74 / 135
第七章
7-2 旅の冒険者と出会う
しおりを挟む
「ま、まてまて。俺たちは敵じゃない」
男の声がした。『俺たち』ということは、一人ではない。
ナイフを構えながら様子を窺っていると、旅人らしい出で立ちをした、がっしりとした男が二人、立木の陰から姿を現した。
「俺たちは寝る場所を探しに来ただけなんだ。お前も冒険者か? 良かったら同席させてくれないか?」
『お前も』ということは、彼らも冒険者なのだろう。それなら安心だ。ホッと胸を撫でおろして、ナイフを仕舞った。
* * *
夜は森の獣が来るからと、彼らは洞の入り口で火を焚いた。それに合わせて、僕も周囲に結界の魔導具を置く。僕らだけなら結界魔法を使ったんだけど、彼らもいるならそれは使えない。
二人はロイとフットと名乗った。僕と同じように、街道を北に向かっているらしい。
「いやー、馬車に乗り損ねちまってなあ」
そう言って笑うロイさんは、前衛の剣士なんだそうだ。
「ラウルは一人で依頼を受けているのか?」
弓使いのフットさんが、干し肉を齧りながら聞いてくる。
「依頼を報告して、これから帰るところなんです。でも仲間とはぐれてしまって」
「そうか、よかったら俺たちの目的地の町まで一緒に行かないか?」
確かにクーが一緒だとはいえ、気弱そうに見える僕が一人で居たら、何に狙われるかわからない。ロイさんの申し出はとても有難い。
「それは、助かります。是非ご一緒させてください」
そう言うと、二人は笑顔で応えた。
まず二人が夜の番をしてくれるそうだ。僕は夜中から朝にかけてを担当することになった。
お言葉に甘えて先に休ませてもらう。
知らない人と一緒、しかも強そうな男の人だから不安なのだろう。あの二人が現れてから、ずっとクーが僕の隣を離れない。
「良い人たちみたいだから、大丈夫だよ、クー」
そう言ってもまだ落ち着かないのか、僕に寄り添うように体を横たえた。
* * *
二番手に番をしたフットさんに起こされたのは、まだ朝日が昇るよりも前の時間だった。
「あとは頼むな」
「はい。僕、朝食の支度をしておきますね」
「そりゃあ助かる。このバッグに食料が入っているから使ってくれ」
そう言って渡されたバッグは、僕の手には少し重い。フットさんは大きなあくびをしながら、洞の中に入っていった。
バッグの中には干し肉とドライフルーツを中心に日持ちのする食料がいくらか、あと固いパンが入っていた。
でもこれじゃあ、大したものは用意できない。せいぜい干し肉で作ったスープにパンを浸して腹持ちをよくするくらいだろう。
冒険者だからそういう食事にも慣れているのかもしれない。でも今日もきっと沢山歩くのだろう。ならもっと力が付くような食事を用意してあげたい。
僕の用意した料理を食べてくれた時の、アリアちゃんや皆の顔が思い出される。きっと、ロイさんもフットさんも喜んでくれるだろう。
自分のマジックバッグから、熊肉を取り出す。あの二人くらい体格が良ければ、朝からガッツリ用意しても大丈夫だろう。
熊肉に下味を付けて馴染ませる。その間に、フットさんのバッグにあった干し肉に持っていた野菜を合わせてスープを用意する。
固いパンは、フットさんのバッグに戻した。僕のバッグに昨日買ったパンが入っているからこれを出そう。
城に持ち帰って皆で食べるつもりだったから、大量に買ってある。今朝の分くらい出してもまだまだ量に余裕はある。
こういう時は、アリアちゃんからもらったマジックバッグがとてもありがたい。
時間停止が付いているから生肉も仕舞っておける。重量軽減の効果のお陰で根菜類を沢山入れても全く重さが変わらない。容量減少の効果もあるから、嵩のある柔らかいパンを詰め込んでも潰れずにふわふわのままだ。
スープは鍋のまま置いておいて、それぞれの皿にドライフルーツとチーズを盛り付けておく。あとは皆が起きてきたら、串焼きにした熊肉を焼くだけだ。
朝食の準備をしている内に、朝日がすっかり顔をだして周りを明るく照らしている。
今朝の太陽に向かって、大きく伸びをした。
* * *
「おお、こりゃあ朝から豪勢だな!」
並べられた料理を見て、二人の顔が嬉しそうに綻んだ。そんな顔を見ると、張り切って支度した甲斐があったと、嬉しい気分になる。
二人はさっそく串焼き肉にかぶり付いた。
「これは何の肉だ?」
「サンドベアです」
そう答えると、ロイさんは不思議そうな顔をした。
「今朝狩ってきたわけじゃないよな?」
「はい。以前仲間と狩ったんです」
「なるほど。いい腕をしているな」
そう言うと、また串焼き肉に大口でかぶり付く。肉から溢れた肉汁が口元を汚すと、ロイさんは手の甲で豪快に拭った。
「これは干し野菜じゃないんだな」
スープをフォークでかき混ぜながら、フットさんが驚いたように言う。
「はい。生の野菜を使う方が、味も食感もいいですしね」
フットさんは、カップのスープをぐいっと飲むと、はーっと満足そうに息を吐いた。
朝の食事で使った道具や食器を洗ってマジックバッグに仕舞いこむ。その間、二人はあっちで焚火の跡を片づけながら、何やら話をしている。
「クゥ」
クーが珍しく低い声で鳴いた。どうかしたんだろうか?
その時、右肩に衝撃を感じた。驚く間もなく、視界が地に落ちていく。
「うわっ」
転んだんじゃない。誰かが僕の肩を掴んで地面に抑えつけている。
「ラウル、そのマジックバッグを寄越しな」
耳元でフットさんの声がする。
その声の向こうで、グルグルとクーが威嚇をする声も聞こえる。顔をあげてそちらを見ると、クーに向けてロイさんが剣を構えている。
「大人しくしてろよ」
フットさんは片手で僕の肩を抑えたまま、僕の肩掛けのマジックバッグにもう片方の手を伸ばす。
「ダ、ダメです。これは、僕の大事な――」
言葉の途中で、バッグが眩しいほどにに強く光った。
「うわっ!!」
光に驚いたのか、フットさんの手が僕の方から離れる。その隙に立ち上がって走り出した。
「クー! いまのうちに、逃げよう!」
「クゥ!」
クーも僕を追ってくる。
「ま、待て!!」
光に目が眩んだあの二人は、まだまともに動けない。今のうちだ。
何やら僕らに向かって叫ぶ声を置き去りにするように、精一杯走った。
男の声がした。『俺たち』ということは、一人ではない。
ナイフを構えながら様子を窺っていると、旅人らしい出で立ちをした、がっしりとした男が二人、立木の陰から姿を現した。
「俺たちは寝る場所を探しに来ただけなんだ。お前も冒険者か? 良かったら同席させてくれないか?」
『お前も』ということは、彼らも冒険者なのだろう。それなら安心だ。ホッと胸を撫でおろして、ナイフを仕舞った。
* * *
夜は森の獣が来るからと、彼らは洞の入り口で火を焚いた。それに合わせて、僕も周囲に結界の魔導具を置く。僕らだけなら結界魔法を使ったんだけど、彼らもいるならそれは使えない。
二人はロイとフットと名乗った。僕と同じように、街道を北に向かっているらしい。
「いやー、馬車に乗り損ねちまってなあ」
そう言って笑うロイさんは、前衛の剣士なんだそうだ。
「ラウルは一人で依頼を受けているのか?」
弓使いのフットさんが、干し肉を齧りながら聞いてくる。
「依頼を報告して、これから帰るところなんです。でも仲間とはぐれてしまって」
「そうか、よかったら俺たちの目的地の町まで一緒に行かないか?」
確かにクーが一緒だとはいえ、気弱そうに見える僕が一人で居たら、何に狙われるかわからない。ロイさんの申し出はとても有難い。
「それは、助かります。是非ご一緒させてください」
そう言うと、二人は笑顔で応えた。
まず二人が夜の番をしてくれるそうだ。僕は夜中から朝にかけてを担当することになった。
お言葉に甘えて先に休ませてもらう。
知らない人と一緒、しかも強そうな男の人だから不安なのだろう。あの二人が現れてから、ずっとクーが僕の隣を離れない。
「良い人たちみたいだから、大丈夫だよ、クー」
そう言ってもまだ落ち着かないのか、僕に寄り添うように体を横たえた。
* * *
二番手に番をしたフットさんに起こされたのは、まだ朝日が昇るよりも前の時間だった。
「あとは頼むな」
「はい。僕、朝食の支度をしておきますね」
「そりゃあ助かる。このバッグに食料が入っているから使ってくれ」
そう言って渡されたバッグは、僕の手には少し重い。フットさんは大きなあくびをしながら、洞の中に入っていった。
バッグの中には干し肉とドライフルーツを中心に日持ちのする食料がいくらか、あと固いパンが入っていた。
でもこれじゃあ、大したものは用意できない。せいぜい干し肉で作ったスープにパンを浸して腹持ちをよくするくらいだろう。
冒険者だからそういう食事にも慣れているのかもしれない。でも今日もきっと沢山歩くのだろう。ならもっと力が付くような食事を用意してあげたい。
僕の用意した料理を食べてくれた時の、アリアちゃんや皆の顔が思い出される。きっと、ロイさんもフットさんも喜んでくれるだろう。
自分のマジックバッグから、熊肉を取り出す。あの二人くらい体格が良ければ、朝からガッツリ用意しても大丈夫だろう。
熊肉に下味を付けて馴染ませる。その間に、フットさんのバッグにあった干し肉に持っていた野菜を合わせてスープを用意する。
固いパンは、フットさんのバッグに戻した。僕のバッグに昨日買ったパンが入っているからこれを出そう。
城に持ち帰って皆で食べるつもりだったから、大量に買ってある。今朝の分くらい出してもまだまだ量に余裕はある。
こういう時は、アリアちゃんからもらったマジックバッグがとてもありがたい。
時間停止が付いているから生肉も仕舞っておける。重量軽減の効果のお陰で根菜類を沢山入れても全く重さが変わらない。容量減少の効果もあるから、嵩のある柔らかいパンを詰め込んでも潰れずにふわふわのままだ。
スープは鍋のまま置いておいて、それぞれの皿にドライフルーツとチーズを盛り付けておく。あとは皆が起きてきたら、串焼きにした熊肉を焼くだけだ。
朝食の準備をしている内に、朝日がすっかり顔をだして周りを明るく照らしている。
今朝の太陽に向かって、大きく伸びをした。
* * *
「おお、こりゃあ朝から豪勢だな!」
並べられた料理を見て、二人の顔が嬉しそうに綻んだ。そんな顔を見ると、張り切って支度した甲斐があったと、嬉しい気分になる。
二人はさっそく串焼き肉にかぶり付いた。
「これは何の肉だ?」
「サンドベアです」
そう答えると、ロイさんは不思議そうな顔をした。
「今朝狩ってきたわけじゃないよな?」
「はい。以前仲間と狩ったんです」
「なるほど。いい腕をしているな」
そう言うと、また串焼き肉に大口でかぶり付く。肉から溢れた肉汁が口元を汚すと、ロイさんは手の甲で豪快に拭った。
「これは干し野菜じゃないんだな」
スープをフォークでかき混ぜながら、フットさんが驚いたように言う。
「はい。生の野菜を使う方が、味も食感もいいですしね」
フットさんは、カップのスープをぐいっと飲むと、はーっと満足そうに息を吐いた。
朝の食事で使った道具や食器を洗ってマジックバッグに仕舞いこむ。その間、二人はあっちで焚火の跡を片づけながら、何やら話をしている。
「クゥ」
クーが珍しく低い声で鳴いた。どうかしたんだろうか?
その時、右肩に衝撃を感じた。驚く間もなく、視界が地に落ちていく。
「うわっ」
転んだんじゃない。誰かが僕の肩を掴んで地面に抑えつけている。
「ラウル、そのマジックバッグを寄越しな」
耳元でフットさんの声がする。
その声の向こうで、グルグルとクーが威嚇をする声も聞こえる。顔をあげてそちらを見ると、クーに向けてロイさんが剣を構えている。
「大人しくしてろよ」
フットさんは片手で僕の肩を抑えたまま、僕の肩掛けのマジックバッグにもう片方の手を伸ばす。
「ダ、ダメです。これは、僕の大事な――」
言葉の途中で、バッグが眩しいほどにに強く光った。
「うわっ!!」
光に驚いたのか、フットさんの手が僕の方から離れる。その隙に立ち上がって走り出した。
「クー! いまのうちに、逃げよう!」
「クゥ!」
クーも僕を追ってくる。
「ま、待て!!」
光に目が眩んだあの二人は、まだまともに動けない。今のうちだ。
何やら僕らに向かって叫ぶ声を置き去りにするように、精一杯走った。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
22
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる