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第六章
6-6 父親
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そうと決まったのなら、この目の前のコカトリスを食べてみたい。
どうせなら男らしく豪快に食べてみようと、ヴィーさんの真似をして足の部分をぐっと掴んで引き剥がした。手が汚れたけれど、これくらいは気にしちゃいけない。そのまま口元に持っていき、大口を開けてかぶりついた。
最初に毒消し草の、ちょっとだけ薬みたいな香りが鼻に入ってきた。でもこの香りはすぐにソースに使われているスパイスの香りで上書きされる。
肉質は少ししまっている感じで、噛み応えがあるけれど、固いわけじゃない。
弾力のある肉を食い千切ると、甘辛いソースと肉の旨味を含んだ脂が口の中に広がっていった。
「ふわあーー 美味しいですね。コカトリスってこんな味なんだ……」
「なかなかだろう?」
手羽の肉を齧りながら、ジャウマさんが言った。でも……
「でも…… アリアちゃんもセリオンさんも居ないのに、僕らだけでこんな贅沢をしていいのかなあ?」
「何言ってるんだ? 働きには正当な報酬があるべきだろう?」
ヴィーさんはそう言うけれど、城で留守番してくれているセリオンさんだって、ちゃんと働いていると思う。
「まあ、今日は特別だ。明日はアリアとセリオンに土産を持って帰れるように頑張ろう」
「はい、頑張ります!」
うん、できることなら、このコカトリスの丸焼きを土産に持って帰ってあげたい。
もも肉を小さな口で一生懸命頬張って、笑顔になるアリアちゃんの姿が、僕の頭に浮かんだ。
そういえば……
「あの、昼に言っていた…… アリアちゃんが望んでいるって…… 何か理由があるんでしょうか?」
「あーー」
僕の質問に、ヴィーさんが言いにくそうに眉根を寄せる。
「アリアにはアリアなりの理由があるんだ。俺らから話せるようなことじゃない」
ヴィーさんはそう言って、ジャウマさんを強めに小突いた。
「ああ、すまない。そのうちアリアから聞けるだろう」
正直、気にはなる。でもそんな風に言われてしまったら、これ以上はとても聞けやしない。
「まあ、今は聞かなかったことにしておいてくれ。下手したらアリアに嫌われちまう」
ヴィーさんがそう言うのがなんだか滑稽に感じた。普段のアリアちゃんと3人を見ていて、そんな風には全く思えない。
「アリアちゃんが嫌うなんて、そんなことあり得ないでしょう」
「いやー、女の子の扱いは結構難しいもんだぞ」
「それにアリアがパパと慕ってくれていても、俺たちは本当の父親ではないからなあ」
そうだ。ジャウマさん、ヴィジェスさん、セリオンさんの3人がパパと呼ばれるのは、アリアちゃんを卵――と呼んでいる魔導具――から孵したからだと、僕は聞いた。血が繋がっているからじゃない。
でもなんとなく、理由はそれだけじゃない気もしている。
「女の子の扱いどころか、俺とセリオンには今まで子育ての経験すらねえからな」
ヴィーさんがハハハと笑って言った。
って、あれ……?
「ヴィーさんとセリオンさんにはないってことは…… ジャウマさんには子育ての経験があるんですか?」
ジャウマさんは、口をつけていたジョッキをテーブルに置いてから、僕の方を見た。
「ああ。といっても、随分と昔の話だ。覚えてもいない」
え、えええええーーー!!!
「お子さんがいるってことは、結婚もされているんですよね!?」
「昔の話だと言ったろう?」
「昔って…… じゃあ、奥さんとお子さんは……」
「もうとっくに死んでいる」
「え……」
ジャウマさんの一言に、言葉が止まった。
僕はもしかしたら、ジャウマさんに無神経なことを言ってしまったんじゃないか……
「あー、ラウル。勘違いするんじゃねえ。別に事故とか病気とかそういうんじゃねえ。多分寿命だ」
そう言って、ヴィーさんが僕の背中をバンバンと叩く。
あ、ああそうだ。セリオンさんが、アリアちゃんやジャウマさんたちと出会ったのは、もう50年近く前だったと聞いた。その頃には、ジャウマさんたちはとっくにアリアちゃんと一緒に居たのだと。それなら当然のように、二人はセリオンさんより歳は上なのだろう。
「いったい、どのくらい……あ、いや」
つい口から出た言葉を途中で止めた。そんなことを聞いてもいいんだろうか。
でも途中までの僕の言葉に、ジャウマさんは口元に手を当てて少しの間考え込んだ。
「すまない。どのくらい前か覚えていない」
「俺がジャウマに会ったのが100年前とかそこらだからなぁ…… だから、少なくともそれよりも前だろう?」
「ああそれに、その前はしばらく眠っていたからな。どのくらい経ったのか、わからないしもう覚えてもいない。だから俺の家族はもう生きてはいない。ずっと先の孫とかならいるかもしれないが」
「家族と…… 離れて、悲しくなかったんですか?」
「そりゃあ悲しかったさ。でもアリアと出会わなかったら俺は死んでいたからな」
ジャウマさんはなんともないような顔でそう言う。僕に気にするなと言うように笑ってみせてから、手にしたジョッキのエールを呷った。
* * *
この町では、余所から来た冒険者の為の宿があちこちにあるのだそうだ。僕らが選んだのは、大通りから少し入った場所にある安宿だった。
4人分のベッドだけがある、こぢんまりした部屋に荷物を置くと、二人はもう少し飲んでくると言って、また宿を出ていった。
僕だけ残った部屋でベッドに体を投げ出す。
天井の板の目をぼんやりと眺めながら、さっき聞かせてもらったジャウマさんの昔話を思い出す。
アリアちゃんと出会う前には、冒険者パーティーのリーダーをしていたこと。
何がきっかけだったか、新しいダンジョンに挑むことになり、そのダンジョンで、自分以外の全ての仲間が命を落としたこと……
詳細はもう覚えてもいないのに、全ての仲間を失った時の、してもしきれぬ後悔、ただ己にぶつけた怒り。そんなことばかりが記憶の奥底に残っているんだと、ジャウマさんは語った。
その話の間ずっと、ジャウマさんが淡々と言葉を零していたことが、余計に僕の心に染みた。
どうせなら男らしく豪快に食べてみようと、ヴィーさんの真似をして足の部分をぐっと掴んで引き剥がした。手が汚れたけれど、これくらいは気にしちゃいけない。そのまま口元に持っていき、大口を開けてかぶりついた。
最初に毒消し草の、ちょっとだけ薬みたいな香りが鼻に入ってきた。でもこの香りはすぐにソースに使われているスパイスの香りで上書きされる。
肉質は少ししまっている感じで、噛み応えがあるけれど、固いわけじゃない。
弾力のある肉を食い千切ると、甘辛いソースと肉の旨味を含んだ脂が口の中に広がっていった。
「ふわあーー 美味しいですね。コカトリスってこんな味なんだ……」
「なかなかだろう?」
手羽の肉を齧りながら、ジャウマさんが言った。でも……
「でも…… アリアちゃんもセリオンさんも居ないのに、僕らだけでこんな贅沢をしていいのかなあ?」
「何言ってるんだ? 働きには正当な報酬があるべきだろう?」
ヴィーさんはそう言うけれど、城で留守番してくれているセリオンさんだって、ちゃんと働いていると思う。
「まあ、今日は特別だ。明日はアリアとセリオンに土産を持って帰れるように頑張ろう」
「はい、頑張ります!」
うん、できることなら、このコカトリスの丸焼きを土産に持って帰ってあげたい。
もも肉を小さな口で一生懸命頬張って、笑顔になるアリアちゃんの姿が、僕の頭に浮かんだ。
そういえば……
「あの、昼に言っていた…… アリアちゃんが望んでいるって…… 何か理由があるんでしょうか?」
「あーー」
僕の質問に、ヴィーさんが言いにくそうに眉根を寄せる。
「アリアにはアリアなりの理由があるんだ。俺らから話せるようなことじゃない」
ヴィーさんはそう言って、ジャウマさんを強めに小突いた。
「ああ、すまない。そのうちアリアから聞けるだろう」
正直、気にはなる。でもそんな風に言われてしまったら、これ以上はとても聞けやしない。
「まあ、今は聞かなかったことにしておいてくれ。下手したらアリアに嫌われちまう」
ヴィーさんがそう言うのがなんだか滑稽に感じた。普段のアリアちゃんと3人を見ていて、そんな風には全く思えない。
「アリアちゃんが嫌うなんて、そんなことあり得ないでしょう」
「いやー、女の子の扱いは結構難しいもんだぞ」
「それにアリアがパパと慕ってくれていても、俺たちは本当の父親ではないからなあ」
そうだ。ジャウマさん、ヴィジェスさん、セリオンさんの3人がパパと呼ばれるのは、アリアちゃんを卵――と呼んでいる魔導具――から孵したからだと、僕は聞いた。血が繋がっているからじゃない。
でもなんとなく、理由はそれだけじゃない気もしている。
「女の子の扱いどころか、俺とセリオンには今まで子育ての経験すらねえからな」
ヴィーさんがハハハと笑って言った。
って、あれ……?
「ヴィーさんとセリオンさんにはないってことは…… ジャウマさんには子育ての経験があるんですか?」
ジャウマさんは、口をつけていたジョッキをテーブルに置いてから、僕の方を見た。
「ああ。といっても、随分と昔の話だ。覚えてもいない」
え、えええええーーー!!!
「お子さんがいるってことは、結婚もされているんですよね!?」
「昔の話だと言ったろう?」
「昔って…… じゃあ、奥さんとお子さんは……」
「もうとっくに死んでいる」
「え……」
ジャウマさんの一言に、言葉が止まった。
僕はもしかしたら、ジャウマさんに無神経なことを言ってしまったんじゃないか……
「あー、ラウル。勘違いするんじゃねえ。別に事故とか病気とかそういうんじゃねえ。多分寿命だ」
そう言って、ヴィーさんが僕の背中をバンバンと叩く。
あ、ああそうだ。セリオンさんが、アリアちゃんやジャウマさんたちと出会ったのは、もう50年近く前だったと聞いた。その頃には、ジャウマさんたちはとっくにアリアちゃんと一緒に居たのだと。それなら当然のように、二人はセリオンさんより歳は上なのだろう。
「いったい、どのくらい……あ、いや」
つい口から出た言葉を途中で止めた。そんなことを聞いてもいいんだろうか。
でも途中までの僕の言葉に、ジャウマさんは口元に手を当てて少しの間考え込んだ。
「すまない。どのくらい前か覚えていない」
「俺がジャウマに会ったのが100年前とかそこらだからなぁ…… だから、少なくともそれよりも前だろう?」
「ああそれに、その前はしばらく眠っていたからな。どのくらい経ったのか、わからないしもう覚えてもいない。だから俺の家族はもう生きてはいない。ずっと先の孫とかならいるかもしれないが」
「家族と…… 離れて、悲しくなかったんですか?」
「そりゃあ悲しかったさ。でもアリアと出会わなかったら俺は死んでいたからな」
ジャウマさんはなんともないような顔でそう言う。僕に気にするなと言うように笑ってみせてから、手にしたジョッキのエールを呷った。
* * *
この町では、余所から来た冒険者の為の宿があちこちにあるのだそうだ。僕らが選んだのは、大通りから少し入った場所にある安宿だった。
4人分のベッドだけがある、こぢんまりした部屋に荷物を置くと、二人はもう少し飲んでくると言って、また宿を出ていった。
僕だけ残った部屋でベッドに体を投げ出す。
天井の板の目をぼんやりと眺めながら、さっき聞かせてもらったジャウマさんの昔話を思い出す。
アリアちゃんと出会う前には、冒険者パーティーのリーダーをしていたこと。
何がきっかけだったか、新しいダンジョンに挑むことになり、そのダンジョンで、自分以外の全ての仲間が命を落としたこと……
詳細はもう覚えてもいないのに、全ての仲間を失った時の、してもしきれぬ後悔、ただ己にぶつけた怒り。そんなことばかりが記憶の奥底に残っているんだと、ジャウマさんは語った。
その話の間ずっと、ジャウマさんが淡々と言葉を零していたことが、余計に僕の心に染みた。
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