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第十章
10-5 魂の行方
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「そんな事を聞いてくるなんて、なんだか君らしくない気がするね」
ミルトが少し揶揄うように笑いながら、僕に言った。
「そ、そうかなぁ」
「うん。まあ、僕の勝手なイメージだけどね」
普段の僕は、いったいミルトにどんな風に思われているんだろう。
彼は白い髪を揺らしながら首を傾げて赤く細い目をさらに細めながら、また悪戯げにニヤニヤと笑う。
「で、何が目的なのさ。死んだ師匠にでも会いたいのか」
「え? あ、いや、そうじゃないけど」
「なんだ違うのか。てっきり、君が煮詰まっている調合についての相談でもしたいのかと思ったよ」
ああ、そうか、そんな方法もあったのか。今の僕は、自分の問題事をすっかり忘れていた。
「そんなことができるのかい?」
「まぁ、僕なら出来ないことはない。制約はあるけどね。君の性格上、感傷に浸るとかそういうのでなく、何か解決したいことでもあるんじゃないかと思ってさ」
「いや、僕だって感傷に浸りたいときくらいあるさ。確かに今回は違うけど」
「じゃあ、何が目的なのさ」
魔道具の合同研究から、こんな気さくなやりとりができるほどに親しくなったミルトは、この城に来て初めてできた僕の友人だ。歳が近いのも、仲良くなれた要因の一つだろう。
彼は死者の魂を呼び出すことができるそうだ。だからこの相談をするのは彼が適任だろうと思った。
「姫様にお母さまと会わせてあげられないかと思って……」
「――なるほど。そういうことなら、むしろ君らしいなぁ」
僕の言葉を聞いて、やっぱりミルトはニヤニヤと笑った。
「以前にも他のヤツから同じような頼みをされたことがある。でも、残念ながらそれは出来ない」
「え? なんで?」
「姫様のお母様は『神族』だからな。彼女の魂は、もう僕が呼び出せるところには居ないんだ」
「そう、なんだ……」
一縷の望みにかける程度のつもりではあったけれど、ダメだと聞いてしまうとやっぱり心は沈む。
「君は人が死んだらどうなるか知っているか?」
黙ったまま首を横に振った僕を見て、ミルトは淡々と言葉を続けた。
「人が死んでしばらくのうちはこの世界のどこかに漂っている。しばらくして魂の記憶が薄れ、それが完全に消えると、この大地に染みこんでいき世界の一部となる。僕が呼び出せるのは、大地に染みこむ前のまだ漂っている魂だけだ。しかし『神族』の魂は、しばらく後にまた新たな生を受けて復活する。神は死んでも死なないんだ」
「え? じゃあ、姫様のお母様は……」
「どこかで復活しているか、これからかもしれないが。いずれにしても僕が呼び出せるような魂ではなかった」
ミルトの口ぶりで悟った。これが初めての話ではないのだろう。
まあ、よく考えたら今更の話だ。ミルトは僕よりずっとずっと前からこの城に居る。というか、僕はこの城では一番の新参者だ。
そんなことができていれば、ミルトはとっくの昔にそうしているだろう。この城で姫様のことを案じてない者は居ない。
「まあ、君の気持ちもわかるよ。でも今、姫様が会いたいのは、お母さまではないと思うんだけどな」
「え、そうなんだ? 誰なんだろう……」
僕の呟きを聞いて、ミルトがぷっと吹き出す。僕は何か可笑しなことを言っただろうか?
「そう言えば、そろそろ姫様とのお茶の時間だろう」
さっさと行けと言わんばかりに、ミルトの部屋を追い出された。これはミルトの言う通りだ。姫様とのお茶の時間に遅れるわけにはいかない。
お母様のことは残念だったけど、代わりに今日はどんな話をして差し上げようか。
そんなことを考えながら、いつもの中庭に向かった。
* * *
森の木々を葉を、天から注ぐ雨が激しく打ち鳴らす音が、バタバタと耳煩く響く。
こんなに酷い雨降りの中、深い森の中を進んでいるというのに、僕らの髪も服も殆ど濡れていない。
僕らの上に落ちてきた雨は、ジャウマさんの頭の少し上ほどの高さで僕の結界に阻まれ、そこからは透明の球体の壁を撫でる様な軌跡を描いて地に落ちる。
まるで僕らを閉じ込める球体の雨粒の檻があるかのように、外からは見えるだろう。
以前の記憶を取り戻し、僕の魔力が上がったおかげで、この一行全員を守れるほどの結界を張ることができるようになった。その結界がまさかこんな形で役立つとは思わなかったけれど。
結界でこうして雨からは守られているけれど、足元はすっかりぬかるんでいる。踏み込んだ足が少しずつ泥に沈み、その度に革靴が新しい泥を纏う。一歩一歩がだんだんと重くなってきた。そろそろ限界だ。
「こりゃあ流石に無理だな」
「ああ、どこか休めるところを探したほうがいい」
雨音に負けぬよう、大きい声でヴィーさんとセリオンさんが言い、僕らは足を止めた。
ジャウマさんは、元から高い背をさらに伸ばして、あたりを見回す。
「もう少し先に岩肌が見える。うまくすれば洞か何かがあるかもしれない。無くても、岩陰で少し体を休めよう」
そう言って、ジャウマさんが道の先、右手の方を指差した。
ミルトが少し揶揄うように笑いながら、僕に言った。
「そ、そうかなぁ」
「うん。まあ、僕の勝手なイメージだけどね」
普段の僕は、いったいミルトにどんな風に思われているんだろう。
彼は白い髪を揺らしながら首を傾げて赤く細い目をさらに細めながら、また悪戯げにニヤニヤと笑う。
「で、何が目的なのさ。死んだ師匠にでも会いたいのか」
「え? あ、いや、そうじゃないけど」
「なんだ違うのか。てっきり、君が煮詰まっている調合についての相談でもしたいのかと思ったよ」
ああ、そうか、そんな方法もあったのか。今の僕は、自分の問題事をすっかり忘れていた。
「そんなことができるのかい?」
「まぁ、僕なら出来ないことはない。制約はあるけどね。君の性格上、感傷に浸るとかそういうのでなく、何か解決したいことでもあるんじゃないかと思ってさ」
「いや、僕だって感傷に浸りたいときくらいあるさ。確かに今回は違うけど」
「じゃあ、何が目的なのさ」
魔道具の合同研究から、こんな気さくなやりとりができるほどに親しくなったミルトは、この城に来て初めてできた僕の友人だ。歳が近いのも、仲良くなれた要因の一つだろう。
彼は死者の魂を呼び出すことができるそうだ。だからこの相談をするのは彼が適任だろうと思った。
「姫様にお母さまと会わせてあげられないかと思って……」
「――なるほど。そういうことなら、むしろ君らしいなぁ」
僕の言葉を聞いて、やっぱりミルトはニヤニヤと笑った。
「以前にも他のヤツから同じような頼みをされたことがある。でも、残念ながらそれは出来ない」
「え? なんで?」
「姫様のお母様は『神族』だからな。彼女の魂は、もう僕が呼び出せるところには居ないんだ」
「そう、なんだ……」
一縷の望みにかける程度のつもりではあったけれど、ダメだと聞いてしまうとやっぱり心は沈む。
「君は人が死んだらどうなるか知っているか?」
黙ったまま首を横に振った僕を見て、ミルトは淡々と言葉を続けた。
「人が死んでしばらくのうちはこの世界のどこかに漂っている。しばらくして魂の記憶が薄れ、それが完全に消えると、この大地に染みこんでいき世界の一部となる。僕が呼び出せるのは、大地に染みこむ前のまだ漂っている魂だけだ。しかし『神族』の魂は、しばらく後にまた新たな生を受けて復活する。神は死んでも死なないんだ」
「え? じゃあ、姫様のお母様は……」
「どこかで復活しているか、これからかもしれないが。いずれにしても僕が呼び出せるような魂ではなかった」
ミルトの口ぶりで悟った。これが初めての話ではないのだろう。
まあ、よく考えたら今更の話だ。ミルトは僕よりずっとずっと前からこの城に居る。というか、僕はこの城では一番の新参者だ。
そんなことができていれば、ミルトはとっくの昔にそうしているだろう。この城で姫様のことを案じてない者は居ない。
「まあ、君の気持ちもわかるよ。でも今、姫様が会いたいのは、お母さまではないと思うんだけどな」
「え、そうなんだ? 誰なんだろう……」
僕の呟きを聞いて、ミルトがぷっと吹き出す。僕は何か可笑しなことを言っただろうか?
「そう言えば、そろそろ姫様とのお茶の時間だろう」
さっさと行けと言わんばかりに、ミルトの部屋を追い出された。これはミルトの言う通りだ。姫様とのお茶の時間に遅れるわけにはいかない。
お母様のことは残念だったけど、代わりに今日はどんな話をして差し上げようか。
そんなことを考えながら、いつもの中庭に向かった。
* * *
森の木々を葉を、天から注ぐ雨が激しく打ち鳴らす音が、バタバタと耳煩く響く。
こんなに酷い雨降りの中、深い森の中を進んでいるというのに、僕らの髪も服も殆ど濡れていない。
僕らの上に落ちてきた雨は、ジャウマさんの頭の少し上ほどの高さで僕の結界に阻まれ、そこからは透明の球体の壁を撫でる様な軌跡を描いて地に落ちる。
まるで僕らを閉じ込める球体の雨粒の檻があるかのように、外からは見えるだろう。
以前の記憶を取り戻し、僕の魔力が上がったおかげで、この一行全員を守れるほどの結界を張ることができるようになった。その結界がまさかこんな形で役立つとは思わなかったけれど。
結界でこうして雨からは守られているけれど、足元はすっかりぬかるんでいる。踏み込んだ足が少しずつ泥に沈み、その度に革靴が新しい泥を纏う。一歩一歩がだんだんと重くなってきた。そろそろ限界だ。
「こりゃあ流石に無理だな」
「ああ、どこか休めるところを探したほうがいい」
雨音に負けぬよう、大きい声でヴィーさんとセリオンさんが言い、僕らは足を止めた。
ジャウマさんは、元から高い背をさらに伸ばして、あたりを見回す。
「もう少し先に岩肌が見える。うまくすれば洞か何かがあるかもしれない。無くても、岩陰で少し体を休めよう」
そう言って、ジャウマさんが道の先、右手の方を指差した。
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