上 下
130 / 333
新しい生活

64 聖堂/ケヴィン

しおりを挟む
※残酷な描写と思われる部分があります。ご注意下さい。

◆登場人物紹介(既出のみ)
・ケヴィン…人間の国シルディスの先代の王
・リリアン…主人公。前世の記憶を持つ、黒毛の狼獣人の少女。神秘魔法で大人の姿などになれる。
・ドリー…自称「ゴーレムのようなもの」。獣人の神、ギヴリスの助手

====================

「ご苦労だったな」
「いいえ、とても勉強にもなりました」
 向かいに座る黒髪の女性騎士は、そう言って上品に微笑んだ。
「そうか、ならまた来てみるかね。ところで彼らには気付かれずに済んだかね」
「意地のお悪い。面白がっておられましたね?」
 そうして今度はくすくすと可笑しそうに笑う。その正体がまだ15歳の獣人の少女だと、知っているのは私だけだ。

 王城から大教会までは、馬車に乗ればそう遠い距離ではない。向かいに座る彼女は馬車が苦手だそうで自分だけ歩いて行くと言ったのだが、建前は私の護衛騎士となっているのでそういう訳にもいかない。
 御者にはあまり速度を上げぬよう、揺れぬ道を選ぶように頼んでおいた。これなら大丈夫そうですと、恐縮きょうしゅくして頭を下げようとする彼女の頭を上げさせた。
 彼女と私は主従の関係ではない。えて言うなら『協力者』なのだ。

 彼女についてはまだ謎も多い。しかし身元ははっきりしており、でありながら只ならぬ者ともうかがえる。一番の謎は異国の文字が読める事。しかしそれが嘘では無い事を、私はわかっている。

 私が『英雄』として旅をしていたのは40年ほど昔の事だ。そして私の想い人は、神の御力により異国から遣わされた『勇者』であった。しかし彼女はいずれ異国に帰る身。互いに想い合っていても、それを口にすることはなかった。
 私たちとの旅の間、彼女がつけていた日記は私の手に託された。異国の言葉で書かれたその日記を読める者は誰もおらず、町に密かに買ってあった一軒家の本棚に仕舞い込んでおいた。それはおそらくわずかな未練の表れでもあったのだろうか。

 そんな私の未練をリリアンは見つけて、また私の前で広げてみせたのだ。

 彼女が読み上げる旅の記録は、私の想い人の言葉は、それは間違いなく私たちの思い出そのものであった。そしてその事は、彼女が異国の文字を読める事が真実である証明にもなった。

 いや、それだけでは彼女を信用するには足らない事はわかっている。しかしあの日に、自分でも知らなかった記憶のかせが外れたあの時に、自分が色々な事を忘れさせられていた事にようやく気付いたのだ。
 そして目の前の彼女の求める物が、自分の忘れていた時にあるのだと。それはとても大事な事で、おそらく忘れていた方が幸せだったのだろうとも。


 大教会では予期せぬ私の訪問に、司祭たちが慌てた様子を見せた。
「私の護衛騎士の父君の回復を、神に願いたいと思うたのでな」
 その言葉と共に彼女の手より差し出された寄付金を見た司祭たちは、大袈裟おおげさに態度を変えて私たちを招き入れた。

「いいのかね?」
 先導する司祭の後を追いながら、小声で尋ねた。いくら人狼一族の族長ゆかりの身分だとは言え、この町では一介の冒険者として活動している彼女にとって、あの額の寄付金は簡単に出せるものではないはずだ。
「これくらいした方が断れないでしょうから」
 斜め後ろから、淡々と答える彼女の小声が聞こえた。


 大教会の最奥にある聖堂には、シルディス神のご神体が祀られている。教会前のシルディス像も、このご神体を模して造られたものだ。この部屋には一般の者たちは入室出来ない。教会の関係者以外では王族か特別に許された貴族か。
 私たちをご神体の前に案内すると、司祭たちは仰々ぎょうぎょうしい礼を以って退室した。この手厚い待遇も、先ほどの寄付金の効果であろう。

 聖堂の正面には、透き通る水晶の中に閉じ込められた麗しい乙女の姿。
「シルディス様……」
 その神々しい御姿に、自然に膝が折れた。

 リリアンは司祭たちの礼には目もくれず、じっとご神体を興味深い表情で眺めていた。やや眉をひそめて、何かを考え込んでいる様にも見える。

 ――ちがう

 唇がほんのわずかだけ動き、そう言ったように思えた。

 彼女はそのまま視線を下げると、彼女は両の膝をき祈りを捧げる姿勢をとった。私もそれに合わせて胸の前で手を組む。

 瞬間、微妙な魔力の揺らぎを感じた。すぐそばに居た私にだけ感じられたものであろう。

「目眩ましを張りました」
 驚いて顔を上げた私を振り向きもせずそう告げて、何かを探す様に辺りをゆっくりと見回す。その彼女は何かに気付いたように視線を止めた。

 すたすたとご神体の裏手に回り、幾重にも張られているカーテンを押しのけると、そこに小さな入口が現れた。
「こっちです」
 リリアンは疑う様子もなくその奥に入って行ってしまった。慌てて彼女を追いかけると、その中は小さな部屋になっていた。


「うっ」
 真ん中に置かれた異様な物に目を奪われ、あまりのむごさに足が止まった。

 大きな透き通る台座の上に、女性が居た。いや、正確には「女性だったモノ」がそこに「あった」。それは既に人として完全な姿を保ってはいなかった。

 あるのは胸部から上のみ。その残された部分も、あちこちが欠損している。胸も片方しかなく、心臓にあたる部分は穴の開いたようにぽっかりと失われていた。そして顔面も片目とそこから耳にかけてが大きくえぐられている。

 とても正視できないようなその姿を、彼女はじっと見つめていた。
「やっぱり、貴女なのね……」


「久しぶりですね」
 不意に後ろから声がした。

 振り向くと、白い服を着た女性が、薄ら笑いをたたえて立っている。
「何者だ?」
 私が尋ねると、その女はあからさまに不快そうな顔をした。
「ただの人間ごときが私に話し掛けないでもらいたい」

 この王国で、しかも王族として訪れた教会の一室で、まさか私を「ただの人間ごとき」と評する者がいるとは思わず、咄嗟とっさに言葉を失った。

「あなたは?」
「覚えてないのですか? 私の事はサティとお呼びください」
 私の代わりに尋ねたリリアンにそう答えると、その女は何故か嬉しそうにふふふと笑った。

「……あなたは壊れたのだと、ドリーさんは言っていたけれど」
「ふふふ、私は正常ですよ。何を以って壊れたと判断するかが、ドリーの基準と私の基準で違っているだけでしょう。私は主の命令通りに、シルディス様に従っているに過ぎません」

「もうシルディスは、亡くなっているじゃない」
「確かにその魂はここには無い。しかしシルディス様は無くなってはいません。こうしてここに

 そう言って彼女は、部屋の中央にある「モノ」を差した。どういう事だ? この惨い姿の遺骸がシルディス様だと言うのか?

「私が主より受けた命令は、シルディス様に従う事。それはシルディス様の魂のみに限りません。私にとっては全てがシルディス様です。彼の世界に散った魂も、残された肉体も、また人間に取り込まれた一部分も」

 取り込まれた……?
 私の中に浮かんだ疑問と同じ事を、リリアンも気付いたのだろう。

「何故……… この女性ひとはこんなにいるの??」

 リリアンが口にした疑問を聞いて、白い服の女はまた薄ら笑いを浮かべた。

====================

(メモ)
 日記(#55)
 ドリー(#28)
 サティ(#46)
 (#32)

「55 アップルパイ/」→「55 アップルパイ/ケヴィン」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】お花畑ヒロインの義母でした〜連座はご勘弁!可愛い息子を連れて逃亡します〜

himahima
恋愛
夫が少女を連れ帰ってきた日、ここは前世で読んだweb小説の世界で、私はざまぁされるお花畑ヒロインの義母に転生したと気付く。 えっ?!遅くない!!せめてくそ旦那と結婚する10年前に思い出したかった…。 ざまぁされて取り潰される男爵家の泥舟に一緒に乗る気はありませんわ! ★恋愛ランキング入りしました! 読んでくれた皆様ありがとうございます。 連載希望のコメントをいただきましたので、 連載に向け準備中です。 *他サイトでも公開中 日間総合ランキング2位に入りました!

【完結】そして、誰もいなくなった

杜野秋人
ファンタジー
「そなたは私の妻として、侯爵夫人として相応しくない!よって婚約を破棄する!」 愛する令嬢を傍らに声高にそう叫ぶ婚約者イグナシオに伯爵家令嬢セリアは誤解だと訴えるが、イグナシオは聞く耳を持たない。それどころか明らかに犯してもいない罪を挙げられ糾弾され、彼女は思わず彼に手を伸ばして取り縋ろうとした。 「触るな!」 だがその手をイグナシオは大きく振り払った。振り払われよろめいたセリアは、受け身も取れないまま仰向けに倒れ、頭を打って昏倒した。 「突き飛ばしたぞ」 「彼が手を上げた」 「誰か衛兵を呼べ!」 騒然となるパーティー会場。すぐさま会場警護の騎士たちに取り囲まれ、彼は「違うんだ、話を聞いてくれ!」と叫びながら愛人の令嬢とともに連行されていった。 そして倒れたセリアもすぐさま人が集められ運び出されていった。 そして誰もいなくなった。 彼女と彼と愛人と、果たして誰が悪かったのか。 これはとある悲しい、婚約破棄の物語である。 ◆小説家になろう様でも公開しています。話数の関係上あちらの方が進みが早いです。 3/27、なろう版完結。あちらは全8話です。 3/30、小説家になろうヒューマンドラマランキング日間1位になりました! 4/1、完結しました。全14話。

【一話完結】断罪が予定されている卒業パーティーに欠席したら、みんな死んでしまいました

ツカノ
ファンタジー
とある国の王太子が、卒業パーティーの日に最愛のスワロー・アーチェリー男爵令嬢を虐げた婚約者のロビン・クック公爵令嬢を断罪し婚約破棄をしようとしたが、何故か公爵令嬢は現れない。これでは断罪どころか婚約破棄ができないと王太子が焦り始めた時、招かれざる客が現れる。そして、招かれざる客の登場により、彼らの運命は転がる石のように急転直下し、恐怖が始まったのだった。さて彼らの運命は、如何。

【完】あの、……どなたでしょうか?

桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー  爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」 見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は……… 「あの、……どなたのことでしょうか?」 まさかの意味不明発言!! 今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!! 結末やいかに!! ******************* 執筆終了済みです。

ボロ雑巾な伯爵夫人、やっと『家族』を手に入れました。~旦那様から棄てられて、ギブ&テイクでハートフルな共同生活を始めます2~

野菜ばたけ@既刊5冊📚好評発売中!
ファンタジー
 第二夫人に最愛の旦那様も息子も奪われ、挙句の果てに家から追い出された伯爵夫人・フィーリアは、なけなしの餞別だけを持って大雨の中を歩き続けていたところ、とある男の子たちに出会う。  言葉汚く直情的で、だけど決してフィーリアを無視したりはしない、ディーダ。  喋り方こそ柔らかいが、その実どこか冷めた毒舌家である、ノイン。    12、3歳ほどに見える彼らとひょんな事から共同生活を始めた彼女は、人々の優しさに触れて少しずつ自身の居場所を確立していく。 ==== ●本作は「ボロ雑巾な伯爵夫人、旦那様から棄てられて、ギブ&テイクでハートフルな共同生活を始めます。」からの続き作品です。  前作では、二人との出会い~同居を描いています。  順番に読んでくださる方は、目次下にリンクを張っておりますので、そちらからお入りください。  ※アプリで閲覧くださっている方は、タイトルで検索いただけますと表示されます。

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

私はお母様の奴隷じゃありません。「出てけ」とおっしゃるなら、望み通り出ていきます【完結】

小平ニコ
ファンタジー
主人公レベッカは、幼いころから母親に冷たく当たられ、家庭内の雑務を全て押し付けられてきた。 他の姉妹たちとは明らかに違う、奴隷のような扱いを受けても、いつか母親が自分を愛してくれると信じ、出来得る限りの努力を続けてきたレベッカだったが、16歳の誕生日に突然、公爵の館に奉公に行けと命じられる。 それは『家を出て行け』と言われているのと同じであり、レベッカはショックを受ける。しかし、奉公先の人々は皆優しく、主であるハーヴィン公爵はとても美しい人で、レベッカは彼にとても気に入られる。 友達もでき、忙しいながらも幸せな毎日を送るレベッカ。そんなある日のこと、妹のキャリーがいきなり公爵の館を訪れた。……キャリーは、レベッカに支払われた給料を回収しに来たのだ。 レベッカは、金銭に対する執着などなかったが、あまりにも身勝手で悪辣なキャリーに怒り、彼女を追い返す。それをきっかけに、公爵家の人々も巻き込む形で、レベッカと実家の姉妹たちは争うことになる。 そして、姉妹たちがそれぞれ悪行の報いを受けた後。 レベッカはとうとう、母親と直接対峙するのだった……

【完結】忌み子と呼ばれた公爵令嬢

美原風香
恋愛
「ティアフレア・ローズ・フィーン嬢に使節団への同行を命じる」  かつて、忌み子と呼ばれた公爵令嬢がいた。  誰からも嫌われ、疎まれ、生まれてきたことすら祝福されなかった1人の令嬢が、王国から追放され帝国に行った。  そこで彼女はある1人の人物と出会う。  彼のおかげで冷え切った心は温められて、彼女は生まれて初めて心の底から笑みを浮かべた。  ーー蜂蜜みたい。  これは金色の瞳に魅せられた令嬢が幸せになる、そんなお話。

処理中です...