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第五章
5-3 人間の国
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僕らの旅は一つの場所に留まらない。
行く先を決めるのはアリアちゃんだ。彼女の希望に沿って、山も川も渡る。当然、国境も越える。その向かう先がどんな国だったとしても。
この国に入ってから、今までと違う点が二つある。
ひとつ。アリアちゃんが黒兎の耳を隠している。大きめの帽子に兎の耳を入れてしまえば、ただの人間の少女に見える。
普通の獣人ならば、そんなことをすれば耳が聞こえにくくなってしまうだろう。でも本当の獣人と違って、アリアちゃんには人の耳もある。しかもどちらの耳でも音を聞くことができるそうだ。
そういえば、この一行は僕も含めて獣人どころか人間ですらないのだ。人間の姿でもいられるし、半人半獣の姿にも、獣の姿にもなれる。当然、アリアちゃんもそうなのだろう。
「だって、うさぎちゃんの耳、かわいいでしょー?」
どうして人の耳もあるのに兎の耳を生やしているのかと尋ねた僕に、アリアちゃんはにっこりと笑ってそう答えた。
さらに、アリアちゃんは絶対に一人にしないようにと、きつく言い含められた。この国では、彼女のような幼い獣人は攫われやすいのだそうだ。奴隷として売られてしまうらしい。
もうひとつ。逆にセリオンさんは狐の耳と尾を出した。つまり狐の獣人のふりをしている。
この国では人間の支配力が強く、獣人への差別が酷いのだそうだ。アリアちゃんが耳を隠すのは、それが理由だと理解できた。でもそんな国で、セリオンさんが敢えて獣人のふりをすることが理解できない。
しかもセリオンさんは着ている服を全て質素な物に着替えている。これじゃあ、僕らの仲間には見えない。まるで下働きの獣人を同行させているように見える。
さらにジャウマさんから、この国ではセリオンさんを偽名で呼ぶようにと言われた。
「リ、リオさん」
セリオンさんを偽名で呼んでみる。呼ばれた相手は、すぅとその細い眼をさらに細めた眼で僕の方をみた。
「ラウルくん、君は慣れていなくて呼びにくいだろうから、名前では呼ばなくていい」
「ええっ、じゃあ、どう呼べば……」
「どのみちこの国では獣人の身分は低い。呼ぶときには、おいとかお前とか言えば、その方が自然に聞こえるだろう」
って、僕がセリオンさんにそんな呼び方ができるのか……? いや、そうしきゃいけないんだ。でも……
「ラウルくんには荷が重かったな。まあ、おいおい本名さえ呼ばずにいてくれればいい」
迷っている僕に向けて、セリオンさんがほんの少し笑いながら言った。
ここまでくれば流石にわかる。セリオンさんは、正体を隠したいんだろう。
「わかりました。でも――」
何故そんなことをするのかと、訊こうとして言葉を留めた。セリオンさんの、個人的でおそらく複雑な事情を、僕が尋ねても良いんだろうか?
言いかけて止めたことで、でもセリオンさんには悟られていたらしい。
「この国は私の生まれた国なんだよ」
そう、ぽつりと言った。
故郷……
そうだ、僕にも故郷があるように、セリオンさんにも他の二人にも、当然アリアちゃんにも故郷があるはずだ。
その故郷を離れてこうして『黒い魔獣』を倒す旅をしているけれど、『黒い魔獣』の居る場所がその故郷だってこともあるだろう。僕の故郷の『悪魔の森』のように。
でも生まれ故郷だからと言って、帰りたい場所であったり、会いたい人がいたりするとは限らない。 ……セリオンさんが正体を隠すということは、会いたくない人がいるんだろう。
「ああ、そうだ。ラウル」
思い出したように、ジャウマさんが僕に声をかけた。
「この国にいる間は自炊の機会が増える。町にいる間は、メシはできるだけ買ってくるようにするが、作ってもらうこともあると思うのでその時には頼む」
「ラウルおにいちゃんのおりょーり!」
「はい、わかりました。でも何か理由があるんですか?」
僕とジャウマさんの間で、アリアちゃんの耳が嬉しそうに跳ねた。
旅の最中の食事は、携帯食料に頼るか自炊するかの選択になる。
有難いことに、僕ら一行にはアリアちゃんが作ってくれたマジックバッグがあるし、ジャウマさんたち3人が積極的に狩りをしてくれるので、肉に困ることはまずない。むしろ、肉が無いとヴィーさんとジャウマさんから不満がでる。3人が狩ってきた肉に、僕が道中に見つけた食べられる野草や果実、ハーブなんかを合わせれば、それなりに満足度の高い食事が用意できる。
とはいえどうしても自炊だと毎回似たようなメニューや味付けになりがちなので、町に立ち寄った時には、できるだけ店で食べるか買うようにしていた。
今までなら、町中で自炊していたことは殆どない。
僕の表情を見て、ジャウマさんは親指で後ろにいるセリオンさんを指差した。
「一行に獣人が居ると、入れる店や宿は殆ど無いんだ。この国では獣人は奴隷と同じ扱いだからな」
確かに、セリオンさんも獣人の身分は低いと言っていた。でも無条件でそれほどの差別を受けるだなんて……
「そこまでしてこの国を巡らないといけないんですか?」
「ああ、あのワームは『黒い魔獣』じゃなかったからな。でもこの国のどこかに『黒い魔獣』がいる。俺たちはそれを探し出さなくてはいけない」
僕の言葉に、ジャウマさんが答えた。
行く先を決めるのはアリアちゃんだ。彼女の希望に沿って、山も川も渡る。当然、国境も越える。その向かう先がどんな国だったとしても。
この国に入ってから、今までと違う点が二つある。
ひとつ。アリアちゃんが黒兎の耳を隠している。大きめの帽子に兎の耳を入れてしまえば、ただの人間の少女に見える。
普通の獣人ならば、そんなことをすれば耳が聞こえにくくなってしまうだろう。でも本当の獣人と違って、アリアちゃんには人の耳もある。しかもどちらの耳でも音を聞くことができるそうだ。
そういえば、この一行は僕も含めて獣人どころか人間ですらないのだ。人間の姿でもいられるし、半人半獣の姿にも、獣の姿にもなれる。当然、アリアちゃんもそうなのだろう。
「だって、うさぎちゃんの耳、かわいいでしょー?」
どうして人の耳もあるのに兎の耳を生やしているのかと尋ねた僕に、アリアちゃんはにっこりと笑ってそう答えた。
さらに、アリアちゃんは絶対に一人にしないようにと、きつく言い含められた。この国では、彼女のような幼い獣人は攫われやすいのだそうだ。奴隷として売られてしまうらしい。
もうひとつ。逆にセリオンさんは狐の耳と尾を出した。つまり狐の獣人のふりをしている。
この国では人間の支配力が強く、獣人への差別が酷いのだそうだ。アリアちゃんが耳を隠すのは、それが理由だと理解できた。でもそんな国で、セリオンさんが敢えて獣人のふりをすることが理解できない。
しかもセリオンさんは着ている服を全て質素な物に着替えている。これじゃあ、僕らの仲間には見えない。まるで下働きの獣人を同行させているように見える。
さらにジャウマさんから、この国ではセリオンさんを偽名で呼ぶようにと言われた。
「リ、リオさん」
セリオンさんを偽名で呼んでみる。呼ばれた相手は、すぅとその細い眼をさらに細めた眼で僕の方をみた。
「ラウルくん、君は慣れていなくて呼びにくいだろうから、名前では呼ばなくていい」
「ええっ、じゃあ、どう呼べば……」
「どのみちこの国では獣人の身分は低い。呼ぶときには、おいとかお前とか言えば、その方が自然に聞こえるだろう」
って、僕がセリオンさんにそんな呼び方ができるのか……? いや、そうしきゃいけないんだ。でも……
「ラウルくんには荷が重かったな。まあ、おいおい本名さえ呼ばずにいてくれればいい」
迷っている僕に向けて、セリオンさんがほんの少し笑いながら言った。
ここまでくれば流石にわかる。セリオンさんは、正体を隠したいんだろう。
「わかりました。でも――」
何故そんなことをするのかと、訊こうとして言葉を留めた。セリオンさんの、個人的でおそらく複雑な事情を、僕が尋ねても良いんだろうか?
言いかけて止めたことで、でもセリオンさんには悟られていたらしい。
「この国は私の生まれた国なんだよ」
そう、ぽつりと言った。
故郷……
そうだ、僕にも故郷があるように、セリオンさんにも他の二人にも、当然アリアちゃんにも故郷があるはずだ。
その故郷を離れてこうして『黒い魔獣』を倒す旅をしているけれど、『黒い魔獣』の居る場所がその故郷だってこともあるだろう。僕の故郷の『悪魔の森』のように。
でも生まれ故郷だからと言って、帰りたい場所であったり、会いたい人がいたりするとは限らない。 ……セリオンさんが正体を隠すということは、会いたくない人がいるんだろう。
「ああ、そうだ。ラウル」
思い出したように、ジャウマさんが僕に声をかけた。
「この国にいる間は自炊の機会が増える。町にいる間は、メシはできるだけ買ってくるようにするが、作ってもらうこともあると思うのでその時には頼む」
「ラウルおにいちゃんのおりょーり!」
「はい、わかりました。でも何か理由があるんですか?」
僕とジャウマさんの間で、アリアちゃんの耳が嬉しそうに跳ねた。
旅の最中の食事は、携帯食料に頼るか自炊するかの選択になる。
有難いことに、僕ら一行にはアリアちゃんが作ってくれたマジックバッグがあるし、ジャウマさんたち3人が積極的に狩りをしてくれるので、肉に困ることはまずない。むしろ、肉が無いとヴィーさんとジャウマさんから不満がでる。3人が狩ってきた肉に、僕が道中に見つけた食べられる野草や果実、ハーブなんかを合わせれば、それなりに満足度の高い食事が用意できる。
とはいえどうしても自炊だと毎回似たようなメニューや味付けになりがちなので、町に立ち寄った時には、できるだけ店で食べるか買うようにしていた。
今までなら、町中で自炊していたことは殆どない。
僕の表情を見て、ジャウマさんは親指で後ろにいるセリオンさんを指差した。
「一行に獣人が居ると、入れる店や宿は殆ど無いんだ。この国では獣人は奴隷と同じ扱いだからな」
確かに、セリオンさんも獣人の身分は低いと言っていた。でも無条件でそれほどの差別を受けるだなんて……
「そこまでしてこの国を巡らないといけないんですか?」
「ああ、あのワームは『黒い魔獣』じゃなかったからな。でもこの国のどこかに『黒い魔獣』がいる。俺たちはそれを探し出さなくてはいけない」
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