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最終章

11-3 悪党

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 古びた石造りの広い通路を、覚えのある匂いを辿って進む。突き当たりの扉は僕らをいざなうように開けられていて、その先は殺風景な広間に繋がっていた。

 その広間の向かい側にあるもう一つの扉の前に、あのキメラの神魔族しんまぞくが待ち構えていた。しかも一人ではない、彼の後ろには武器を手にした様々な種族の獣人たちが控え、僕らを観察するかのようににらんでいる。20人ほども居るだろうか。

 キメラの神魔族は、以前に見た千切れたようなローブではなく、いかにも聖職者であるかのような上品な丈の長い服を身に着けている。灰色の乱れた髪も獣の耳とじ曲がった2本の角も、今はフードに隠されていて、あの時のすさんだような雰囲気は一切ない。
 でもよどんだ沼のようなにごった瞳は変わらない。その瞳でじっとアリアちゃんを見つめた。

「姫様。ようこそいらっしゃいました」
 そう言って、キメラの神魔族は、うやうやしく頭を下げる。
「あなたは?」
「私めはグラニソと申します。この聖地を守る者、そして貴女あなたの御父上にいる者です」

 グラニソと名乗ったキメラの獣人は、顔をあげるとようやくアリアちゃん以外……僕らの方にも視線を向けた。
「どうやら、余計な者たちも付いてきたようですね」
 そう言って、友好的には見えない視線で僕らをめ付ける。ジャウマさんたちが武器を構えるのに少し遅れて、アリアちゃんの一歩前に出た。

「侵入者の排除をお願いします。くれぐれも『姫様』を傷付けぬよう」
 グラニソが言った先は、僕らではなく後方の獣人たちだ。グラニソはその言葉を置いて後方の扉の奥に消えた。
 そして残された獣人たちのうち、一人の大柄で筋肉質な獣人が一歩前に出た。

「聞いたとおりだ、聖地をけがそうとする不届き者よ。そこのお嬢さんを置いて立ち去るがいい」
 彼が獣人たちのリーダーだろう。獅子の獣人がこちらに向かって声を上げる。その声と同時に、他の獣人たちも手にした得物をこちらへ向けた。

 獣人たちの装備や振る舞いからすると、破落戸ごろつきなどではないようだ。
「あいつらは、冒険者たちか?」
「だろうな、雇われているんだろう。あの町のギルドにも確かにそんな依頼があったなあ」
「え…… じゃあ、本当の事を知らないんじゃ?」
 セリオンさんとヴィーさんのやり取りに、つい言葉を挟む。
「ああ、そうだろうな」
 ジャウマさんは僕にそう答えてから、今度はその獣人たちに向けて声を張り上げた。

「俺たちは敵ではないし、お前たちと戦うつもりはない。武器を収めて、ここを通してくれ」
 それを聞いてリーダーの獣人は、眉根を寄せる。

「盗人どもが可笑おかしなことを言うな。ここ『聖地』に踏み込んできて無作法なことをするお前たちを、通すわけはない。お前たちはこの地にいる『聖獣』を奪いに来たのだろう?」
 それから彼は、アリアちゃんの方を見た。
「さらに、そちらのお嬢さんは雇い主の大事な娘さんで、お前らにかどわかされだまされていると聞いている。ひとまず彼女をこちらにもらおう」

「……どうやら、俺らの方が悪党らしいぞ」
「ヴィジェスならそう見えても仕方ないだろう」
 ヴィーさんとセリオンさんがいつものように、小声で言い合う。そんな場合じゃないと思うんだけどな。

 その時、ヴィーさんがくるりとこちらを振り向いた。あっと声を上げる間もなく、アリアちゃんの手をとって自分の手元に引き寄せる。そして腰に下げていたナイフをアリアちゃんの首元に当てた。

「大人しく武器を捨ててそこを通せ。こいつがどうなってもいいのか?!」
 獣人たちに向けてヴィーさんが叫ぶ。アリアちゃんはすぐに事情を悟ったみたいだ。
「やーん、こわいー! お願い、この人の言う通りにして!」

 ……ちょっとわざとらしい。
 でも彼らには効果的だった。
「くそっ! 卑怯ひきょう者め!」
 そう言って獅子の獣人が構えていた武器を足元に置くと、他の獣人たちも彼にならった。

「……結構、いい奴らだな」
「パパ。悪い人たちじゃないのなら、傷つけちゃダメだよー」
 あきれたような口調のヴィーさんに、アリアちゃんが小声で言う。

「ふむ。このまま通してはくれそうだが、後から追いかけられると面倒だな。もし巻き込んでしまったら無事ではすまないだろう」
「私の魔法で凍らせようか?」
「それじゃあ、死んじまう。縛っとくか?」
「それが一番かもしれないな」
 3人がこそこそと言い合っているのを聞く限りでは、しばらくの間彼らの動きを封じておきたいのだろう。

「ジャウマさん。彼らは『神魔族』ではないんですよね」
「ああ、彼らはただの獣人だな」
「それなら僕に案があります」
 そう言うと、ジャウマさんは武器を構えたまま横目で僕の方を見て、それから少しだけ表情を崩した。
「なるほど。よし、任せたぞ」

「よーし、おめーらそのまま動んじゃねえぞ」
「きゃーー」
 彼らの気をらせる為に、ヴィーさんとアリアちゃんが演技を再開する。そのすきにごそごそとマジックバッグを漁った。

 神魔族には毒は効かない。でも普通の獣人相手なら、僕の調合したポーションが効くだろう。
「ヴィーさんこの薬をいてください」
 そう言ってヴィーさんに薬の瓶を渡す。瓶のラベルを見て、ヴィーさんがニヤリと笑った。
「なるほどな。よし俺に任せろ」
 そう言って、アリアちゃんを抱えたままで背中の翼をばさりと広げる。ヴィーさんの目の前で風が渦巻き始めた。

 * * *

「ラウル、流石ね」
 アリアちゃんが、僕ににっこりとほほ笑んだ。

 獣人の冒険者たちが倒れて動かなくなるまで、そう長くは時間はかからなかった。
「くっそ…… いったい何をした……」
 リーダーの獅子獣人だけは、倒れても意識を保とうとしながら僕らを見上げる。

「ただの強力な眠り薬だよ」
 そう言って、ヴィーさんは彼の顔にポーションの残りを瓶から垂らした。
 中の液体がたらりと顔にかかると、獅子獣人は持ち上げていた頭をがくりと床に落とし、寝息を立てはじめた。

 これなら数時間は目を覚まさないだろう。僕ら『神魔族』には薬は効かないし、クーは僕の結界で守っておいた。

「クゥ!」
 そのクーが、キメラの神魔族が消えた扉の方を向いて鳴く。
「さあ、あいつを追うぞ」
 ジャウマさんの言葉に、皆がうなずいた。
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