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第十章
閑話15 彼女が目覚めるまでに
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※この話は少し時間を遡って、九章と十章の間の出来事になります。
=================
店に居る人たちの視線がやたらと気になるのは、自分が田舎者だからじゃない。ここが女性専用の洋服店だからだ。
「あ、あの…… 女性用の……が欲しいんですけど……」
「……はい?」
店員のおねえさんに聞き返され、言葉に詰まる。
「じょ、女性用の…… あの…… 下着を……」
恥ずかしさに負けて、おもいっきり顔を背けた。
どうして…… どうしてこんなことになったんだっけ?
結界によって守られ隠されていた村を後にし、依頼の報告を済ませた僕らは、また『獣人の国』の中央に向けて森を進んだ。
ほぼ丸一日歩き続けた後、大きな木が屋根のように枝を張り出している場所を見つけ、夜を迎えることにした。
異変があったのは、その翌朝のことだ。
僕の隣で、クーにしがみつきながら眠ったはずのアリアちゃんは、朝になっても目を覚まさなかった。
まるで、あの時のように……
「あーー、また眠っちまったか」
「あの村に居た『黒い魔獣』の魔力量を考えると、当然だろうな」
「ああ、そうだな」
ジャウマさんたち3人は、別に慌てる様でもなく、まるで日常の一光景を見ているかのように、語り合っている。
「城に戻っている時間も惜しい。今は安定しているようだし、今回はここでしばらく様子を見よう」
「あの……えっと、孵化器に寝かさなくても、大丈夫なんですか?」
「ああ、俺たちで順にアリアを温める」
ジャウマさんの言葉に、無言でセリオンさんが頷く。
狐の耳と尾をもつ狐獣人の姿をしていたセリオンさんは、するすると大きな白狐の姿に変わった。そして、大木にもたれるようにして体を横たえる。
「ここにアリアを」
ジャウマさんが眠ったままのアリアちゃんを抱き上げ、狐の胸の辺りのふわふわな毛に、寄りかからせるように横たえる。ヴィーさんがその上からブランケットを掛けた。
「クゥー」
クーも、アリアちゃんに付き添うようにその近くに座り込む。
「でもセリオンさんが大変ではないですか?」
「適度に俺たちで交代するさ。ヴィーには羽根があるし、俺には毛皮がないが火竜だからな。程よく温めることもできる」
「す、すみません」
つい詫びの言葉が口から出た。
僕だって同じ神魔族なのに、僕は彼らのように完全な獣の姿になることはできない。今の、黒狼の耳と尾をもつ獣人の姿になれるのがやっとだ。
「いいんだよ。お前はお前のできることをやってくれりゃあ」
そう言いながら、ヴィーさんが僕の頭をがしがしと乱暴に撫でた。
「それよりラウル。ここで数日過ごすことになる。水を汲める場所は探しておくが、食事の材料は足りそうか?」
「あ、ああ。そうですね。肉はあります。森で野草は採れますが、パンが少ないですね。でも食べるものが無いわけではないです」
本来ならば、今日はこの先の町に立ち寄る予定で、パンはその時に求めるつもりだった。ちなみに肉は、この3人が張り切って狩ってくるので、売るほどにある。
数日パンを食べなくても死ぬわけではないし、さしたる問題ではない。そう思ったけれど、ジャウマさんは違うことを言った。
「なら、これから町に行って、買い物をしてきてくれ」
「え? アリアちゃんを置いて、ですか?」
「ヴィーと一緒なら、ひとっ飛びだし、そのくらいの時間なら俺たちだけでも問題ない。それに―――」
「きっとまたアリアが成長するからな。服を買っておいてやらねえとな」
ジャウマさんの言葉を遮るようにして、ヴィーさんが言った。
そうだ。僕が最初にアリアちゃんに会った時、彼女は見た感じ5歳くらいの幼い女の子だった。それが一度眠りについて、目が覚めた時には、10歳くらいの姿に成長した。
今も同じように眠りについているのだとしたら、手持ちの服はまた着れなくなるだろう。
ヴィーさんの背に乗り、町にやってきた。
食事の買い物が終わり洋服屋に着くと、ヴィーさんは僕の背中をぐいと押した。
「じゃあ、アリアの下着を買うのはラウルに頼んだぞ」
「……へっ!? ヴィーさんが買うんじゃないんですか?」
だって、いつもアリアちゃんの服を買うのはヴィーさんの役目だったじゃないか。
「いつもみたいに女の当てもねえし時間もねえからな。俺らだけで買わなきゃなんねえ。良く考えてみろ。俺が女の子の下着が欲しいと言って、穏便にすむと思うのか?」
そう訊かれ、改めてヴィーさんを上から下まで眺める。
……うん。正直、そうは思えない。
ヴィーさんは、話せば愛嬌のあるいい人だけれど、黙っていると破落戸に間違えられそうな人相をしている。そんな人が少女の下着が欲しいだなんて口にしたら、自警団を呼ばれてもおかしくはない。
「でも僕なら大丈夫って理由もないでしょう?」
「そこはほら、妹の為だとか何とでも言い訳すりゃいいだろう? お前は人が好さそうに見えるしな」
そんな勝手なことを言いながら、バンバンと僕の背中を叩く。
「うう……」
正直、恥ずかしくてたまらない。でもここで僕が頑張らないと、後々にアリアちゃんを困らせてしまう。
腹を括って、店の扉を開けた。
* * *
結果として、それ以上は恥ずかしい思いをすることもなく、買い物を済ませることができた。
少し大人っぽいデザインの紺色のワンピースと、その上から軽く羽織れる薄手の上着、あとは下着類を一式。買えたのはそれだけだ。洗い替え用にもう一式を選ぶほどは、僕の気持ちが持たなかった。
僕の言葉を聞いた店員さんは、何故か『恋人用』だと思ったらしい。というのも最近の男性の間では、恋人に自分好みの下着を贈るのが流行っているのだそうだ。
さらに下着だけでなく服も一式欲しいと伝えると、店員さんは「それは彼女さんも喜びますね」と言って、張り切って一緒に服を選んでくれた。
店員さんには、完全に勘違いされていたよなぁ。
「良くやったな」と言いながら、ヴィーさんが僕の肩を笑って叩く。恨みがましい目で睨んでみたけれど、僕の気持ちは全く伝わらない。
まあでも、ちゃんと服が買えたんだから、それでもいいか。
でも、この服……というか下着を、何と説明してアリアちゃんに渡したらいいんだろうか?
また別の困惑が増えた。
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店に居る人たちの視線がやたらと気になるのは、自分が田舎者だからじゃない。ここが女性専用の洋服店だからだ。
「あ、あの…… 女性用の……が欲しいんですけど……」
「……はい?」
店員のおねえさんに聞き返され、言葉に詰まる。
「じょ、女性用の…… あの…… 下着を……」
恥ずかしさに負けて、おもいっきり顔を背けた。
どうして…… どうしてこんなことになったんだっけ?
結界によって守られ隠されていた村を後にし、依頼の報告を済ませた僕らは、また『獣人の国』の中央に向けて森を進んだ。
ほぼ丸一日歩き続けた後、大きな木が屋根のように枝を張り出している場所を見つけ、夜を迎えることにした。
異変があったのは、その翌朝のことだ。
僕の隣で、クーにしがみつきながら眠ったはずのアリアちゃんは、朝になっても目を覚まさなかった。
まるで、あの時のように……
「あーー、また眠っちまったか」
「あの村に居た『黒い魔獣』の魔力量を考えると、当然だろうな」
「ああ、そうだな」
ジャウマさんたち3人は、別に慌てる様でもなく、まるで日常の一光景を見ているかのように、語り合っている。
「城に戻っている時間も惜しい。今は安定しているようだし、今回はここでしばらく様子を見よう」
「あの……えっと、孵化器に寝かさなくても、大丈夫なんですか?」
「ああ、俺たちで順にアリアを温める」
ジャウマさんの言葉に、無言でセリオンさんが頷く。
狐の耳と尾をもつ狐獣人の姿をしていたセリオンさんは、するすると大きな白狐の姿に変わった。そして、大木にもたれるようにして体を横たえる。
「ここにアリアを」
ジャウマさんが眠ったままのアリアちゃんを抱き上げ、狐の胸の辺りのふわふわな毛に、寄りかからせるように横たえる。ヴィーさんがその上からブランケットを掛けた。
「クゥー」
クーも、アリアちゃんに付き添うようにその近くに座り込む。
「でもセリオンさんが大変ではないですか?」
「適度に俺たちで交代するさ。ヴィーには羽根があるし、俺には毛皮がないが火竜だからな。程よく温めることもできる」
「す、すみません」
つい詫びの言葉が口から出た。
僕だって同じ神魔族なのに、僕は彼らのように完全な獣の姿になることはできない。今の、黒狼の耳と尾をもつ獣人の姿になれるのがやっとだ。
「いいんだよ。お前はお前のできることをやってくれりゃあ」
そう言いながら、ヴィーさんが僕の頭をがしがしと乱暴に撫でた。
「それよりラウル。ここで数日過ごすことになる。水を汲める場所は探しておくが、食事の材料は足りそうか?」
「あ、ああ。そうですね。肉はあります。森で野草は採れますが、パンが少ないですね。でも食べるものが無いわけではないです」
本来ならば、今日はこの先の町に立ち寄る予定で、パンはその時に求めるつもりだった。ちなみに肉は、この3人が張り切って狩ってくるので、売るほどにある。
数日パンを食べなくても死ぬわけではないし、さしたる問題ではない。そう思ったけれど、ジャウマさんは違うことを言った。
「なら、これから町に行って、買い物をしてきてくれ」
「え? アリアちゃんを置いて、ですか?」
「ヴィーと一緒なら、ひとっ飛びだし、そのくらいの時間なら俺たちだけでも問題ない。それに―――」
「きっとまたアリアが成長するからな。服を買っておいてやらねえとな」
ジャウマさんの言葉を遮るようにして、ヴィーさんが言った。
そうだ。僕が最初にアリアちゃんに会った時、彼女は見た感じ5歳くらいの幼い女の子だった。それが一度眠りについて、目が覚めた時には、10歳くらいの姿に成長した。
今も同じように眠りについているのだとしたら、手持ちの服はまた着れなくなるだろう。
ヴィーさんの背に乗り、町にやってきた。
食事の買い物が終わり洋服屋に着くと、ヴィーさんは僕の背中をぐいと押した。
「じゃあ、アリアの下着を買うのはラウルに頼んだぞ」
「……へっ!? ヴィーさんが買うんじゃないんですか?」
だって、いつもアリアちゃんの服を買うのはヴィーさんの役目だったじゃないか。
「いつもみたいに女の当てもねえし時間もねえからな。俺らだけで買わなきゃなんねえ。良く考えてみろ。俺が女の子の下着が欲しいと言って、穏便にすむと思うのか?」
そう訊かれ、改めてヴィーさんを上から下まで眺める。
……うん。正直、そうは思えない。
ヴィーさんは、話せば愛嬌のあるいい人だけれど、黙っていると破落戸に間違えられそうな人相をしている。そんな人が少女の下着が欲しいだなんて口にしたら、自警団を呼ばれてもおかしくはない。
「でも僕なら大丈夫って理由もないでしょう?」
「そこはほら、妹の為だとか何とでも言い訳すりゃいいだろう? お前は人が好さそうに見えるしな」
そんな勝手なことを言いながら、バンバンと僕の背中を叩く。
「うう……」
正直、恥ずかしくてたまらない。でもここで僕が頑張らないと、後々にアリアちゃんを困らせてしまう。
腹を括って、店の扉を開けた。
* * *
結果として、それ以上は恥ずかしい思いをすることもなく、買い物を済ませることができた。
少し大人っぽいデザインの紺色のワンピースと、その上から軽く羽織れる薄手の上着、あとは下着類を一式。買えたのはそれだけだ。洗い替え用にもう一式を選ぶほどは、僕の気持ちが持たなかった。
僕の言葉を聞いた店員さんは、何故か『恋人用』だと思ったらしい。というのも最近の男性の間では、恋人に自分好みの下着を贈るのが流行っているのだそうだ。
さらに下着だけでなく服も一式欲しいと伝えると、店員さんは「それは彼女さんも喜びますね」と言って、張り切って一緒に服を選んでくれた。
店員さんには、完全に勘違いされていたよなぁ。
「良くやったな」と言いながら、ヴィーさんが僕の肩を笑って叩く。恨みがましい目で睨んでみたけれど、僕の気持ちは全く伝わらない。
まあでも、ちゃんと服が買えたんだから、それでもいいか。
でも、この服……というか下着を、何と説明してアリアちゃんに渡したらいいんだろうか?
また別の困惑が増えた。
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