招かれざる獣たち~彼らとの出会いが少年の運命を変える。獣耳の少女と護り手たちの物語~

都鳥

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最終章

11-4 魔族の血を引く者たち

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 グラニソが消えた扉の先から石造りの階段を地下に下り、僕らはまた違う扉の前に立っていた。

「なるほど、訓練場か」
 セリオンさんが、フッと鼻で笑いながら言う。
 まだ扉を開けてもいないのに、何故そんな事がわかるんだろう。それを尋ねたい僕の気持ちを他所よそに、ジャウマさんの手で扉は開かれた。

 まず目に入ったのは、広い部屋の周囲を囲むようにえられ、積み上げられた大小の金属製のおりだった。
 その内に捕らえられているのは、『黒い魔獣』たちだ。狼のような四つ足の魔獣、鳥のように翼を持つもの、竜の姿をしているもの。それらが、20……いや、30体近くも居るだろうか。檻の中から、燃えるように赤く光る目が僕らをにらみつけている。
 そして、檻の周囲に居るのは人間の奴隷たちだ。ここでも、彼らに『黒い魔獣』の世話をさせているのだろう。

 身を低くしたクーが、周囲の赤い目に向けてグルグルと警戒のうなり声をあげた。

 ガチャガチャと魔獣たちが檻を引っ掻く音と獣の唸り声の狭間に、グラニソの声が響いた。
「あいつらは足止めすらできなかったのか。役に立たない奴らめ。所詮しょせんは獣人だな」

 部屋の四方には、翼のない獣人でもなければ容易には越えられないような高い壁がめぐらされている。その壁の上はこの部屋全体を見渡せる場所になっているのだろう。キメラの神魔族しんまぞく、グラニソはその壁の上に居た。

「あいつらは眠らせただけだ。傷つけてはいない」
「ハハッ、甘い奴らだ。たかが獣人に情けをかける必要はないだろうに」

 ジャウマさんはグラニソの言葉には応えなかった。代わりに、少しだけ不快そうな顔をしてから、改めて周囲を見回してみせる。
「檻の中に居るのは『黒い魔獣』だな。まさかこんなに集めているとはな。何をするつもりだ?」

 その言葉に、グラニソはにごった色の目を細めてニヤリと笑った。
「我が王を目覚めさせるのだよ、決まっているだろう。これは我ら一族の悲願だ」
 王。グラニソが言うそれは『魔王』のことだろう。

「姫様、これらの『黒神こくしん』をささげます。貴女あなたの御父上を……王を目覚めさせていただきたい」
 そう言って、先ほどのようにアリアちゃんに向けて再びうやうやしく礼をした。

 アリアちゃんはただ黙って、じっと強い瞳でしばらくグラニソを見ていた。
 そうしてすぅと息を吸うと、強い口調で言った。
「それはできません。私は王を目覚めさせる為にここに来たのではありません。この『黒い魔獣』たちを、私の魔力を返してもらう為に来たのです」

 それを聞いたグラニソは、下げていた頭をガバッと上げる。
「何故ですか! 貴女は王の娘でしょう? 私たちを…… 私たちの一族を救ってはくれないのですか!?」

「お前が言う俺たち一族とは、一体誰のことだ?」
 代わりに応えたのはジャウマさんだった。

「魔族に決まっている! 俺たちは故郷を追われ、この世界では敵として扱われ、居場所を追われた。しかし魔王様が再び目覚めれば、また我らは力を取り戻せる。そして今度こそ、この世界を俺たちの故郷に――」
「グラニソ。お前が守りたい魔族は、もうこの世界には居ない」
 ジャウマさんがさえぎった言葉に、グラニソは止まった。

「あれから…… 魔王が倒され、俺たちの国が無くなってからもう何百年も経っている。俺たちやお前以外の魔族は、もうとっくに死んでいる」

 そうだ…… 今まで僕が旅の途中で聞いた神魔族の話は、全て遠い過去の話ばかりだった。

「そ、そんなはずはない。この世界のどこかに、きっとまだ仲間が……」
「いくら神魔族でも、何百年という時を生きてはいられない」
「あ…… で、でも俺は、こうして生きて……」

「生きながらえる為に、お前は仲間を食らってきたのだろう?」
 その言葉に、グラニソは大きく目を見開いた。

「仲間を守りたいと思うのなら、一族の血をひく者を守りたいと思うのならば、お前がやろうとしていることは間違っている。それならば守るべきなのはこの世界の者たちだ。この世界の人間も、獣人たちも、魔力を持つ者は魔族の血を引いている」

 そうだ。この世界の人間も獣人も、元々は魔力を持たない存在だったと聞いている。それが今のように魔力をもっているのは、そこに魔族の血が注がれたからだと。

「人間よりも、獣人の方が魔族の血をより濃く引き継いでいる。『魔王』の復活は獣人たちの中の魔族の血を呼び起こすだろう。そして魔族の血は『魔王』の命令に逆らえない。その結果行われるのは、獣人と人間の戦争だ」
 そう言ってから、ジャウマさんは檻の周囲でおびえ震えながら僕らを見ている人間の奴隷たちを見回す。

「それが、お前が望んでいることなのか?」
 もう一度、グラニソの方を見て、ジャウマさんは言った。

「ち、違う…… こいつらが俺たちの仲間だなんて…… 信じるものか。そんな筈ではない……」
 グラニソは両手で頭を抱え、ブルブルと震え出す。
 僕らの後ろに居たセリオンさんが、そっと進んで僕とアリアちゃんの前に出た。
「アリアを頼みます」
 そう、小さく僕に告げた。

「嫌だ…… 嫌だ。俺は諦めない。俺は多くの仲間を食らって、生き延びてきた。それも全て俺たち一族の為、魔王様を目覚めさせる為だったのに…… 俺はここでやめるわけにはいかない!」
 グラニソは叫びながら右手を上にかかげた。その手には大きな魔石を嵌めた魔導具のようなものが握られている。
 その魔導具から放たれた光が、部屋の周囲に据えられている檻へと飛び散っていく。ガチャリガチャリと檻の鍵が開く音がした。

「ひ、姫様。『黒神』をお返しします。どうか、どうか魔王様を……」
 にたりと不気味に笑いながら、グラニソが言う。その言葉を遮るように、あちらこちらから奴隷たちの悲鳴が聞こえてきた。
 檻から出て自由を手にした『黒い魔獣』たちは、まずすぐ近くにいる奴隷たちに襲いかかる。

「チッ。あいつらの逃げ道もねえのかよ!」
 ヴィーさんの乱暴な言葉と共に広間の中に大風が吹いた。風は奴隷たちを巻き上げると、そのまま高い壁の上へ彼らを連れて行った。

「あいつらは邪魔だからな」
「ああ、そうだな。これで心置きなく『黒い魔獣』と戦える」
 そう言いながら、ジャウマさんたち3人は獣の姿に変わっていった。
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