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第六章
6-8 助ける理由
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正直、ちょっと…… いや、かなり気分が悪かった。
今日の冒険者が死なずに済んだのは、殆どが運だろう。偶然僕らが居合わせたから、助けることができた。それだけだ。
以前潜ったダンジョンの受付をしていたおじさん冒険者、トビーさんが、あの時に僕を心配してくれたのは、あれが理由だろう。
「ラウルの機嫌が悪いのは珍しいな」
ヴィーさんが僕に向けて言うと、続けてジャウマさんも口を開いた。
「今日のことを怒ってるんだろう。気にするな、と言っても無理だろうな。でも無駄な厄介ごとにわざわざ首を突っ込む必要はない」
その言葉に耳を疑った。
「え? 無駄って……」
「俺たちは別に正義の味方をしている訳ではないんだ。本当なら、俺たちにあいつらを救う義理はない」
「え……」
ジャウマさんたちは、いつも町やギルドの依頼で恐ろしい魔獣を退治して、皆を助けているじゃないか。それなのに、なんでそんなことを言うんだ?
「で、でも…… あの時、二人とも助けにいったじゃないですか」
「ラウルが飛び出そうとしたからだ。でもお前を行かせても無駄に怪我をするだけだ。だから俺たちが行った。ただそれだけだ」
じゃあ、あの時の二人の行動は、あの人を救おうとした訳じゃなかったってこと……なのか?
「それに、このダンジョンに来ている奴らは、皆自分の為に来ているんだ。町の近くに人を食う魔獣が出たからだとか、旅人が魔獣に襲われたからだとか、そんな理由じゃない。ダンジョンの魔獣たちが恐ろしいのなら、ダンジョンから出てきた魔獣だけ討伐すればいいんだ。でも奴らはそうではなく、自らダンジョンに潜っている。あのDランクだって、その点は同じだ」
「まあ、冒険者が魔獣を狩るのは良くて、魔獣が冒険者を襲うのはいけねえなんて道理はねえよなぁ」
ジャウマさんだけでなく、ヴィーさんまでもが意地悪そうな笑いを見せながら言う。
確かにそれはその通りかもしれない。でも二人がそんなことを言うなんて……
「だから俺たちが好んでダンジョンに潜っている冒険者を助ける理由もなければ義理もない」
「で、でも…… それなら『黒い魔獣』を倒すのは理由があるんですか?」
「あの『黒い魔力』が、アリアに必要だからだ。あれは元々アリアの物なんだ」
アリアちゃんの?
『黒い魔獣』を倒すとき、アリアちゃんがあの『黒い魔力』を吸い込む姿を、僕は見ている。てっきり、あれはアリアちゃんが浄化か何かをしているのだと思っていた。
でもそうじゃないのなら、あの『黒い魔力』がアリアちゃんの物だということは、アリアちゃんはいったい……
「あれが無ければ、アリアは死ぬ。そして俺たちもだ」
え……?
「ジャウマ、そこまでだ。お嬢がいない時にそんな話をするのはフェアじゃねえ」
珍しくヴィーさんがジャウマさんを諫める。その言葉に、ジャウマさんはああと短く応えた。
「ともかく、余計なことをして俺らに何かがあれば、アリアが泣くどころじゃ済まねえ。俺らがここに来た目的も、他のヤツらを助けることじゃねえ。自分を鍛える為だ。そこを勘違いするなってことだ」
そのまま、明日も早いからと促されてベッドに潜り込んだ。
納得をしたわけじゃあないし、理解したわけでもない。なんだかすっきりしない気持ちを抱えながらも、眠りについた。
* * *
「もしよろしければ、ですが、新しい方のダンジョンの依頼を受けていただけませんか?」
今までと同じように中位ランク向けダンジョンの調査依頼の依頼票を受付に出すと、窓口のおねえさんからそんな打診があった。
「新しいダンジョンが思ったよりも深いようで、調査が難航しているんです。お二人はAランクですし…… ああ、彼には無理はさせられませんが」
そう言って、最後はちらりと僕の方を見る。
ああ確かに、その話に僕の存在は邪魔なんだろう。これがもしも、Aランク二人だけのパーティーだったら、何の制限もなく新しいダンジョンに行っているだろうし。僕が二人の足を引っ張ってると、受付のおねえさんに思われるのは仕方ない。
でも…… 二人には僕に付き合わせてばかりで、申し訳ないと思う気持ちも、僕の中にある。
「別に俺らは調査をしに来たわけじゃないしなぁ」
ヴィーさんはそう言って、持ってきた中位の依頼票の受付を進めるように促した。
「あ、あの…… 低ランク冒険者でも、上位ランク冒険者の付き添いと教官クラスの方の許可があれば、上位のダンジョンに入れる仕組みがあるって聞いたんですけど」
連日、中位ランクのダンジョンに通う僕らを見掛けて、例のダンジョン受付のトビーさんが教えてくれた。必要なのは高ランク冒険者2名以上の同行、そして教官資格を持つ者の許可だそうだ。
「確かにお二人はAランクですので、メンバーとしては条件を満たしています。でも教官資格を持つ方の許可は貰えるんですか?」
「もしかして、これでしょうか?」
受付のおねえさんに封書を渡す。これもトビーさんがそのうち役に立つと言って僕に渡してくれたものだ。
受付のおねえさんは、僕が取り出した封筒から紙を取り出し、じっと上から下まで眺める。そして、ふぅと息を吐いてから言った。
「確かにこれは、元Sランク冒険者で当ギルドの教官を務めているトビーさんの許可証です。これで彼も一緒に新しいダンジョンに入ることができます。ギルドとしては、Aランク冒険者のお二人にはこの依頼を受けてほしいと思っているのですが」
その頭数に僕が入らないのは仕方ない。その言い方がちょっと気に障ったけれど、ぐっと堪えた。
「ぼ、僕、その新しいダンジョンを見てみたいです。あと、お二人の戦い方を見せてほしいです」
少し持ち上げるように言ってみると、ヴィーさんがまんざらでもないような顔をした。
「ったく、しゃーねえなー」
そう言って、わしゃわしゃと僕の頭を撫でる。その気になってくれたみたいだ。
そんな僕らを見て、受付のおねえさんが新しい依頼書を差し出す。そこにリーダーであるジャウマさんがサインを入れた。
今日の冒険者が死なずに済んだのは、殆どが運だろう。偶然僕らが居合わせたから、助けることができた。それだけだ。
以前潜ったダンジョンの受付をしていたおじさん冒険者、トビーさんが、あの時に僕を心配してくれたのは、あれが理由だろう。
「ラウルの機嫌が悪いのは珍しいな」
ヴィーさんが僕に向けて言うと、続けてジャウマさんも口を開いた。
「今日のことを怒ってるんだろう。気にするな、と言っても無理だろうな。でも無駄な厄介ごとにわざわざ首を突っ込む必要はない」
その言葉に耳を疑った。
「え? 無駄って……」
「俺たちは別に正義の味方をしている訳ではないんだ。本当なら、俺たちにあいつらを救う義理はない」
「え……」
ジャウマさんたちは、いつも町やギルドの依頼で恐ろしい魔獣を退治して、皆を助けているじゃないか。それなのに、なんでそんなことを言うんだ?
「で、でも…… あの時、二人とも助けにいったじゃないですか」
「ラウルが飛び出そうとしたからだ。でもお前を行かせても無駄に怪我をするだけだ。だから俺たちが行った。ただそれだけだ」
じゃあ、あの時の二人の行動は、あの人を救おうとした訳じゃなかったってこと……なのか?
「それに、このダンジョンに来ている奴らは、皆自分の為に来ているんだ。町の近くに人を食う魔獣が出たからだとか、旅人が魔獣に襲われたからだとか、そんな理由じゃない。ダンジョンの魔獣たちが恐ろしいのなら、ダンジョンから出てきた魔獣だけ討伐すればいいんだ。でも奴らはそうではなく、自らダンジョンに潜っている。あのDランクだって、その点は同じだ」
「まあ、冒険者が魔獣を狩るのは良くて、魔獣が冒険者を襲うのはいけねえなんて道理はねえよなぁ」
ジャウマさんだけでなく、ヴィーさんまでもが意地悪そうな笑いを見せながら言う。
確かにそれはその通りかもしれない。でも二人がそんなことを言うなんて……
「だから俺たちが好んでダンジョンに潜っている冒険者を助ける理由もなければ義理もない」
「で、でも…… それなら『黒い魔獣』を倒すのは理由があるんですか?」
「あの『黒い魔力』が、アリアに必要だからだ。あれは元々アリアの物なんだ」
アリアちゃんの?
『黒い魔獣』を倒すとき、アリアちゃんがあの『黒い魔力』を吸い込む姿を、僕は見ている。てっきり、あれはアリアちゃんが浄化か何かをしているのだと思っていた。
でもそうじゃないのなら、あの『黒い魔力』がアリアちゃんの物だということは、アリアちゃんはいったい……
「あれが無ければ、アリアは死ぬ。そして俺たちもだ」
え……?
「ジャウマ、そこまでだ。お嬢がいない時にそんな話をするのはフェアじゃねえ」
珍しくヴィーさんがジャウマさんを諫める。その言葉に、ジャウマさんはああと短く応えた。
「ともかく、余計なことをして俺らに何かがあれば、アリアが泣くどころじゃ済まねえ。俺らがここに来た目的も、他のヤツらを助けることじゃねえ。自分を鍛える為だ。そこを勘違いするなってことだ」
そのまま、明日も早いからと促されてベッドに潜り込んだ。
納得をしたわけじゃあないし、理解したわけでもない。なんだかすっきりしない気持ちを抱えながらも、眠りについた。
* * *
「もしよろしければ、ですが、新しい方のダンジョンの依頼を受けていただけませんか?」
今までと同じように中位ランク向けダンジョンの調査依頼の依頼票を受付に出すと、窓口のおねえさんからそんな打診があった。
「新しいダンジョンが思ったよりも深いようで、調査が難航しているんです。お二人はAランクですし…… ああ、彼には無理はさせられませんが」
そう言って、最後はちらりと僕の方を見る。
ああ確かに、その話に僕の存在は邪魔なんだろう。これがもしも、Aランク二人だけのパーティーだったら、何の制限もなく新しいダンジョンに行っているだろうし。僕が二人の足を引っ張ってると、受付のおねえさんに思われるのは仕方ない。
でも…… 二人には僕に付き合わせてばかりで、申し訳ないと思う気持ちも、僕の中にある。
「別に俺らは調査をしに来たわけじゃないしなぁ」
ヴィーさんはそう言って、持ってきた中位の依頼票の受付を進めるように促した。
「あ、あの…… 低ランク冒険者でも、上位ランク冒険者の付き添いと教官クラスの方の許可があれば、上位のダンジョンに入れる仕組みがあるって聞いたんですけど」
連日、中位ランクのダンジョンに通う僕らを見掛けて、例のダンジョン受付のトビーさんが教えてくれた。必要なのは高ランク冒険者2名以上の同行、そして教官資格を持つ者の許可だそうだ。
「確かにお二人はAランクですので、メンバーとしては条件を満たしています。でも教官資格を持つ方の許可は貰えるんですか?」
「もしかして、これでしょうか?」
受付のおねえさんに封書を渡す。これもトビーさんがそのうち役に立つと言って僕に渡してくれたものだ。
受付のおねえさんは、僕が取り出した封筒から紙を取り出し、じっと上から下まで眺める。そして、ふぅと息を吐いてから言った。
「確かにこれは、元Sランク冒険者で当ギルドの教官を務めているトビーさんの許可証です。これで彼も一緒に新しいダンジョンに入ることができます。ギルドとしては、Aランク冒険者のお二人にはこの依頼を受けてほしいと思っているのですが」
その頭数に僕が入らないのは仕方ない。その言い方がちょっと気に障ったけれど、ぐっと堪えた。
「ぼ、僕、その新しいダンジョンを見てみたいです。あと、お二人の戦い方を見せてほしいです」
少し持ち上げるように言ってみると、ヴィーさんがまんざらでもないような顔をした。
「ったく、しゃーねえなー」
そう言って、わしゃわしゃと僕の頭を撫でる。その気になってくれたみたいだ。
そんな僕らを見て、受付のおねえさんが新しい依頼書を差し出す。そこにリーダーであるジャウマさんがサインを入れた。
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