない。えて言うのなら村の一族全部が家族みたいなものだ。生活も子育ても村単位でするものであって、血の繋がりなどによる小さな集団を成すことはない。

 だから、シアの言う様な事はイマイチ私には理解できなかった。特定の相手とだけ一生を過ごすだなんて、そんなのつまらないじゃない。アッシュの言う事の方がまだわかる。一つの目的の為に生活を共にする仲間。それを家族と呼んでも良いんじゃないかなって思った。

 姉さまを追って故郷を捨てて、新しい人たちと生活するようになったけれど、そこでの生活は家族というより組織って感じだった。あの中で私のそばに居てくれるのは姉さまだけだ。だから、あそこでの家族は姉さまだけみたいなもので、その姉さまの為ならどんな事でもしたいと、そう思っている。

「私は元の世界に戻っても『家族』ってもう居ないから。皆みたいなお兄ちゃんやお姉ちゃんが居たら嬉しいなー」
 フォローなのか真意なのかわからない、そんな言葉を口にしたルイに皆の視線が集まった。

 項垂れていたシアはそれを聞いてパッと明るい顔になった。
「そっかー、ルイは可愛いな! ちゃーんと兄ちゃんを頼りにするんだぞー」
 ふざけてルイの頭をわしわしと撫でるシアに、「シアくんは同い年でしょー」とルイがむくれてみせた。

「やめてー、私のルイに何すんのー?」
 そう言ってシアを突き飛ばしてルイの手を取ると、「サムちゃんー」と彼女も嬉しそうに繋いだ手に頬を寄せてくれた。
 ルイとは趣味嗜好も話も合うし、可愛いしとてもいい子だ。異国から来た彼女を寂しい思いはさせたくない。
 家族とかそういうのじゃなくても、皆でこんなふうに楽しく仲良く過ごすのなら…… それもいいかもしれないわよね。

 * * *

 隠していたのに……
 彼女にこれがみつかってしまったのは、本当に偶然だった。
 でもそれでも彼女は、私を責めるわけでもなくて。皆にこの事を言うつもりもないと、そう言った。

「私の事、疑わないの?」
「疑うと言うのは違うかな。ただ皆がそれぞれに、この任に着くに当たって言えない事情も抱えているだろうとは思っている」
「……貴女も?」
「ああ……」
 そう悲しげに、目をらせて答えた。

「でも皆に、つらい思いはしてほしくない。だから、何かあったら言ってくれると、頼ってくれると嬉しい」
「……ふふ、まるで貴女がリーダーみたいね」
「リーダーはクリスだろう?」
「でも彼はお坊ちゃまだから、色々と甘いのよね。貴女は違うみたい。いろんな経験をしてきている人なんだと、そう思うわ」
「サムもそうなんだろう?」
「まあ、私は長く生きているからね……」

「アッシュは私がずっとずっと年上だとわかっても、こうしていつも通りに接してくれるのね」
「サムは大人みたいに扱われるのを望んでいないだろう?」
「……うん、どうせ大人の姿にはなれないのだしね」
「本当はメルとの立場も逆なんだろう?」
「気付いていたの?」
「彼は無意識にサムの視線を気にしているからな」
「二人の時だと敬語になるのよ。やめなさいって言ってるのに」
「シアもそうだ。私と二人になると、たまに昔の口調に戻っている……」
「彼とはどんな関係なの?」
「昔、シアが困っていた時に手を貸した事があって…… それから一緒に旅をしていた」
「シアは貴女に借りがあるのね。だからあんなに貴女に執心しゅうしんしているのね」
「……ああ、それが私は心苦しい…… 本当はもう貸しなんてないのに…… シアは私なんかに縛られずに、自由になっていいのに……」

 そう言う彼女は、なんだかとても苦しそうに見えた。でも、その憂う表情がとても美しいと思えた。

「メルに対する好意もパフォーマンスか?」
「ふふふ…… 綺麗な人は好きよ。メルも美人だわ。でも私の愛を捧げるには彼では不足しているわね」
「エルフらしいな」

 アッシュはそっと目を細めて私を見つめた。

「なら、メルの事は……」
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