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新しい生活

55 アップルパイ/

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 忘れられない女性ひとが居る。

 妻も子供も、すでに孫も居る身であるが、もう二度と会えないその女性を私はずっと忘れる事が出来なかった。

 その女性と結ばれる事は叶わず、周囲の勧めで望まぬ女と結婚した。
 今の妻を愛しているか、と聞かれるならば、はいと答えられるだろう。妻として、息子たちの母親として、愛してはいる。
 昔の事はもう思い出でしかない。それは痛いくらいにわかっているのだ。しかしその思い出はどんなに時を経ても、私の胸の中で枯れる事のない花としてひっそりと咲いていた。

 私の心を独り占め出来ていない事に気付いていた妻は、最初に産んだ息子の事を溺愛する事でその心を満たした。そして上の息子への溺愛が過ぎた彼女は下の息子を突き放した。
 その分下の息子は私によく懐いた。私を尊敬し、私の様になりたいと……

 そして、その所為せいで若くして命を落とした。

 私は彼に私の様なつらい思いをさせたくなく。えて厳しく当たり、そのまま…… 永遠に語り合う機会を失ってしまった。

 だからだろうか。彼の忘れ形見である一人の孫が、尚可愛くて仕方がない。孫を通して、失った息子との時間をわずかながら取り戻せるのではないか、そう思えた。


 そんな孫との語らいの時間は、今の私の何よりの楽しみだ。彼は私と自身の父親とのすれ違いを意にも介さず『優しい祖父』として接してくれる。
 どうやら王都に来て初めての友人が出来たようで、その話をするようになってからは、今まではやや緊張気味だった彼の表情が緩んで、明るさを見せていた。

 その友人方と給仕の仕事をしているだとか、どうやら困っている友人を家に泊めて一緒に朝の練習をしているだとか。最近はそんな話をしていつもに増して嬉しそうだ。
 町に住んでいる事で、私には出来なかった事を色々と経験しているようで、その事がうらやましくも微笑ましくもある。

 その友人の一人が菓子を焼いて持たせてくれたそうだ。
 友人方に私の話までしているのかと驚いたが、教育係の騎士が「陛下の事については、祖父としての話しかしておりませんので、そこはご安心下さい」と補足をした。
 彼にも苦労を掛けているが、上手くやってくれている様だ。孫の表情を見ると、彼を信頼している事が良く分かる。

 メイドに菓子を切り分けさせ、茶と一緒に出させると、それはアップルパイだった。
 正直、私はアップルパイがあまり好みではない。しかし可愛い孫の手土産に手を付けない訳にはいかない。美味そうだなと顔をほころばせてみせて、口に運んだ。

 私の苦手な……あのシナモンの香りがしなかった。
 底にはカスタードが詰まっており、小麦色に煮たリンゴの上に何か細かく刻んだ黄色い何かがまぶしてある。もう一口食べると、甘いリンゴの味の中にレモンの爽やかな香りがした。

 忘れられぬ……あの女性ひととの思い出が浮かび、胸が詰まる……
 アップルパイが苦手だと言った私に、シナモンが苦手ならレモンを絞るといいと。王都に戻ったら作って一緒に食べようと、そう約束したのに。その約束を果たす間も、私の思いを伝える間もなく、彼女は自分の国に帰ってしまった。

「これは……本当に美味いな……」
 ついその頃の……若い頃の口調でそう呟くと、孫は得意げに満面の笑みを見せた。
 友人の手料理が褒められた事が誇らしいのであろう。あの頃の私の様に、信頼できる仲間に、友人に恵まれているのだと感じた。

 帰りしな、教育係を呼び止め先ほどのアップルパイの話を聞くと、作ったのは獣人の少女だと言う。孫の話にも良く出て来る少女で、良く覚えている。
 さらに尋ねると、どうにも教育係の歯切れが悪い。何かあったのではないかと言う事はすぐにわかった。どうやら上の孫たちが関係している様だ。


 彼らを帰したあと、上の孫たちを呼んでお茶の時間を持った。先ほどのアップルパイを二人にも出したが、兄は優しい味と評価し、弟は風味が足りないと物足りない様子だった。
 そして、彼の少女の事を尋ねた。

 どうやら弟が彼女に興味を持っていると。兄によると迷惑をかける事はしないように釘をさしてはいるが、どうにも諦めが悪いらしい。ならば茶会にでも招待しようかと、そんな話をしていたところだそうだ。
 この弟が、下の孫の事をこころよく思っていない事は重々承知している。おそらくそれが一つの理由でもあるのだろう。彼が異種族の少女など気にするとも思えない。

「では私から招待状を出す事にしよう。その茶会には私も同席させてもらう。そのお嬢さんと正当な友人付き合いを望むのであれば、それで不足はないはずだ」

 弟が苦い顔をするのが見えた。こうして私も含めて顔を合わせておけば、滅多な事にもならないだろう。
 そしてあのアップルパイの事を、どうしても聞いてみたかった。敢えて、もっともらしい理由を付けて招待状を書いた。


 茶会の場には騎士団長の縁故えんこの家を借り受けた。流石に王城に呼ぶわけにも、招待者わたしの名を出すわけにも行かない。まあ、会えばこちらの事は一目瞭然いちもくりょうぜんだろうが。

 茶会に来た彼女は品格のうかがえる生成きなりの白い服を着ており、王都では見かけない雰囲気をかもし出していた。彼女の一族の衣装か何かなのだろうか。おそらくその一族を理由に招待したので、気を使つかったのであろう。
 白過ぎぬ程の白さの服だが、彼女の長い黒髪と対照的でやけに白さが目についた。耳も尾も黒い彼女は、狼の獣人なのだそうだ。

 彼女は茶会の席に我々の姿を見ても、表情一つ変える事はなく挨拶をした。わかっていたのか、それともそう見せているだけなのか。その堂々たる様子に、兄は小さく感嘆の声を上げ、弟は面白く無さげだった。彼にとっては、そんな事よりも自分を目にした女性が顔色を変えない事が気に入らないのだろう。

 茶と甘いものを口にしながら話をはじめると、彼女は狼の獣人の割にはなかなか愛嬌あいきょうのある少女だった。肉食系の獣人はプライドが高いものと聞いていたが、やはり個体差はあるらしい。
 彼女は特に弟の話に興味を示した。そして弟が自慢げに腰の剣の話をすると、それに触れてみたいと。弟が無駄に勿体もったいぶって渡した剣をひとしきり眺めると、彼女は笑顔で礼を言って剣を返したが、その狭間にややうれいた瞳を見た気がした。

 おそらく弟は下の孫への嫌がらせの為に、この少女に目をつけたのだろうが、存外に今日の茶会が楽しかったのか、かなり満足気な様子だった。
 また是非にと社交辞令とも思えぬ様子で弟が挨拶をすると、彼女はありがとうございますと心の籠らぬ言葉で応えた。
 弟はその事にも気付かず、兄がこっそりため息をついたのが見えた。


 先に孫たちを帰し、護衛も部屋の外に出し、少女と二人になる。
「アップルパイの事ですか?」
 どうやら彼女はわかっていたようだった。


 それからほんの少しずつの時間だが、新しい楽しみができた。
 2~3日に一度ほどの頻度ひんどで、朝のわずかな時間に黒髪の女性騎士が『報告』の為に私の元に訪れる。周囲には特殊な任務に就かせていると説明をし、人払いをする。
 彼女の口から語られる『報告』は、昔の思い出だ。

 異国から来た、私の想い人の日記を、彼女は読むことが出来るのだと言った。そして、そこにアップルパイの事が記されていたそうだ。
 日記という事で読む事を躊躇ためらったそうだが、最初に書かれていたメッセージを読み、開かせてもらったと、彼女は私に詫びた。

『これが意志を継ぐ者たちの、魔王の元へおもむく者たちの、助けになりますように』

 中身は、日記でもあり、記録でもあり、思い出でもあるそうだ。

 そして彼女は言った。
「ずっと疑問に思っていたのです。今まで歴史の中で多くの勇者が戦ったその記録は、何故残されていないのでしょう? 魔族の事、魔王の事、神器の事、世界の事。それらが後に残されていれば、わずかずつでも後の勇者の助けになるのではないかと。今の状況はまるで、勇者一行にわざわざ苦労をさせようとしている風にも思えます」

 その言葉に、あの時から知らぬうちに私にめられていたかせが、音もなく外れたのがわかった。

====================

<おまけネタ・頭のいい順>

1)リリアン
2)マーニャ
3)デニス
4)アラン
5)ジャスパー
6)ニール
7)ミリア
8)シアン

 勉強とか知識などで見た、頭のいい順。
 素頭がいいのはデニスです。彼は意外に努力家で自力で飛び級しています。
 リリアンの場合は「一度成人した大人が学校入りなおしたらそりゃ出来るだろう」というのと、「今世では幼少時から勉強をしていたので知識は多い」です。ちなみに今世での飛び級はデニスより上の2年分です。
 マーニャは年がいってる分、経験と知識が多いです。ですが学校卒業時だけの成績で見たら、上の下か中くらいで、アランとそこまで変わらないくらいでしょうか。

 この面子だと上位が多いので、アランが平均に見えそうですが、実際の平均はニールくらいです。
そして、アランとデニスの間にちょっと開きがあります。

 ジャスパーは卒ない程度の頭で中の上くらいです。
 ミリアは勉強そこまでできなくても困らない子。卒業はできたし、本人の性格いいからそれでいい感じです。中の下くらい?
 シアンは頭悪いです(笑)

 ちなみに性格的なおバカ要素を加味すると、ミリアのランクがぐんと上がってアランの後に入ります。
 ニールとシアンは、性格的におバカタイプです(笑)
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