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最終章
11-6 王の力
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「――どうして?! どうして貴方がここに?!」
ああ、遠くで姫様の声がする。
顔にぽたぽたと何かが当たる。こんな時に、雨でも降ってきたんだろうか。
温かい、雨だ。
「だめ! 貴方まで死なないで!」
親も兄弟も居ない。育ててくれた師匠も亡くなって、独りぼっちになってしまう筈だった僕を、姫様と城の皆は受け入れてくれた。
姫様たちと一緒に過ごす時間の、なんと温かかったことか。嬉しかったことか。
僕なんかがそばに居ていい方ではないことは、重々承知していた。でもあの時間を手放したくないと、そう思ってしまうほどに――
「いや! いや――」
姫様の声が遠のいていく。だんだんと、何も聞こえなくなってくる。
ああ、僕はなんて情けないんだ。結局、何にもできなかった。
姫様を助けたいだなんて、姫様の笑顔を守りたいだなんて、僕なんかには過ぎた望みだったんだろう。
それでも、僕に彼女を守れる強さがあったならば……
* * *
アリアちゃんの神力を辿り、半獣の姿の3人に前後を守られながら、遺跡のさらに奥へと駆ける。
ジャウマさんたちは、僕を責めるようなことはしなかった。でも……
「ご、ごめんなさい…… 僕が……僕がアリアちゃんを守らないといけなかったのに…… 僕が引き留めていれば……」
いくら悔やんでも悔やみきれない。アリアちゃんの元へ戻れと、ヴィーさんにも言われていたのに。
「いや、あの時のアリアは王の強制力を発動していた。俺たちの王はアリアだからな。お前でなくても、俺たちでもアリアの命令には逆らえない。あれは仕方がないだろう」
「で、でも…… もしも僕が結界を解かなければ……」
「いや、アリアの様子は私たちにも想定外だった」
後方から聞こえるこの声は、セリオンさんだ。
「想定外……ですか?」
「ああ、私たちの『王』はアリアだ。だから私たちには魔王の命令は届かない。しかし、アリア自身は『魔王』の命に従ってしまった」
魔族の『王』は絶対だ。一族にとって、王の意思が一族の意思となる。そして魔族たちはその習性から『王』に逆らうことはできない。
「おそらく、アリア自身は、完全には『王』になり切れていないのだろう」
「どういうことですか?」
「まだ、アリアの中で『魔王』を……本当の父親を拒絶しきれないんだろうな」
そうか…… ようやく、僕にもわかってきた。
「アリアちゃんは魔王に呼ばれて行きました。ということは、この遺跡は魔王城なんですね」
「ああ、そうだ」
僕の方も見ずに、ジャウマさんが答えた。
ということは、この先に魔王がいる。
それを確信した途端に、緊張で息が詰まった。
この町までの旅の合間の時間を使い、以前の僕が成し遂げられなかった特殊な薬の調合を研究していた。
先日の少年に使った魔力を放出する薬、あれを作ったことで、最後の足りなかったものがわかって、ようやく目的の薬を完成させることができた。
でも今はこの薬は必要ないのだと、僕は勝手にそう思っていた。
「あの…… 師匠が研究していた薬、あれは姫様の為だと思っていました。姫様の魔力過多の治療の為だと」
「ああ。間違ってはいない」
「でも今のアリアちゃんは、少なくとも僕が見ている間には魔力過多を発症していません。一度だけ、あの時アリアちゃんが暴走しそうになったのは、黒い魔力の所為でした。あれはただの魔力ではないんですよね。多分、ですけど、あれは魔力と神力が合わさったものですよね」
この獣まじりの体のお陰だろう。駆けながら話しているのに、息も切れない。でも変な緊張の所為か、心臓の音ばかりがばくばくと頭に響いてくる。
「だから、僕が作ろうとしている薬は、その神力を抑える為…… 魔力のように、過多になった神力を放出させる為に必要なんじゃないかと思ったんです。でも本当はそれだけじゃなくて…… あの薬を必要としていたのは、『魔王』から神力を放出させる為なんですね」
「ああ、その通りだ」
僕の言葉に、ジャウマさんは迷い無く答えた。
「魔王の内に『神力』がある限り、また復活する。俺たちのようにな。だから魔王の『神力』を奪わなくてはいけない」
……俺たちのように?
「そう言えば、さっきヴィーさんが言っていました。ジャウマさんたちは何度でも生き返るって。それはジャウマさんたちも『神力』を持っているからなんですか?」
「ああ、俺たち3人は、アリアを守るためにと、姫様の母上である女神様から直接『神力』を賜った」
……以前の僕には、女神様にあった記憶も、『神力』を賜った記憶もない。でも僕も、こうして生まれ変わっている。
「……じゃあ、なんで僕は復活したんでしょうか?」
「アリアだろう?」
ヴィーさんが、ふっと笑うようにして言う。
「お前が復活することを、俺らは知らなかった。でもアリアは知っていたしなあ」
その言葉で、今の僕が最初にアリアちゃんと会った日のことを思い出した。
確かにあの日、アリアちゃんは僕を探しにきていたのだと、そう言っていた。
「俺たちの中の『神力』はアリアと繋がっている。アリアの神力が潰えれば、俺たちも死ぬ。でも俺たちが無事だということは、アリアは無事だ。迎えに行こう」
ジャウマさんの言葉を合図に、皆が駆ける足を早めた。
ああ、遠くで姫様の声がする。
顔にぽたぽたと何かが当たる。こんな時に、雨でも降ってきたんだろうか。
温かい、雨だ。
「だめ! 貴方まで死なないで!」
親も兄弟も居ない。育ててくれた師匠も亡くなって、独りぼっちになってしまう筈だった僕を、姫様と城の皆は受け入れてくれた。
姫様たちと一緒に過ごす時間の、なんと温かかったことか。嬉しかったことか。
僕なんかがそばに居ていい方ではないことは、重々承知していた。でもあの時間を手放したくないと、そう思ってしまうほどに――
「いや! いや――」
姫様の声が遠のいていく。だんだんと、何も聞こえなくなってくる。
ああ、僕はなんて情けないんだ。結局、何にもできなかった。
姫様を助けたいだなんて、姫様の笑顔を守りたいだなんて、僕なんかには過ぎた望みだったんだろう。
それでも、僕に彼女を守れる強さがあったならば……
* * *
アリアちゃんの神力を辿り、半獣の姿の3人に前後を守られながら、遺跡のさらに奥へと駆ける。
ジャウマさんたちは、僕を責めるようなことはしなかった。でも……
「ご、ごめんなさい…… 僕が……僕がアリアちゃんを守らないといけなかったのに…… 僕が引き留めていれば……」
いくら悔やんでも悔やみきれない。アリアちゃんの元へ戻れと、ヴィーさんにも言われていたのに。
「いや、あの時のアリアは王の強制力を発動していた。俺たちの王はアリアだからな。お前でなくても、俺たちでもアリアの命令には逆らえない。あれは仕方がないだろう」
「で、でも…… もしも僕が結界を解かなければ……」
「いや、アリアの様子は私たちにも想定外だった」
後方から聞こえるこの声は、セリオンさんだ。
「想定外……ですか?」
「ああ、私たちの『王』はアリアだ。だから私たちには魔王の命令は届かない。しかし、アリア自身は『魔王』の命に従ってしまった」
魔族の『王』は絶対だ。一族にとって、王の意思が一族の意思となる。そして魔族たちはその習性から『王』に逆らうことはできない。
「おそらく、アリア自身は、完全には『王』になり切れていないのだろう」
「どういうことですか?」
「まだ、アリアの中で『魔王』を……本当の父親を拒絶しきれないんだろうな」
そうか…… ようやく、僕にもわかってきた。
「アリアちゃんは魔王に呼ばれて行きました。ということは、この遺跡は魔王城なんですね」
「ああ、そうだ」
僕の方も見ずに、ジャウマさんが答えた。
ということは、この先に魔王がいる。
それを確信した途端に、緊張で息が詰まった。
この町までの旅の合間の時間を使い、以前の僕が成し遂げられなかった特殊な薬の調合を研究していた。
先日の少年に使った魔力を放出する薬、あれを作ったことで、最後の足りなかったものがわかって、ようやく目的の薬を完成させることができた。
でも今はこの薬は必要ないのだと、僕は勝手にそう思っていた。
「あの…… 師匠が研究していた薬、あれは姫様の為だと思っていました。姫様の魔力過多の治療の為だと」
「ああ。間違ってはいない」
「でも今のアリアちゃんは、少なくとも僕が見ている間には魔力過多を発症していません。一度だけ、あの時アリアちゃんが暴走しそうになったのは、黒い魔力の所為でした。あれはただの魔力ではないんですよね。多分、ですけど、あれは魔力と神力が合わさったものですよね」
この獣まじりの体のお陰だろう。駆けながら話しているのに、息も切れない。でも変な緊張の所為か、心臓の音ばかりがばくばくと頭に響いてくる。
「だから、僕が作ろうとしている薬は、その神力を抑える為…… 魔力のように、過多になった神力を放出させる為に必要なんじゃないかと思ったんです。でも本当はそれだけじゃなくて…… あの薬を必要としていたのは、『魔王』から神力を放出させる為なんですね」
「ああ、その通りだ」
僕の言葉に、ジャウマさんは迷い無く答えた。
「魔王の内に『神力』がある限り、また復活する。俺たちのようにな。だから魔王の『神力』を奪わなくてはいけない」
……俺たちのように?
「そう言えば、さっきヴィーさんが言っていました。ジャウマさんたちは何度でも生き返るって。それはジャウマさんたちも『神力』を持っているからなんですか?」
「ああ、俺たち3人は、アリアを守るためにと、姫様の母上である女神様から直接『神力』を賜った」
……以前の僕には、女神様にあった記憶も、『神力』を賜った記憶もない。でも僕も、こうして生まれ変わっている。
「……じゃあ、なんで僕は復活したんでしょうか?」
「アリアだろう?」
ヴィーさんが、ふっと笑うようにして言う。
「お前が復活することを、俺らは知らなかった。でもアリアは知っていたしなあ」
その言葉で、今の僕が最初にアリアちゃんと会った日のことを思い出した。
確かにあの日、アリアちゃんは僕を探しにきていたのだと、そう言っていた。
「俺たちの中の『神力』はアリアと繋がっている。アリアの神力が潰えれば、俺たちも死ぬ。でも俺たちが無事だということは、アリアは無事だ。迎えに行こう」
ジャウマさんの言葉を合図に、皆が駆ける足を早めた。
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