上 下
68 / 333
王都へ帰る旅

37 迷惑と覚悟/ニール(2)

しおりを挟む
◆登場人物紹介(既出のみ)
・ニール…主人公リリアンの友人で、冒険者見習いとして活動している自称田舎貴族の少年
・アラン…ニールのお供兼「冒険者の先生」をしている騎士
・リリアン…主人公。前世の記憶を持つ、黒毛の狼獣人の少女
・デニス…王都シルディスの西の冒険者ギルドに所属する、Aランクの先輩冒険者

====================

 振り返ると、もう一人の従兄殿が立っていた。内容が内容なので、目立たぬ場所を選んで話をしていたのに。偶然通りかかった訳ではないのだろう。

 先程の不躾ぶしつけな方の従兄とは違って、兄である彼は同じ血が通っているとは思えぬ程の常識人だ。彼は俺たちの表情を見ると、その愛想笑いを取り払った。
「やっぱり…… また弟が何か言ったんだな……」
 ため息をつきながら、そうこぼした。

 これは、いい機会なのだろうか…… それとも……
 アランの方に目を向けると、何か思うような目で真っすぐに彼の方を見ている。
「実は……」
 と、アランは一度も俺の方を見ずに口を開いた。

 アランはあくまでも自分の知っている話しかしなかった。世話になっているギルドに探し人の照会が来た事。それに該当する女性が友人である事。そういった貴族からの照会で対象が女性であった場合、過去に事件に繋がった例も多く、マスターに警戒をするように促された事。そして、その照会をしたのが彼の弟であると先程判明して困惑している、と……
 一通り話が終わると、従兄殿はふむと口許に手を当てて考え込んだ。

「……その『事件』とは、どういう……?」
「聞いた話でしかありませんが、貴族が町で見かけて気に入った庶民の女性を……無理矢理手込めにするような事があったそうです。拒んで勾引かどわかされた例もあると……」
 それを聞いて従兄殿は明らかに眉をしかめた。

「……確かに、そういう事があったのなら、警戒をするのも当然だろう。正直、自分の弟の事を悪くは思いたくないが…… しかし、弟が女性に対して特別な興味を示しているのも確かではある。私の方から話をして、少なくとも強引な手筈てはずを取るような事はさせないと約束しよう。だが普通に食事や茶会などに招待するのならば、問題は無いのだろう?」
「……先方は庶民の女性ですので、全く問題は無いとは言いきれませんが…… 例がない訳ではありませんので、可能ではあるかと……」

 そういえば先日、冒険者でも貴族の家に呼ばれる事があると、マーニャさんから聞いた。その事を言っているのだろう。
「ならばその女性と会いたいのなら、そういう形をとらせるようにしよう。それでもまだ何かあるようなら、私に連絡をしてくれ」
 それを聞いて、アランは深く頭を下げた。
「大丈夫だよ。友人について、もうそういった心配は無いようにしよう」
 従兄殿はそうアランにだけ言うと、ちらとだけ俺に目線を寄越して立ち去った。

 ようやく俺は…… もしもの為にアランが自身の事であるような話し方をしてくれていた事。それをわかっていて、えて従兄殿もそう対応してくれた事に、気が付いた。

 * * *

 気分の悪い勉強会から帰り、家で少し遅めの昼食を取った。その席で、アランからデニスさんの不在の理由を聞いた。
 デニスさんたちと行ったクエストが、俺たちの為でもあった事。その所為せいで目立ってしまったデニスさんが、どうやら貴族に無理難題を押し付けられそうになり、しばらく身を隠す事にしたらしいと。

 ああ俺は、デニスさんにも、リリアンにも…… 皆にも……

「迷惑をかけていると、そう思いましたか?」
 俺の考えを見透かす様に、アランが言った。それに答える事も出来ず、ただ歯を食いしばってアランを見た。

「正直、私もそれを思いました…… でも、デニスさんを当てにして、貴方の育成に巻き込んだのは私です。それを決めた時には既に迷惑をかける覚悟はあったはずなんです。今更後悔など、しても何もならない。だから後悔するよりも、前に進んで成果を出さないと……」
「でも、俺は…… リリアンやミリアさんを巻き込む覚悟なんてしていない……」
「……厳しい事を言う様ですが。中傷や厄介事を避けて王都を離れられたお母様の方針に逆らって、貴方が王都に出てきた時点で、こういった厄介事を背負う事はわかっていたはずです」

 そう言われて…… 何も否定は出来なかった……
 そうだ、そんなものは払拭ふっしょくしてやるんだと、そう思って王都に来ることを選んだのは自分だったじゃないか。俺の…… 考えが甘かっただけなんだ……

「とはいえ、今回の事についてはあの方に問題があるだけです。貴方が覚悟していようがしていまいが、あの方の良識がない限りこれに近い問題は遅かれ早かれ発生したでしょう。後はあの兄上様が良い対処をしてくれるのを期待しましょう」

 俺の覚悟は…… 皆に掛けている迷惑には、全然釣り合っていなかった。払拭しないといけないのは、俺の甘さだ。そして、前に進むんだ。

 * * *

 『樫の木亭』の手伝いの前に、まだ時間があったので冒険者ギルドに出向いた。アランと共に西のギルドの入り口をくぐると、受付のカナリアさんが声を掛けてきた。
「こんにちは。アランさん、デニスさんが戻られましたよ」
「ああ、それは良かった。今はどちらに?」
 アランが明らかにほっとした表情をする。
「今はギルドマスターと話をされています。リリアンさんも一緒です」
「え?リリアンも帰って来たのか?」
「はい、デニスさんと一緒に」
 ……どういう事だろう?

 そう思っていると、俺たちの後ろから『樫の木亭』店主のトムさんが入って来た。
「トムさん、マスターが応接室でお待ちです」
 カナリア嬢からそう声が上がった。トムさんは、ああと返事をすると俺の姿を認めて、
「ニール君、少し用があって店に戻れないのだ。もし時間が取れたらでいいのだが、早めに手伝いに入ってはもらえないか?」
「あ…… はい、わかりました。これからすぐに行きます」
「すまないな。本当に助かる」
 そう言うと、トムさんは慌てた様にギルドの奥に入っていった。

 さっき、ギルドマスターはデニスさんとリリアンと話をしていると聞いていたけれど。そこにトムさんも……? いったい何があったのだろう?

 アランの顔を見ると、俺と同じように思ったらしい。どうにも納得できないような表情をしていた。
「……今は『樫の木亭』の手伝いをするのが優先ですね。もうこんな時間ですし」
 確かに、本当なら夕飯の支度に忙しい時間だ。この疑問の答えは、後でデニスさんにでも聞かせてもらえるだろうか。そう思いながら『樫の木亭』へ足を向けた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

飯屋の娘は魔法を使いたくない?

秋野 木星
ファンタジー
3歳の時に川で溺れた時に前世の記憶人格がよみがえったセリカ。 魔法が使えることをひた隠しにしてきたが、ある日馬車に轢かれそうになった男の子を助けるために思わず魔法を使ってしまう。 それを見ていた貴族の青年が…。 異世界転生の話です。 のんびりとしたセリカの日常を追っていきます。 ※ 表紙は星影さんの作品です。 ※ 「小説家になろう」から改稿転記しています。

【完結】お花畑ヒロインの義母でした〜連座はご勘弁!可愛い息子を連れて逃亡します〜

himahima
恋愛
夫が少女を連れ帰ってきた日、ここは前世で読んだweb小説の世界で、私はざまぁされるお花畑ヒロインの義母に転生したと気付く。 えっ?!遅くない!!せめてくそ旦那と結婚する10年前に思い出したかった…。 ざまぁされて取り潰される男爵家の泥舟に一緒に乗る気はありませんわ! ★恋愛ランキング入りしました! 読んでくれた皆様ありがとうございます。 連載希望のコメントをいただきましたので、 連載に向け準備中です。 *他サイトでも公開中 日間総合ランキング2位に入りました!

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

実家が没落したので、こうなったら落ちるところまで落ちてやります。

黒蜜きな粉
ファンタジー
ある日を境にタニヤの生活は変わってしまった。 実家は爵位を剥奪され、領地を没収された。 父は刑死、それにショックを受けた母は自ら命を絶った。 まだ学生だったタニヤは学費が払えなくなり学校を退学。 そんなタニヤが生活費を稼ぐために始めたのは冒険者だった。 しかし、どこへ行っても元貴族とバレると嫌がらせを受けてしまう。 いい加減にこんな生活はうんざりだと思っていたときに出会ったのは、商人だと名乗る怪しい者たちだった。 騙されていたって構わない。 もう金に困ることなくお腹いっぱい食べられるなら、裏家業だろうがなんでもやってやる。 タニヤは商人の元へ転職することを決意する。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

冷宮の人形姫

りーさん
ファンタジー
冷宮に閉じ込められて育てられた姫がいた。父親である皇帝には関心を持たれず、少しの使用人と母親と共に育ってきた。 幼少の頃からの虐待により、感情を表に出せなくなった姫は、5歳になった時に母親が亡くなった。そんな時、皇帝が姫を迎えに来た。 ※すみません、完全にファンタジーになりそうなので、ファンタジーにしますね。 ※皇帝のミドルネームを、イント→レントに変えます。(第一皇妃のミドルネームと被りそうなので) そして、レンド→レクトに変えます。(皇帝のミドルネームと似てしまうため)変わってないよというところがあれば教えてください。

あいつに無理矢理連れてこられた異世界生活

mio
ファンタジー
 なんやかんや、無理矢理あいつに異世界へと連れていかれました。  こうなったら仕方ない。とにかく、平和に楽しく暮らしていこう。  なぜ、少女は異世界へと連れてこられたのか。  自分の中に眠る力とは何なのか。  その答えを知った時少女は、ある決断をする。 長い間更新をさぼってしまってすいませんでした!

処理中です...