招かれざる獣たち~彼らとの出会いが少年の運命を変える。獣耳の少女と護り手たちの物語~

都鳥

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第九章

9-4 見つけられない村

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 依頼先の村は、ヘンリーさんの故郷なんだそうだ。平和でいい村だったと、彼は言った。
「だった」と、過去の話のように言うのは、長い間彼が故郷に帰れていないからだそうだ。

「まだ若かった俺には、その平和さが物足りなく感じられていた。こんな小さな村になんか居られるかと、意気込んで村を飛び出したんだ。でも……」

 村の外は想像していたよりもずっと広かった。その広さに誘われるように、大森林を出、『獣人の国』からさらに他の国へ足を伸ばし、気が付けば10年以上が経っていたそうだ。
 30歳近くなって、ふと故郷のことが気にかかった。村に帰ろうと大森林に入り、そこから村を出てきた道を逆に巡ってこの町まで辿たどり着いた。
「あの時、俺が村を出て、最初に着いた町がここだった」

 でもこの町から、どの方向に進んでも村に行き着けないんだそうだ。それどころか、村の記録も無ければ、噂すらも無い。まるで昔から村自体が無かったかのように。

「つーか、おっさん、まだ30前なのか」
 ヴィーさんが悪びれることなく言った。
 実は僕も同じように思った。悪いけど、とても20代後半には見えない。実際の歳よりも10は上に見える。
「苦労したんだろうな」
 ジャウマさんが言った。

「村を出て最初に着いたのはこの町だった、というのが思い違いである可能性は無いのか?」
 セリオンさんが冷たい表情で言う。
「いや。ここに間違いない。それはここで記録を確認してもらった」
 そう言って、おじさんは腰のバッグから冒険者カードを取り出した。
「俺の村には冒険者ギルドなんて無かった。この町に来て身分証にもなるからと言われて登録した。その記録が残っていたから間違いない。村を出て、その日の夕方にはこの町に着いていたから、俺の故郷はここから1日以内の所にあるはずだ」

「だとすると、村が見つからないだけの可能性以外に、その村自体が無くなっている可能性もあるだろうな」
 セリオンさんの言葉に、ヘンリーさんの表情が曇った。

「そういや、神殿の関係者だって言っているそうじゃないか」
 ヘンリーさんの様子に、助け舟を出すようにジャウマさんが問いかける。ヘンリーさんは飛びつくようにそれに反応した。

「そ、そうだ! 村には大神殿があって、俺の父さんはそこの神官をしていたんだ」
「でも、中央都市以外に大神殿は無いんだろう?」
「それは…… 俺も村を出てから知ったんだ。村に居た時には特別なことだとは思わなかったし。そういや中央都市の大神殿を見た時、村にある神殿とは違うと感じた。祀ってある神様は同じなんだが、何かが違うような……」
「何かとは?」
「あ…… いや、すまない。思い出せない」

「あんたイイトコの坊ちゃんなんだってな」
 ヴィーさんが茶化すように言うと、今度は少し気まずそうな表情になった。
「あ、ああ…… 一応神官長だしさ。村長にも意見ができるくらいの立場だから、不自由ないくらいの生活はしてた」

「その生活を捨てたのだから、贅沢ぜいたくな話だな」
 ふーっとため息を吐きながら、セリオンさんが零した。

 本当の、話なんだろうか。
 受付のおねえさんは、このおじさんのことを嘘吐きだと言っていた。町の皆もそう言っていると。
 セリオンさんはじっとヘンリーさんを見ている。ジャウマさんとヴィーさんも、あれ以上は口を開かない。多分、3人とも少し疑いながらも慎重に見極めようとしている。

 ヘンリーさんは、そんな3人の様子に気付かずに、そのまま話を続ける。
「お、俺の父さんは神官長だからさ。忙しくしていて、ほとんど家には帰らないんだ。だから母さんは一人で俺を育ててくれた。でもその母さんを置いて村を出てきちまったから、せめて俺が元気なことを知らせたくて……」

 その言葉に、僕の隣に座るアリアちゃんがピクリと反応した。
「お母さん?」
「ああ」

「お母さんのことは、大事なんでしょう? なのに何でお母さんを置いていっちゃったの?」
「……それは、俺も後悔している。まさか、村に帰れなくなるなんて思っていなかったんだ。あの頃は、帰りたければいつでも帰れるって思ってた。だから、俺がひとっ稼ぎして家に帰れば、母さんがお前も一人前になったと認めてくれると思って……」

 そう言うおじさんの顔を、アリアちゃんがじっと見つめる。
「頼む…… 頼むよ。手紙を届けてもらうだけでなく、本当は村に帰りたい。母さんに会いたいんだ」
「本当に、お母さんに会いたいの?」
「ああ、会いたい」

「うん」
 一言答えて、今度はジャウマさんたちの方を見て言った。
「ねえ、パパたち。ヘンリーさんを手伝ってあげよう」


 アリアちゃんの言葉に、3人はちらりと互いの顔を確認し、視線でうなずき合う。

「村を出たのはあんただけなのか?」
「それに全く外部と交流していないと言うこともないだろう。その村の内部だけで生活の全てをまかなうのは難しい」
 ヴィーさんとジャウマさんが、口々に尋ねる。

「その村から出て余所に行ってはいけないって、そう教えられていたんだ。でも狩猟や採集で村を出て森には入っていたな。それから月に一度、余所よそから行商人が来ていた」

「その行商人からは辿れないのか?」
「それも当たった。でもこの町にそれらしい行商人は立ち寄っていないそうだ。フードを深くかぶっていたから顔も見てなかったし」
「そりゃ、明らかに怪しくねえか?」
「今だからそう思うけれど、あの頃はそれが普通だと思っていたんだよ」

 そこまでのやり取りをじっと見ていたセリオンさんが口を開く。
「そいつはどんな物を売りに来るんだ」
「日用品だとか、ポーションだとか。あとは奴隷だな」

「え、奴隷?」
「神殿の下働き用だって聞いていた。でも何人も居るはずなのに、殆ど見かけなかったのも、今思えば不思議だったな」
「何人も奴隷を買ってたのか?」
「ああ、年に何度か奴隷を連れてきているのを見た」

「この町の奴隷商は当たったのか?」
「……いや、まさかとは思ってたし」
「なら、そこに行ってみよう」
 ジャウマさんはそう言って立ち上がった。
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