上 下
17 / 135
第二章

2-6 湖に棲まう魔獣

しおりを挟む
 朝食の時間になってもヴィーさんが起きてこない。ジャウマさんが言うには、昨晩はだいぶ飲んできたらしい。
「裏の情報をゲットしたぜ。やっぱりアリアの言う通りだった」
 昨日の酒場で、他の冒険者から『黒い魔獣』のうわさを聞き出してきたのだそうだ。

 朝食を済ませると、早々に冒険者ギルドを訪れた。昨晩聞き出した情報を元に、3人がギルド長に話をしに行き、戻ってくるまでに大して時間はかからなかった。

「この依頼にはアリアも一緒に連れて行く。だからラウル、お前もアリアの守り手として一緒に来るんだ」
 ジャウマさんは、僕に向かって言った。


 冒険者が通う森や草原は、どのくらいの強さの魔獣が生息しているかや、その場所の危険度などによって、ランク目安が付けられる。
 その森は中級程度の冒険者に適した狩り場で、中心部に近い場所に湖があって、そこが森の獣や訪れた冒険者たちが体を休める場所となっていた。
 でもそれは過去の話で。

 どこから現れたのか、その湖に巨大な黒い蛇が巣くうようになった。水を求めて訪れる獣や人はことごとくその大蛇の犠牲となった。
 冒険者ギルドは、当然のようにその大蛇の討伐依頼を出した。しかし冒険者たちが次々と犠牲になり、最後に町の唯一のAランク冒険者が戻らなかったことで、その場所は『禁忌の地』として人々の立ち入りを禁じられた。僕が住んでいた町にあった『悪魔の森』がそうだったように。


 この話は、ジャウマさんたちが酒場で意気投合した古参の冒険者から聞いてきたんだそうだ。
 冒険者ギルドでもこの情報は秘匿されていたが、ギルド長に『腕の立つ冒険者』だと認められれば、そういった裏の依頼を貰えることもある。ジャウマさんたちが高ランクの依頼を積極的に受けていたのにはそういう理由があったらしい。

 ジャウマさんたちは「例え死んでも文句は言わない」との誓約書まで書いて、この依頼を受けてきたそうだ。
「まあ、死んじまったら文句は言えねえけどな」
 ヴィーさんがからからと大口を開けて笑いながら言った。

 * * *

 外から見た感じは普通の森のようだ。特別な何かがあるようには思えない。
 森の入り口から奥に向かう道に、下草がなく踏み固められてるところを見ると、森の浅いところならば、普段も人が出入りしているらしい。

「よっしゃ」
 その一声と共に、ヴィーさんが器用にするすると大木に登っていく。あっと言う間にその姿はこずえに茂った葉に隠され見えなくなった。
「どうだ?」
 ジャウマさんの問いに、しばらく間が合って返事がくる。
「やっぱり、木が邪魔でこっからはなんも見えねえな」

 その後でバサッと鳥が羽ばたく音が聞こえた。木の上をそのまま見上げていると、茶色の翼をもつ大きな鳥が空に飛び上がっていくのが見えた。
 あれはヴィーさんの獣の姿だ。その鳥はさらに森の中心部に向かって飛ぶと、大きく旋回してまた戻って来る。
 翼を広げたまま、僕らの前に降り立つと、その姿は元のヴィーさんに戻った。

「森の中のほうが少し開けていて、多分そこが噂の湖だろう。嫌な魔力が滞っているような感じがしたが、空からだとバレるかもしれねえからあまり近づけなかった」

「まあ、地上を行ってもそのうちにはバレるだろうけどな」
「ああ、そうだな」
 ジャウマさんの合図で、僕らは森の中へと足を踏み入れる。
 ほんのわずかだけれど、なんだか嫌な気配みたいなものと、嫌な臭いがしているような、そんな気がした。


 森の奥に向かっていくらか進むと、うっすらと感じていた気配は気のせいとは言えない程にはっきりと感じられるようになっていた。
 いくらジャウマさんたちと一緒とは言え、どうにも気持ちが落ち着かない。

「ラウルおにいちゃん」
 隣を歩くアリアちゃんが僕のことを見上げながら、可愛い手でそっと僕の手を握った。それだけで、さっきまでの不安がゆるりと解けていく。
 ああ、そうだ。僕よりずっと幼いアリアちゃんだって、こんな不安な顔はしていない。それにあの3人がとても強いことを知っているじゃないか。そう思い出して、彼女の手をぎゅっと握り返すと、アリアちゃんは僕の顔を見上げて嬉しそうに微笑んだ。

 奥へ続く道は、急に開けた。
 開けたと言ってもそう広くはない。森の木々がぐるりと囲んで見下ろす先に、それは深く水をたたえていた。
 聞いていた話では『湖』だとあったので、もっとずっと広い場所を想像していた。でもこの湖の広さはそれほどでもない。対岸に人が立っていても、その顔が見える程度だろう。

「ここを訪れた冒険者が最後に町に戻ったのはもうずいぶんと昔の話だそうだ。時の流れが話に尾鰭おひれをつけたのだろう」
 僕と同じことを思ったのか、セリオンさんが誰にともなくそう言った。

 気付くと、そのセリオンさんも他の二人も、湖の奥側の一点に視線を向けている。他の湖岸と違い、そこにだけやたらと白っぽい石がゴロゴロと転がっている。
 ガシャリと音をたてて、ジャウマさんが盾を構え直した。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

僕の秘密を知った自称勇者が聖剣を寄越せと言ってきたので渡してみた

黒木メイ
ファンタジー
世界に一人しかいないと言われている『勇者』。 その『勇者』は今、ワグナー王国にいるらしい。 曖昧なのには理由があった。 『勇者』だと思わしき少年、レンが頑なに「僕は勇者じゃない」と言っているからだ。 どんなに周りが勇者だと持て囃してもレンは認めようとしない。 ※小説家になろうにも随時転載中。 レンはただ、ある目的のついでに人々を助けただけだと言う。 それでも皆はレンが勇者だと思っていた。 突如日本という国から彼らが転移してくるまでは。 はたして、レンは本当に勇者ではないのか……。 ざまぁあり・友情あり・謎ありな作品です。 ※小説家になろう、カクヨム、ネオページにも掲載。

ただのFランク探索者さん、うっかりSランク魔物をぶっとばして大バズりしてしまう~今まで住んでいた自宅は、最強種が住む規格外ダンジョンでした~

むらくも航
ファンタジー
Fランク探索者の『彦根ホシ』は、幼馴染のダンジョン配信に助っ人として参加する。 配信は順調に進むが、二人はトラップによって誰も討伐したことのないSランク魔物がいる階層へ飛ばされてしまう。 誰もが生還を諦めたその時、Fランク探索者のはずのホシが立ち上がり、撮れ高を気にしながら余裕でSランク魔物をボコボコにしてしまう。 そんなホシは、ぼそっと一言。 「うちのペット達の方が手応えあるかな」 それからホシが配信を始めると、彼の自宅に映る最強の魔物たち・超希少アイテムに世間はひっくり返り、バズりにバズっていく──。 ☆10/25からは、毎日18時に更新予定!

クラス転移で無能判定されて追放されたけど、努力してSSランクのチートスキルに進化しました~【生命付与】スキルで異世界を自由に楽しみます~

いちまる
ファンタジー
ある日、クラスごと異世界に召喚されてしまった少年、天羽イオリ。 他のクラスメートが強力なスキルを発現させてゆく中、イオリだけが最低ランクのEランクスキル【生命付与】の持ち主だと鑑定される。 「無能は不要だ」と判断した他の生徒や、召喚した張本人である神官によって、イオリは追放され、川に突き落とされた。 しかしそこで、川底に沈んでいた謎の男の力でスキルを強化するチャンスを得た――。 1千年の努力とともに、イオリのスキルはSSランクへと進化! 自分を拾ってくれた田舎町のアイテムショップで、チートスキルをフル稼働! 「転移者が世界を良くする?」 「知らねえよ、俺は異世界を自由気ままに楽しむんだ!」 追放された少年の第2の人生が、始まる――! ※本作品は他サイト様でも掲載中です。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

レベルを上げて通販で殴る~囮にされて落とし穴に落とされたが大幅レベルアップしてざまぁする。危険な封印ダンジョンも俺にかかればちょろいもんさ~

喰寝丸太
ファンタジー
異世界に転移した山田(やまだ) 無二(むに)はポーターの仕事をして早6年。 おっさんになってからも、冒険者になれずくすぶっていた。 ある日、モンスター無限増殖装置を誤って作動させたパーティは無二を囮にして逃げ出す。 落とし穴にも落とされ絶体絶命の無二。 機転を利かせ助かるも、そこはダンジョンボスの扉の前。 覚悟を決めてボスに挑む無二。 通販能力でからくも勝利する。 そして、ダンジョンコアの魔力を吸出し大幅レベルアップ。 アンデッドには聖水代わりに殺菌剤、光魔法代わりに紫外線ライト。 霧のモンスターには掃除機が大活躍。 異世界モンスターを現代製品の通販で殴る快進撃が始まった。 カクヨム、小説家になろう、アルファポリスに掲載しております。

チートスキル【レベル投げ】でレアアイテム大量獲得&スローライフ!?

桜井正宗
ファンタジー
「アウルム・キルクルスお前は勇者ではない、追放だ!!」  その後、第二勇者・セクンドスが召喚され、彼が魔王を倒した。俺はその日に聖女フルクと出会い、レベル0ながらも【レベル投げ】を習得した。レベル0だから投げても魔力(MP)が減らないし、無限なのだ。  影響するステータスは『運』。  聖女フルクさえいれば運が向上され、俺は幸運に恵まれ、スキルの威力も倍増した。  第二勇者が魔王を倒すとエンディングと共に『EXダンジョン』が出現する。その隙を狙い、フルクと共にダンジョンの所有権をゲット、独占する。ダンジョンのレアアイテムを入手しまくり売却、やがて莫大な富を手に入れ、最強にもなる。  すると、第二勇者がEXダンジョンを返せとやって来る。しかし、先に侵入した者が所有権を持つため譲渡は不可能。第二勇者を拒絶する。  より強くなった俺は元ギルドメンバーや世界の国中から戻ってこいとせがまれるが、もう遅い!!  真の仲間と共にダンジョン攻略スローライフを送る。 【簡単な流れ】 勇者がボコボコにされます→元勇者として活動→聖女と出会います→レベル投げを習得→EXダンジョンゲット→レア装備ゲットしまくり→元パーティざまぁ 【原題】 『お前は勇者ではないとギルドを追放され、第二勇者が魔王を倒しエンディングの最中レベル0の俺は出現したEXダンジョンを独占~【レベル投げ】でレアアイテム大量獲得~戻って来いと言われても、もう遅いんだが』

凡人がおまけ召喚されてしまった件

根鳥 泰造
ファンタジー
 勇者召喚に巻き込まれて、異世界にきてしまった祐介。最初は勇者の様に大切に扱われていたが、ごく普通の才能しかないので、冷遇されるようになり、ついには王宮から追い出される。  仕方なく冒険者登録することにしたが、この世界では希少なヒーラー適正を持っていた。一年掛けて治癒魔法を習得し、治癒剣士となると、引く手あまたに。しかも、彼は『強欲』という大罪スキルを持っていて、倒した敵のスキルを自分のものにできるのだ。  それらのお蔭で、才能は凡人でも、数多のスキルで能力を補い、熟練度は飛びぬけ、高難度クエストも熟せる有名冒険者となる。そして、裏では気配消去や不可視化スキルを活かして、暗殺という裏の仕事も始めた。  異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。  最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。  だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。  祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。

欲張ってチートスキル貰いすぎたらステータスを全部0にされてしまったので最弱から最強&ハーレム目指します

ゆさま
ファンタジー
チートスキルを授けてくれる女神様が出てくるまで最短最速です。(多分) HP1 全ステータス0から這い上がる! 可愛い女の子の挿絵多めです!! カクヨムにて公開したものを手直しして投稿しています。

処理中です...