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第三章

3-2 頼まれごとを引き受ける

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 横から話を聞いている限りでは、その『月牙狼ルナファング』の特殊個体も他の高ランク依頼も、この3人の実力なら問題ないんだろうなぁ。それだけ、この3人は強い。

「ふむ……」
 ギルド長の言葉に、ジャウマさんは考え込むように口元に手を当てる。
 ジャウマさんたちが『冒険者』として活動をするのは、『黒い魔獣』がそこに居るだろうと当たりを付けた時だけで、それ以外には余計なことに手は出さない。それを決めるのもアリアちゃんなのだそうだ。

 ジャウマさんが、隣に座る兎耳の少女に尋ねる。
「アリア、どうする?」
「んー? 私、ケーキが食べたいーー」
 アリアちゃんが、満面の笑みでニッコリと微笑む。って、そういうことを聞かれたんじゃないと思うんだけど……

「あ、ああ。ケーキなんかで良ければ、後で買ってこさせよう」
「本当!? わああああいいい」
 ギルド長の言葉に、両手を上げて喜ぶアリアちゃんの頭をヴィーさんがガシガシとでる。
「決まりだな! アリア、よかったなーー!!」
 ええ?? そんなんでいいの??

「次の満月は10日後ですね」
「ああ。いつも通りなら、その日にヤツが現れる」
「わかりました。その10日後の晩までは、こちらの町に滞在しましょう」
 ジャウマさんは、改めてギルド長の方に向き直してそう告げた。


 時間が遅くなったびにと、ギルド長の部屋で夕食とケーキをご馳走ちそうになり、冒険者ギルドを後にした頃にはすっかり辺りは暗くなっていた。
 紹介してもらった宿で一番広い部屋に案内され、部屋で荷物を下ろした頃には、休むはずの時間をとっくに過ぎていた。
 僕とアリアちゃんは、そのまま雪崩なだれるようにベッドに入り、すぐに眠ってしまった。

 * * *

「アリア、ラウル、もう朝だぞ」
 ジャウマさんの大声で目が覚めた。疲れの所為せいと久しぶりのベッドのお陰でぐっすりと眠っていたらしい。
 声の大きさからすると、隣のベッドでまだ寝ているヴィーさんへの配慮はまるでないようだ。いや、あれはきっとヴィーさんにも聞かせるつもりなんだろう。

「ジャウパパ、おあよーー」
 アリアちゃんは寝起きでもご機嫌だ。でもその向こうで、のそりと起きだしたヴィーさんは、これ以上ないほどに不機嫌な顔をしていた。

「ジャウマ、てめえ朝からうるせぇ」
「うるさくないぞ、もうとっくに日は上がっているからな。お前も昨日は早く寝てただろう。そんな日くらい朝は早く起きたらどうだ?」
「俺はデリケートなんだから、もう少し寝かせろよ」

 デリケート……? いや、違うだろう。普段のヴィーさんを見ていると『デリケート』という言葉は全く似合わない。むしろセリオンさんの方が繊細せんさいそうだ。
 そのセリオンさんの姿は見当たらない。彼もジャウマさんも、いつも朝が早い。
「もうすぐセリオンも朝の散歩から帰ってくるだろうし、朝飯にしよう」
 ジャウマさんは、アリアちゃんを肩に抱き上げながらそう言った。

 * * *

 宿の一階にある食堂で、軽い朝食を頂きながら話をする。
「そう言えば、この町に10日も滞在することになって、良かったんですか?」
「ああ、いいんだ。別に急ぐ旅じゃあない」
「え?」
 ジャウマさんの返事に、心で首を傾げる。
 でも、毎日のように限界まで歩いていたじゃないか。少なくとも「のんびりと旅をしている」風には思えなかった。だから少し驚いた。

「今までもずっとずっと旅をしていたからな。今更10日ほど延びたところで大したことじゃあない。それにアリアが喜んでるしな」
 名前を呼ばれたアリアちゃんは、果物をほおばりながら嬉しそうに笑う。
「まあ、急ぐのなら獣の姿になれば良い」
 ジャウマさんに続けるように言ってから、セリオンさんはさじすくったスープを上品に口に運んだ。

 そうだ。3人とも大きな獣の姿になることが出来るし、その背に僕も乗せてもらったことがある。しかも普通サイズの獣の姿にもなれるのだし、それなら森に紛れて移動することもできるだろう。

「まー、ジャウは難しいけどな」
 アリアちゃんの大きなパンをちぎってあげながら、ヴィーさんが言う。
「そうなんですか?」
「大きさを小さく見せても、居るだけで討伐対象だからな。もっと小さくすると、今度は移動に問題が出る」
「小さくなると、ただのトカゲだしなあ」
 笑いながら言うヴィーさんを、ジャウマさんが強めに小突いた。

「それなら、歩いて旅をするよりも、獣になった方が楽なんじゃないんですか?」
 あんなに毎日ぐったりする程に歩くことはなかったんじゃないかと思い、ほんのちょっと不満な気持ちが胸の内でもやついた。

 それを聞いて、ジャウマさんとヴィーさんは、そろってこちらに視線を向けた。
「だってお前、強くなりてえんだろう?」
 へ?
「ああ、なんにせよ基礎体力はもっと付けないとな」
 うん? どういうことだろう?

 尋ねる先を探して皆の顔を見回すと、目が合ったセリオンさんが、ふぅと軽くため息をいてから、二人に向けて言った。
「だから、ちゃんと話をしろと、いつも言っているだろう」

 それから、今度は僕の方に顔を向けなおす。
「今回、徒歩で旅をしているのは、基礎体力作りを兼ねている。あと、ジャウマが色々と教えながら旅をしたいとも言っていたな」
「ああ、あの町から出るのははじめてと言っていたからな。知らぬ土地の歩き方や、野営のことも知っておいたほうがいいだろう?」

 そう、だったのか。
 確かに、徒歩の旅は大変ではあったけれど、日を重ねるごとに大分体力がついてきている。さらに今後も彼らと旅をするのだから、体力はもちろん、そういう知識も必要だろう。

「もしこれ以上に、体力づくりなり特訓なりしたければ、ジャウマに相談するといい」
 そう言うと、セリオンさんはテーブルの食事に視線を戻した。

 この3人は楽をしようと思えば、いくらでもできたはずだ。
 でも歩きで旅をしていたのは僕の為だったのに、それを不満に思っていたことが、ちょっと恥ずかしくなった。
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