パフェと先輩

都鳥

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パフェと先輩

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「桂木先輩、何見てるんですか?」
 俺が尋ねるまで、彼女はじっとショウウィンドウの何かを見つめていた。
 ハッと我に返ったようにこちらを向くと、声をかけたのが俺だと気付いて少し安心したような表情になった。

「ああ、うん…… ちょっと……」
 恥ずかしがるわけでもなく淡々と返事をして、ちらりとまたショウウインドウを見た。その視線の先には大きいパフェのサンプルが飾られている。
「へー、先輩もこういうの食べるんですか?」
 ついそう言ってしまった。
 だって先輩のイメージからはこのパフェを食べている姿が全く想像できなくて。どちらかと言うと、シンプルなチョコがけのケーキをブラックのコーヒーと一緒に上品に食べる。彼女に合うのはそんなイメージだ。

 桂木さんは、同じ職場の頼れる先輩だ。
 可愛いって感じよりも、カッコいいって感じで、正直俺は彼女に惚れている。そして俺だけでなくて他のヤツらからの人気も高い。
 仕事が出来て、美人でスタイルも良ければ、モテるのは当然だろう。

 たかが外回りでも、こうして桂木先輩と一緒に仕事が出来る俺はとてもラッキーだ。
 今日の仕事の為に俺らが連れ立って職場を出る時には、男連中の視線がとてもとても痛かった。こんな美味しい役目、他に渡してなるもんか。

 それにしても、今日は暑い。
 ただでさえビルの間を抜けて来る風が温かい上に、照り付ける日差しはアスファルトで照り返して、俺たちのスーツ姿に直接ダメージを与えてくる。
 首元近くまでボタンを止めているのがまた暑苦しい。仕事中でなければもっと外したいくらいだ。

 でも先輩である桂木さんが我慢をしているのに、後輩の俺が弱音を吐くわけにはいかない。なんて一丁前いっちょまえにそう思えればいいんだろうけど、それよりもこの暑さに負けた。
 つい、それにしても暑いっすね、と口をついて出た。汗でべたつく体に新鮮な空気が欲しくてワイシャツの襟元を持ち上げたのを、彼女はしっかりと見ていた。

 しまった。きっとこんな軟弱な男、彼女に嫌がられるだろうに。

「体調を崩してもいけないでしょう。少し涼んで行きましょうか」
 予想に反した言葉と一緒に、彼女は今まで眺めていた喫茶店の入り口に足を向けた。


 てっきりあのパフェを頼むのかと思ったらそうではなかった。
 彼女が頼んだのは俺と同じアイスコーヒーだ。

「パフェ、食べなくていいんすか?」
「安藤君、今は仕事中だよ」
 そう言いながら、彼女はアイスコーヒーにガムシロップとミルクを多めに注いだ。
 そんな固い事言わなくても、俺が黙ってりゃ構わねえ事だろうに。

「じゃあ、パフェは休みの日のお楽しみっすね」
 パフェを食べる桂木先輩という、他のヤツらは見た事もないだろう姿が拝める事を期待していたが、なかなかそんな美味しい機会にはありつけないらしい。

「そうだね。でも一人で喫茶店には入りにくくて」
 彼女の言葉に耳を疑った。一人で?
「え? 先輩、彼氏いないんすか?」
 そう言うと、先輩は目を少し見張るように驚いた顔を見せた。
「ああ、そっか。こういう店には恋人同士で来るものなのかな? 私はてっきり友達と一緒に来る話かと……」
 静かに優しい口調で言い訳をする。つまりは彼氏はもちろん、一緒に来るような友達もいないという事だろう。
 なんだか悪い事を聞き出してしまったようで、申し訳ないような気持ちになった。

「あーー じゃあ、俺が付き合いましょうか?」
 フォローのつもりで言った言葉が、むしろ下心だらけにしか聞こえない事に気付いたのは、口にした後だった。

 やっべえ…… これじゃあナンパじゃないか。そういうつもりじゃなかったのに。いやそりゃあ、先輩とデート出来るなら嬉しいけどさ。でもこんな軽く誘っても、嫌われるだけだろう?

「あ!! いや、変な意味じゃなくて…… 仕事中がダメなら、休みの日ならいいだろうと思って……」

 全く言い訳にならない言い訳を口にする。
 何言ってんだ、俺は。先輩に嫌われたらどうするんだよ!?

 ただただ焦る俺に向けて、先輩は少し首を傾げながら言った。

「じゃあ、今度の休み、もし空いていたら付き合ってくれる?」

 * * *

 信じられねえ。この俺が先輩とデートをしている。
 いや、たかが喫茶店に来てお茶をするだけでデートと言えるのかは疑問だが、でも俺にとっては十分にデートだ。淡い夢くらい見させてくれ。

 仕事中とは違う、夏らしい薄手のシャツにロングのスカート姿の桂木先輩と、喫茶店で向き合って座っている。仕事中に見るピシッとした姿とはまた違う彼女に、二度惚れした。

 あの日のように二人でアイスコーヒーを頼む。一緒にパフェを頼むのかと思ったらそうではないらしい。
「で、安藤君。どれを食べようか?」
 仕事中はクールな先輩が、少し嬉しそうに話し掛けてくる。
 なんだこれ。こんな表情、職場じゃ見た事ねえぞ。すんげえ可愛い。なんかのご褒美なのか?

「せ、先輩の食べたいヤツでいいっすよ」
「うーーん、初めてだから迷っちゃって…… これもあれも食べたいし……」
 この年になってパフェ食べた事ないって? マジかよ!?

「じゃあ、俺と別々のやつ頼んで半分こしますか?」
 と、口に出してまた後悔した。
 待てよ俺。恋人でもないヤツと半分ことか、キモイだろう!? 先輩に避けられたいのかよぉぉおお!!

「いいの? じゃあ、そうしようか?」 
「へ?」
 先輩は嬉しそうに微笑んだ。

 * * *

 いや、本当に夢じゃないんだろうか。
 桂木先輩と一つのパフェをつつき合うだけでなく、夢のあーーんまでしてもらえた。というか、つい口を開けたら先輩がしてくれた。お返しにと俺もスプーンを差し出すと、先輩は可愛い口をそっと開けた。

 しかし、メニューを見た時には実物はもっとしょぼいだろうと思ったパフェは、ほぼ寸分たがわぬボリュームで、なかなかの強敵だった。
 甘くて美味い。でもその甘さがちょっと口に残る。
 ブラックのアイスコーヒーを飲んで、口の中をスッキリさせた。先輩も俺の真似をしてアイスコーヒーを口にするが、少し眉をしかめた。

「甘い……」

 ああああ、そうだ。そう言えば先輩はしっかりガムシロを入れてたし、ミルクもたっぷり注いでたもんな。
 普段の時はそれでいいだろうけど、この甘さのオトモにするには如何せん合わないだろう。

「大丈夫っすか? 俺の飲みます?」
 って、だからさ俺よ。言う前に気付けよ……!! キモすぎるんだよ!!

 先輩の手がすっと伸びて来て、俺のアイスコーヒーを持ち上げる。
 ストロー越しに、俺たちは今日何度目かの間接キスをした。

 * * *

 満足そうな先輩と喫茶店を出る。
 パフェを食べるだけでなく、先輩との他愛ないおしゃべりも盛り上がって、もう俺は今日死ぬんじゃないかと思うくらいの幸せな時間を味わった。
 本当ならこの後映画か何かにでも誘えればいいのだけれど、どうやって誘えばいいんだろうか……

 ふと、先輩が向かいのビルの二階をじーーっと見つめている。
 そこには『もふもふ猫カフェ』の文字。心なしかそれを見る先輩の目がキラキラと輝いているようだ。

「先輩、猫好きなんすか?」
「うん。でもうちペット禁止だから飼えなくて……」
「じゃあ、寄って行きますか?」

 そう尋ねると、うーんと首を傾げる。
「でも今日はパフェの余韻よいんを楽しみたいから、また今度かな」

「いつにしますか?」
 そう訊いて、またしまったと思った。
 今度って言ったからって、俺と一緒に行きたいって言ったわけじゃあないだろう!?

「安藤君、今度の休みは空いてる?」
 そう先輩が言った。
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