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第八章

8-6 町の噂話

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「お兄さんたち、旅行者かい?」
 人のさそうなおばさんから声を掛けられたのは、アリアちゃんと一緒に市場で果物を見ている時だった。
「はい、南の方から来たんです。この辺りではこの実が名産なんですか?」
 この屋台に並んでいるのは、大きくて艶のある、黄色い果実だ。さっきから辺りに爽やかな香りがしている。

「ああ、ポロの実といって、近くの森で採れるんだ。どうだい、ひとつ食べてみないかい?」
 そう言いながら、おばさんは黄色い果実を手にして皮にナイフを入れる。切れ目に指をかけ、開くように皮を剥くと、そこからさらに強い香りが広がった。

「うわあ、いい匂い!」
「だろう? この皮も砂糖で煮ると甘いお菓子になるんだよ。お風呂に入れたり、化粧水を作ってもいい。もちろん、中身も美味しいよ。薄い皮を剥いてお食べ」
 おばさんはそう言うと、すっかり皮を剥いた果実の身を、僕とアリアちゃんに半分ずつ手渡した。

 それはオレンジのような形をしていて、でももっと大きくて、薄い黄色い色をしていた。薄皮を剥いて口にいれる。小さな粒が口の中で潰れて、甘くて香りのよい果汁があふれて出した。

「美味しい~~」
「うん、これは美味しいね」
 クーもアリアちゃんが差し出した果実を頬張り、満足そうに尻尾を振っている。
 これは皆にも食べさせたい。おばさんに頼んでいくつか選んでもらうことにした。

「この実は、この寒い土地ほど大きく甘く育つんだよ。だから、この辺りで採れるのは一級品なのさ。しかもスタンピードの時も、魔獣はこの実には目もくれないからね。奴らに食いつくされることもない」
 おばさんの話の端に、気になる言葉を見つけた。

「スタンピード、ですか?」
 『スタンピード』とは魔獣の大襲撃のことだ。様々な理由で、魔獣が群れを成してある場所に向かったり、町や村を襲ったりすることをそう呼んでいる。

「ああ、この町の外塀を見ただろう? あれはスタンピードから町を守る為に造られたんだ。でも心配はないよ。スタンピードが起こるのはひと月に一度、満月の晩だけだし。丸一日すれば、魔獣たちはまた森の奥に戻っていく。だから今は大丈夫だよ」
 おばさんは果実をごろごろと詰め込んだ紙袋を僕に寄越すと、「おまけだよ」と言ってさらにもうひとつをアリアちゃんに渡した。

「魔物たちが森からくるのなら、そこには近づかない方が良さそうですね。その森はどこにあるんですか?」
「あっちの、北の方だよ。だから、もしポロの実を採りに行きたいなら、南の森にした方がいい。今日は大丈夫だと言っても、やっぱり不安だろうしね」

 おばさんに礼を言って屋台を後にした。
 多分、この情報は当たりだ。これがジャウマさんたちが探していた情報だろう。

「ラウル。パパたちと落ちあう前に、もう少し町で話を聞いてこよう」
「そうだね。まだみんなと落ち合う時間には早いしね」
 そう言うと、アリアちゃんは自分から僕の手を握ってきた。
「それもだけど、私もっとラウルと町を歩きたい」

 ああそうだ。アリアちゃんが羽を伸ばせるようにとセリオンさんにも言われていたもんな。

「そうだね。せっかくだし、アリアちゃんももっとあちこち見たいよね」
「クゥ!」
 僕の言葉に、自分もいるぞと言わんばかりにクーが返事をする。
 その様子に二人で笑いながら、また手を繋いで歩き始めた。

 * * *

「そうか、そっちでもスタンピードの話が聞けたんだな」

 宿に一番近い定食屋で夕食をとりながら、ジャウマさんたちと集まった情報を突き合わせた。
 冒険者ギルドでもスタンピードの話が聞けたそうだ。でもスタンピードで魔獣が湧き出てくる北の森の奥へは、満月の時を除いて冒険者たちが普通に出入りしているらしい。

「森の奥には遺跡があって、その遺跡で魔獣を狩る依頼も掲示板に貼り出されていた。しかも依頼のランクはBだ」
「え……? 魔獣の群れが出るかもしれないのに、依頼ランクはそんなに低いんですか?」
 依頼のランクがBってことは、Cランクの冒険者でも受けることができるってことだ。今の僕がDランクなのに。それで大丈夫なんだろうか。

「ああ、スタンピードが起こらない限りは、普通のダンジョンと同じような扱いらしい」
 ジャウマさんの言葉に続けるように、セリオンさんも口を開く。
「それだけでなく、その北の森の近くではSやAランクに値するような依頼は全くありませんでした。むしろ不自然なほどに」
「どういうことですか?」
「おそらくですが、そのスタンピードの影響で、北の森周辺には強い魔獣が棲息していないのかもしれません」

「前に言っただろう? ダンジョンってのは、元は俺らの世界の一部だったんだよ。だから、他では見ないような魔獣が棲んでいる。しかも深い層の魔獣は『表』よりもずっと強い。そんなのが月に一度でも現れたら、他の魔獣は恐れて棲みつかないだろう。もしこれが当たっていたら、そのダンジョンの奥にいる魔獣はSランククラス以上ってことだな」
 ヴィーさんが、串焼き肉にかじり付きながら言った。

「『黒い魔獣』、でしょうね」
 セリオンさんはこちらも見ずに静かに言うと、手元のサラダをひと口、口に運んだ。

「ああ、そうだな。そのダンジョンに居る魔獣が『黒い魔獣』である可能性は高いだろう。明日はそのダンジョンに行くぞ」
「へいへーい」
「はーい!」
 ジャウマさん、ヴィーさんの言葉を追いかけるように、アリアちゃんが元気に返事をする。そして、くるりと隣に座る僕の方を向いて言った。
「ラウル、私たちも頑張ろうね!」

 そうだ。アリアちゃんが眠ってる間、僕も色々と特訓した。あれから、初めての『黒い魔獣』だ。
「うん」
 微笑むアリアちゃんに、僕にしては力強い口調で返事をした。
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