【R-18】杏華の恋

都鳥

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冬の山

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 このところ、あの雪女に会えていない。
 というより、行けないのだ。彼女に合わせる顔がない。

 冬を迎え、山が雪深くなると共に、獣たちは息を潜めるように姿を隠した。
 いくら狩りが得意といえど、獲物が居なければ狩ることはできない。
 せいぜい兎か鼠がたまに捕まる程度だった。

 いつもは獲物が獲れ過ぎた事を言い訳にして彼女に会っていたが、今では自分が食うのすらも足りぬ。
 もちろん、他の鬼たちのように人里に降りて、食料を奪ってくれば飢えは満たせる。ついでに女を拐ってくれば、欲も満たせるだろう。
 しかし俺は、そういう事が苦手なのだ。

 今日も獲物を求めて山を彷徨さまよう。
 いつも彼女に出会うあの森の境を避けていたつもりだったのに、ようやく見かけた獲物を追ううちにいつもの場所に辿たどりついていた。

 ここにはしばらく来ていなかったのだ。きっと彼女も来てはいないだろう。
 そう思いながらも、彼女に会いたい気持ちが俺を惑わせる。ここにいるはずはないと自分に言い聞かせながらも、視線は辺りをうかがってしまう。

 ――白い雪に覆われた木立の中、白い髪に白い着物、透き通るような肌の女が立っていた。

 合わせる顔がない、と思っていたはずの俺はどこかへ消し飛んだ。
 彼女の顔が見たい、彼女と言葉を交わしたい。でもどうやって声をかけようかと、戸惑う気持ちを余所よそに、腹の虫が大きく鳴った。

 * * *

 情けない。
 そう思いながらも、彼女の導きについて歩く。

「しかし、いいのか? 俺のような余所者を里に迎え入れて」
「私たち雪女は、旅の者に術をかけて自分のねぐらに誘い入れます。里の者に会ったら、その振りをして下さいまし」

 誘う…… ああ、そうか……
 彼女はいつもこうして、人間の男を誘いこんでいるのか。その事を思ってしくりと胸が痛み、足が止まった。

「どうなさいましたか?」
「あ…… いや」

 振り返る彼女に何ともないような顔を見せ、また一歩ずつ雪を踏みしめた。


 塒だと言って案内された彼女のいおりがあるのはそう遠いところではなかった。てっきり雪女の里の中まで入り込むのだと思っていた俺は少し拍子抜けした。

 勧められるままに家にあがり、囲炉裏いろり脇の板の間に腰を下ろす。
 雪女はしばらく使われた様子のない囲炉裏に火をくべた。これはおそらく俺の為だろう。

 あまり寒さに負けぬ体とはいえ、やはり火の暖かさは有難い。
 ず出された熱い茶をすすりながら待っていると、雪女は雑炊の入った大きなわんを持ってきた。

 その美味そうな匂いに、また腹が鳴った。
 恥ずかしさに頭を掻くと、彼女は少し目を細めてどうぞと椀を差しだした。

 正直、とても腹が減っていた。
 夢中でかき込むと、椀はあっという間に空になった。

 雪女に勧められるままに二杯目を頂く。
 今度はしっかり味わおう。そっと匙を口に運ぼうとして、彼女の前には何も置かれていない事に気が付いた。

「これは貴女の食糧だろう? 食わないのか?」
 もしや、自分が彼女の食糧を貰ってしまったからではないかと思い、慌てて椀を置く。
「私は雪女です。冬は私たちの季節なのです」
 そう言うと、俺に食べるよう促す手を差し出した。

「この時期になると、私たちは雪と男の精から力を得るのです。普通の食べ物からは余り力を得られなくなります。なので食事はとりませぬ」
「腹は減らないのか?」
「腹が減るより、魔力が枯れます。だからああして、他の者が触れていない雪を求めてたのです。本当は――」

 そこまで語って彼女は言葉を止め、言いにくそうに口元を手で隠した。

 その手のか細さに気が付いた。元より細い身であったが、出会った頃よりさらに細い。
 いや、おそらく、腕だけではない。首元も細く、心なしか頬もこけている。

「この腕……その身も、だいぶやつれているようだが、どうしたのだ?」

 そう尋ねると、視線を逸らせたまま口を開いた。

「雪からだけでは、得られる力が足りなくて。ですが……私は、魅了の技が苦手なのです」

 つまり、本来ならば冬の雪女は男から精を得てその身を保つのだろう。
 それが出来ぬというのか。それでこれほどにやつれてしまったのか。
 あまりにもはかない…… 折れるどころか、消えてしまいそうな彼女の身が心配になった。

「俺ではダメか?」
「え?」
「俺の精ではダメか? 俺は鬼だ。精ならば尽きぬほどにある」

 俺の言葉に、彼女が驚いたように目を見張らせる。
 それを見て、はっと我に返った。俺は何を言ったのだ。

「あ…… いや、すまない…… 貴女とて誰でも良いわけではなかろう。ましてや俺のような――」
「貴方は良いのですか?」

 彼女の挟んだ言葉で、今度は俺の口が止まった。

「貴方は……私に精をくださると……私に抱かれても良いと思ってくださるのですか?」

 抱かれる――その言葉に心が跳ね、息を呑んだ。

 たまらず彼女に手を伸ばす。
 普段はあまり表情の変わらぬ彼女の頬に、赤みが差しているようにも思える。
 その頬にそっと手を当てると、彼女はほぅとため息をいた。
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