【R-18】杏華の恋

都鳥

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出逢い

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 好いた女が居る。

 彼女は雪女だ。
 仲間たちは、あの女たちはやめておけと言う。いわく、雪女たちはその身だけでなく、心まで冷たいのだそうだ。

 俺たちと雪女たちは隣の山に住んでいて、基本的には互いの縄張りを侵さない。
 最初に彼女を見かけたのは、雪女の縄張りからわずかに外れたところだった。

 俺が迂闊うかつだった。鹿を狩っていて、追い過ぎてしまったのだ。
 落ち着いた誰何すいかの声に顔を上げると、白い髪に白い肌の女が立っていた。

 美しい…… 女だと思った。

 相手の山にまで足を踏み入れてはいないとはいえ、驚かせ不安を与えてしまったのは俺の失態だ。
 その日は詫びにと、狩った鹿を半分渡した。
 そうしたら翌日、その雪女は焼いた兎肉と握り飯を俺に寄越してくれた。

 それから顔を合わせれば、いくらか話をするようになった。


 俺の種族の女達は、皆大柄で声も大きく、大酒飲みでよく食べる。
 笑ったり泣いたりする時の表現は大袈裟おおげさなくらいに激しい。恋愛に対しても積極的で、惚れた相手にはぐいぐいと迫っていく。
 そこが、他の仲間より度胸のない俺には、少しだけ合わないのだ。

 雪女は冷たい……と聞いていたが、俺にはそうは見えなかった。

 彼女は俺たちとは違って、感情を表に出すのが苦手らしい。楽しい話をしてみせても、大きく口を開けて笑うような事はしない。
 でもだからと言って、喜んだり笑ったりしない訳ではないのだと、俺は知った。
 そして、細くはかなくも見える身でありながら、はじめて俺と会った時に見せた毅然きぜんな態度。その心の強さにもかれた。

 雪女は惚れた相手には術を使って篭絡ろうらくするという。
 ただでさえ、これほどに眉目みめが美しいのだ。好む相手がいれば、その心を手中に収めるなど容易たやすいだろう。

 雪女たちに比べて、俺たちは粗暴で荒々しい。
 しかも俺は仲間の内では中途半端だ。力はそれなりにあって、獣を狩るのは得意だが、仲間たちとの喧嘩には勝てた覚えがない。情けない。
 俺のような半端な乱暴者が、あのような美しい女に好まれるとは思えない。

 それでも毎日のように狩りを理由に縄張りを出て、彼女に出会う事を期待してしまうのを、俺はやめられないのだ。

 * * *

 気になっている殿方が居る。

 私の種族に男は居ない。
 男が欲しければ人間か他種族の男に術を使って篭絡なさいと、母からは教わった。
 曰く、私たちはそうして血を繋いできたのだと。
 でもその術を使うのが、私は得意ではない。
 ただでさえ恋愛経験が少ない私は、意中の男相手にどう接していいのかがわからない。

 彼は隣の山に棲む鬼の一族だ。
 鬼は一夫多妻制で、好んだ女であれば何人でも自分のそばにおくのだそうだ。
 つまりはそれだけ、鬼の男に惹かれる女も多いのだろう。また気に入った女が居ればさらってでも我が物にするらしい。
 きっと女に不自由はしていないだろう。

 鬼の一族の女は、皆健康的な力強い美しさを持つ者ばかりだ。
 我らの折れそうな細い腕、日差しにも弱い白い肌。何の色も映さない白い髪。鬼族の女に比べたら、どれほど心もとないものか。
 他種族のこんなひ弱な女になど、きっと興味もわかないだろう。

 きっかけは偶然だった。
 
 普段は山を下る事などしないのに、その日はようやく兎が2羽獲れただけだった。せめて木の実をと探していて、山を下り過ぎてしまった。
 そこがもう山のふもとだと気付いたのは、その男に出会った時だった。

 思いがけず他種族の者に出会った驚きで、つい強い言葉で誰何の声を上げてしまった。

 燃えるような赤い髪を持つその鬼は、見事な鹿を捕らえていた。
 縄張りを侵されたわけではない。詫びる必要などないというのに、彼は詫びにと鹿を半分も分けてくれた。

 久々に食べる鹿の肉は美味くて、私が一人でいただくには多すぎて。
 彼の大きな体には、半分の鹿では足りなかっただろうと、申し訳ない気持ちになった。

 翌日、同じ場所で彼に出会ったのは偶然だろう。
 私の差し出した握り飯を、彼は本当に美味そうに食べた。

 その次の日、彼はまた礼にと今度は猪を分けてくれた。
 若くてたくましい彼は、それらを素手で狩るのだそうだ。

 自分には無い力強さと、彼のおおらかな笑顔と優しさに、いつから惹かれていたのだろうか。

 * * *

 兄者に話をすると、い女なら攫ってくればいいと言う。
 でも俺にはそんな度胸はない。

 そんな事をしたら、彼女に嫌われてしまうだろう。
 いっそのこと、俺の事を篭絡してはくれないものか……

 * * *

 母上は男などいくらでも魅了すればいいと言う。
 でも私はうまく術を扱えず、また殿方をたぶらかすような手管てくだもないのだ

 そうして彼を思うようにしても、心を寄せてもらえるわけではないだろう。
 ああ、それならばいっそ、私の事を攫ってはくれないものか……
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