上 下
51 / 333
王都へ帰る旅

30 国境の町(1)

しおりを挟む
◆登場人物紹介(既出のみ)
・リリアン…主人公。前世の記憶を持つ、黒毛の狼獣人の少女。帰省先の故郷から王都に向けて帰還中。
・デニス…王都シルディスの西の冒険者ギルドに所属するAランクの先輩冒険者

====================

 朝になりベッドで目が覚めると、仙狐二人に両側からしっかりサンドイッチにされていた。
 シャーメは私の胸のあたりに顔をうずめて眠っているし、タングスには後ろからまるで腕枕をされているように。

 私の腕にすっぽりと収まってしまっていた仔狐の頃とは違って、二人とも大人になったんだなあとなんだかちょっと嬉しくなった。
 タングスは目が覚めると、何故か顔を赤くさせて何か言いたそうにしていた。けれど、目が覚めても相変わらず甘えているシャーメを見ると、彼は狐の姿になりすり寄って来た。
 大人になったと思えたのは姿だけだったかもね。


 シャーメの手料理で朝ごはんを頂いた後、3人でドリーさんに別れを告げた。そしてそのまま、二人は国境近くまで一緒に来て見送ってくれた。
 聖獣はあまり獣人の国からは出ないようにと言われているらしい。
 シャーメがドリーさんに我儘わがままを言うと、
「まあ、リリアンさんの所に行く程度ならおそらく問題はないでしょう。今度、あるじに伺っておきましょう」と。
 但しくれぐれも本分をお忘れにならないように、と釘を刺されていたので、聖獣たちにも何か訳があるのだろう。

「また遊ぼうね!メールちょうだいね!」
「何かあったら連絡下さい。この先もお気を付けて」
 二人に手を振り、シルディス王国に入った。

 * * *

 この国境の町に立ち寄る旅人は多くはない。好んで辺鄙へんぴな獣人の国へ向かう、特に冒険者は少ないのだ。
 代わりに、獣人の国の伝統的な特産品を人間の国へ、人間やドワーフの国で作られた武器や魔道具、日用品などを獣人の国へ運ぶ商人の姿が見られる。

 そういった町では、私のような旅途中に立ち寄る冒険者の存在が有難がられる。冒険者ギルドで、町の人では解決できない魔獣退治などの依頼を抱えていたりするからだ。
 なので、町に立ち寄った時に冒険者ギルドに顔を出すのは、冒険者の押し付けられない務めのようなものとなっている。

 どこの町ででもするように、冒険者ギルドに立ち寄り、依頼ボードを眺め、ふと辺りを見回す。
 と、見た事のある顔に視線がぶつかった。……まさかこんな王都から離れた町で、この人に会うとは思わなかった。

「……ここで何をしているんですか?」
 栗毛の髪を持つ長身の青年は、気まずそうな顔で視線をらせた。
「あー…… いや、お前を迎えにな……」
「……申し訳ないんですけど、デニスさんそういうキャラじゃないですよね」
 アランさんなら、まだわかる。でもデニスさんはそういうタイプじゃない。迎えに来ると言っても、せいぜい隣の町までくらいだろう。

 過去に何があったか知れないが、冒険者と称していてもデニスさんは王都から出る事はほとんどせず、王都周辺での活動に重みを置いている。しかも西の冒険者ギルドの世話役もやっているらしい。
 その人がこんな所にまで、迎えにという理由だけで来るとは思えない。そして、デニスさんの態度をみる限りでは、理由があるとしたら真っ当な事ではなさそうだ。

「デニスさん、お昼ご飯まだですよね。ちょっと早いけどお昼にしましょう」
 ギルドの斜め向かいに食事が出来る店がある。有無を言わさず強引に、デニスさんの手を取ってその店に入った。
 こんな小娘が大の男の人を引っ張って店にはいる様子は流石に目立っていたようだけど、今はそんな事は気にしていられない。

 壁際の席を使わせてもらい、お任せの日替わりランチを頼んだ。
「で、何があったんですか?デニスさん」
 正面に座るデニスさんに、もう逃げ道はなかった。


 兎肉のハーブ焼きをつつきながら、デニスさんから一通り話を聞いて、ため息が漏れた。
 その辺りの面倒は前世の頃と相変わらず変わらないのか……
 そういえば、シアもSランクに上がってからはかなりモテていた。彼は恋人を作らなかったせいか、町に立ち寄る度に声がかかっていたようだ。

 この人間の国には何年かに一度、冒険者の中から『英雄』を決める大会がある。その大会に参加するには、まずはAもしくはSランクの冒険者でなくてはいけない。
 英雄の一族という栄光が欲しい貴族や有力者たちは、娘を見込みあるSランク冒険者に嫁がせようと躍起やっきになっている。また、『英雄の妻』という座を夢見ている女性たちも少なくはない。

「まぁ……事情は一応わかりました……」
 またため息をつきながら答える。
「でも申し訳ありませんが、私はまだ寄るところがあるんです。なので、デニスさんは一人で王都へ帰ってください」
「え……?」
 意外な返答だったのだろう。まあ確かに、私を迎えにきたという建前なのに一人で帰るわけには行かないのだろうし。

「じゃあ、俺も付き合うよ」
「嫌です」
 ばっさりと、デニスさんを見ずに答える。
「デニスさんとのんびり馬車旅を楽しむつもりはありません。さっさと用事を済ませて王都に戻りたいので」
 我ながらキツかったかな……と思い、ちらとデニスさんの方をうかがうと、デニスさんは片手で頭を抱え込んでいた。

「……ちなみに、寄るところってどこだ?」
「ワーレンの町です。預けている物があるので、受け取りに行かなければいけないんです」
 そういうと、デニスさんは何か気付いた様子で、
「……あれか、新しいダンジョンが見つかったって町か」
「知ってるんですか?」
「ここに来る途中で噂を聞いた。しばらく待ってお前に会えないようなら、あっちに行ってみようかと思ってたんだ」

 確かに西の冒険者ギルドの世話役なら、こういった情報は確認しておきたいだろう。
 おそらくすでに王都から調査の為の冒険者が派遣されてると思うけど…… そうだね。デニスさんにも見てもらっておいた方が良いかもしれない。

「……なら、ワーレンまでは一緒に行きましょう」
 ドリーさんの所で使えるようになった魔法があれば、二人でもどうにかなるだろう。
 正直、少し恥ずかしいけど……
 ……まあ、デニスさんなら…… いいかな……
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

飯屋の娘は魔法を使いたくない?

秋野 木星
ファンタジー
3歳の時に川で溺れた時に前世の記憶人格がよみがえったセリカ。 魔法が使えることをひた隠しにしてきたが、ある日馬車に轢かれそうになった男の子を助けるために思わず魔法を使ってしまう。 それを見ていた貴族の青年が…。 異世界転生の話です。 のんびりとしたセリカの日常を追っていきます。 ※ 表紙は星影さんの作品です。 ※ 「小説家になろう」から改稿転記しています。

初夜に「君を愛するつもりはない」と夫から言われた妻のその後

澤谷弥(さわたに わたる)
ファンタジー
結婚式の日の夜。夫のイアンは妻のケイトに向かって「お前を愛するつもりはない」と言い放つ。 ケイトは知っていた。イアンには他に好きな女性がいるのだ。この結婚は家のため。そうわかっていたはずなのに――。 ※短いお話です。 ※恋愛要素が薄いのでファンタジーです。おまけ程度です。

【完結】お花畑ヒロインの義母でした〜連座はご勘弁!可愛い息子を連れて逃亡します〜

himahima
恋愛
夫が少女を連れ帰ってきた日、ここは前世で読んだweb小説の世界で、私はざまぁされるお花畑ヒロインの義母に転生したと気付く。 えっ?!遅くない!!せめてくそ旦那と結婚する10年前に思い出したかった…。 ざまぁされて取り潰される男爵家の泥舟に一緒に乗る気はありませんわ! ★恋愛ランキング入りしました! 読んでくれた皆様ありがとうございます。 連載希望のコメントをいただきましたので、 連載に向け準備中です。 *他サイトでも公開中 日間総合ランキング2位に入りました!

美しい姉と痩せこけた妹

サイコちゃん
ファンタジー
若き公爵は虐待を受けた姉妹を引き取ることにした。やがて訪れたのは美しい姉と痩せこけた妹だった。姉が夢中でケーキを食べる中、妹はそれがケーキだと分からない。姉がドレスのプレゼントに喜ぶ中、妹はそれがドレスだと分からない。公爵はあまりに差のある姉妹に疑念を抱いた――

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

実家が没落したので、こうなったら落ちるところまで落ちてやります。

黒蜜きな粉
ファンタジー
ある日を境にタニヤの生活は変わってしまった。 実家は爵位を剥奪され、領地を没収された。 父は刑死、それにショックを受けた母は自ら命を絶った。 まだ学生だったタニヤは学費が払えなくなり学校を退学。 そんなタニヤが生活費を稼ぐために始めたのは冒険者だった。 しかし、どこへ行っても元貴族とバレると嫌がらせを受けてしまう。 いい加減にこんな生活はうんざりだと思っていたときに出会ったのは、商人だと名乗る怪しい者たちだった。 騙されていたって構わない。 もう金に困ることなくお腹いっぱい食べられるなら、裏家業だろうがなんでもやってやる。 タニヤは商人の元へ転職することを決意する。

冷宮の人形姫

りーさん
ファンタジー
冷宮に閉じ込められて育てられた姫がいた。父親である皇帝には関心を持たれず、少しの使用人と母親と共に育ってきた。 幼少の頃からの虐待により、感情を表に出せなくなった姫は、5歳になった時に母親が亡くなった。そんな時、皇帝が姫を迎えに来た。 ※すみません、完全にファンタジーになりそうなので、ファンタジーにしますね。 ※皇帝のミドルネームを、イント→レントに変えます。(第一皇妃のミドルネームと被りそうなので) そして、レンド→レクトに変えます。(皇帝のミドルネームと似てしまうため)変わってないよというところがあれば教えてください。

処理中です...