招かれざる獣たち~彼らとの出会いが少年の運命を変える。獣耳の少女と護り手たちの物語~

都鳥

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第一章

1-8 『悪魔の森』のその奥に

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 『悪魔の森』の奥深く、それまで鬱蒼うっそうとしていた森が急に開けると、その先に廃墟はいきょがあった。この場所に漂う禍々まがまがしい空気のせいで、なんだか息苦しくなってくる。

 ――半年前、僕の妹はあの赤い目の魔獣に連れ去られた。翌日には町の捜索隊が『悪魔の森』に入り、魔獣の残した跡を追った。その跡は、『悪魔の森』の奥にあるこの廃墟まで続いていたそうだ。
 廃墟には『悪魔』がいるのだと、そう伝えられている。町の者であればたとえ冒険者だろうと廃墟には決して立ち入らないのだと。
 その廃墟の入り口に落ちていたのだと言われ、妹のリボンを受け取った。そして捜索はそこで打ち切られた。

 僕はまだ諦めていない。
 妹をくわえていた大きなあぎと、森の暗がりの中で揺れる尾、大きな翼、そして闇に燃えるような赤い目……
 妹を連れ去ったのは、あの赤い目の魔獣だ。そして、きっとヤツはここに居る。

 これでようやく、家族の敵が討てる。


 元は石造りの建物だったのだろうか。かろうじて残っていたアーチ型の門をくぐる。その先は、ここかしこに崩れかけた壁や、おそらく柱だったであろうものの残骸が無秩序に転がっていて、もう道ですらなくなっていた。それらの間を通り抜け奥に進むと、広い場所に出た。

 広場の周りをぐるりと囲むように、バラバラになった骨が転がっている。獣のものらしき骨もあれば、それに混じって錆びた鎧や武器も見える。かつての冒険者のものだろう。
 ここはおそらく、ヤツが捕らえてきた獲物を食らう餌場だ。

「ジャウマさん、ヴィジェスさん、セリオンさん。護衛の依頼はここまでです。ありがとうございました」
 4人に向かって、深く頭を下げた。
「ここで、皆さんとはお別れです。でも皆さんに依頼の報酬ほうしゅうをお支払いしないといけません。その為にもう少しだけ付き合ってください」
「何をするんだ?」
 いぶかし気な顔で、ジャウマさんが言った。

「僕がこの廃墟にいる魔獣を倒します。だからそいつを倒した証拠を、あなた方が持ち帰ってください。町から報酬金が出るはずです」
「自分で持ち帰ればいいだろう?」
「弱い僕は戦うことは出来なんです。だからこの方法しかないんです」
 そう言って、上着の前を開いて中の服を見せた。薬草採集をしながら集めた素材で僕が作った、特別な服だ。
 そのことに気付いたヴィーさんが口を開いた。
「……その服……毒草で編んだ服だな。自分を食わせる気か」

 はーーっとセリオンさんは大きくため息をくと、あきれたような声で言った。
「彼にこんなことまでさせて、まったくお前たちは意地が悪いな。だから私は彼をここに連れてくるのは反対だったんだ」
「仕方ねえだろう。ただ言っただけじゃあ、きっとこいつは納得しねえ」
 頭をきながらヴィーさんが言う。予想もしていなかった展開に、戸惑う僕の方を見て、セリオンさんが話を続けた。

「ラウルくん、すまない。私たちは君が見た魔獣のことをよく知っているんだ。それだけではない、君の妹のこともだ」
「え……?」
「君の妹を連れ去ったのは、私たちだ」
 セリオンさんの言葉を聞いて、背筋を何かが走った。

「え…… でも、でも僕が見たのは人間じゃなかった…… 確かに獣の――」
「見せてやろう」
 ヴィーさんが珍しく真面目な表情で言った。

 胸がざわざわと、嫌な風に騒ぐ。
 僕の目の前で、ヴィーさんの姿が少しずつ変わっていく。
 その背中の一部が盛り上がり、だんだんと後方に伸びる。それは彼の背中の後ろで大きく横に広がって、大きな翼の形になった。

 ジャウマさんの腕と顔は赤い鱗に覆われていく。その手には鋭い鉤爪が、口からは鋭い牙が見えた。
 その2人を見て、またため息をついたセリオンさんが軽く目を伏せる。
 セリオンさんの頭からは白い獣の耳が伸び、そして背後には大きな尾がゆれた。

 妹を咥えていた大きな顎、森の暗がりの中で揺れる尾、大きな翼……
 あの時僕が見たのは、これだ…… 

「あの時お前の妹を連れていったのは俺らだ、そしてお前の妹は――」
「なんでっ!!!」
 絞りだすように叫んだ僕の声で、ヴィーさんの言葉が途切れた。

 自分の声が震えているのがわかる。
 悲しみと怒りとが入り混じった物が、吐き気となって胸から上がってきて、ぐっと歯を食いしばって我慢すると、それは代わりに涙となって目から零れた。

 なんで…… どうしてなんだ……
 たった1日、ここまで一緒に来たこの短い間だけでも、仲間のようになれたと思っていたのに…… 居場所を貰えたようで、嬉しかったのに……

 でも、僕は家族の敵を討つために冒険者になったんだ。家族の敵を討つために、やっとここまで来たんだ……

 家族の敵を討ちたい僕と、彼らにだまされたことを悲しむ僕と、でもそれを信じたくない僕とが、ぐるぐると頭の中を巡っていてどうしていいかわからない。
 でも、僕がやらないと……
「あなたたちが、僕の家族の敵、なんですね……」

「ラウル、俺たちの話を聞け! 俺たちは――」
 ハッと、何かに気付いたように、ジャウマさんが言葉を止めた。

 廃墟の奥から、とても嫌な気配が近づいてくるのが、僕にでもわかった。
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