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帰還
39 夜のひと騒動(1)
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◆登場人物紹介(既出のみ)
・リリアン…主人公。前世の記憶を持つ、黒毛の狼獣人の少女。神秘魔法で大人の姿などになれる。
・デニス…王都シルディスの西の冒険者ギルドに所属するAランクの先輩冒険者
・ジャスパー…デニスの後輩冒険者で、『樫の木亭』夫婦の一人息子
・ミリア…『樫の木亭』の給仕(ウエイトレス)をしている狐獣人の少女
====================
……やってしまった……
夜中だというのに、全力で叫んでしまった……
目の前ではジャスパーさんが、またトムさんにひどく怒られている。
お酒の強い匂いがするので、おそらく酔っていたのだろう。まあ、先ほどの騒ぎでもう酔いは覚めていそうだけれど。
シェリーさんはごめんなさいねと申し訳なさげに言って、私の肩を抱いてくれている。
「リリアン、すまない…… 俺らの注意が足りなかった……」
「いいえ! ジャスパーさんは知らなかっただけですし。……何かがあったわけではないので…… 大丈夫です……」
ちょっとだけ嘘をついた。
バタバタと足音がして、少し息を荒らしたデニスさんがやって来た。店に残って居た常連客が呼びに行ってくれたらしい。
「疲れているところにすまんな。デニス。他に頼れる奴がいなくてな」
「いや、まだ休んではいなかったから大丈夫だ。それでいったい何があったんだ?」
私もついうっかりしていたのだけど、ここは元々はジャスパーさんの部屋なのだ。彼がこの家を出て行って、空いたこの部屋に私が居候させてもらっている。
今日、ジャスパーさんは夕飯の後に、店を抜け出して夜の街に出掛けていたらしい。そしてこっそりと帰って来て、昔の様に自分の部屋に入り、ベッドに潜り込んだ……つもりだったのだろう。
だから私に何かをしようとか、そういうつもりではなかったはずだ、多分。
「でもリリちゃんは女の子なんだから…… 怖かったでしょう? 本当にごめんなさいね……」
シェリーさんに謝られるのは何度目だろうか…… 逆に申し訳なくも思えてくる。
「俺も説教ばかりで、この部屋の事を言ってなかったしなぁ…… 夕飯の後、こいつが居なくなってて、すっかり言いそびれてた」
トムさんは頭を掻きながら大きなため息をついた。
「で、どうするんだ?」
「ひとまず明日以降の事は明日考えるが。でもこいつがこんな事しでかしちまったから、リリアンはここで過ごさせる訳にゃいかんだろう。このバカ息子がまた何もしでかさない保証はない。ひとまず今日はどこかで泊まらせてもらえるといいんだが……」
「そうだな。ミリアんとこに行ってみるか……」
えー、もう遅い時間だからミリアちゃんに申し訳ない。
「いや、私は大丈夫ですからっ」
焦ってそう言ったが、デニスさんがこっそり耳打ちしてきた。
「お前がここにいると、トムさんもシェリーさんも安心できないんだ」
あ…… そうか……
私がここに居ると、二人はジャスパーさんが何かをしてしまう心配もしないと行けないんだ……
「……すいません、そうします」
そう言うと、デニスさんはちょっと申し訳なさげな顔で、頭を撫でてくれた。
そんな事をしているうちに、もうさっきの騒ぎが昨日の事になっていた。
デニスさんと一緒に『樫の木亭』を出てきたけれど、やっぱりこんな時間にミリアちゃんの部屋に押しかけるのは申し訳ない……
「デニスさん、私、外で寝ますから大丈夫です。ミリアちゃん起こすのも悪いし……」
「外ってお前……」
「旅の時も狼になってたの見たでしょう? あれでしたら、外で寝てても平気ですから」
「バカ、そういう訳にもいかないだろう」
遅い時間だからだろう。デニスさんは私の肩を抱いて、庇うようにして歩いてくれている。
ミリアちゃんのところに行くには、薄暗い路地に入らないといけない。その路地に入る角を曲がろうとして、デニスさんの足が止まった。
「いや…… ダメだな……」
「……? どうしたんですか?」
「例の手紙の件がある。お前がミリアの部屋に居ると、もしも何かあった時に二人一緒に危険にさらされる」
あー、そうか……
目標にされているのは私なんだ。
何か危険があると決まった訳ではないけれど、万が一の時にはミリアちゃんを巻き込んでしまう。
『樫の木亭』に居た時には、元Sランクのトムさんが居たから安心していたけれど。
「うーん、やっぱり私は外で寝ますよ。あの姿なら狙われたりもないでしょうし」
「……なんでそうなるんだ?」
デニスさんは、はあーと大きくため息をついた。
そして私の肩を抱いたまま、くるりと向きを変えて歩き出した。
「! デニスさん、どこに行くんですか?」
「俺んちに行くぞ」
====================
(メモ)
ジャスパーの部屋(#1)
ミリアの部屋、路地(#27)
・リリアン…主人公。前世の記憶を持つ、黒毛の狼獣人の少女。神秘魔法で大人の姿などになれる。
・デニス…王都シルディスの西の冒険者ギルドに所属するAランクの先輩冒険者
・ジャスパー…デニスの後輩冒険者で、『樫の木亭』夫婦の一人息子
・ミリア…『樫の木亭』の給仕(ウエイトレス)をしている狐獣人の少女
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……やってしまった……
夜中だというのに、全力で叫んでしまった……
目の前ではジャスパーさんが、またトムさんにひどく怒られている。
お酒の強い匂いがするので、おそらく酔っていたのだろう。まあ、先ほどの騒ぎでもう酔いは覚めていそうだけれど。
シェリーさんはごめんなさいねと申し訳なさげに言って、私の肩を抱いてくれている。
「リリアン、すまない…… 俺らの注意が足りなかった……」
「いいえ! ジャスパーさんは知らなかっただけですし。……何かがあったわけではないので…… 大丈夫です……」
ちょっとだけ嘘をついた。
バタバタと足音がして、少し息を荒らしたデニスさんがやって来た。店に残って居た常連客が呼びに行ってくれたらしい。
「疲れているところにすまんな。デニス。他に頼れる奴がいなくてな」
「いや、まだ休んではいなかったから大丈夫だ。それでいったい何があったんだ?」
私もついうっかりしていたのだけど、ここは元々はジャスパーさんの部屋なのだ。彼がこの家を出て行って、空いたこの部屋に私が居候させてもらっている。
今日、ジャスパーさんは夕飯の後に、店を抜け出して夜の街に出掛けていたらしい。そしてこっそりと帰って来て、昔の様に自分の部屋に入り、ベッドに潜り込んだ……つもりだったのだろう。
だから私に何かをしようとか、そういうつもりではなかったはずだ、多分。
「でもリリちゃんは女の子なんだから…… 怖かったでしょう? 本当にごめんなさいね……」
シェリーさんに謝られるのは何度目だろうか…… 逆に申し訳なくも思えてくる。
「俺も説教ばかりで、この部屋の事を言ってなかったしなぁ…… 夕飯の後、こいつが居なくなってて、すっかり言いそびれてた」
トムさんは頭を掻きながら大きなため息をついた。
「で、どうするんだ?」
「ひとまず明日以降の事は明日考えるが。でもこいつがこんな事しでかしちまったから、リリアンはここで過ごさせる訳にゃいかんだろう。このバカ息子がまた何もしでかさない保証はない。ひとまず今日はどこかで泊まらせてもらえるといいんだが……」
「そうだな。ミリアんとこに行ってみるか……」
えー、もう遅い時間だからミリアちゃんに申し訳ない。
「いや、私は大丈夫ですからっ」
焦ってそう言ったが、デニスさんがこっそり耳打ちしてきた。
「お前がここにいると、トムさんもシェリーさんも安心できないんだ」
あ…… そうか……
私がここに居ると、二人はジャスパーさんが何かをしてしまう心配もしないと行けないんだ……
「……すいません、そうします」
そう言うと、デニスさんはちょっと申し訳なさげな顔で、頭を撫でてくれた。
そんな事をしているうちに、もうさっきの騒ぎが昨日の事になっていた。
デニスさんと一緒に『樫の木亭』を出てきたけれど、やっぱりこんな時間にミリアちゃんの部屋に押しかけるのは申し訳ない……
「デニスさん、私、外で寝ますから大丈夫です。ミリアちゃん起こすのも悪いし……」
「外ってお前……」
「旅の時も狼になってたの見たでしょう? あれでしたら、外で寝てても平気ですから」
「バカ、そういう訳にもいかないだろう」
遅い時間だからだろう。デニスさんは私の肩を抱いて、庇うようにして歩いてくれている。
ミリアちゃんのところに行くには、薄暗い路地に入らないといけない。その路地に入る角を曲がろうとして、デニスさんの足が止まった。
「いや…… ダメだな……」
「……? どうしたんですか?」
「例の手紙の件がある。お前がミリアの部屋に居ると、もしも何かあった時に二人一緒に危険にさらされる」
あー、そうか……
目標にされているのは私なんだ。
何か危険があると決まった訳ではないけれど、万が一の時にはミリアちゃんを巻き込んでしまう。
『樫の木亭』に居た時には、元Sランクのトムさんが居たから安心していたけれど。
「うーん、やっぱり私は外で寝ますよ。あの姿なら狙われたりもないでしょうし」
「……なんでそうなるんだ?」
デニスさんは、はあーと大きくため息をついた。
そして私の肩を抱いたまま、くるりと向きを変えて歩き出した。
「! デニスさん、どこに行くんですか?」
「俺んちに行くぞ」
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(メモ)
ジャスパーの部屋(#1)
ミリアの部屋、路地(#27)
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