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新しい生活
64 聖堂/ケヴィン
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※残酷な描写と思われる部分があります。ご注意下さい。
◆登場人物紹介(既出のみ)
・ケヴィン…人間の国シルディスの先代の王
・リリアン…主人公。前世の記憶を持つ、黒毛の狼獣人の少女。神秘魔法で大人の姿などになれる。
・ドリー…自称「ゴーレムのようなもの」。獣人の神、ギヴリスの助手
====================
「ご苦労だったな」
「いいえ、とても勉強にもなりました」
向かいに座る黒髪の女性騎士は、そう言って上品に微笑んだ。
「そうか、ならまた来てみるかね。ところで彼らには気付かれずに済んだかね」
「意地のお悪い。面白がっておられましたね?」
そうして今度はくすくすと可笑しそうに笑う。その正体がまだ15歳の獣人の少女だと、知っているのは私だけだ。
王城から大教会までは、馬車に乗ればそう遠い距離ではない。向かいに座る彼女は馬車が苦手だそうで自分だけ歩いて行くと言ったのだが、建前は私の護衛騎士となっているのでそういう訳にもいかない。
御者にはあまり速度を上げぬよう、揺れぬ道を選ぶように頼んでおいた。これなら大丈夫そうですと、恐縮して頭を下げようとする彼女の頭を上げさせた。
彼女と私は主従の関係ではない。敢えて言うなら『協力者』なのだ。
彼女についてはまだ謎も多い。しかし身元ははっきりしており、でありながら只ならぬ者とも窺える。一番の謎は異国の文字が読める事。しかしそれが嘘では無い事を、私はわかっている。
私が『英雄』として旅をしていたのは40年ほど昔の事だ。そして私の想い人は、神の御力により異国から遣わされた『勇者』であった。しかし彼女はいずれ異国に帰る身。互いに想い合っていても、それを口にすることはなかった。
私たちとの旅の間、彼女がつけていた日記は私の手に託された。異国の言葉で書かれたその日記を読める者は誰もおらず、町に密かに買ってあった一軒家の本棚に仕舞い込んでおいた。それはおそらく僅かな未練の表れでもあったのだろうか。
そんな私の未練をリリアンは見つけて、また私の前で広げてみせたのだ。
彼女が読み上げる旅の記録は、私の想い人の言葉は、それは間違いなく私たちの思い出そのものであった。そしてその事は、彼女が異国の文字を読める事が真実である証明にもなった。
いや、それだけでは彼女を信用するには足らない事はわかっている。しかしあの日に、自分でも知らなかった記憶の枷が外れたあの時に、自分が色々な事を忘れさせられていた事にようやく気付いたのだ。
そして目の前の彼女の求める物が、自分の忘れていた時にあるのだと。それはとても大事な事で、おそらく忘れていた方が幸せだったのだろうとも。
大教会では予期せぬ私の訪問に、司祭たちが慌てた様子を見せた。
「私の護衛騎士の父君の回復を、神に願いたいと思うたのでな」
その言葉と共に彼女の手より差し出された寄付金を見た司祭たちは、大袈裟に態度を変えて私たちを招き入れた。
「いいのかね?」
先導する司祭の後を追いながら、小声で尋ねた。いくら人狼一族の族長縁の身分だとは言え、この町では一介の冒険者として活動している彼女にとって、あの額の寄付金は簡単に出せるものではないはずだ。
「これくらいした方が断れないでしょうから」
斜め後ろから、淡々と答える彼女の小声が聞こえた。
大教会の最奥にある聖堂には、シルディス神のご神体が祀られている。教会前のシルディス像も、このご神体を模して造られたものだ。この部屋には一般の者たちは入室出来ない。教会の関係者以外では王族か特別に許された貴族か。
私たちをご神体の前に案内すると、司祭たちは仰々しい礼を以って退室した。この手厚い待遇も、先ほどの寄付金の効果であろう。
聖堂の正面には、透き通る水晶の中に閉じ込められた麗しい乙女の姿。
「シルディス様……」
その神々しい御姿に、自然に膝が折れた。
リリアンは司祭たちの礼には目もくれず、じっとご神体を興味深い表情で眺めていた。やや眉をひそめて、何かを考え込んでいる様にも見える。
――ちがう
唇がほんの僅かだけ動き、そう言ったように思えた。
彼女はそのまま視線を下げると、彼女は両の膝を突き祈りを捧げる姿勢をとった。私もそれに合わせて胸の前で手を組む。
瞬間、微妙な魔力の揺らぎを感じた。すぐそばに居た私にだけ感じられたものであろう。
「目眩ましを張りました」
驚いて顔を上げた私を振り向きもせずそう告げて、何かを探す様に辺りをゆっくりと見回す。その彼女は何かに気付いたように視線を止めた。
すたすたとご神体の裏手に回り、幾重にも張られているカーテンを押しのけると、そこに小さな入口が現れた。
「こっちです」
リリアンは疑う様子もなくその奥に入って行ってしまった。慌てて彼女を追いかけると、その中は小さな部屋になっていた。
「うっ」
真ん中に置かれた異様な物に目を奪われ、あまりの惨さに足が止まった。
大きな透き通る台座の上に、女性が居た。いや、正確には「女性だったモノ」がそこに「あった」。それは既に人として完全な姿を保ってはいなかった。
あるのは胸部から上のみ。その残された部分も、あちこちが欠損している。胸も片方しかなく、心臓にあたる部分は穴の開いたようにぽっかりと失われていた。そして顔面も片目とそこから耳にかけてが大きく抉られている。
とても正視できないようなその姿を、彼女はじっと見つめていた。
「やっぱり、貴女なのね……」
「久しぶりですね」
不意に後ろから声がした。
振り向くと、白い服を着た女性が、薄ら笑いを湛えて立っている。
「何者だ?」
私が尋ねると、その女はあからさまに不快そうな顔をした。
「ただの人間ごときが私に話し掛けないでもらいたい」
この王国で、しかも王族として訪れた教会の一室で、まさか私を「ただの人間ごとき」と評する者がいるとは思わず、咄嗟に言葉を失った。
「あなたは?」
「覚えてないのですか? 私の事はサティとお呼びください」
私の代わりに尋ねたリリアンにそう答えると、その女は何故か嬉しそうにふふふと笑った。
「……あなたは壊れたのだと、ドリーさんは言っていたけれど」
「ふふふ、私は正常ですよ。何を以って壊れたと判断するかが、ドリーの基準と私の基準で違っているだけでしょう。私は主の命令通りに、シルディス様に従っているに過ぎません」
「もうシルディスは、亡くなっているじゃない」
「確かにその魂はここには無い。しかしシルディス様は無くなってはいません。こうしてここにある」
そう言って彼女は、部屋の中央にある「モノ」を差した。どういう事だ? この惨い姿の遺骸がシルディス様だと言うのか?
「私が主より受けた命令は、シルディス様に従う事。それはシルディス様の魂のみに限りません。私にとっては全てがシルディス様です。彼の世界に散った魂も、残された肉体も、また人間に取り込まれた一部分も」
取り込まれた……?
私の中に浮かんだ疑問と同じ事を、リリアンも気付いたのだろう。
「何故……… この女性はこんなに減っているの??」
リリアンが口にした疑問を聞いて、白い服の女はまた薄ら笑いを浮かべた。
====================
(メモ)
日記(#55)
ドリー(#28)
サティ(#46)
(#32)
「55 アップルパイ/」→「55 アップルパイ/ケヴィン」
◆登場人物紹介(既出のみ)
・ケヴィン…人間の国シルディスの先代の王
・リリアン…主人公。前世の記憶を持つ、黒毛の狼獣人の少女。神秘魔法で大人の姿などになれる。
・ドリー…自称「ゴーレムのようなもの」。獣人の神、ギヴリスの助手
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「ご苦労だったな」
「いいえ、とても勉強にもなりました」
向かいに座る黒髪の女性騎士は、そう言って上品に微笑んだ。
「そうか、ならまた来てみるかね。ところで彼らには気付かれずに済んだかね」
「意地のお悪い。面白がっておられましたね?」
そうして今度はくすくすと可笑しそうに笑う。その正体がまだ15歳の獣人の少女だと、知っているのは私だけだ。
王城から大教会までは、馬車に乗ればそう遠い距離ではない。向かいに座る彼女は馬車が苦手だそうで自分だけ歩いて行くと言ったのだが、建前は私の護衛騎士となっているのでそういう訳にもいかない。
御者にはあまり速度を上げぬよう、揺れぬ道を選ぶように頼んでおいた。これなら大丈夫そうですと、恐縮して頭を下げようとする彼女の頭を上げさせた。
彼女と私は主従の関係ではない。敢えて言うなら『協力者』なのだ。
彼女についてはまだ謎も多い。しかし身元ははっきりしており、でありながら只ならぬ者とも窺える。一番の謎は異国の文字が読める事。しかしそれが嘘では無い事を、私はわかっている。
私が『英雄』として旅をしていたのは40年ほど昔の事だ。そして私の想い人は、神の御力により異国から遣わされた『勇者』であった。しかし彼女はいずれ異国に帰る身。互いに想い合っていても、それを口にすることはなかった。
私たちとの旅の間、彼女がつけていた日記は私の手に託された。異国の言葉で書かれたその日記を読める者は誰もおらず、町に密かに買ってあった一軒家の本棚に仕舞い込んでおいた。それはおそらく僅かな未練の表れでもあったのだろうか。
そんな私の未練をリリアンは見つけて、また私の前で広げてみせたのだ。
彼女が読み上げる旅の記録は、私の想い人の言葉は、それは間違いなく私たちの思い出そのものであった。そしてその事は、彼女が異国の文字を読める事が真実である証明にもなった。
いや、それだけでは彼女を信用するには足らない事はわかっている。しかしあの日に、自分でも知らなかった記憶の枷が外れたあの時に、自分が色々な事を忘れさせられていた事にようやく気付いたのだ。
そして目の前の彼女の求める物が、自分の忘れていた時にあるのだと。それはとても大事な事で、おそらく忘れていた方が幸せだったのだろうとも。
大教会では予期せぬ私の訪問に、司祭たちが慌てた様子を見せた。
「私の護衛騎士の父君の回復を、神に願いたいと思うたのでな」
その言葉と共に彼女の手より差し出された寄付金を見た司祭たちは、大袈裟に態度を変えて私たちを招き入れた。
「いいのかね?」
先導する司祭の後を追いながら、小声で尋ねた。いくら人狼一族の族長縁の身分だとは言え、この町では一介の冒険者として活動している彼女にとって、あの額の寄付金は簡単に出せるものではないはずだ。
「これくらいした方が断れないでしょうから」
斜め後ろから、淡々と答える彼女の小声が聞こえた。
大教会の最奥にある聖堂には、シルディス神のご神体が祀られている。教会前のシルディス像も、このご神体を模して造られたものだ。この部屋には一般の者たちは入室出来ない。教会の関係者以外では王族か特別に許された貴族か。
私たちをご神体の前に案内すると、司祭たちは仰々しい礼を以って退室した。この手厚い待遇も、先ほどの寄付金の効果であろう。
聖堂の正面には、透き通る水晶の中に閉じ込められた麗しい乙女の姿。
「シルディス様……」
その神々しい御姿に、自然に膝が折れた。
リリアンは司祭たちの礼には目もくれず、じっとご神体を興味深い表情で眺めていた。やや眉をひそめて、何かを考え込んでいる様にも見える。
――ちがう
唇がほんの僅かだけ動き、そう言ったように思えた。
彼女はそのまま視線を下げると、彼女は両の膝を突き祈りを捧げる姿勢をとった。私もそれに合わせて胸の前で手を組む。
瞬間、微妙な魔力の揺らぎを感じた。すぐそばに居た私にだけ感じられたものであろう。
「目眩ましを張りました」
驚いて顔を上げた私を振り向きもせずそう告げて、何かを探す様に辺りをゆっくりと見回す。その彼女は何かに気付いたように視線を止めた。
すたすたとご神体の裏手に回り、幾重にも張られているカーテンを押しのけると、そこに小さな入口が現れた。
「こっちです」
リリアンは疑う様子もなくその奥に入って行ってしまった。慌てて彼女を追いかけると、その中は小さな部屋になっていた。
「うっ」
真ん中に置かれた異様な物に目を奪われ、あまりの惨さに足が止まった。
大きな透き通る台座の上に、女性が居た。いや、正確には「女性だったモノ」がそこに「あった」。それは既に人として完全な姿を保ってはいなかった。
あるのは胸部から上のみ。その残された部分も、あちこちが欠損している。胸も片方しかなく、心臓にあたる部分は穴の開いたようにぽっかりと失われていた。そして顔面も片目とそこから耳にかけてが大きく抉られている。
とても正視できないようなその姿を、彼女はじっと見つめていた。
「やっぱり、貴女なのね……」
「久しぶりですね」
不意に後ろから声がした。
振り向くと、白い服を着た女性が、薄ら笑いを湛えて立っている。
「何者だ?」
私が尋ねると、その女はあからさまに不快そうな顔をした。
「ただの人間ごときが私に話し掛けないでもらいたい」
この王国で、しかも王族として訪れた教会の一室で、まさか私を「ただの人間ごとき」と評する者がいるとは思わず、咄嗟に言葉を失った。
「あなたは?」
「覚えてないのですか? 私の事はサティとお呼びください」
私の代わりに尋ねたリリアンにそう答えると、その女は何故か嬉しそうにふふふと笑った。
「……あなたは壊れたのだと、ドリーさんは言っていたけれど」
「ふふふ、私は正常ですよ。何を以って壊れたと判断するかが、ドリーの基準と私の基準で違っているだけでしょう。私は主の命令通りに、シルディス様に従っているに過ぎません」
「もうシルディスは、亡くなっているじゃない」
「確かにその魂はここには無い。しかしシルディス様は無くなってはいません。こうしてここにある」
そう言って彼女は、部屋の中央にある「モノ」を差した。どういう事だ? この惨い姿の遺骸がシルディス様だと言うのか?
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取り込まれた……?
私の中に浮かんだ疑問と同じ事を、リリアンも気付いたのだろう。
「何故……… この女性はこんなに減っているの??」
リリアンが口にした疑問を聞いて、白い服の女はまた薄ら笑いを浮かべた。
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日記(#55)
ドリー(#28)
サティ(#46)
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