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王都へ帰る旅
Ep.5 命をかけた望み(1)
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※残酷な描写と思われる部分があります。ご注意下さい。
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ぽたぽたと水の音が聞こえた。
目を開けようとする前に、右腕に激痛が響いた。その激痛に咄嗟に右手を拳にしようとしたが…… 手の感覚がなかった。
痛みに耐えながらぼんやりと目を開けて、右手を見る。右手が…… いや、右腕から先がなかった。
自ら右腕を切り落とした事を、ようやく思い出した。
これじゃぁ、もう剣は持てないな……
じんじんと激痛が走る。
腕の断面は、黒くぐしゃぐしゃに焼かれていた。傷をふさぐ為に、誰かが焼いたのだろうか。これは傷の手当てではない。私をすぐには死なせない為の、最低限の処置だ。
体を起こそうと転がすと、じゃらりと重い音がした。
残った三肢はすべて太い鎖につながれていた。とてもではないが、友好的な待遇には思えない。
「なん……て、無様……なんだ……」
激痛で荒らされた息は、ため息にもならない。起き上がる事もままならず、ただ天を仰いだ。
白い天井が目に入った。真四角の白い石が並べられただけのような、冷たい顔をした天井。
この部屋はとても狭い部屋で、10歩も歩けば向かいの壁に着けるくらいだろうか。周りを見ると、壁も床も全て感情のない白い一枚板のようなもので出来ている。
一方だけは濁ったガラスが嵌められており、その向こうにぼんやりと人影のようなものが見えた。
もっとよく見ようと立ち上がろうとしたが、激痛と体の重みで倒れた。
そのまま、意識は途切れた。
* * *
……歌が聞こえた。
決して上手とは言えない。
でも、どこか安心するような歌声だった……
* * *
次に意識が戻ると、体が何かにふうわりと包まれているのに気付いた。腕の痛みもだいぶ収まっている。
薄く目を開けると、何者かの顔が見えた。
「気が付いたかい?」
自分を抱きかかえていた男性が、優しく微笑んだ。
「もう少し、こうしていると良い。傷を癒す事は出来ないが、今ある痛みを除く事だけは出来る」
そうは言われたが、今の自分に自ら体を動かす力はなく、こうして身を委ねているしかなかった。
「誰……だ?」
「……少なくとも、おそらく君の敵ではないよ。むしろ、今は君と同じく捕らえられている仲間…… になるのかな?」
そう話す彼の体が、どこか不安定に揺らいだ気がした。
「これは僕の本体ではないんだ。僕は君たちとは違う、変わった種族でね。簡単に言うと肉体から少しなら心を分離させることが出来る。僕の本体はあっちにあるけど…… 見ない方がいいよ」
そう言って彼はガラスの方にちらと視線を送った。
「ここは?」
「君にわかりやすく言うと、魔族の研究所……かな?」
成程…… 私は捕らえられたのか……
気付くと、彼の言う通りに痛みはすっかり引いていた。でもなんとなく、このままで居たい気がして、その事を言わずにいた。
男性は目じりの下がった優しい目をしていた。歳は自分と同じくらいか、少し上くらいだろう。長い黒髪を朱色の組み紐でしばり、白い薄手のコートの様な服を着ている。髪の色と服とのコントラストがやけに印象的だった。
名をギヴリスと名乗った。
「……歌が聞こえた……」
「恥ずかしいな、聞いていたのか」
彼は少し困ったような、でもはにかんだような顔で応えた。
「恋人に、教えてもらった歌なんだ」
「優しい歌だな……」
「うん…… 歌と同じく、あの人も優しい人だった」
だった……?
「もう居ないよ。ずっとずーーっと昔に…… 死んでしまった…… 僕が殺したんだ……」
最後はぽつりと、まるで言葉を零して落としたようだった。
そんな彼を、私はただじっと見つめていた。
「彼女はもう助かるような状態じゃなかった。だから僕は……彼女を苦しみから助けたんだ。彼女がそれを望んでいるのがわかった。だから僕は、彼女の望みをかなえたかった……」
彼は…… 困ったような目をして微笑んだ。その笑みは、でもつらそうに見えた。
「ごめんね、僕の話に付き合わせてしまった。何百年ぶりかで人と話ができて、ちょっと嬉しいんだ」
最初に見た、優しい笑みに戻ったギヴリスは、そう言って立ち上がった。
「今日はそろそろ僕の力が尽きるから、戻らないと。明日になれば、また少し力が回復するから、またここに来てもいいかな?」
ギヴリスが消えると、また激痛が戻って来た。
自分の身がどれだけ酷い状況かを、それで完全に理解した。
* * *
二日目は、ずっと互いの話をしていた。
私はここまでの旅の話。ギヴリスは昔の思い出の話。まるで友人と語らっているような、そんな時間だった。
もう私はおそらく長くはない。それなら、彼の寂しさを少しでも和らげられるなら、それでいい……
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ぽたぽたと水の音が聞こえた。
目を開けようとする前に、右腕に激痛が響いた。その激痛に咄嗟に右手を拳にしようとしたが…… 手の感覚がなかった。
痛みに耐えながらぼんやりと目を開けて、右手を見る。右手が…… いや、右腕から先がなかった。
自ら右腕を切り落とした事を、ようやく思い出した。
これじゃぁ、もう剣は持てないな……
じんじんと激痛が走る。
腕の断面は、黒くぐしゃぐしゃに焼かれていた。傷をふさぐ為に、誰かが焼いたのだろうか。これは傷の手当てではない。私をすぐには死なせない為の、最低限の処置だ。
体を起こそうと転がすと、じゃらりと重い音がした。
残った三肢はすべて太い鎖につながれていた。とてもではないが、友好的な待遇には思えない。
「なん……て、無様……なんだ……」
激痛で荒らされた息は、ため息にもならない。起き上がる事もままならず、ただ天を仰いだ。
白い天井が目に入った。真四角の白い石が並べられただけのような、冷たい顔をした天井。
この部屋はとても狭い部屋で、10歩も歩けば向かいの壁に着けるくらいだろうか。周りを見ると、壁も床も全て感情のない白い一枚板のようなもので出来ている。
一方だけは濁ったガラスが嵌められており、その向こうにぼんやりと人影のようなものが見えた。
もっとよく見ようと立ち上がろうとしたが、激痛と体の重みで倒れた。
そのまま、意識は途切れた。
* * *
……歌が聞こえた。
決して上手とは言えない。
でも、どこか安心するような歌声だった……
* * *
次に意識が戻ると、体が何かにふうわりと包まれているのに気付いた。腕の痛みもだいぶ収まっている。
薄く目を開けると、何者かの顔が見えた。
「気が付いたかい?」
自分を抱きかかえていた男性が、優しく微笑んだ。
「もう少し、こうしていると良い。傷を癒す事は出来ないが、今ある痛みを除く事だけは出来る」
そうは言われたが、今の自分に自ら体を動かす力はなく、こうして身を委ねているしかなかった。
「誰……だ?」
「……少なくとも、おそらく君の敵ではないよ。むしろ、今は君と同じく捕らえられている仲間…… になるのかな?」
そう話す彼の体が、どこか不安定に揺らいだ気がした。
「これは僕の本体ではないんだ。僕は君たちとは違う、変わった種族でね。簡単に言うと肉体から少しなら心を分離させることが出来る。僕の本体はあっちにあるけど…… 見ない方がいいよ」
そう言って彼はガラスの方にちらと視線を送った。
「ここは?」
「君にわかりやすく言うと、魔族の研究所……かな?」
成程…… 私は捕らえられたのか……
気付くと、彼の言う通りに痛みはすっかり引いていた。でもなんとなく、このままで居たい気がして、その事を言わずにいた。
男性は目じりの下がった優しい目をしていた。歳は自分と同じくらいか、少し上くらいだろう。長い黒髪を朱色の組み紐でしばり、白い薄手のコートの様な服を着ている。髪の色と服とのコントラストがやけに印象的だった。
名をギヴリスと名乗った。
「……歌が聞こえた……」
「恥ずかしいな、聞いていたのか」
彼は少し困ったような、でもはにかんだような顔で応えた。
「恋人に、教えてもらった歌なんだ」
「優しい歌だな……」
「うん…… 歌と同じく、あの人も優しい人だった」
だった……?
「もう居ないよ。ずっとずーーっと昔に…… 死んでしまった…… 僕が殺したんだ……」
最後はぽつりと、まるで言葉を零して落としたようだった。
そんな彼を、私はただじっと見つめていた。
「彼女はもう助かるような状態じゃなかった。だから僕は……彼女を苦しみから助けたんだ。彼女がそれを望んでいるのがわかった。だから僕は、彼女の望みをかなえたかった……」
彼は…… 困ったような目をして微笑んだ。その笑みは、でもつらそうに見えた。
「ごめんね、僕の話に付き合わせてしまった。何百年ぶりかで人と話ができて、ちょっと嬉しいんだ」
最初に見た、優しい笑みに戻ったギヴリスは、そう言って立ち上がった。
「今日はそろそろ僕の力が尽きるから、戻らないと。明日になれば、また少し力が回復するから、またここに来てもいいかな?」
ギヴリスが消えると、また激痛が戻って来た。
自分の身がどれだけ酷い状況かを、それで完全に理解した。
* * *
二日目は、ずっと互いの話をしていた。
私はここまでの旅の話。ギヴリスは昔の思い出の話。まるで友人と語らっているような、そんな時間だった。
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