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第四章
4-5 特別な理由
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目一杯遊んで、目一杯笑顔になったアリアちゃんを連れて、依頼の完了報告の為に冒険者ギルドを訪れた。ちょうどジャウマさんたちも戻ったばかりだったようで、受付の列に並んでいた。
「セリパパ―」
いつものように、ギルドのテーブルで座って待っているセリオンさんに、アリアちゃんが駆け寄る。
「ラウルくんが遅い時間に戻るのは珍しいな。まあ、今日は出発が遅かったからな」
「今朝会った子供たちと公園で遊んでいたんです」
「楽しかったよー」
ご機嫌なアリアちゃんの頭をセリオンさんが優しく撫でる。
「アリア、私と一緒に先に宿に戻っていよう。ラウルくん、あの二人にも伝えておいてくれないか?」
そう言って、セリオンさんはアリアちゃんの手を取って席を立った。
「ジャウマさん、ヴィーさん。セリオンさんはアリアちゃんと先に宿に帰っているそうです」
そう二人に伝え、そのすぐ後ろに自分も並ぶ。二人から今日の討伐対象の魔獣の話を聞いているうちに、すぐに順番が回ってきて、さほどかからずに完了報告は終わった。
* * *
ジャウマさんヴィーさんと、クーも一緒に冒険者ギルドを出ると、町には夕方の涼しい風が訪れはじめていた。遠くの空を眺めると、やや赤みがかってきている。そう言えば、辺りの商店も少しずつ店仕舞いをしているようだ。
連れ立って宿に向かう途中、ジャウマさんを見上げて尋ねた。
「明日の朝に出発ですか?」
「いや、もう一日この町で過ごそう」
それを聞いてちょっと不思議に思った。
アリアちゃんが『黒い魔獣』の気配を感じたのでなければ、この町は通過点でしかない。様子見と旅の資金集めを兼ねて、一日は滞在することはあったけれど、それが理由なく二日以上になったことはない。
ということは、何か理由があると言うことだ。
「昨日、金を出してしまったからな。もう少し稼いでおきたい。それに、もしかしたらヴィーがもう一度セリオンに『用事』を頼むかもしれない」
そう言って、視線でヴィーさんの方を差し示す。名前を出されたヴィーさんは面白くなさそうな顔をした。
「あの孤児院、ですか? 何か特別な理由とか、あるんでしょうか?」
つい勢いで、素直な疑問が口から出た。でもヴィーさんの口がさらにへの字に歪んだのを見て、余計なことを聞いたかと心配になった。
「んーー…… 別に特別ってわけじゃあねえんだけどさ…… なんだかほっとけなくてなあ……」
ヴィーさんは、とても言い難そうな、でも照れくさそうな、そんな複雑そうな顔をする。そして、もう一度僕の顔を見ると、ヴィーさんはふーーっと軽く息を吐いた。
「子供たちの様子はどうだったか?」
その言葉で、セリオンさんに言われてたことを思い出した。
ヴィーさんに子供たちの様子を聞かれたら答えてほしいと、あれはこのことだろう。
「僕が見た感じ、僕の居た施設の子たちと変わりませんでしたが……」
「そうか、妙な様子のヤツとかはいなかったか?」
「妙な…… ですか? えっと、具体的にはどんな風に?」
そう尋ねた僕に、ヴィーさんは少し難しい顔をした。
「――親の無い子供たちは、幼いうちであればああやって孤児院で保護してもらえる。でも孤児院に入れたからといって必ず手厚く保護してもらえるわけでも、腹いっぱい食えるわけでもねぇ。孤児院にも、まあ色々とあるんだ」
……ヴィーさんが語ろうとしているのは、多分あの孤児院の子供たちの話じゃあない。でも彼が良く知っている孤児院の、彼が良く知っている子供の……いや、子供だった頃の話なんだろう。
「それでも裏路地で寝起きして、食い物を探してごみ箱を漁るよりは、住む場所があるだけマシなんだがな。でも今の居場所に不満を抱えちまうと、良くねえやつの言葉に耳を傾け易くなっちまう」
「言葉、ですか……?」
「ああ、暖かい布団で眠れるだとか、腹いっぱい食える、だとかな。俺に一番効いた言葉は、お前が立派に稼げるようになれば、弟たちにもっと食わせてやれるって言葉だった」
そう言うと、ふっと鼻で笑って僕の顔を見た。
「当たり前の言葉だろう? それを言ったのが真っ当なヤツだったらな」
――つまり、真っ当な相手ではなかったんだろう。
「見込みがある、とでも思われたんだろうな。俺はまんまとそいつらに付いて行った。そんで、皆のところへ二度と帰ることはできなかった」
何かを思い出すように目を細めたヴィーさんは、すぅと遠くに視線を向ける。
「でも俺は意気地なしでさあ。あいつらの仲間になることも出来なかったんだ」
その先はただ、ヴィーさんが話すのを黙って聞いていた。
しばらくの間は、ある集団の下っ端として働いて、不自由ない暮らしを手に入れて満足していたこと。
でも、兄貴分たちがいったいどんなことをして、生活が成り立っていたのかを知らなかったこと。
そのうちに、自分も一緒に『仕事』に連れて行ってもらえるようになったこと。
その時にはじめて、その『盗賊団』が何をしていたかを知ったのだと。
ヴィーさんは命じられたことが出来なくて私刑にあい、死んだと思われて川に流されたそうなのだ……
「冒険者になるだとか、どこかの家で下働きをするだとか、そうやって身を立てることを考えられりゃ良かったんだろうけどなぁ」
そう言ってヴィーさんは、まるで笑い話をしているように笑ってみせた。
「セリパパ―」
いつものように、ギルドのテーブルで座って待っているセリオンさんに、アリアちゃんが駆け寄る。
「ラウルくんが遅い時間に戻るのは珍しいな。まあ、今日は出発が遅かったからな」
「今朝会った子供たちと公園で遊んでいたんです」
「楽しかったよー」
ご機嫌なアリアちゃんの頭をセリオンさんが優しく撫でる。
「アリア、私と一緒に先に宿に戻っていよう。ラウルくん、あの二人にも伝えておいてくれないか?」
そう言って、セリオンさんはアリアちゃんの手を取って席を立った。
「ジャウマさん、ヴィーさん。セリオンさんはアリアちゃんと先に宿に帰っているそうです」
そう二人に伝え、そのすぐ後ろに自分も並ぶ。二人から今日の討伐対象の魔獣の話を聞いているうちに、すぐに順番が回ってきて、さほどかからずに完了報告は終わった。
* * *
ジャウマさんヴィーさんと、クーも一緒に冒険者ギルドを出ると、町には夕方の涼しい風が訪れはじめていた。遠くの空を眺めると、やや赤みがかってきている。そう言えば、辺りの商店も少しずつ店仕舞いをしているようだ。
連れ立って宿に向かう途中、ジャウマさんを見上げて尋ねた。
「明日の朝に出発ですか?」
「いや、もう一日この町で過ごそう」
それを聞いてちょっと不思議に思った。
アリアちゃんが『黒い魔獣』の気配を感じたのでなければ、この町は通過点でしかない。様子見と旅の資金集めを兼ねて、一日は滞在することはあったけれど、それが理由なく二日以上になったことはない。
ということは、何か理由があると言うことだ。
「昨日、金を出してしまったからな。もう少し稼いでおきたい。それに、もしかしたらヴィーがもう一度セリオンに『用事』を頼むかもしれない」
そう言って、視線でヴィーさんの方を差し示す。名前を出されたヴィーさんは面白くなさそうな顔をした。
「あの孤児院、ですか? 何か特別な理由とか、あるんでしょうか?」
つい勢いで、素直な疑問が口から出た。でもヴィーさんの口がさらにへの字に歪んだのを見て、余計なことを聞いたかと心配になった。
「んーー…… 別に特別ってわけじゃあねえんだけどさ…… なんだかほっとけなくてなあ……」
ヴィーさんは、とても言い難そうな、でも照れくさそうな、そんな複雑そうな顔をする。そして、もう一度僕の顔を見ると、ヴィーさんはふーーっと軽く息を吐いた。
「子供たちの様子はどうだったか?」
その言葉で、セリオンさんに言われてたことを思い出した。
ヴィーさんに子供たちの様子を聞かれたら答えてほしいと、あれはこのことだろう。
「僕が見た感じ、僕の居た施設の子たちと変わりませんでしたが……」
「そうか、妙な様子のヤツとかはいなかったか?」
「妙な…… ですか? えっと、具体的にはどんな風に?」
そう尋ねた僕に、ヴィーさんは少し難しい顔をした。
「――親の無い子供たちは、幼いうちであればああやって孤児院で保護してもらえる。でも孤児院に入れたからといって必ず手厚く保護してもらえるわけでも、腹いっぱい食えるわけでもねぇ。孤児院にも、まあ色々とあるんだ」
……ヴィーさんが語ろうとしているのは、多分あの孤児院の子供たちの話じゃあない。でも彼が良く知っている孤児院の、彼が良く知っている子供の……いや、子供だった頃の話なんだろう。
「それでも裏路地で寝起きして、食い物を探してごみ箱を漁るよりは、住む場所があるだけマシなんだがな。でも今の居場所に不満を抱えちまうと、良くねえやつの言葉に耳を傾け易くなっちまう」
「言葉、ですか……?」
「ああ、暖かい布団で眠れるだとか、腹いっぱい食える、だとかな。俺に一番効いた言葉は、お前が立派に稼げるようになれば、弟たちにもっと食わせてやれるって言葉だった」
そう言うと、ふっと鼻で笑って僕の顔を見た。
「当たり前の言葉だろう? それを言ったのが真っ当なヤツだったらな」
――つまり、真っ当な相手ではなかったんだろう。
「見込みがある、とでも思われたんだろうな。俺はまんまとそいつらに付いて行った。そんで、皆のところへ二度と帰ることはできなかった」
何かを思い出すように目を細めたヴィーさんは、すぅと遠くに視線を向ける。
「でも俺は意気地なしでさあ。あいつらの仲間になることも出来なかったんだ」
その先はただ、ヴィーさんが話すのを黙って聞いていた。
しばらくの間は、ある集団の下っ端として働いて、不自由ない暮らしを手に入れて満足していたこと。
でも、兄貴分たちがいったいどんなことをして、生活が成り立っていたのかを知らなかったこと。
そのうちに、自分も一緒に『仕事』に連れて行ってもらえるようになったこと。
その時にはじめて、その『盗賊団』が何をしていたかを知ったのだと。
ヴィーさんは命じられたことが出来なくて私刑にあい、死んだと思われて川に流されたそうなのだ……
「冒険者になるだとか、どこかの家で下働きをするだとか、そうやって身を立てることを考えられりゃ良かったんだろうけどなぁ」
そう言ってヴィーさんは、まるで笑い話をしているように笑ってみせた。
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