招かれざる獣たち~彼らとの出会いが少年の運命を変える。獣耳の少女と護り手たちの物語~

都鳥

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第五章

5-7 貴族の権力

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 夫人の館を出て、アリアちゃんたちの待っている町はずれの野営場所へと、ジャウマさん、ヴィーさんと連れ立って向かう。

 ヴィーさんは夫人の話を聞いていた時から、ずっと不満そうだった。今も面白くなさそうに、足元の石を蹴り飛ばしてボヤくように言った。
「俺らに拒否権はねえ。が、別に逃げちまってもいいんじゃねえか? 受ける義理もねえしなあ」
「でも、受けなかったら、僕らはどうなるんですか?」

 僕が尋ねると、ヴィーさんはうーーんと考えるようにしてから、また口を開いた。
「まあ、あの貴族様が権力を振りまわすようならば、何やら理由を付けてしょっ引かれて、悪けりゃ処刑、だろうなぁ」
「ええっ!? それじゃあ――」
「でも俺たちは人間じゃないからな」
 僕の言葉を遮るように、ジャウマさんが口を挟んだ。

 確かに、僕らは人間じゃない。そして獣人でもない。といっても、僕にはまだその自覚はあまりないんだけれど。
 今は人間の国にいるから、人間のルールに従う振りをしているだけなのだろう。でもこの国から出てしまえば、従う義理はない。ジャウマさんが言っているのは、多分そういうことだ。

「獣の姿になれば、逃げおおせられるもんな。まあ討伐隊なんか組まれたら、面倒ではあるけどなあ」
 くっくっくと、ヴィーさんが悪人のように笑った。
 ジャウマさんと違って、ヴィーさんが言うと何故か穏やかな風には聞こえないから不思議だ。


 ――!!!!

 その時、どこからか悲鳴に似たものが聞こえた気がした。いや、聞こえたんじゃない、感じた。

「ジャウ」
「ああ、アリアたちに何かあったな」
 ジャウマさんとヴィーさんも同じようで、顔を見合わせている。

「ラウル、急ぐぞ」
 ジャウマさんが僕に声を掛ける前に、もうヴィーさんは走り出している。続いて駆けだしたジャウマさんを見て、僕も慌てて二人を追った。

 * * *

 アリアちゃんたちが待っているはずの野営場所には、彼女たちの姿はなかった。

「なあ、ここに犬を連れた男の獣人と小さい女の子が来なかったか?」
 野営場所で食事の支度をしていた冒険者たちを捕まえ、ヴィーさんが尋ねると、相手の男は申し訳なさそうな顔をして答えた。

「あ、ああ。お前たちがあいつらの主人か? あの奴隷たちなら偉そうな連中が来て連れていった」
 そう言いながら、自分の所為じゃないと訴えるように首を横に振る。

「あの女の子、獣人だってことを隠してたんだろう? 連中があの子の帽子を取ったからバレちまってさ。獣人だって言いがかりをつけて殴るか何かしようとしたのを、男の獣人が止めていた」
「あーー、そりゃあ命拾いしたなぁ……」
 ヴィーさんがぽつりと言った。

「ああ、そのおかげで女の子の方は無事だった。でも男の方が連中に喧嘩けんかを売ろうとしててな。騒ぎになるんじゃねえかと冷や冷やしたんだが、しばらく話しているうちに大人しくなって、そいつらに馬車で連れて行かれたんだ」

 冒険者たちの話を聞いて、不安ばかりが募る。その僕の肩をぽんっと誰かが叩いた。
「大丈夫だ、セリオンもアリアも無事だ」
 顔を上げると、ヴィーさんがいつもより余計に怖い顔をしていた。これは怒っている。

「なあ、そいつらと一緒にいた犬はどうしたか知ってるか?」
 ジャウマさんが、冒険者の手に何かを握らせながら訊く。
「あ、ああ。あいつらの馬車を追っかけていったぞ」 
 そう言って指差した先を見る。東の方向だ。

「クーは利口な奴だ。アリアたちが連れていかれた場所が分かったら、教える為に戻ってくるだろう」
「もし、ア、アリアちゃんたちに何かあったら……」
 自分の言葉に、二人が傷つけられている光景を想像してしまい、涙がぽろぽろと零れる。

「少なくとも、まだ死んじゃいねえよ。ただの人間相手に二人が負けるはずはない。それに、もしアリアの身に何かがあったら、俺らにはそのことがわかる」
「え? そうなんですか?」
「ああ、でも早く迎えに行かないと、アリアがまた泣くな。行くぞ」

 * * *

 戻ってきた月牙狼ルナファングのクーの先導で、城下町の大通りを駆ける。
「さー、どうすんかな? ジャウ、暴れてもいいか?」
 まるで楽しそうな言い方をしているが、ヴィーさんの声は笑っていない。多分、あれからずっと怒っている。
 その所為か、いつもに増してヴィーさんの足が早い。足の遅い僕は、どんどんと皆から遅れていく。

「ヴィー、待て!」
 ジャウマさんの声で、ヴィーさんの足が止まると、ようやく皆に追いつくことができた。膝に両手をあててぜえぜえと息をする僕を、かたわらに来たクーが心配そうに見上げている。

「す、すみません…… ハァハァ…… 大丈夫、ですんで……先に行ってください」
 息を切らしながらなんとか話をする僕を、腕組みをしたヴィーさんが見下ろしている。
「そういう訳にゃいかねえよ。あの二人でさえ連れて行かれたんだ。お前なんか一人にしたらあっという間だろう。なあ、ジャウ」
 最後はジャウマさんの方に、何かを促す様に言った。

「ああ、そうだな。ラウル、ちょっと手を貸すぞ」
 ヴィーさんの言葉に応えたジャウマさんが、僕の肩に手を載せる。

 ドクンッ

 その途端、僕の心臓は大きく鳴った。
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